幼馴染アランの話②
「触るな!!」
食堂の入り口に、オリビアを見つけた。
この前の黒髪の新人騎士の隣で、泣いている。
それを見るや、アランはカッと目の前が真っ赤に染まった。
なぜ、ここにオリビアが?
なぜ、この男と一緒に?
なぜ、泣いている?
なぜ、紙袋を持っている?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ──。
──ああいう奴に、さらっと奪われるぞ──
どっと思考が駆け巡り、頭の中で、いつかのフレッドの言葉がこだまする。
(もしかして、こいつのことが好きなのか……?)
相手の男を睨みつけながらも、そんな可能性が浮かび血の気が引いていく。
オリビアを奪われたくなくて、抱きしめる腕に無駄に力が入ってしまう。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)
紙袋を奪い取ったのは衝動だった。
そして、オリビアに言われた。
「アランには、それはもう要らないでしょ」
目の前で言われた言葉が理解できない。
紙袋をきつく握り、思わずアランは声を荒げた。
「はあ!? 何でだよ!」
「だってそうでしょ!? 好きな子に作って貰うなら早くそう言ってよ。さっきみたいにその子から貰えば良いじゃない! 私とは違う、綺麗なサラサラの髪の女の子に!!」
オリビアの目から、再び涙が溢れた。
(好きな子? さっきの? サラサラの髪の女の子?)
一瞬何の事かわからず、アランは思わず眉を顰める。
そして思い至った。
──オリビアは勘違いしている、と。
「はあ……ちょっとこっち来て」
オリビアの腕を掴むと、紙袋の方へズンズンと引っ張って行った。
テーブルに到着すると、置きっぱなしの紙袋をずいとオリビアに寄越した。
「中見てみろ」
オリビアはいやいやと首を振るだけで動こうとしない。
待ちきれずアランは紙袋を開き、強引に中身を見せた。
「ほら、見ろって」
「──え?」
目の前のオリビアが、目を丸くしてそれを見た。
紙袋の中のそれは、オリビアが最も見慣れたもの──『パン屋オリビア』のアップルパイだった。
「さっき受け取ってたの、これ。オリビアのだよ」
「なん、で」
「食べたくて我慢できなかったから、無理言って買って来て貰った」
今までのぎこちなさが嘘のように、素直な言葉が口をついた。
「凄く……嬉しそうにしてた」
「そりゃ嬉しいだろ。オリビアの作ったやつだし」
「サラサラの髪が」
「俺はくるくるがいい」
「メニュー、変えてくれって」
「俺に勇気がなかったから」
「よそよそしいし」
「それも、俺に勇気がなかったから──本当にごめん。俺が悪かったから。頼むよ、泣くなって」
オリビアの目から、大粒の涙が溢れている。
アランは頬に手を添えると、親指でそれを優しく拭った。
「なあ。お前が持ってきた方のも、俺にくれよ」
返事は聞こえない。
だが、彼女は小さく頷いた。
「はあ……確かに、勇気が出る味だな」
アランはオリビアが持ってきたアップルパイを一口齧ると、そう呟いて、俯くオリビアを真っ直ぐに見つめた。
「オリビア、好きだ」
あれだけ躊躇っていた言葉が、今は驚く程するりと言える。
「オリビア、愛している」
俯いたままのオリビアから返事はない。
「オリビア、俺と結婚してくれ」
黙ったままのオリビアを祈るように見つめ、アランは返事を待った。
永遠に感じるような静寂の後、オリビアは顔を上げて言った。
「これからアップルパイはデザートにして。……毎日ね」
泣きながらにっこり笑った彼女を、アランは全力で抱き締めた。
「ああ! 最高だ!!」
その後、食堂にいた他の騎士達に散々冷やかされ祝福されたのは言うまでもない。
アランが4年も食堂でウジウジしていたのを、誰もがヤキモキしながら見守っていたのだから。
巻き添えになった黒髪の騎士に2人で謝りに行くと、「今度、私も買いに行きます。好きな人がいるので」と眩しい程の爽やかな笑顔で言われた。
大きな大きなアップルパイがウェディングケーキとして登場する、ちょっと変わった結婚式のお話は、また別の機会に。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回、『ライ麦パン』は、アランの友人、騎士フレッドの恋のお話です。
面白いと思って下さった方は、ブクマ登録、ポイント評価頂けると嬉しいです(^ ^)




