ブビビラ村での準備
ヴァンクレスの部下たちは村外れの、なにもない土地に馬を止めていた。
どうやら休耕地であるらしく、雑草が生え放題になっている。
騎馬部隊が乗っていた馬たちが、そうした雑草をのんびりと食んでいた。
「さっきもいったが、おれたちは別にこの村からなにかを奪いたいわけじゃねえ」
ヴァンクレスは、村長に向かってそういった。
「ただ、他のやつらに居座られると面倒なんで、先に来ているだけってだけだ。
この先に占拠する土地なども出てくるはずだが、それについては十分な補償金も用意されるはずだ」
「ははぁ」
村長は、曖昧な表情で頷く。
「立ち退きを要求する場合もある、と?」
「場所によってはな」
ヴァンクレスは頷く。
「具体的にどこからどこまで、ということはおれは知らん。
後で専門の人間が来てから改めて相談があると思う。
その他にもこちらが、洞窟衆がなにかを要求することがあるかと思うが、そういう場合は必ずなにがしかの対価が用意されるはずだ」
洞窟衆は基本的に、このブビビラ村の都合を考慮した上で動いているわけではなかった。
だからこの段階で有無もいわせず、かなり強引にことを進めているし、その自覚も持ってもいた。
そうである以上、十分な補償を用意する程度のことはしておく、というのが、洞窟衆側のせめてもの誠意、ということになる。
「そういわれましても」
村長は顔を顰める。
「他の土地につてがある者は少なく、さらにいえば他の土地は随分と騒がしいことになっておるようでして、立ち退くのも容易くはありません」
「ならば、この村に居続ければいい」
ヴァンクレスは鷹揚に頷いた。
「この村は、森を貫通する街道が出来れば人の出入りも激しくなる。
痩せた畑を耕すよりはよほど稼ぎがいい仕事が、今後はいくらでも出来るだろうよ」
「そんなもんですかな」
村長は、やはりヴァンクレスの言葉に感銘を受けたようには見えなかった。
つい先頃、ひょっこり姿を現したヴァンクレスの言葉をそのまま鵜呑みをする理由は、この村の住人側にはなにもないのだ。
「詳しいことは、後で来るやつらからたっぷりと聞いてくれ」
ヴァンクレスは、そういった。
「おれはあくまで先触れでしかない。
伝言してくれといわれた内容をそのまま伝えているだけでな。
ともかく、そういった事情でおれたちはしばらくこの村の周辺に寝泊まりをさせて貰う。
なに、村外れのなにもない場所にしばらく野営をするだけで、そちらに危害を加えるつもりは毛頭ない。
これは少ないが、そのための礼金だと思ってくれ」
そういってヴァンクレスが合図をすると、騎馬部隊の者がかなり大きめの革袋を村長に手渡した。
「こ、この重さは!」
村長が大きな声をあげる。
ずしりと来る革袋の重さに、ようやくことの重大さを理解出来たようだった。
「この村は、誰に税を納めているんだ?」
驚きに目を剥く村長に向かって、ヴァンクレスはそう訊ねた。
「そちらの方にも、早めに挨拶をしておかなけりゃならないんでな」
「ああ、それならば」
村長は、まだどこか心ここにない様子で、南西の方を指さす。
「あちらの方角に、馬でならば半日も行ったところに、ラダイマという集落があります。
このブビビラ村はそこを本拠としているジナニア氏族の庇護下に入っております」
「そうか」
ヴァンクレスは頷く。
「では、今から挨拶に行くとしよう」
ヴァンクレスはそのまま騎兵部隊の半数を伴ってブビビラ村を発つ。
ネレンティアス・シャルファフィアナ皇女が残った人員に指示を出して、野営の準備をはじめていた。
村人たちに確認してから、日常の業務に差し支えない場所に、手早く天幕を張っていく。
これからしばらくこの村周辺に居座る、というヴァンクレスの言葉は、どうやら嘘ではないらしい。
村長に渡した現金が効いたのか、村人たちも洞窟衆側の人間に対して誰も粗暴な対応をすることはなかった。
野盗や匪賊の類いならばともかく、かなり多額の現金を渡した上で村のはずれの、今はなににも使われていない場所に、勝手に寝泊まりをするだけならば、少なくとも当面は実害がない。
いや、こちらになにも要求をしないまま謝礼だけを先払いしていくこの連中は、村人にとってはかなりありがたい存在だともいえる。
