赤髪のジンガ~エリート魔法一家に虐げられたせいで立派な悪役令息に育っちゃったじゃないか!
ジンガ・フラーウィスは、序盤でざまぁされるだけの悪役令息である。
振り返ってみれば、魔法学園にいる時は傍若無人だったし、嫌味ばかりで好かれる要素もない嫌われ者だった。
あぁ、僕だって分かっている。だけど、しょうがないじゃないか!
名門貴族家に産まれた重圧。それだけじゃない。優秀過ぎる兄様がいるというだけで、ずっと落ちこぼれと蔑まれてきたんだぞ。褒められた記憶もないし、いつも見放されないように怯えていた。
兄様と父様の嫌味に怯えて耐えて耐えて……そうこうしてるうちに、僕まで立派な悪役令息に育っちゃったじゃないか!
そんな脇役で悪役な僕が、主人公に好きになってもらえるはずがない!
それどころか、序盤でさっさと退場するに決まってる。
だって、彼女……星守シオンは、この世界を救うために異世界から召喚された予言の子なのだから――。
◇ ◇ ◇
「ジンガ、お前のような落ちこぼれが我がフラーウィス家に産まれたなど恥以外の何者でもない」
「そんな……っ、聞いて下さい、父様! 同級生で僕より優れた人はいません。成績も、実技も僕が一番をとったではないですか! 僕は落ちこぼれなんかじゃ……」
「ふんっ、そんな点数で満足しているからお前は落ちこぼれなんだ。どうせお前の同級生が低脳ばかりだっただけだろう? 俺がお前くらいの時は、周囲を引き離して首席だったぞ」
「兄様…………」
属性による優劣がないこの世界で、火属性こそが至高だと信じている盲目的なエリート魔法一家。それが、僕の産まれたフラーウェス家だ。
優秀な父様や兄様に追いつけるように努力を続ければ、愛してもらえるかもしれない。純粋だった子供の頃はそんな無意味なことも考えていたが……無駄な努力だった。
この家に僕の居場所なんてない。けれど、落ちこぼれてしまえば一瞬で見捨てられてしまうのが分かっていたから、僕は努力するのを辞めることが出来なかった。
「君を見ていたら、嫌なことを思い出してしまったよ」
従順で鈍臭い同級生を見ていたら、昔の純粋で愚かだった自分を思い出してしまった。僕は取り巻き達に語りかける。
「ふんっ、どいつもこいつも出来損ないばかりだな。学園の首席入学者はこの僕で決まりのようだね」
「ジンガ様に勝てる奴なんていませんよ!」
同年代の貴族達は平和ボケした奴らばかりだ。だからこそ、ただの平民の男が魔法学園の首席になるなんてこの時は思ってもいなかった。
◇ ◇ ◇
「新入生代表、首席ジェイド・アルメリア!」
「は?」
思えば、この時から僕の人生が狂い始めた。
眼中になかった平民のジェイド・アルメリアに嫉妬を覚え、難癖つけて絡みにいく日々。途中から入ってきた転入生の星守シオンも、魔法の基礎も知らない癖にとんでもない魔力の持ち主だった。
『格が違う』認められなかった。
そんな目の上のたんこぶの二人は仲が良く、プレッシャーでどうにかなりそうな僕を差し置いて、楽しそうに学園生活を送っているのが何より腹立たしかった。
「クソクソクソ……ッ! 父様も、兄様も、周りの連中も……好き勝手なことばかり……僕が努力を怠っているわけがないだろう! 僕がジェイドに負けているわけが無いだろう! フラーウィス家の僕が……最初の能力適正試験で、つまずく訳には行かないんだよ……」
現状の固有魔法の出力、コントロールを見るだけの簡単な試験のはずだった。それでも、火属性とは相反する忌むべき水属性だと発覚してしまったあの日から、僕にはもう失敗は許されなかった。
「……ッ! 僕の魔法を見せてやる……。落ちこぼれだなんて、誰にも呼ばせない……っ!」
心臓が脈打ち、杖へと凄い勢いで魔力が溜まっていくのがわかる。
ほら見ろ、この魔力量……僕は落ちこぼれなんかじゃない……っ!
僕の頭上に生成された巨大な水の玉がどんどん膨れ上がっていく。
「……マジ? いや、ちょっと……なんかジンガの様子やばくない?」
星守シオンの声が聞こえる。何を言っているんだ、これが僕の実力なんだ。あれ? どうして、声が出ないんだ。コントロールが……効かない……?
