ブビビラへの到着
トエスたちがゴドワに拠点を作っているのと並行して、ヴァンクレス率いる騎兵部隊はブビビラという村を目指していた。
ブビビラは、森東地域では珍しくもない、これといった特徴がない寒村のひとつでしかなかったが、王国側から広大な森を拓きつつ延ばしている街道の、森東地域側の終着点となる。
そのため、洞窟衆としては早めに手中に収めておきたい地点となっていた。
今後のことを考えると、戦略的な価値が出てくるから、というただ一点の理由でヴァンクレスの騎兵部隊を派遣した形である。
ヴァンクレスはといえば、この派遣を決めた人間が予想をしていた通り、かなり強引な手段に訴えてブビビラまでの道を急いでいた。
つまり、前途を塞ぐ者と遭遇すればその場で実力行使に訴えて押し通る、ということを繰り返した形になる。
その詳細について記述することは割愛する。
同じことの繰り返しであるし、結果は書かずともわかりきっているからだ。
後に「ヴァンクレスのブビビラ行き」と呼称されることになる遠征については、現地でかなり長い叙事詩が作られて後世にまで伝えられている。
当時の支配者層を片っ端から倒して先に進んでいくヴァンクレスの姿は、どうも現地の下層階級の人間にとってはかなり痛快な存在であったようだ。
その時の森東地域の支配者層は、山地から流入してきた勢力に対してほとんど無力であり、その割には支配下においた人間たちに対してはかなり厳しく接する者がほとんどであった。
その、無力な癖に偉そうな者たちと連戦し、軽々と破っては去って行くヴァンクレスの姿は、そうした被支配者層の人々の溜飲を大いに下げたことになる。
それ以外の支配者層、つまり、既存の権力構造において受益者である人々の間に、どこからともなく現れては派手に暴れて去って行くヴァンクレスの噂は、恐怖の感情を伴って素早く広まっていった。
これまで森東地域では比較的穏当な進出を心がけて来た洞窟衆の印象が、大きく変容してきたのはこの時期であるとされている。
権力を握る者にとっては、その基盤を突き崩す存在であり、従来の社会構造に不満を持っている者にとっては、そうした硬直した構造を変える介入者となる。
森東地域における洞窟衆とは、次第にそのようなイメージを持って語られるようになっていった。
ヴァンクレスの一隊が通過していくことを阻止できる勢力は存在しなかったが、少し遅れて追跡をしていたスセリセス隊は、必死になってヴァンクレスが荒らした土地の有力者と意思の疎通を図り、洞窟衆が過度に危険な存在ではないことを説明する必要に迫られた。
実際、ハザマには森東地域を侵攻したり支配下におこうという意思がない。
そんなことをしても当分は不良債権になるだけだ、という計算的な割り切りが主な理由だったが、ハザマの性格として領土的な拡大政策をよしとしない部分もある。
ともかく、洞窟衆としてはあくまで森東地域の治安を安定させることが一番の目的であり、その治安をもたらす主体はどこの誰でもよかった。
現地の勢力のいずれかであることが一番無難なのだが、それを実現する実力者が地元勢力の中にいない場合、山地から流入してきた勢力のいずれかであっても別に構わない。
洞窟衆なり冒険者ギルドなりの支部はどんどん作るし、その機構も大いに利用して貰って構わない。
それらの関連施設で優れた道具類を購入して自分の陣営を強化することも、どんどんやって貰おう。
しかし、森東地域での問題は基本的に森東地域の人間で解決して欲しい。
いや、それだけのことをする能力を森東地域内部で養うことが、洞窟衆がやっている一連の動きの最終目的であるともいえる。
スセリセスは、ヴァンクレスの後を追いながら、補給路を確保する目的で現地の勢力と接触し、必要に迫られてそうした説明を繰り返した。
そうした説明を受けた側がどこまで理解をし、あるいは理解できなかったのか、その詳細は不明であったが、少なくとも「洞窟衆側のいい分」としては徐々に受容されていく感触は受けている。
ただこうした洞窟衆の動きは、実質的には現地勢力への支援になる。
結果として、従来よりも力をつけた勢力同士の抗争が激化する可能性も多いに孕んでいるわけだった。
実際、スセリセスの説明を聞いた各地の有力者は、洞窟衆の動きに対して正面から反対をするよりも、洞窟衆という得体の知れない組織をどう利用して周辺の勢力を出し抜き、より優位にたつのか思案する者がほとんどであるように思える。
