洞窟衆の対応
「トエスのやつ」
あがってきた報告書に目を通しながら、ハザマが呟く。
「また面倒な宿題を増やしてくれたもんだ」
ハザマは現状で使えそうな物がないか、頭の中をざっと検索してみる。
「ガダナクルの方で、試験的に山羊の畜産をさせていたな?」
それから、ハザマはリンザに確認をした。
「そっちで、こちらに流せそうな山羊がいたら、そのままトエスのところに回してくれ」
「確認してから手配します」
リンザは即答する。
「そのまま森東地域でも畜産を試させますか?」
「土地とかヒトの手配がつくようなら、是非そうしてくれ」
ハザマは答えた。
「ガダナクル方面だけではなく、山地にも声を掛けて山羊を購入できれば、そちらの手配も」
「そちらも、確認してみます」
リンザはいった。
「もともと畜産は、もう少し情勢が落ち着いたら、森東地域でも試験的に導入する予定でしたし。
アヒルはどうしますか?」
「野生のアヒルを生け捕りにするところから、ってやつか」
ハザマはいった。
「そっちはまだ、手をつけはじめたばかりだろう」
「この前来た報告では、想定外に順調だということでしたが」
リンザはいった。
「餌と安全な場所さえ確保してやれば、案外飼いやすい生物だということです」
アヒルの飼育は、ハザマが以前に、
「玉子を採取しやすい生物を探させて飼育法を開発しろ」
と命じた時に発覚した、一番最初の成功例になりそうな生物だった。
鶏ほど頻繁に玉子を産むわけではないが、人によく慣れる生物でそれだけ家畜化も容易だとされている。
本格的に効率的な飼育法を研究するのは、この時点ではまだこれから、という段階だったが。
安定的に生殖させることが可能だとしたら、将来的には鰐頭人の需要にも応えられるだろう。
恒常的に山地の生物を生け捕りにして、鰐頭人たちが居るゴドワ近辺にまで運び続ける。
というのは、長期的に考えるとあまりにも多くの労力を使い過ぎる。
一度や二度程度ならばともかく、ずっとやり続けるとなると、現実にはかなり難しいと思えた。
なにより、そうした狩猟では、時期によって入手できる生物の量にばらつきが出て、安定して需要に応じることが出来ない。
生け捕った生物をゴドワまで輸送、というラインは定常的に確保しておいて、それ以外にも山羊なりアヒルなりの畜産で生きたままの生物を鰐頭人に供給するラインも作っておきたかった。
それに。
と、ハザマは思う。
一度そうした畜産の体制を作ってノウハウを広めてしまえば、それは鰐頭人以外の需要も満たせる。
山羊からは食肉以外に、毛や乳製品を得ることが出来るし、アヒルからは玉子を得ることが出来た。
もちろん、食肉についても、鰐頭人以外の、普通の人間が食べても構わない。
安定した飼育法を確立することが前提になるわけだが、これといった産業がない森東地域にとって、いい収入源になる可能性はあるのだ。
洞窟衆としては、こうした畜産についてもいずれは森東地域で試験的に導入して様子を見る予定だったが、鰐頭人からの要請を受ける形でその予定を、かなり規模を大きくして前倒しにする形になる。
予定とは順番が違って来たわけだが、これはこれでいいか。
と、ハザマは考える。
どの道、森東地域の住民には、どうにかして経済的に自立をして貰わねばならないわけで、そのための方法が増えるのならばそれはそれで都合がいい。
「山羊はともかく、アヒルは鰐頭人に飼育させておくのもいいかも知れないなあ」
ハザマは、そんなことも呟いていた。
「トエスを通じて提案させてみますか」
リンザは、そう応じる。
「相手側がどう受け止めるのかは、提案してみないとわかりませんが。
アヒルと鰐頭人は生活圏が重なっていますので、相手がこちらの提案を飲んでくれるのならば人間が飼うよりはやりやすい面もあるかと」
アヒルは水鳥で、鰐頭人もどうやら水辺を生活圏としているらしい。
普通の人間がアヒルを飼おうとするよりは、鰐頭人がやる方が、なにかと都合がよさそうな気がした。
ただそれも、あくまで表面的な印象に過ぎず、実際に試してみないことにはなんともいえないわけだが。
「アヒルの飼育が成功すれば」
ハザマはいった。
「玉子以外にも、羽毛も使いたいんだよなあ」
「前にいっていた、防寒具や布団の中に入れるというやつですか?」
リンザがいった。
「それ」
ハザマは頷く。
「まあ、それもこれも、アヒルの家畜化が成功して、安定的に殖やせるかどうかがはっきりしてから、のことだな。
今の時点で確実にわかっていることは……」
その後の言葉を、ハザマはあえて飲み込む。
この時点でさえ、かなりの負担を強いている洞窟衆、冒険者ギルドの各部門に、この案件のためにさらなる負担をかけることになる。
