ガダイドの反応
ガダイドの住人は船乗りの関係者が多かった。
そのため、内陸部の人間と比較をすると遠い国の事情に通じている者も自然と多くなる。
ベズデア連合はこのガダイドからは広大な森といくつかの国を挟んだ遠い国ではあったが、軍事的な強国でもあるということはガダイドのほとんどの住人が認識していた。
現在、港内を経由して次々と川を遡行している小舟の大群、無数にも思えるその数こそが、ベズデア連合という国の性質をなによりも雄弁に物語っている。
湾内に停泊するグフナラマス公爵の船だけではなく、このベズデア連合の船団まで、同時に相手をしなければならないのか。
ほとんどのガダイドの住人が、恐れおののいた。
この急襲してきた二勢力がどこまで協調して動いているのか、この時点ではまるでわからなかったが。
そのどちらかを相手にして交渉することさえかなり難しいというのに、その両方と一度になんらかの妥協点を見いだす必要があるということ。
これは、もう絶望的に困難な仕事に思えた。
「おい!
やつら、あのまま素通しにするのかよ!」
ベズデア連合の船群を指さしてそう叫ぶ者もいた。
「水の上に居る限り、手出し口出しをする理由がねえ!」
陸上とは違い、河川や海上など、水上の領域は誰の支配下にも収まっていない、公共の場所である。
この世界の人々は、そうした認識を共有している。
ベズデア連合の船群がどんなに大勢だったとしても、陸の上にあがるまでは、その前途を阻んだり意図を確かめる根拠がない。
ということになる。
とはいえ、実際には、内陸部の水賊衆などは、一部の水域を私物化して通行料を取ったりしているのであるが。
その水賊衆も。
と、ガダイドの住人たちは予測した。
これだけの大集団を相手にして、その前途を阻むだけの力はないだろうな、と。
「このままじゃあ、上流の船着場が軒並みベズデアの手に落ちるぞ!」
「そうなりゃ、このガダイドが無事だったとしても今後の流通が……」
「先に出口を塞がれては、どうしようもないな」
ガダイドにある河川、その両岸でこのベズデア船群の遡行を見守っていた人々は、そんな意味のことをいい合った。
「ガダイドを支える構造が、そうなっている」
ガダイドの港は、外部から買いつけた物資を内陸部に売りつけることにより、利益の大半を得ている。
それ以外に、外部から寄港して水や食料をこのガダイドで補給する船もそれなりに存在するわけだが、港全体の収益からいえば、そうした補給物資の売買の占める割合はたいしたものにはならなかった。
河川を遡った内陸部の船着場が軒並み、ベズデア連合の支配下になってしまうと。
ガダイドの港は、これまで頼っていた内陸部との交易を、そのベズデア連合の手に握られてしまう形となる。
ベズデア連合の船群は、とにかく大量で、こうしている今もわが物顔で河川を通過していく。
百や二百で収まるような数、ではなかった。
内陸部の水賊衆の中にも、すぐにその場でこのベズデア連合に対抗できる者はいないはずだ。
これから連絡を取り合って協力し、ベズデア連合の船群に対抗しようと動く水賊衆が出てくるかも知れないが、そうした動きにしても準備をするまでに相応の時間が必要となるわけで。
「やつら、ここいらの流通を握ろうっていうのか?」
誰かが、そんな疑問を口にした。
「こりゃ、うちの港だけの問題じゃなくなってくるぞ」
グフナラマス公爵の船団とベズデア連合の船群。
ほぼ同時に現れたこの両者が、まったくの偶然で同じ時期にガダイドに現れたとは思えなかった。
なんらかの連絡を取り合って、統一した意思の元で動いていると、そう思う方がずっと自然だ。
と、すれば。
「うちの港だけの問題、ではないんだろうな」
誰かが、その疑問に答える。
「やつらは、どうやら本気でここいらを自分たちの色に染めあげようとしている。
これから、周囲の港も同じようにして、支配下に組み込もうとしているんじゃないか?」
「なんでだよ!」
誰かが、悲鳴のような声をあげた。
「これまでお互い、余計な干渉をすることなくやって来たじゃないか!」
「知るかよ!
やつらにはやつらなりの理由ってもんがあるんだろうよ!」
「そもそも、野心に理由なんて必要なのか?
よその港を手に入れたい。
そんなことを思わない為政者は、かえって少ないだろ」
「それが実行できる実力を持っているやつはほとんどいないから、目立たないだけだがな」
「その実力ってやつを、やつらが持っているってのか?」
「知らねーよ!