瞬きをする間の一瞬で、校舎と同じ高さまで膨れ上がった水球が、周りのことなどお構い無しに木々や植木を飲み込んでいった。
「ジンガ! 威力はもう十分だ。周りのものを巻き込まないようにコントロールに集中するんだ!」
先生、聞こえているさ。だけど、魔法が僕のいうことをきいてくれないんだ……っ!
僕の魔法が生徒達に襲いかかる。
救ったのは、僕が目の敵にしているジェイド・アルメリアだった。
よりにも寄って、どうして君なんだ……。こんなの、僕が惨めになるばかりじゃないか……っ!
「ジェイド・アルメリアァァァァアアア!」
獣のように吠えたところで、僕の意識はぷっつりと途絶えた。意識を取り戻したのは、保健室のベッドの上だった。
僕を救ったのは、特別な魔法を覚醒させた星守シオンだったらしい。あぁ、なんて惨めなんだろう。
「言いにくいんだが、ジンガの家族は誰も迎えに来る気は無い、と」
「……追放か、絶縁か。……僕は、見放されたんだろう」
こんなにもあっさりと、あの人達は僕を捨てるんだな。……分かっていたことだ。
「…………ジンガ」
「……なんだ、君も僕を馬鹿するつもりかい? ……名門だと、君達とは格が違うと言っておきながら、一族でたった一人だけ火属性に選ばれず、家族に捨てられた。落ちこぼれだと、笑えばいい」
「ねぇ。ジンガは確かに嫌な奴だけどさ、ただの嫌な奴じゃないでしょ。ムカつくけど実力だってあるし、努力だってしてる。……私は、そんなジンガを笑ったりなんてしないよ」
ずっと、誰かに認めて貰いたかった。
どうして、君がそんな台詞を僕に言うんだ。
「属性なんて、ただの個性でしょ。一族みんながずっと一緒だなんて、それってどんな確率だっていうの? ジンガじゃなくてもそのうち違う属性の子が生まれてたよ。ジンガは何にも悪くないじゃん」
「……僕が、僕が落ちこぼれだから、火属性に選ばれなかったんだ」
「水魔法だって、あんなに綺麗で素敵だもん。ジンガのあの凄い魔力をコントロール出来たら、きっと家族の誰よりも凄い魔法が沢山使えるようになるよ! だって、ジンガは努力出来る人なんだもん!」
無性に泣きたくなった。
差し伸べられた彼女の手を、握り返したかった。
僕は手を伸ばして、パシリと払い除けた。
「……君に、何がわかる! ……僕が暴走した時、君は見たこともないような魔法をいくつも使っていたじゃないか! ……君だって、心の中では僕を馬鹿にしているんだろう!?」
「だから、そんなこと思ってないって……!」
「そうやって、優しいふりか。星守シオン! ……ハッ! 特別な君は、慈悲の心まで持ち合わせているようで、本当に羨ましいよ!」
バチンッ!
頬に鋭い痛みが走る。彼女が僕の頬をひっぱたいたのだ。
「……っ、何をするっ」
「あんたの気持ちなんて、分かるわけないでしょ! 私はジンガじゃないんだから! ……でも、私はあんたが言う『特別』なんだもん。あんたの努力も、あんたの家族も記憶を覗いちゃったんだもん! それなのに、……馬鹿になんて出来るわけないでしょっ!」
「何を、意味のわからないことを……」
「ジンガだって、私の気持ちを知らない癖に……。羨ましいなら代わってよ! 私は、特別になんてなりたくなかった! 誰も知らない世界になんて来たくなかった! 世界を救う『特別』なんて、危険と隣合わせの『特別』なんて、怖いだけ! 私は、……私は、魔法も使えない平和な世界で守られていた、ただの普通の女子高生なんだよ……っ」
これはきっと、お互いにただの八つ当たりだ。
「……帰りたい。元の世界に、帰りたいよ……」
初めて見る弱々しい彼女の姿に、僕は声をかけることが出来なかった。
「あ、ははっ、私、何言ってんだろ。ごめん! めっちゃ変なこと言った、忘れて!」
痛々しい笑顔を貼り付ける彼女を見ていられなくて、僕は保健室を後にした。
「…………頭を、冷やしてくる」
何かと気にかけてくれていた先生が追いかけてくるものだから、酷くいたたまれない気持ちになった。
謝ることも出来ずに僕の暴走事件から数日が経ち、星守シオンの友人が意識を取り戻さないままだと先生から聞いた。僕のせいではないというのは安心したけれど、最先端の医療魔法の国に連れていく必要があるらしい。
「ねぇ、ジンガも一緒に行こう?」
「どうして、僕が……」
「だって、意識があって動けるっていっても暴走の後遺症で身体、辛いんでしょ? それに、今は大丈夫そうでもジンガにも何かあるかもしれない。……心配なんだよ」
