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第四話 思わぬ出会い

振り向けば、トコトコと小さな足音が、石畳の向こうから近づいてくる。


「アン!」


いつもの声。

アモンが嬉しそうに尻尾を一度だけ大きく振った。

鼻先をぐいっと前に出して、待っていたみたいに立ち止まる。


(……やっぱり、アナベルだ)


ふわふわの雪のような毛並みに赤いリボンの小型犬が、

朝日を浴びてきらきらと光っていた。


そう。

毎朝の散歩道で出会う、アモンのお友達だ。


小走りで近づくと、アナベルはアモンの胸元にちょこんと前足を乗せる。


「アン、アンっ」


アモンも低く鼻を鳴らして返す。

二匹は、本当に仲がいい。


私はしゃがんで息をひとつ吸い、アナベルの頭をそっと撫でた。

柔らかい毛並みは、いつも通り。


「……アナベル、おはよう。今日も元気だね」


アナベルの毛並みを撫でながら、ふと広場の向こうの王宮が目に入った。


(そういえば……アナベルの飼い主さん……

 どこかのお屋敷の執事さんって言ってたけど……)


背の高い、物静かな紳士。

アナベルのことを“お嬢様”と呼んで、

わたしにも丁寧に頭を下げてくれた人――。


(まさか……そんなわけないよね……。

 そうだ、ご挨拶しないと)


顔を上げようとした、その瞬間――


「いい天気ですね」


落ちてきた低い声に、息が止まった。

ほんの一瞬、背中のどこかがひくりと震えた。


――違う。


老紳士の、暖かくて、それでいて少ししゃがれた声じゃない。

もっと澄んでいて、静かで……

触れたら冷たいのか温かいのかわからないような声。


恐る恐る視線を上げた。


朝日を背に、シルエットだけが細く縁取られて浮かび上がる。

光に慣れるために目を細めた、その向こう――


そこに立っていたのは、いつもの紳士ではなく。


顔立ちの輪郭が淡く輝きをまとい、

銀の瞳が、静かな光を宿してこちらを見下ろしていた。


その瞳に触れられた気がして、

皮膚の内側がじん、と熱を帯びた。


(……え……?)


喉の奥で、小さな音がひっかかった。


あの夜会で、ほんの一瞬だけ触れた視線と、

まったく同じ色。


アナベルの真っ赤なリードを持つ白い手が、

薄い光の中でわずかに揺れた。


(……どうして……?

 もしかして……アナベルって……)


「……あなたは……」


言葉が、そこで途切れる。


「わふっ!」


アモンが一声吠えて、彼に近付く。

大好きな人に会ったように――

もふもふの尻尾を千切れんばかりに振って。


「久しぶりだね、アモン」


「ばう!」


(え……? 久しぶり?)


すると彼は、ただ静かに微笑んで、唇を開いた。


「お散歩ですか、ノエル・カスティーユ嬢」


自分の名前が落とされた瞬間、

心臓がひとつ、強く跳ねて、呼吸が遅れて戻った。


――私なんかの名前を……?


胸の奥が、また跳ねた。


理由のない跳ね方。

昨夜と同じ場所が、また熱くなる。


「アナベルも……あなたとアモンに会えて喜んでいます」


そう言ってアモンの大きな頭を撫でる。

その何気ない仕草が、やけに丁寧で――

触れていないはずなのに、距離の近さだけが胸に落ちた。


その瞬間ふと、胸の奥が疼いた。

どうしてか、昔どこかで見たような気がして――。


アモンの鼻息が、ひんやりした朝の空気の中で白く揺れる。


風の向こうに、

“何かが変わる前の空気”が漂っているのがわかった。


一歩、踏み出そうとした足が、そこで止まり、

胸がじんわりと熱くなり、指先だけが冷たくなる。


私はただ立ち尽くし、目の前の“氷の王子”――

カスパル・ブランシュヴァル王子殿下を、

まっすぐ見つめるしかなかった。


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