ただひとついえることは、だな。
おれたちガダイドの住人では、今この場でやつらに対抗出来るだけの力は持っていないってことだな!」
ガダイドの港も、それなりの軍事力を保有している。
各船団、商会ごとに武装をして略奪に備えていたし、湾岸部にも砲撃魔法を使用出来る魔法兵団を常設して、襲撃に備えていた。
しかしそうした備えも、あくまで自衛レベルのものでしかない。
気まぐれにやってくる海賊を撃退することを想定した備えであり、外国の海軍と正面からやり合うような事態はまるで想定していなかった。
外洋航行自体にそれなりのリスクがつきもので、そこまで大規模な船団を派遣して遠い場所の港を占拠しようとする発想が、この世界の人々にはあまりない。
そうして一時的に港を占拠したとしても、その状態を維持するのに過大なコストがかかるようでは意味がない。
これまでガダイドの港が比較的無防備でいられたのは、近隣にガダイドを制圧し、その状態を維持し続けることが出来るほどの資本を持った勢力がたまたま存在しなかったからだといえる。
今回、やつらはガダイドの港だけではなく、この港から内陸部へと続く河川の両岸まで含めて占拠するように動いている。
かなり計画的に、占領後の絵図も思い描いた上で動いていると、そう見た方が自然だった。
「今、湾内に居る船を全部沈めたとしても」
「仮にそんなことが出来たとしても、グフナラマス公爵家ならば、同じかそれ以上の規模の船団をすぐに派遣して来ることも可能だろうよ。
これまでは、たまたまそういう気にはならなかっただけだ」
「北の、山地からの影響は少なくて済んだのに」
誰かが、そんな愚痴をこぼした。
「今になって、こんな脅威に晒されるなんて」
「いや、その二つは案外、関係あるのかも知れんぞ」
「山地からの脅威と、このガダイドの危難とがか?」
「最近になってゴドワとかブビビラにまで進出して来たなんとかって連中が、確か、森の西からやって来たって触れ込みだった。
グフナラマス公爵家となんらかの内応があったとしても、不思議じゃない」
「それじゃあまるで、森の西側から来た連中が、ここいら一帯を丸ごと征服しようとしているみたいじゃないか!」
「どこまで実現可能なのかどうか、今の時点ではなんともいえないが。
だが連中は、似たようなことを考えているんじゃないか」
「そうでもなければ、ここまで大それた挙には出ない、か」
「いや、まあそれはそれでいいとして。
いやいや、まったくよくはないのだが、とにかく、このガダイドはもうどうにもならん。
完全に手遅れ、準備不足だ。
それはそれとして、このままやられる一方では面白くない。
周囲の港に使いを出して、やつらの野心を伝えて備えるよう、警戒はするべきじゃないか?」
「森の西からの脅威に備えよ、とか?」
「よその連中がどこまでのことを出来るか、してくれるのかはなんともいえんが、それくらいのことをしてもいいだろう?」
「確かに、やられっぱなしというのも癪に障るな」
「今は、仕方がない。
だが、将来的には」
「今から各地と連絡を取り、連携して動けば」
「十分な準備を整えてからならば、やつらを丸ごと押し返すのも可能か」
「何年か先。
あるいは、おれたちの子や孫の世代になるかも知れないが」
「いつまでも連中に頭を押さえられているってのも、確かにぞっとせんわなあ」
「幸い、おれたちにはこの事態を速やかに伝える足には事欠かない」
「森の西から来た連中には、今は適当に頭をさげてやり過ごす。
その上で、この状況をひっくり返すだけの準備を今から整える。
それが一番、傷が少なくて済むんじゃないか?」
「そうだな。
やつらとやり合うのはいいにしても、なにもこのガダイドを戦場にすることはない」
「先のことも考えて、この場では忍従。
今は雌伏の時期と割り切るか」
「グフナラマス公爵家の連中は、自分の領地に侵攻を企てた者を捜していたんだったよな?
その捜索にも、出来るだけ協力してやれ」
「もっとも、すぐにそいつらの尻尾が掴めるとは思わないがな」
「やつらがいう森東地域とやらも、かなり広いし漠然としたいい方だ。
こっちはこっちで、あまたの勢力がひしめき合い、鎬を削っているから」
「そのうちの、どの勢力が西側まで出張ったのか、特定するのはかなり難しいな」
「そうした捜索の途中で、どれほどの勢力と衝突しなけりゃならんのか」
「なに、おれたちは心当たりを片っ端からやつらに教え、案内をするだけよ。
実際の捜索は、グフナラマス公爵家の連中にやって貰おう」
「まあ、やつらがやりたがっていることだしな。
その途中でどれほどの摩擦が起きようとも、やつらが被るのが筋ってもんだ」




