マルチタスクの現状
ゴドワで協力を取りつけた鰐頭人たちのおかげで、周辺水域での中継タグ設置事業は予定よりも早く進んでいた。
無論、実際に作業に移る前に、その水域を管理する水賊衆たちに申し入れて了解を得ている訳だが、人間とは違い、水中で生活することを自然としている鰐頭人たちの手際はかなりよかった。
この鰐頭人たちは、山地原産の動物を供給することについても、即座に提供するよりは、準備期間を経て畜産によって安定的に供給するという計画に理解を示してくれてもいる。
ゴツい外見にも関わらず、なかなか聞き分けがいい種族であるらしかった。
この鰐頭人はまだ貨幣経済という考えになれていない様子だったが、この短所は冒険者ギルドが斡旋した人間の奴隷がフォローをしている。
中継タグの設置作業についても、機材などは洞窟衆側から提供されているわけだが、工賃については特殊技能手当も加えた上できちんと計算をされ、鰐頭人に支払われている。
鰐頭人は、今すぐに現金を必要とするわけでもなかったので、この時点では帳簿の上だけの数字だったが、その鰐頭人の取り分は日々増えていく一方だった。
それ以外に鰐頭人たちは、ゴドワから下流水域を完全に管理下において、交通料を取るようになっている。
それまでその水域を支配していた水賊衆はあっさりと追い払われた形になるが、こちらの動きについては洞窟衆は関与していない。
水賊衆同士の縄張り争いは決して珍しいことではなく、今回もそうした動きの一種であると、周囲には解釈をされているようだった。
この縄張り争いについては、洞窟衆が直接関与しているわけではないのだが、鰐頭人と洞窟衆がかなり親密な協力関係を結びつつあることはすでに周知の状態であったので、なおさら反撃をしづらい状況にもなっている。
このゴドワから下流の水域というと、河川は何股かに別れ、ハイネ、タットリ、ホイトなど大小の港町へと繋がっている。
それらの港町が今後利用可能になれば、それだけ水上の物流が利便性を増すわけだった。
一方で、ゴドワの拠点は水上だけではなく、陸上の輸送網についても整備する計画を持っていた。
支配構造が交錯してなかなか整理がつかないこの森東地域では、道を一本通して安全に荷を運ぼうとするだけでも、関係各所と交渉を重ね通行する了解を取る必要がある。
一言でいえば、なかなか面倒な手続きが必要なわけだが、今後のことを考えると避けて通るわけにはいかない。
これについては、転移魔法で一度ゴドワに降り立った専任の外交要員が周辺に散って、それぞれ地元の有力者と粘り強い交渉を開始している。
そうした準備をしている間にもゴドワには荷が到着して、各種の物品を周囲に売るだけになっているわけだから、交渉の材料はなかなか豊富だった。
さらにいえば、決して少なくはない犬頭人をはじめとして、周辺勢力と十分に張り合えるだけの武力も持ち合わせている。
ゴドワに出現した洞窟衆勢力は、周辺勢力と比較しても十分に強力な存在であるといえた。
その周辺地域の勢力から見れば、
「突如出現した、得体の知れない勢力」
と、この時点では見なされている。
これら周辺の勢力は、洞窟衆ほどには情報を重視していないので、洞窟衆の性質について詳しく知る者はほとんどいなかった。
いずれ、遠くはない将来に、洞窟衆の戦力を過小評価したどこかの勢力と衝突する可能性は高かったが、この時点ではまだその兆候は現れていない。
そのゴドワが重視しているのは、ゴドワとブビビラ村を結ぶ輸送路だった。
この線には、水運に使えるような河川がなく、陸路で輸送するしかない。
また、洞窟衆がこれまで進出をした地域や拠点の中で、ブビビラ村に一番近いのが、ゴドワになる。
先にブビビラ村を確保したヴァンクレスらを孤立させないためにも、その輸送路を一日でも早く開通させ、物資の搬送を開始する必要があった。
前述の外交要員たちも、まずそのことを第一の優先順位に設定した上で、日々の活動をしている。
こちらの方は一進一退といった感じであり、交渉相手によっては難航している場合もあるようだが、進捗としてはまずまず順調といえるようだった。
ブビビラ村からゴドワに向かって同じような交渉も開始されており、輸送路が使えるようになるのも時間の問題であると見られている。