「……父様に認められることを生きがいに、今まで生きてきたんだぞ。家族に馬鹿にされて、見放されて……僕にはもう、必死に生きながらえる目的がない」
「……っ、何、それ。ここまで、一生懸命生きてきたんでしょ!? ジェイドを蹴落としたいって思うくらい、私達に嫌味を言うくらい、必死だったんでしょ!? それなのに、ここで人生を諦めるなんて、見過ごせない。そんなのジンガらしくない!」
「……っ、だから、君に何がわかるんだ。……僕はもう、一生懸命、生きたくないんだよ……。もう、疲れたんだ……」
心の底からの本音だった。
こんなになっても僕を見放そうとしない彼女に助けを求めたいのに、疲れきった心が、その手を掴むことを拒んでいる。
「……一生懸命じゃなくていいよ。何も考えたくないなら、今は何も考えなくていい。だから、一緒に来て。そうしたら、友達を助けるついでに、私が勝手にあんたのことを助けるから。……だから、あんたもさ、私達を利用する、くらいに思えばいいんじゃない? それで心が元気になって……いつものジンガに戻ったら、あんたを見捨てた家族のことなんか見返してやるって鼻で笑ってやればいいんだからっ!」
にっかりと笑う彼女は、まるで太陽に向かって背伸びをする向日葵みたいだ。
ドクン、と心臓が高鳴る。
どうして、君の笑顔を見るとこんなにも泣きたい気持ちになるんだろう。
「…………お前が欲しかった言葉は、いつもシオンが与えてくれるんじゃないか? フラーウィス」
僕はこの気持ちの正体が分からなかった。
けれど、今はまだこの気持ちに名前をつけたくはなかった。
僕は俯いたまま、彼女の服の裾を引っ張った。
「…………僕も、連れていけ。魔力の高い僕だから今も意識があるんだろう。それなら、この身体には暴走を引き起こした薬の成分が残っているはずだ。検査して貰えば、少しは役に立つだろ……」
「…………ジンガ」
「…………勘違いしないでくれないか。君が言ったんだ。せいぜい利用させて貰うよ。僕はこの身体を治して、僕を馬鹿にした奴らを見返さなければいけないからね」
彼女がどんな表情で見ているのか確かめたくなくて、僕はそっと視線を逸らした。
◇ ◇ ◇
この気持ちが恋だと気づいた瞬間、僕の恋は終わりを告げた。
あんな出会いだったんだぞ、第一印象は最悪だ。嫌味ばかりでお世辞にもいい所より悪いところしかなかった。そんな悪役令息の僕が足掻いたところで、好きになってもらえるわけがない。
頭では分かっていても、諦めることが出来ない僕は、なんて惨めなんだろう。
「シオンに好かれる努力、してみようかな……」
あれから、共に最先端医療の国を目指し、ジェイドと三人で魔法の修行をしたりして、友達と呼べるくらいには関係性も改善した。
家を追放されて行き場のない僕だけが、ジェイドと別れた後もシオンと行動を共にしている。親しい友達との別れで元気の無いシオンを支えてあげたい、とは思ってる。
「でも、僕なんかが心の支えになれるわけない、な。僕がジェイドだったら……君にもっと寄り添ってあげられたのかな」
嫉妬とは違う羨ましさと、自分自身の不甲斐なさからシオンに声をかけれずにいると、最先端医療の国で出会って行動を共にすることになったイオンが僕の肩を優しく叩いた。
「声、かけてあげないの?」
「……僕が行ったところで、何の役にも立たないでしょう」
「そんなことはないよ」
「……ッ、そんなことあるんですよ……っ! ……いや、すみません。イオンさんは知らないでしょうけど、最悪な出会いというか、僕が一方的に嫌な奴だったから……少し前まではシオンと仲良くなかったんですよ」
「うん、君たちと出会う前のことは知らないよ。でも、今は仲良くなったんでしょ?」
「それは……シオンが水に流してくれているだけです」
気まずそうに視線を逸らす僕を見て、イオンが声を上げて笑う。
「ふふっ、ジンガは意外と引きずるタイプなんだね。シオンはもうそんなこと気にしていないと思うよ。ほら、シオンって嫌いな人とは仲良くできないタイプでしょ」
「それはそうですけど……」
「煮え切らないなぁ。負い目があるなら尚更、気丈に振舞ってるシオンの力になってあげなよ。寄り添うのに遅いなんてないんじゃない? 飾らない自分を見せられる相手がそばに居るって、案外心強いものだよ」
そういう、ものなんだろうか。
