第28章 第2話
その夜のメインディッシュは『礼名風酢豚??』だった。
豚肉の代わりに鶏肉を使う『礼名風酢豚?』ではない、『礼名風酢豚??』だ。クエスチョンマークが増えているのだ。
何かと思って食べてみたら、豚肉が揚げ出し豆腐に変わっていた。
もはや、肉ですらない。
「どう、『礼名風酢豚??』は?」
「うん、美味しい。だけど、どこか虚しいな」
「実は礼名もそう思う。えへへっ」
僕は豆腐とピーマンとパイナップルを同時に口に放り込むと食卓に置かれたチラシに目を落とす。今朝、三矢さんが持って来てくれたウィッグのチラシ広告だ。
「ジビエも揃ってるぞ、鹿肉とか野鳥の肉とか」
「マンモスの骨付き肉は?」
「ねえよ。原始人アニメの見過ぎだよ」
僕の声に礼名もチラシに目を落とす。
「これって中吉商店街にはなかったラインナップだよね。まあ、うちには関係ないけど」
ジビエは値が張る。神代家の食卓には関係ない食材だ。
ちゅうか、普通に牛肉が喰いてえ!!
「ウィッグが出来ても三矢さんの店には影響ないのかな?」
「う~ん、多分無いんじゃないかな。だってあそこは普通のお肉屋さんだもん。ウィッグは変わり種ばっかりで商品被ってないもん」
「困るのは喫茶店だけか……」
僕の言葉に礼名は表情を曇らせる。いけない、反省。ネガティブなことばかり言っちゃいけないな。礼名はいつも明るく振る舞っているのに。
「だけど三矢さんも応援するって言ってくれたし、オーキッドには味方が一杯いるから大丈夫だよな」
「あ、うん。そうだね……」
しかし礼名は苦笑いを浮かべて。
「だけどさ、うちも一生懸命だけど、他のお店もみんな一生懸命だもんね……」
「え?」
「あ、ううん。何でもないよ。えっとお味噌汁おかわりあるよ、お兄ちゃん!」
ウィッグの開店まであと二週間。
でも、僕らはまだこれと言った迎撃策を出せていない。敵は僕たちの店を潰す気満々で来るというのに、だ。
一応努力はしている。
僕は飲料以外のメニューを増やそうと試行錯誤を繰り返している。だけど、魅力的な商品は出来上がっていない。ムーンバックスの時に考え尽くした感がある。仕入れをむやみに増やさないで新しい商品を開発するのはもう限界かも知れない。
麻美華や綾音ちゃんの力を借りるというのも考えた。礼名と同じく彼女たち目当てで来てくれる人もいるだろう。だけどこの案は礼名に猛反対された。彼女たちがバイト代を受け取らないのを利用することになるからだ。確かにそうだった。
僕の気持ちは焦るばかり。
礼名も時々ひとりで考え込んでいたりする。
「じゃあおかわり貰おうかな。あ、ところで今日も礼名に差出人不明の封筒が来てたよ。その棚の上に置いてあるから」
「あっ!」
礼名は慌てたように席を立ち、その封筒を手に取った。そうして封筒の表裏を確かめる。
「最近多いな。またラブレターか?」
「……うん、そうだよ。礼名の愛はお兄ちゃん一筋だけどね。ただ相手の人に悪いから絶対見ちゃダメだよっ。えっと、お味噌汁おかわりだったっけ」
礼名の誕生日から届きはじめた差出人不明の郵便物は僕が知るだけでもこれが四通目。
「纏わり付かれてるのか? 困ったら何でも相談しろよ」
「大丈夫だって。そんなんじゃないから」
「そうか? それって何通目だ? モテ過ぎちゃって困ってるんだろ?」
「大丈夫だよっ! そんなことよりお兄ちゃんもモテモテだよねっ! それも麻美華先輩とか綾音先輩みたいな、とびっきりの美人にねっ!」
逆ギレされた。
「あ、それは、いや、その…… そうかな?」
「そうですっ!」
「だけどそれはお互い様じゃん」
「違いますっ! 礼名は全て速攻でお断りしていますっ! お兄ちゃんが大好きだって誰彼憚らず公言していますっ! バカにされても後ろ指を指されても、いけない女と言われても、一日三回食事が終わると元気いっぱい大声で叫んでいますっ! それなのにっ!」
礼名は僕の前に味噌汁を置くとさっきの封筒を手に取った。
「お兄ちゃんの…… ばかあっ!!」
そしてそのまま二階へと駆け上がった。
「おい礼名っ!」
「来ないでっ!」
僕は後を追ったけど、彼女は自分の部屋に入るなりドアを閉めた。やがて部屋の中から押し殺すような嗚咽の声が聞こえてくる。
「ごめん礼名。なあ……」
「…………」
初めてだ、礼名がこんなヒステリックな怒り方をするなんて。
僕は一体どうしたらいい。
確かに礼名の態度を明確だ。
それはもう呆れ返るほどにクッキリハッキリと。
だけど、僕にも事情がある。
だって僕は告白なんてされてない。
確かに綾音ちゃんはいつも僕を気に掛けてはくれるけど、あくまで仲の良い友達だし、麻美華に至っては僕の妹だ。
礼名の真っ直ぐな言葉を聞く度に後ろめたい気持ちにもなるけど、それは僕がモテるからなんかじゃない。彼女に対して秘密があるからだ。
いつかは礼名に全てを明かさなければいけない隠し事が……
「なあ、礼名……」
僕は部屋の前で座り込んでしまった。
礼名と喧嘩をしたことなんて無かったのに。
礼名はいつも優しくて、少しのことは笑い飛ばしてくれたのに。
何分経っただろうか。やがて。
「お兄ちゃん、ご飯食べておいてください。すぐに礼名も降りますから」
「ごめん礼名、気に障ることを言ったのなら謝る……」
「いいえ、謝るのは礼名です。だからもう降りてください」
僕はゆっくり立ち上がると階下へ降りた。
食卓の味噌汁を見つめながら色んなことを考える。
今から打ち明けようか。
実の兄妹じゃないって打ち明けようか。
だけど、その時に僕は決断をしなくちゃいけない。礼名と一緒にいるのか、それとも距離を取るのか。兄妹だという予防線が無くなったら、僕は自分に自信が持てない。礼名に何をしてしまうか自分が怖い。
やがて。
「えへへへっ、取り乱してごめんなさいっ! でもね、お兄ちゃんがお望みなら礼名はもっともっと乱れてもいいんだよっ!」
バツが悪そうに自虐的な笑顔を浮かべて礼名が戻ってきた。
「いや、僕こそごめん」
「明るくいこうね! 付け替えたばかりのLED電灯みたいにパアッっとさ!」
そう言って声を上げて笑う礼名だけど、その笑顔は無理に作っているようにも見えた。




