グフナラマス公爵勢の来襲
ガダイドの港町はグフナラマス公爵の船団が到着してから、一気に騒がしくなった。
幸いなことに未遂で済んだが、自分の領地を侵そうとした者がこの森東地域に存在する。
その正体を明らかにし、出来ればこの場に連れてこい、というのがガダイドの有力者に対してグフナラマス公爵が突きつけた要求ということになる。
結果からいってしまえば、これはかなり無理筋な要求といえた。
一口に森東地域といっても、その中の住民は多士済々、それぞれの思惑に従って勝手に動いているし、相互に動向を監視し合っているわけでもない。
第一、「森東地域」という名称そのものが王国側の人間が勝手につけた、便宜上の名称でしかない。
どこのだれかが下手を打ったからといって、必ずしもガダイドの人間が関与しているとは限らない。
さらにいえば、連帯責任を取るべき筋合いも、どこにもなかった。
その無理筋な要求であるということは、グフナラマス公爵側も重々承知しているのだろう。
グフナラマス公爵がそんな無茶な要求をなぜするのかといえば、このガダイドという港町の利権が欲しいからだった。
そのことは、地元ガダイドの人間も重々認識をしている。
そうした前提を共有した上で、ガダイドの民は紛糾して意見をまとめることが出来なかった。
このガダイドという港町は強力な領主にまとめられている場所ではない。
船主や商会など、このガダイドの中の有力者が合議制で統治している町だった。
そうした有力者が頻繁に地元を留守にすることが多い港町などでは、こうした統治方法を採用することが多く、このガダイドもそのうちのひとつになる。
船乗りが多い場所柄、陸地や港自体の利権にはあえて拘らず、荷の動きを重視する性格の者が多いためだ。
さらにいえば、この周辺で港ほどに富を生み出す場所はほとんどなく、このガダイドを押さえられるような力を持つ領主はこれまでに生まれて来なかった。
さらにいえば、ガダイド自体もたいした武装勢力を持っていなかった。
ガダイドを利用する船舶がそれぞれ自衛のために武装しており、有事の際には協力してこのガダイドを守るという申し合わせが存在したためである。
港町自体よりも、船舶の方に富や武力が偏在している形であった。
陸上よりも海上の方が重視されているため、自然とそういう風になってしまう。
さらにいえば、そうした船主や商会にしてみても、このガダイドは数ある寄港地のうちのひとつに過ぎず、なにかあったとしても本気で守ろうとするほどの価値は見いだせなかった。
それらの理由により、このガダイドには強力なリーダーシップを執る者がいない。
これまでは、それで特に不都合はなかったのだが、今回ばかりはどうにも困ったことになっていた。
明らかに野心を持って要求を通そうとするグフナラマス公爵勢に対して、どのように対応するのか。
そのおおまかな方針でさえ、意見が紛糾してまったく決まらないのだ。
「そのグフナラマス公爵とやらは、なんで今になってこんな場所を押さえようとするのだ」
「大元の王国が、配下の公爵家をまとめて放任しようとする動きがあるそうだ」
「その前に、直に支配する場所を増やしておこうという算段か」
「なにもこのガダイドでなくてもいいではないか!」
「この辺の港の中では、手頃だったんだろうな」
「ここよりも西にあるスヴィアはここよりも大きな港だが、港に入るまでに狭い渓谷を通らねばならん。
その際に攻撃されやすい」
「マカトカはここと似たような規模だが、内陸部へ至る太い河川が近くにない」
「ということは、やつらはこのガダイドを、ここからさらに奥に侵攻するための足がかりとして使うつもりか?」
「そうとでも考えなければ、こんな場所をわざわざ取ろうとせんだろう」
「これまで放置されていたのだからな」
グフナラマス公爵家ほど権勢があれば、ガダイドをはじめとするこの近辺の港町を制圧することも決して夢物語とはいえない。
これまでこの周辺の港町が外からの侵攻を受けずに放置されていたのかというと、これまではそこまでする価値がないと判断されていたからだろう。
その状況も、王国の連中が森東地域と呼ぶこの近辺の情勢が不安定になったことと、それに王国内の体制が変化する予兆を受けて、確実に変わろうとしている。
船舶で諸国を移動しながら過ごす海の民は、自然とそうした情勢の変化には聡くなる傾向にある。
そうした変化を肌で感じつつも、対策を取る前にグフナラマス公爵が実力行使をしてしまった形であった。
「いずれは、なんらかの動きを見せるだろうと思ったが、ここまで早いとはな」