シオンとジェイドが初めて出来た友達だった。励まされた経験もなければ、励ます経験もないから、僕には分からない。だけど、僕がでしゃばってみてもいいんだろうか。
「はい。シオンなら屋根の上で星を眺めているよ」
まだ迷っていた僕にホットミルクを押しつけると、イオンはひらひらと手を振って自分の部屋へと戻っていった。
どうして、今更僕の周りにはお節介で優しい奴ばかり集まるんだ。僕はソファに掛けてあったひざ掛けを片手にシオンの元へと向かった。
ギィ。
屋根のきしむ音にシオンが振り返った。
「ジンガ? どうしたの、もしかしてジンガも眠れないの?」
「ふんっ、眠れないのは君だけだろう。……ほら、これ」
どうして、こんな態度しかとれないのか自分が嫌になる。ぶっきらぼうにひざ掛けをシオンの背中にばさっと落として、ホットミルクを手渡した。
「……びっくりした。まさか、私の為に持ってきてくれたの?」
「……悪いか」
「ううん、悪くない。ありがと。ちょっと肌寒くなってきたなぁって思ってたんだ」
「ホットミルクはイオンさんが持ってけって……」
わざわざ言わなくてもいいのに、自分の手柄にしてしまうみたいになるのが嫌で、つい言い訳がましく伝えてしまう。
「流石、イオン。気が利く〜。ジンガもありがとね、ひざ掛けはジンガが持ってきてくれたんでしょ?」
「……別に」
気づいてくれて嬉しい癖に、素っ気ない態度を取ってしまう自分が面倒臭い。
「……眠らないのか?」
「うーん、『私が世界を救わなきゃ!』なんて意気込んでジェイド達と別れた癖にさ……いざ、旅立っちゃったら寂しくて……ちょっと眠れなくなっちゃった」
へへっ、と眉を下げて笑う姿が、いつも前向きなシオンらしくないから、僕は何も考えずにシオンの手を握っていた。
「……そんな顔するなよ。……僕が、いるだろう」
「ジンガ……?」
いつからここに居たのだろう。シオンの手に重ねた僕の手のひらまであっという間に冷たくなっていく。
恋人がするような色っぽさなんて含んでいない。今はただ友達として励ましたくて、冷えきった手を温めたくて僕はシオンの手をぎゅっと握った。
僕の手からぬくもりが移っていく。
「……らしくないじゃん」
「君がらしくないから、僕もらしくなくなったんだよ」
「……そっか。あはっ、ジンガの手、冷たくなっちゃったね」
「君の手は少し温かくなったよ」
重ねた手は握り返されることはなかったけれど、シオンは僕の手を退かさずに受け入れていた。
「ねぇ。世界を救うなんて、本当に私に出来ると思う?」
「さぁね」
「さぁね、って……。励ましに来てくれたんじゃなかったわけ?」
「……ふんっ、思い上がらないで欲しいな。僕は君みたいな平凡な人間が世界をどうこう出来るなんて思っていないよ」
「何それっ」
「……だから! つまり、そもそも君にどうこう出来る問題かは分からないんだから、もしも救えなくても誰も君を責めたりしないだろう。もっと、いつもみたいに能天気に気楽にやればいいってことさ」
「……あっそ。あーぁ、ジェイド達ならもっと優しく励ましてくれるのになぁ〜」
まただ。
どうしてこんな言い方しか出来ないのか。素直に君が心配だと、気負わなくていいと言えればいいのに。
……情けない。
「……下手くそ」
「……へっ、下手くそ……?」
自己嫌悪で俯いた僕に、シオンがぶっきらぼうに言った。顔を上げると、頬を膨らませたシオンが真っ直ぐ僕を見つめていた。
「励まし下手過ぎるって言ってんの! マジで分かりづらい! でも……ジンガらしいっちゃらしいか。ちょっと、ムカつくけど……なんか元気出る。でもさー、もうちょっと上手く言えないの? 私が落ち込んだらどうすんの? まぁ、そういう不器用なとこ、嫌いじゃないけどさ」
どうして、君はそんなに優しいんだ。
どうして、僕の方が励まされているんだ。
「…………本当は、君なら出来るんじゃないかとも思ってるよ。……僕の心を救ってくれた君だから」
シオンの真っ直ぐな瞳に見つめられて、今度は素直な言葉が溢れ出た。
「それに、君は絶対に一人にはならない。最後まで、僕が付き合うよ」
「……ジンガ、なんか変なものでも食べた?」
「……このっ、僕が真剣に……っ」
「嘘嘘、ごめん! ちょっと、そんなこと言われるなんて予想外で……なんかこう、気恥しいっていうか心がそわそわして茶化した。……なんだろ、めっちゃ嬉しいかも」