さらにいえば、王国側からの干渉が強まるのも時間の問題であり、どのみち、森東地域の未来はかなりの波乱を含んでいた。
多分、そうした森東地域の有力者たちにしてみれば、自分たちなどには太刀打ちできない外部勢力に対してまともに抗するより、近隣の、自分たちと似たり寄ったりな勢力と足の引っ張り合いでもしている方が、よっぽど気が楽であり、想像もしやすいのだろうな。
と、スセリセスは想像をする。
洞窟衆のような、この大陸の中ではかなり異質な勢力について、すぐに理解できないのは当然としても、それ以外の王国など、外部の強大な勢力についてなかなか想像が出来ないことも、スセリセスにしてみればすぐに納得が出来た。
森東地域の人間は、いや人間のほとんどは、基本的にそれまで見聞してきた事物の範囲内までしか想像力を届かせることが出来ない。
森東地域にいるほとんどの人間にとって、外部にそれだけ大きな権力を持つ者たちがゴロゴロ存在している、という事実自体が、巧く飲み込めないのだろう。
山地から流入してきた勢力に対しても、地元有力者たちがこれまで正しく対応できずにいたことからも、そのことは容易に推察が出来た。
森東地域内部で、そんな細かい勢力抗争なんてやっている場合でもないんだけどな。
と、スセリセスは思ってしまう。
客観的に見れば、海側からグフナラマス公爵家の軍が迫り、森側からは街道を経由して治安維持軍が近づきつつある今、この森東地域はこれから、それまでに例のない外圧を受ける時期に入る。
今のうちに足元を固めて、どんな形でもいいからそうした外圧に耐えきれるだけの体勢を形成しておかないと、近い将来にはこの森東地域は文化、資本、政体などあらゆる面において、独自性が保てなくなるのではないか。
強いていえば、洞窟衆の、たとえば冒険者ギルドのシステムを活用して有意の人材を積極的に登用し、そうした外圧に対抗しようとする者などが現れれば、まだしも森東地域の独立性を守れる可能性も出てくるのだが。
ただ、そうするためには、森東地域だけではなく、外部の情報にも通じて大局を見通して動ける、同時に、周囲に対して強い影響力を持つ人物が出てこないと、不可能であろう。
少なくとも、これまでスセリセスが接してきた現地の人間の中には、そうした都合のいい資質の持ち主が現れる兆候は見当たらなかった。
途中の障害を強引にねじ伏せ、ヴァンクレスの騎兵部隊がブビビラに到着したのはトエスがゴドワに到着した日の、二日後になる。
かなりの強行軍であり、ヴァンクレスとその乗馬以外のほとんどの者が激しく疲弊していたが、ヴァンクレスがそんなことに頓着する様子はなかった。
「村長はいるか!」
ブビビラに到着したヴァンクレスはそのまま村の中に入り、大きな声で叫んだ。
「ここの責任者を出せ!」
ブビビラは、絵に描いたような寒村だった。
村周辺の畑もかなり貧弱であったし、村の中の建物も粗末で小さい。
王国だと、あまり余裕がない辺境の開拓村でさえ、もっと豊かな様子なのだが、森東地域ではこのブビビラだけに限らず、
「なにもかもが貧弱で田舎くさい」
と、ヴァンクレスは感じていた。
「なにか用ですかな?」
初老の男が、ヴァンクレスの前に飛び出してきた。
「こんな貧しい村に来ても、取る物などなにもありませんぞ」
どこか疲れた様子だった。
おそらくは、外から略奪を受けることも、何度か経験しているのだろう。
完全武装したヴァンクレスの姿を見て、匪賊かなにかと勘違いしたらしい。
「奪いに来たんじゃねえ。
与えに来たんだ」
ヴァンクレスは早口に説明をした。
「おれの名は洞窟衆のヴァンクレス。
その洞窟衆は、この村を接収するつもりでいる。
欲しいのは土地であって、そこに住んでいるお前らとお前らの財産には興味がない。
そのまま留まればなにがしかの仕事も与えるし、これまでよりはよほどマシな生活も送ることが出来る。
そいつは、このおれが保証する。
それをよしとしないやつは、そのまま荷物をまとめてこの村から逃げてくれ」
「うちの村なんか占領して、いったいなにをしようっていうんで?」
村長が、ヴァンクレスに訊ねた。
「道だよ、道」
ヴァンクレスはいった。
「もうすぐ、森の向こう側からこの村までを突っ切る街道が、開通する。
そしたらこの村は交通の要衝地として栄えることになる。
そうなる前に、洞窟衆がこの村を押さえに来たんだよ」
「なんとも、まあ」
村長は、呆れたような顔をしてそう応じる。
「気宇壮大なことで」
どうも、ヴァンクレスの説明を理解は出来ても、すぐには飲み込めないようだった。




