赤髪の騎士フレッドの話②
「なあ、本当に他に何か聞いてないのか!?」
ドン! と酒の入ったグラスをテーブルに打ち付け、フレッドが吠えた。
ガヤガヤと騒がしい店内に、よく通る声が焦りと苛立ちを滲ませながら響く。
噛みつきそうな勢いのフレッドから身を逸らし、アランが答えた。
「だから聞いてねえって。あの子、ただでさえ怖い思いしたのに、知らない男に夜道で自分のこと根掘り葉掘り聞かれたら嫌だろ」
あの後、「彼女が乗った馬車を走って追いかける!」と言い出したフレッドを、「流石にもう無理だ」と言ってアランとノアは何とか馴染みの店まで引っ張って行った。
仲の良い店主にお願いして、残りのサンドウィッチは皿に盛ってテーブルに並べてもらった。
「はいよ。これどうしたんだ?」
太い腕を組んで、店主が尋ねた。
テーブルの真ん中に置かれたサンドウィッチの皿を、ノアがぐいっとフレッドの前に寄せる。
「さっき道で助けた女の子がくれたんだよ。で、フレッドがこの有様なの」
ノアが顎でクイっと赤い顔のフレッドを示すと、店主はなるほどと言わんばかりに片眉を上げた。
「へー。フレッドがねぇ? どんな子なんだよ。名前は?」
「それが……」
アランが困ったように肩をすくめると同時に、フレッドが一気に酒を煽り、グラスを空にした。
「アランが彼女を送った時に名前聞いてねぇから、わかんねぇんだよ! くそっ!」
「アランに当たるなよ。自分で聞いてないフレッドのせいだろー」
「戦闘中にそんな暇あるか、バカノア!」
「はあ? バカなのはフレッドだろ」
「おいおい、やめろ店の中で。なら顔は? 顔はわかるんだろ?」
店主が太い腕で二人の顔を掴んで無理やり距離を離す。
「……わかんねぇ」
「は?」
「だから、わっかんねぇの!」
「あ? お前、名前も顔もわかんねえのに、そんなんなってんのか?」
「うるせえ! 声はわかる! 髪の色も……それにハンカチもある!」
必死に吠えるフレッドを無視して、ノアが呆れたように頬杖をついた。
「でも襲われてたから声は震えてたし、髪は一般的な栗色。ハンカチも花の刺繍がしてあるだけで、特に手掛かりなしなワケ」
「俺も、その子の見送りはしたけど、馬車で隣の領地の友人に会いに行くってことしか聞いてなくて」
「手掛かりなしかよ。アランとノアは一緒にいたんだろ? 顔わかんねぇの?」
「未遂で事件にもならなかったし、暗くてはっきりとは……」
「僕は入れ違いだったし」
はーと全員がため息を吐くと、ふと、アランがテーブルのサンドウィッチを見て言った。
「あ、でもそのライ麦パンは、オリビアの店のだぞ」
「「「え?」」」
三人が一斉にアランを見た。
「本当か!?」
「うわーアランが言うならそうなんだろうね」
「長年のアレがもうアレだな。すげえな」
僅かな手掛かりに顔を明るくするフレッドとは違い、ノアと店主は苦笑いだ。
「てことはさ、『幸せの店』のパンでサンドウィッチ手作りして出かけようとしてるくらいだから、この辺の子なんじゃない?」
「そうだな。俺から見てもかなり出来が良いから、カフェとかレストランなんかで働いてるのかもしんねぇな」
「確かに。貴族のご令嬢って感じではなかったし、どこかの店で働いているかもしれない」
三人の推測を聞いて、希望が見えてきたフレッドは立ち上がった。
「俺、探すわ!!」
それから、フレッドが名前も顔も知らない彼女を探す日々が始まった。
時間があれば街を歩き、栗色の髪を目で追った。
カフェやレストランを片っ端からまわり、それらしい子を見つけると声を掛けた。
「あの──俺のこと覚えてない?」
助けた時に貰ったスミレの刺繍のハンカチを見せ、そう尋ねる。
すると、相手の女の子は顔を赤くし、はにかみながら答えるのだ。
「もちろん、覚えています」
初めてそう答えて貰った時、フレッドはそれはもう喜んだ。
こんなに早く見つかるなんて、と喜びデートに誘う。
だが暫く過ごしていると、思うのだ。
「違う……この子じゃない」
そうしてその子とはお別れし、また別の子に声を掛けた。
何人にそれを繰り返しても、結果は同じだった。
もしかしてと思った子でも、ほんの僅かに声が違う。
髪色が違う。
背丈が違う。
そして、香りが違った。
「……俺のこと、覚えてない?」
「もちろん、覚えています」
探し始めて1年が経つ頃、フレッドは今までで1番記憶の彼女と一致する女性に出会った。
新しくできたカフェで働いていた彼女を、すぐにデートに誘った。
ライ麦パンのサンドウィッチが好きだと伝えると、その子は嬉しそうに作ってくると言った。
デート当日。
公園のベンチで渡されたサンドウィッチを食べて、フレッドは肩を落とした。
「本当にごめん、俺の勘違いだったみたいだ」
バチン!!
フレッドの頬に手形を残すと、女性は足早に去って行った。
「俺のこと、覚えてるって言ったのにな……」
もうこれで何人目だろう。
ハンカチを見せ声を掛けると、皆嬉しそうにフレッドを「覚えている」と言う。
なのに後から問いただせば、実際はその殆どが初対面で、言葉を交わしたことすらないと言う。
一年。
これだけ探しても見つからないという事実に、フレッドは相当参っていた。