「…………」
「本当に一人にしないでくれるの……?」
心細そうにそう言ったシオンは、いつもの力強さがなくて、本当は寂しい癖に自分のわがままを通して引き止められない性質なんだと今更ながら気がついた。
「……しないよ。僕に帰る家がないのは、君も知っているだろう」
「……ははっ、何その自虐ネタ。ふふっ、ふふふっ!」
「笑い過ぎだ」
「あははっ、なーんかジンガにはちょっとかっこ悪いところばっかり見せてるかもしれないなぁ。私、本当はこんなに怒ったり怖がってるとこなんか、見せるキャラじゃないんだよ?」
「……知ってるよ」
涙を見せようとしないこと、前向きでいようとしていること、心配かけないように全部我慢してしまうところ。たった少しの時間だけど君と過ごして痛いほど理解した。
君は根っからのヒーローだ。だから、僕は君にとってのヒーローにはなれないかもしれないけれど、君がカッコつけずにすむような嫌な奴で居てもいいかもしれないと思うんだ。
「僕はジェイドみたく優しくないからね。……君を心配したり甘やかしたりしないから、安心して弱音を吐けばいいさ」
「……うん。ありがと」
すっかり冷めてしまったホットミルクをチビチビと飲みながら、シオンが眠くなるまで僕たちは他愛のないことを話し続けた。
重ねた体温がどちらのものか分からなくなるくらいの時間を過ごした。まだ知らない君のことを知れたような気がした。
◇ ◇ ◇
「おはよう、二人とも。もうお昼だけどね」
「ふぁぁふ……。ジンガとめっちゃ話し込んじゃったんだよね」
あれからすっかり話し込んでしまって、寝る時間が遅くなってしまったせいで、僕もシオンも目が覚めたのは昼になってからだった。
昨夜の事情を理解しているであろうイオンは、特に夜更かしについて追求することは無かったが、代わりににこやかな笑顔で僕たちにこう告げた。
「僕はもう昼食は済ませてあるから、二人で買い出しに行っておいで?」
「なんだろ……。怒ってるわけじゃないと思うんだけど、イオンの笑顔の圧……強くなかった?」
「まぁ、流石にこの時間まで寝過ごした訳だからね……」
真上を通り越してしまった太陽を見上げて、目を細めていると、シオンが小さく悲鳴をあげるのが聞こえて僕は慌てて振り返る。
「痛……っ! ちょっと、今わざとぶつかったでしょ!」
「あ? わざとぶつかってきたのは、そっちだよなぁ? お前らも見てただろ?」
ぶつかった男の他に、三、四人のガラの悪い男達がシオンを囲んでにやにやと下卑た笑みを浮かべる。
「行こう、話が通じないな」
明らかに僕たちに絡むのが目的だろう男達を横目にシオンの手を取った。
「おいおいおい、彼女の前だからって格好つけてんのか? お坊ちゃん」
「……なんだと?」
「観光かなんだか知らねぇけど、魔法学園の制服でこの国をうろついてるなんて、カモってくれってアピールしてるようなもんだぜ?」
わはは、と下品な声で笑う男達は、魔法学園の制服を見て僕たちをターゲットに選んだようだ。
そういえば、この国はスラムや人目のない路地が多く、煌びやかな表側と比べて裏社会は治安が悪いと聞いていたことを思い出す。
「ふんっ、魔法が使えれば人数差なんて関係ないと君たちは先生から教わらなかったのかい? あぁ、君たちのような奴らは学校で教わったことなんてなかったか」
「……っ、こいつ! 馬鹿にしてんのか……っ!」
「そうだと言ったらどうするんだい? 魔法を使えない凡人が僕たちに適うわけがないと思うけれど」
コテコテのチンピラ達に呆れ返って、ついつい、久しぶりに悪役令息ムーブが出てしまう。
それにしても、僕たちが魔法を使えると分かっていながら数人で囲んで来るなんて、どう考えても魔法も使えない考え無しの三下の行動だ。
それに、ジェイドは平民でも魔力が高かったが、普通はこんなスラムにいるようなチンピラは魔法を使えない。そもそも、使えたとしても魔法を使う媒体となる魔法鉱石を買うお金もないからだ。
「この、ガキ……ッ! 魔法学園の生徒様だかなんだか知らねぇが、お高くとまって……俺らを見下しやがって! おいっ! 計画変更だ! こいつら監禁して身代金を要求するだけじゃ気がすまねぇ! 少しくらい怪我しててもいいよなぁ……っ!」
男の怒鳴り声に周りの男たちも同調する。
手早く済ませよう。そう思って、魔力を手のひらに集めて水球を創り出そうとした瞬間のことだ。
ビリ……ッ!