「やつらの領地にちょっかいを出した連中が悪い。
これ以上好きにのさばらせておくよりは、こっちに乗り込んでいって首根っこを押さえた方がいいと連中に思わせてしまった」
「いわれるまでもなく、そいつらを探し出して根絶やしにしたいところだな」
「今からそいつらを探し出しても間に合わん」
「それよりも今は、沖に停泊してしている艦隊にどう対応するかを決めねばならん」
「講和か反抗か。
そのどちらかだけでも」
このガダイドとして、方針を決めなくては動きが取れない。
そのことまでは誰もが実感していたのだが、そこから先は意見が分かれた。
有力者たちがそれぞれの思惑で好きなことをいい合い、いつまでも大方の合意を得ることが出来なかったのである。
別にそうした会合に参加をせず、その足で船を出して帰ってこない有力者もいくらかは存在したのだが、逃走という手段はこの場合、問題を先送りにしているだけで根本的な解決にはならなかった。
グフナラマス公爵がこのガダイドのみを手に入れただけで満足するとは到底思えず、さらにいえば山地から侵入してきた諸勢力が先を争うように南下している最中でもある。
内陸部の状況は臨海部までなかなか届いてこなかったが、かなり錯綜した状況になっているということはわかっている。
仮に、今回のグフナラマス公爵勢をどうにかしてやり過ごすことが出来たとして、将来的なことを考えればこの先もガダイドがいずれかの勢力に狙われる公算はかなり大きかった。
いや、ガダイドのみではなく、周辺の港町すべてがもはや安全な場所であるとはいいがたくなっている。
物流の要となる港とは戦略的にも重要な地点になるわけで、この不安定な状況下にその港が誰からも狙われないわけがないのである。
「とすると、やはりそのグフナラマス公爵とやらの庇護下に入った方がいいのでは?」
「簡単に尻尾を振ると、それだけ軽く見られるぞ」
「それよりも、一泡吹かせてやろうじゃねえか」
「今回寄港したのは、六隻だったか」
「その程度ならば、どうにか対抗出来るな」
「差し違えになるのを覚悟すりゃあな」
「ただ、すでに港に入っている以上、戦端を開けばガダイドも無事では済まん」
「さらにいえば、あの六隻を首尾よく沈めらることが出来たとしても、やつらはまだまだ立派な船を保有している」
「報復される、か」
「まず確実に、な」
一隻あたりの戦力を比較すれば、グフナラマス公爵勢とこのガダイドの船舶との間にそんなに大きな差違は存在しなかった。
ただ、このガダイドを拠点とする勢力は、せいぜい一隻か二隻を所有している程度の小勢力の集団であり、実際に戦端を開けばそれだけで船主の誰かが壊滅的な打撃を受けることになる。
一隻という戦力のみを見れば大差がなくても、組織としての体力に大きな差が存在する以上、実際にやり合えばより大きな傷を負うのは、どう見てもこちらなのだった。
「だったら、恭順するしかないではないか!」
「こちらがそういっても、どこまで信用して貰えるものか」
「その、グフナラマス公爵の領地にちょっかいを出したやつを捕まえなくては!」
「今探させている!」
「とはいえ、首尾よく見つけられるあてなどはないがな」
夜を徹して会議は続けられ、それでも港町ガダイドの有力者たちが意見を一致させることはなかった。
そして翌日、夜が明けるのと同時にガダイドの港に新たな来訪者が出現する。
グフナラマス公爵家所属六隻はいずれも大きな、四本以上のマストを持った立派な船であったが、今度の船はどれも小さく、外洋の荒波に耐えられるものか疑わしいレベルでみすぼらしかった。
だが、西側から来たということは、森を迂回して外洋を長く航海をして来たことを意味する。
一見して小さく、粗末な船であっても、航行能力には問題がないようだった。
ともかく、見たこともない様式の小船が何隻も、いや、無数といっても過言ではないほどたくさん、ガダイドの港町を経由してそのまま河川に入っていく。
「おい、あれは」
この異変を目にしたガダイドの住人たちは、慌てはじめた。
「ベズデア連合の紋章じゃないか!」
グフナラマス公爵家だけではなく、ベズデア連合までもが手を携え、このガダイドを占拠しようとしている。
いや、彼らの目的はこのガダイドのみならず、その先の内陸部まで含んでいるのだろう。
彼ら侵略者にしてみれば、このガダイドなどは征路の途中にある足がかりに過ぎないのかも知れなかった。
そしてガダイドの住人たちは、ここまで事態が急速に進展するなど、誰も予想していなかった。