このことだけは、はっきりしていた。
『ゴドワ方面に派遣する人員を増員する、ですか?』
「なんとか頼むよ」
ハザマは通信を介してルアに頼んだ。
「予定外の仕事が増えて、多分、実際に使える人間がかなり足りなくなる」
『使える人間なんてものは、右から左に動かせばそれだけで増えるような代物でもないんですけど』
ルアは、ため息混じりにそう応じる。
『ですけど、今回に限り、どうにか出来そうです』
「よかった」
ハザマはいった。
「どうにかなりそうか」
『マヌダルク公爵家の姫様経由で、うちの仕事に参画されている方々になりますね』
ルアはそう説明をする。
『皆さん、若年ながらも豊富な知識をお持ちでおいでです。
ただ、ほとんどがかなりいい家柄の出身ですので、くれぐれも身の安全については万全の体制を用意していただきたいのですが』
「そっちの方は、最大限の配慮をするように徹底させる」
ハザマは即答した。
「もともと、そのつもりだったしな」
冒険者ギルドに登録している者の中には、その手の荒っぽい仕事を志望している連中が多い。
護衛となる人材に事欠くことはなかった。
「しかし、ニョルトト姫の紹介かあ」
ハザマはいった。
「ってことは、ほとんどがいいところのご令嬢ってわけだろう?
本人はともかく、よく実家が承知したなあ」
今の森東地域は、政情不安な土地ということになっている。
いや、洞窟衆側がそうした事情に頓着してないだけであり、事実かなり治安が悪い地域であるわけだが。
『各人の家庭の事情についてまで、いちいち詮索していませんけど』
ルアはいった。
『ほとんどの方が、どうも勘当同然で実家を飛び出してきているようですね』
「おやまあ」
ハザマは、そんな声を出した。
「だとしたら、なおさら身の安全については留意しなければな」
この森東地域関連の仕事については、洞窟衆はもとより、それ以外にも大勢の人間の命運がかかっている。
無論、ハザマとしても失敗をするつもりで動いているわけではなかった。
が、このルアとの連絡により、これまでにも増して失敗できない理由が増えた形だ。
どの道、ゴドワ方面へは事務員以外の要員も大幅に増員する予定だったので、安全については特に問題にはならないだろう。
この時点でもすでに水路経由で第一陣のトエスたちを追いかける形で、第二陣、三陣の人間が移動中である。
新たに手配をした事務員の増員分が現地に到着をする頃には、ゴドワ周辺の設備もかなり整っているはずだった。
そのゴドワに向かっている第二陣、三陣の内容は、土木建築の専門家と護衛要員、それに大量の資材だった。
まずは現地を測量し、当座必要となる施設を建設する必要がある。
幸いなことに洞窟衆は、この手の作業に熟練した技師を多く育てていた。
ほとんどが、領地造営などの理由により、必要に迫られて、だったが。
理由はともかく、仕事に慣れた人員に事欠かないのはありがたかったので、冒険者ギルド経由で募集して応募して来た人間を順番に送り込んでいる。
ゴドワ周辺の施設が一通り出来あがった後も、そうした人員が手がけるべき仕事はそれなりに出てくるはずであった。
ゴドワ周囲の人間たち、とりわけ有力者たちと洞窟衆との間で、なんらかの取り決めが行われれば、ということであったが。
その第二陣、三陣、それ以降が到着するのを待たず、トエスはその周辺の有力者たちの元へ、挨拶回りを開始している。
双子や犬頭人たち、水妖使いの三人、何人かの鰐頭人たちを伴って、だったから、門前払いをされることもなく、こちらも順調に予定を消化しているようだった。
それだけの戦力をこれ見よがしに率いていったら、現地の人間がよほど恐れ知らずでもない限り、面会くらいはしてくれるようだ。
その上で相手の要望なり不満なりを引き出し、もしも可能であればなんらかの解決策を示すなり、提案をするなりして良好な関係を深めていくのが、当座のトエスの仕事になる。
ゴドワの、流通拠点としての機能を保持するような定型的な仕事は、もっと別の人間が就く予定になっていた。
トエスの仕事は先遣隊として現地の情報をその目で確認し、収集し、どんな問題があるのかを確認することでになる。
鰐頭人との交渉のように、その場でどうにか出来そうならばなんらかの提案をすることもあったが、今回のトエスの本分はあくまで情報収集であった。
本格的な外交なり事務処理なりは、専門に行う人間が後から送られることになっていた。
「自分の手に余る問題にぶつかったら、その場でどうにかしようとせず、そうした専門家に申し送りをする」
ところまでが、トエスの仕事であるともいえる。