身体に電気が走り、僕は地面に突っ伏していた。
「……な……っ! 魔法を使える奴が……いた、のか……っ」
「あー、違う違う。品行方正なお坊ちゃんは知らなかったかもしれねぇけど、俺らみたいな魔力が少なくて魔法が使えねぇ奴でも強力な魔法が使えちゃう魔導具ってのがあんのよ」
「違法魔導具、か……」
「そ。ここはそういう国だからねぇ。薬と引き換えに非合法な魔導具を売ってる奴もいれば、表で見ない魔導具だからこそ威力は強力だったりするってわけ♪ 彼女にいいとこ見せれなくて残念だったなぁ、坊ちゃん」
「シオ、ン…………ッ!」
男はシオンの長い黒髪を掴んで、気絶しているシオンを僕の目の前に転がした。
――僕のせいか。
相手を侮って、怒らせて、シオンを危険に晒してしまった。遠くなる意識の中で自己嫌悪に陥る。
いや、今はそんなこと考える前に、どうにかシオンを連れて逃げなければ。
さっきの一瞬で、僕とシオンを同時にやったのか……。
クソ……ッ。どちらかだけでも動けていれば、こんな奴ら簡単に対処出来たはずなのに。ぐったりと横たわるシオンを見て、喧嘩を買ってしまったことへの後悔がこみ上げる。
「んじゃ、坊ちゃんも仲良くねんねしてな♪」
バチ……ッ!
首に衝撃を感じ、僕はそこで意識を失った。
◇ ◇ ◇
「……ジンガ、……ジンガってば……っ」
ひそひそと僕を呼ぶシオンの声で目が覚めると、薄暗い倉庫の床に手を縛られて転がされていた。
「……悪かった、僕が余計なことを言ってアイツらを怒らせたから……」
「今はそんなことどうでもいいよ! それより、アイツらが戻ってくる前に早く逃げなくちゃ!」
小さな窓から見える空が、夕日で赤く染っている。
「……君の強化魔法で縄をちぎれないのか?」
「私もやろうと思ってるんだけど、全然魔法が使えなくって……」
「まさか……っ」
手元を見ると、縛られた縄に見たことのない魔導具がくっついている。恐らく、これのせいで魔法が使えないのだろう。
魔法を使えない僕たちは、ただの非力な学生だ。急な心細さに嫌な汗が流れる。
それはシオンも同じようで、いつもの余裕の笑みが消えている。
「坊ちゃんの素性は分かったのか?」
「あぁ。まさかのお貴族様だぜ、今までの身代金なんかちっぽけに感じるくらいの大物だ」
「やりぃ! で、女の方は?」
「女はただの平民だ。けど、魔法も使えて見た目も悪くねぇとくりゃ、遊郭でも変態のとこでも高く売れる。傷つけるんじゃねぇぞ」
「傷がつかなきゃ味見はしてもいいってことだよなぁ?」
「程々にしろよ。俺はあの坊ちゃんに相手して貰おうかな」
「変態かよ」
「ちげーよ。アイツには散々コケにされたからな。引き渡す時に生きてりゃいいんだ、逃げられないように足の一本や二本折ったって構わねぇだろ?」
「ははっ、違いねぇ」
倉庫の外から戻ってきた男たちの会話が聞こえる。その会話の内容に、シオンが青ざめていく。そして、シオンは口を開くと、震える手を握りしめて僕に向かって微笑んだ。
「……ジンガ。アイツらが入ってきたら、私が体当たりするから走って逃げて」
「……っ、何言ってるんだ」
「大丈夫、私は傷つけないって言ってたし」
「は? そういう問題じゃ……」
味見をする、というのは、そういうことだろう。
言いかけて、シオンもそんなことは分かりきっていて、その上で僕を逃がそうと強がっていることに気づく。
「足折られちゃったら逃げらんなくなる」
「それなら、二人で逃げればいいだろう」