ヴァンクレスが告げた内容が意味するところを、この時点では村長をはじめとした村人たちがまだ完全に理解出来ていないせいでもあったが。
この日到着した洞窟衆の騎馬部隊は、村人たちとの接触も最小限に留める様子で、食糧や燃料さえも持参した物を使用して村にはほとんど負担をかけようとはしなかった。
騎兵部隊の面々にしてみれば、これまでの道中、行く先々で無用な摩擦を作ることを避けるため、そうした物資もすっかり自前の物でどうにかする習性がついていただけなのだが、ここまでお行儀がいい武装集団という代物にこの土地の人間はこれまで接したことがない。
村人たちにしてみれば、なにも要求されないこと自体はありがたくも思ったが、そうしてどこまで素行がいい様子を見せつけられると、
「裏になにかあるのではないか?」
と、かえって勘ぐりたくなる。
洞窟衆の一行とは、そんな存在に感じた。
ネレンティアス皇女は野営の準備が一段落すると、配下の私兵に命じて洞窟衆の各所に「ブビビラ村到着」の報を伝えた。
ネレンティアス皇女が伴っている帝国から連れてきた私兵は女性だけで構成されており、武術や魔法に長けた者ばかりだった。
そうした私兵のうち、三分の一ほどが転移魔法を使用可能であり、通信網の範囲外を行く今回の道中においても、洞窟衆との連絡役として活用されている。
実際にそうした転移魔法使いが使用されるのは、一日に一度か二度前後の頻度でしかなかったが、ネレンティアス皇女がこうした人員を随行していたためにこの騎馬部隊も洞窟衆から情報的に孤立することはなかった。
こうした転移魔法を使用した連絡は、よほどの緊急時でもない限り書面の交換といった形で行われる。
口頭のみの伝言では、内容の正確性が保証されないからだった。
そのため、こちらの状況を記した書面を持った使者が一度姿を消すと、しばらくは帰って来ないことになる。
「ゴドワとかいう場所の拠点作りがはじまったばかりであるしな」
と、ネレンティアス皇女は思う。
そんなにすぐには、大きな変化はないだろうと、そう予想をした。
転移魔法使いの使者たちが帰ってくる前に、ラダイマとかいう集落へ向かったはずのヴァンクレスたちが戻って来た。
「いや、どうも頭が硬い連中でな」
帰って来る早々、ヴァンクレスをそういって表情を崩す。
「破談だ破談。
おれたちのような得体の知れない連中を、この周辺にのさばらせておけないとよ」
「村への滞在は許可出来ず、交戦する気満々、ということか」
ネレンティアス皇女は頷いた。
「ならば、さっさと片をつけておいた方が面倒がないだろうな」
「おう」
ヴァンクレスは、即座に頷く。
「こちらには最小限の護衛だけ残して、さっさと行こう」
「そうしよう」
当然のことのように、ネレンティアス皇女は頷く。
ここまで来る途中、ヴァンクレスは行く手を遮る勢力を片っ端から撃破して来たわけだが、そうした噂もまだこの近辺までには届いていないらしい。
多分、噂が伝わる速度よりも、ヴァンクレスたちの進行速度が勝っていたせいだと思うが。
いずれにせよ、ここまで来たからには不安要素を排除しておくのは当然だった。
すでに目的地に着いている以上、これまでのようにヴァンクレスの一騎撃ちに拘るべき理由もない。
いや、それどころかここでそのジナニア氏族とやらをしたたかに痛めつけておいた方が、かえってヴァンクレスたちに逆らおうとする者が減る。
これから、洞窟衆全体が甘く見られないためにも、まずここで派手に暴れておいた方がなにかと都合がよかった。
命令が伝わると騎馬部隊の者たちは天幕を張る時と同じような手際のよさで粛々と戦支度を整えて、馬に乗り込む。
これまで数え切れないほどの実戦と演習を繰り返して来たこの部隊の者たちは、洞窟衆の中でも随一の練度を誇る。
下された命令を実行するにあたって、遅滞や迷いというものが一切なかった。
ヴァンクレスはそのままとって返す形で再度ラダイマへ向けて出立し、今度はほとんどの騎兵がヴァンクレスの後に続く。
ブビビラ村に残る洞窟衆勢力は、留守を預かるネレンティアス皇女と護衛、十余名のみとなった。