洞窟衆は魔力札による魔力の収集を口実にして見境なく周辺に金をばらまき富を見せつけ、豊富な物品を材料に交渉を持ちかけ、それでもよい反応を示さなかった相手には武力で恫喝をする。
ということを繰り返していた。
武力の行使は出来るだけ控えたいというのが、洞窟衆側の本音だったが、そうした武力衝突を経ないと納得してくれない勢力というのは、少なからず存在するのが現実なのである。
ただ、幸か不幸かこの森東地域では、その武力衝突にしても一つの勢力の人数が少ないので、その規模もかなり小さくなる傾向にあった。
これまでのところ、ヴァンクレスの騎兵部隊なりトエスの犬頭人部隊なりが出てしまえば軽く一蹴出来る程度の抵抗にしか、遭遇していない。
また、そうした洞窟衆の戦勝が多くなるにつれて、洞窟衆の交渉もより円滑になる側面が存在していた。
この土地で知名度がなかった洞窟衆は、日が経つにつれて存在感を増していく。
そんな中、グフナラマス公爵の武装船団が、森東地域にあるガダイドという港に入った、との報告が洞窟衆の関係者に伝わった。
まだこの段階では、ガダイドを武力によって制圧したわけではなく、船団を入港させてそのガダイド周辺の有力者を呼びつけ、少し前にあったグフナラマス公爵領への侵攻を企てた連中についての詳細を求めているようだったが。
そのガダイドという港町は、森東地域にある港町の中ではそれなりの規模だというが、その港町ガダイドをグフナラマス公爵の船団はかなり強引に閉鎖して、強談に及んでいる状況だという。
いきなり戦火を開くよりはかなりマシではあるのだが、それでも強引なことをやるなあ。
と、その報せを手にしたハザマは思った。
さて、ガダイド周辺の連中は、このグフナラマス公爵の動きに対して、どういう反応を示すものか。
森東地域といっても、その内実は大小様々な勢力が鎬を削っているような状況である。
おそらく、そのガダイド周辺には、実際にグフナラマス公爵領に侵攻を企てた勢力の関係者は、いないのではないか。
そのことはグフナラマス公爵も弁えていて、その上で、下手人なり関係者の情報なりを求めている形であった。
返答いかんによってはそのまま港町ガダイドを占拠して、自領に組み入れることも、おそらくは想定しているだろう。
むしろ、ガダイド周辺の人間がまともな返答を出来ないことを見越した上で、あえて無理難題をふっかけて、港町全体を占拠する口実にしようとしている。
そう見る方が、妥当であった。
地元の連中が、暴発しなけりゃいいがな。
と、ハザマは思う。
理性的な、なんらかの成算があっての反乱ではなく、感情的な排斥運動がはじまったら、なかなか収まらないのではないか。
あるいは、グフナラマス公爵は、あえてガダイド周辺の人間を暴発させようとしているのか。
この時点で、ハザマにはどちらとも予想が出来なかった。
この前後、ハザマはハザマ領独立の準備も並行して行っており、森東地域関連の問題にばかり専念していられなかった、という事情もある。
ハザマ領独立については、各部門の権限を明確に定めたり調整したり、国法を新たに定めたりと細かい判断が要求される場面が多く、そのほとんどは別に複数の専門家をつけて協議させた上で妥当な案を提出させ、その書面に目を通した上で最終的にハザマが承認する、という手続きを取る。
ハザマの役割はそうしてあがって来た提案書に目を通してそのまま認可しても問題は起きないかどうか想像力を働かせ、もし疑問点があれば追加調査を命じるなどの、頭脳労働になる。
肉体的な負担はさほどでもないのだが、同時に多くの案件が並行して協議されているので、そのすべてについて概要くらいは頭に入れておかなければ領主としての仕事を遂行できないのであった。
ハザマ一人に多くの負担がかかっている時期であり、こうした状況はごく一時的な、過渡的なものだとは思ってもいるのだが、時間と思考能力の多くをそちらに割かなければならないこの状況で、森東地域の細かい事柄を逐一把握し、ハザマが判断を下すことは実際問題としてかなり難しかった。
大まかな方針はすでに通達してあるし、その方針に沿って現場の判断で動いて貰うしかない。
そういう状況に、なっている。
ゴドワに続いてブビビラ村とかいう場所にも洞窟衆が足がかりを得た現状を見ると、現場の連中も特に問題にぶち当たることもなく、順調に仕事を進めているように思えた。
今の時点において、ということだったが。