「無理だよ。私の足じゃ、縛られた状態で逃げ切れっこない。それよりも私がひきつけてる間にジンガだけが逃げるほうが成功するよ! お願いっ、逃げて、イオンに知らせて……!」
なんだそれ。
自分だって怖いくせに、どうして君は人のことばかり優先するんだ。どうして、そんなに強いんだ。
無理だ、逃げたい。
アイツらの言う通り、僕は貴族の坊ちゃんなんだ。こんな危険な目にあったことなんてない、今までの僕ならシオンを見捨ててすぐに逃げ出していたはずだ。
震える足が、シオンの提案を肯定しようとする。
そうだ、このまま二人で掴まっていても逃げられない。一人でも逃げて、助けを呼ぶのが正しい判断だ。僕はこのままだと酷い目に合うのは間違いない、だけど、シオンは傷つけないと言っていたし、すぐに助けに戻れば……。
情けない。
初めての友達で、初めて僕自身を見てくれた人。
それを、自分可愛さに理由をつけて見捨てようとしている。
恐る恐る顔を上げると、シオンがいつも通りの力強い笑顔で僕を励ましてきた。
「大丈夫! こんなのへっちゃらだし、私一人でも何とかなるかもしんないし、今は一人でも逃げることが重要でしょ!」
ダメだ。
ここで逃げたら、もう二度とシオンの顔を見れない。
もう二度と対等になれない。
僕も……出来ることなら、君のヒーローになるんだ。
「……悪いね。君を置いて逃げれそうにない」
「…………え?」
「……手、震えているよ。僕の前では格好つけられないんだろう?」
「いや、これは……武者震い……」
「ははっ、それじゃあ、僕のこれも武者震いのようだね」
僕は震える拳を握りしめると、これから倉庫に入ってくる奴らからシオンを庇うように前へ出た。
「……何、らしくないことしてんの」
「……君のお人好しが、移ってしまったみたいだよ」
ガラッと倉庫のシャッターが開けられて、会話していた二人の男が入ってきた。
「あらら。坊ちゃん、まだ格好つけてるわけ? そんな足プルプルで、立ってるのがやっとじゃねーか、よ……ッ!」
「……ぅ、ぐ……っ!」
顔面を勢いよく蹴飛ばされて、意識が朦朧とする。それでも、シオンの前だけは退いてなるものか。
「この……っ、生意気なんだよ……っ!」
「ゔぁああああああ゛……ッ!」
骨の折れる鈍い音が脳みそから響いて聞こえた気がした。
「金持ちだからって見下しやがって……ッ! クソがよぉ……ッ!」
「ぁああああ゛あ゛あ゛!」
「もうやめて……ッ! ねぇっ! お願い……ッ!」
シオンの泣き叫ぶ声が聞こえる。
骨の折れる音とシオンの声だけが頭の中を反響する。
両足を踏み抜かれた痛みでおかしくなりそうだ。
痛い。
何も考えられない。
何もしたくない。
「……ジンガッ! ジンガッ!」
周りの音は聞こえないのに、僕の名前を呼ぶシオンの声だけがハッキリと聞こえていた。
シオンは、僕が助けるんだ……!
「うぉ……っ、なんだ、これ……魔法が使えなくなるんじゃなかったのかよ……っ!」
魔力が暴走したあの時のように、周囲の魔力を取り込んで、僕の周りに水球が浮かび上がっていく。
「ジンガ……ッ!? ねぇっ、聞こえてないの!? ジンガってば……ッ! 嘘、まさか暴走してるの……ッ!?」
シオンの声に返事をしたいのに、思うように声が出せない。自分の意思に反して、水球が大きく膨れ上がっていく。
水球が逃げ惑う男たちを取り込んで、危機は去ったというのに今度は僕が暴走してしまっている。
クソ……ッ、止まれ……!
このままだと、シオンまで巻き込んでしまう……。
「私も魔法が使えれば……、止めれるかもしんないのに……っ!」
そうシオンが叫んだ瞬間、何故かシオンの手枷が砕け散った。
「えっ? あっ、ほうけてる場合じゃない! ジンガ……ッ!」
杖を出す余裕もなかったのか、シオンが僕に抱きついた。
シオンの身体が白い光に包まれて、僕の意識もだんだんとクリアになっていく。
「……シオ、ン…………」
ほっと気を緩めた途端に、魔力を失った水球が崩れてバケツをひっくり返したように僕たちの頭上から降り注ぐ。
床に叩きつけられた男たちは気絶しているようで、隅の方で延びている。
「「うわっ……!」」
バシャー、と音を立てて崩れた水でずぶ濡れになりながらシオンを見つめると、キョトンとした表情でシオンも僕を見つめていた。
「……っぷ、あははっ。めっちゃずぶ濡れじゃん」
緊張感の欠けらも無い満面の笑みに、心臓が高鳴った。
その笑顔を守れたことが嬉しくて、僕も声を上げて笑っていた。
「ははっ、格好つかないなぁ……」
「何言ってんの! 私のこと庇ってアイツらに立ち向かってくれたのめっちゃ格好良かったよ。ありがとう、ジンガ!」
あぁ。やっぱり、いつだって僕が欲しい言葉をくれるのは君なんだな。
僕の負けだ。
恋をしたら負けだなんて言うけれど、月明かりに照らされてキラキラと反射する水滴が、君の笑顔が余りにも綺麗だったから、僕は観念してしまった。
君が、好きだ。
◇ ◇ ◇
「こんな遅くまでどこに行ってたの……って、その怪我……! どうしたんだい……っ!? ジンガ、早くそこに座って……!」
足の酷い痛みを我慢しながら、なんとか足を引きずってイオンの元へ戻ると、慌てながらも的確な処置で回復魔法をかけてくれて、一晩のうちに怪我が治ってしまった。
「……ありがとう」
「どういたしまして。全く、本職とは違うんだから……僕が治せなかったらどうなってたか……」
心配してくれているイオンからの事情聴取を終えると、気が抜けて疲労がどっときたのか、僕は泥のように眠っていた。
夜のうちにイオンが手配してくれたのか、僕たちを攫った奴らはこの国の兵に捕まったらしい。
随分手際がいいと不思議に思っていると、どうやら、その場に居合わせた親切な人の協力があったそうだ。
「ジンガ、足はもう大丈夫、なの……?」
いつになくしおらしい様子のシオンに、僕はため息をついた。
「はぁ……、見てのとおりなんの問題もないよ。それよりも、君の辛気臭い顔の方がよっぽど気が滅入るよ」
「なにそれ……っ、あんな大怪我してたんだよ、心配するに決まってんじゃん!」
「それが余計だと言っているんだ。いつもの君はうるさいけれど、笑ってない君の方が鬱陶しいからね。強がり、得意なんだろう?」
「……このっ、昨日は強がるなって言ってたくせに……っ!」
「ふんっ、僕はただ格好つけるなと言っただけだよ」
相変わらず素直になれない嫌味な僕と、普通の女の子のくせに強がりで格好いい君。
悪役令息だった僕が主人公の君のヒーローになれるかなんて分からないけれど、満更でもないその笑顔が僕を認めてくれた気がするから、君のそばに居よう。
スタートラインくらいには立てたのかなって、少しくらいは自惚れてもいいんだろうか。
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こちらは、ヒロインのシオンが主人公の長編
「星守シオンは帰りたいっ!ギャルな女子高生の最強マインドで、最高な救世主になってあげる!異世界転移とかヤバいけど、運命なんてあたしの魔法で変えてやる!~時渡りの姫と予言の子~」に出てくる当て馬悪役令息ジンガのスピンオフのような短編になります。
長編は新連載となりますが、2章まで完結保証で毎日更新しますので、良ければそちらも宜しくお願いします!
「https://book1.adouzi.eu.org/n4737lc/」
余談ですが、当て馬ライバルキャラがどれだけいい人になって、ヒロインから許されても、自分自身が過去の自分を許せずに恋する資格もないと葛藤するのが大好物です。
少女漫画だと、サブキャラや当て馬キャラの恋模様のほうがメインストーリーより好きになりがちなので、ジンガ視点の短編を書くのは楽しかったです!
個人的には本編でもジンガには頑張って貰いたいです。




