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28話 修羅場

 



「そんじゃ、我がクラスの体育祭優勝を祝いまして、かんぱ~い!!」


「「かんぱ~い!!」」


 幹事の体育祭委員が祝杯のジュースを掲げると、クラスメイトたちもジュースを掲げて乾杯する。


 僕達は今、ラウンド2から場所を変えお好み焼き屋を訪れていた。勿論予め予約しており、かつ集団ということでお店にはほぼ貸し切り状態にしてもらっている。

 お店と交渉したのは体育祭委員の彼だ。体育祭でのリーダーシップに加え、打ち上げの円滑な段取りなど、惚れ惚れしそうなほどの幹事力だ。


 彼ならきっと大学に上がっても社会に出ても大成するだろうね。


「お好み焼き屋なんて久しぶりだな~」


「ガキの頃に食いに行ったぐらいだわ。佐藤は?」


「僕も記憶にないな」


「でも、たまにはこうやって皆で飯を食うのも悪くないな」


「そうだね」


 山田の話に明るいトーンで相槌を打つ。

 僕は山田と野口と友達ではあるけれど、一緒にご飯を食べに行ったりは敢えてしていない。


【モブの流儀その3 特定の誰かと深い関係にはならない】


 友達であることは大切だけど、適切な距離間を保つことが大切なんだ。放課後に遊びに行ったりご飯を食べに行ったり一緒にいる時間が増えると、その分仲も深まるが喧嘩が発生するリスクが生じてしまう。


 数少ない友達と喧嘩なんてしたくないからね。二人を失うのはモブとしての学生生活を送る上でも厳しくなってしまうし。


 因みに、僕等は三人で一つのテーブルを囲っている。他のテーブルも普段仲が良いイツメンで固まっていた。


 八神・灰谷・日和・早乙女の仲良いグループとか、王道率いる陽キャ一軍グループと北条グループは隣り同士できゃっきゃしていて、後は運動部グループとか三軍男女混合グループで綺麗に別れている。


 食事までくじ引きでメンバーシャッフルをするのは、流石に楽しくないと体育祭委員の二人が判断したんだろうね。僕もそうだけど、普段喋らないクラスメイトとご飯を食べても気まずいだけで料理が美味しく感じられないだろうし、中々のファインプレーだと思うよ。


 そこで気になるのは蘇芳がどこのテーブルに着いたかなんだけど、彼女は野球部坊主の畠山がいるテーブルについて居た。


 というのも、どこのグループにも属していない孤立している彼女を気遣った体育祭委員二人が自分のところに呼んだんだ。


 正直蘇芳は僕のテーブルにやってくるだろうと警戒していたけど、そんな事はなく素直に運動部グループの誘いを引き受けた。


 ボウリングの時のような少人数ならまだしも、今のように大人数の前で僕に絡むのは約束違反になると抑えたのかもしれない。ただの憶測に過ぎないけどね。


「見てくれ蘇芳! 俺もんじゃ焼き作るの上手いからさ! どんどん食べてくれよ!」


「あ、ありがとう……いただくわ」


 蘇芳がいることが嬉しいのか、畠山がいつもより舞い上がってる。彼女に良い所を見せようと、「うおおおお!!」と必死にもんじゃ焼きを作っていた。彼の涙ぐましい努力にこっちが感激してしまいそうだ。


「あ~あ、畠山のやつ、蘇芳さんがいるからって張り切っちゃってるぜ」


「痛々しくて見てらんねぇよな」


 と、山田と野口が畠山のことをディスる。

 カースト低位の陰キャとかってさ、今の畠山みたいなのを冷ややかな目で馬鹿にする節があるよね。本心では羨ましいはずなのに、自分達ができないからって自分達を正当化してしまうんだ。


 まぁ、中には本当にくだらないと思っている生徒もいるだろうけど、彼等の場合は前者だろう。


「やっぱ飯は男だけで食べるのがいいよな!」


「そうそう、女子なんていらねぇって。ほら佐藤、焼いてやるからドンドン食えよ!」


「ありがとう」


「ねぇ、私にも焼いてよ」


「「――えっ!?」」


 突如横から入ってきた人物に、僕達三人は驚いて顔を上げる。するとそこには、カースト上位、元女王の北条結愛が立っていた。


 北条の登場に僕達が驚いていると、彼女は空いている僕の隣に座ってくる。


「え、あの……」


「う、あ……」


 目の前に北条が現れて、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう哀れな二人。彼等がキョドってしまうのも仕方ない。

 弱者は強者に脅えてしまうものだからだ。それは自然の摂理であって、人間同士にも当てはまる。


「ねぇ、作ってくれないの?」


「つ、作ります!」


「精一杯頑張らせていただきます! おい山田、俺に作らせろ!」


「いいよ、俺が作るよ!」


(なんて健気で可愛いだ、この二人は)


 北条が可愛らしくお願いすると、二人は自分が北条のお好み焼きを作るんだとヘラの奪い合いをする。


 君達、さっきまで蘇芳に必死にアピールする畠山のことディスってたよね。凄まじい手のひら返しなの自分で分かっているんだろうか。いや、分かってないな。


 まぁ、彼等が頑張ろうとする気持ちも分からなくはない。


 北条は可愛い。それも日和みたいにノーメイクで可愛いのではなく、ノーメイクで可愛い上に自分を可愛く見せようと努力しての可愛さだ。


 蘇芳が転校してきたことで霞んでしまっているが、北条は学年でもトップレベルだろう。


 そんな可愛い女の子にお願いされたら、山田と野口が舞い上がっても無理はない。それが陰キャ男子の悲しい性なんだ。



(こいつ、何を考えているんだ?)



 ただ、解せない問題が一つある。

 その問題とは、何故北条が三軍陰キャグループのテーブルにやってきたか、というものだ。


 だって見てよ、周りの反応。

 北条が僕等のテーブルに来たことで、皆がこっちを見て目を丸くしている。「いったいどうなんてんの?」って感じでね。


 特に驚いているのは北条が元々居た一軍グループだ。北条の取り巻き女子もそうだけど、王道や一軍陽キャ男子も困惑した様子でこちらを見ていた。困惑しているということは、北条は仲間に何も言わず僕達のテーブルに来たということだ。



(何が狙いだ?)


 北条が僕等のテーブルに来たのには狙いがあってのことだろう。ボウリングでの僕への態度を見て分かるように、彼女は陰キャのことなんてそこら辺に落ちている石と同じくらいどうでもいいと思っている。


 にも関わらず突然絡んできたのは、何か狙いがあるんだ。

 ただ、その狙いが皆目見当もつかない。僕でさえ、北条が接触してきたことは余りにも予想外だからだ。


 今は下手なことをせず、大人しく成り行きを見守るとしよう。


「ねぇ佐藤、もうちょっと奥いってよ。こっち狭いんだから」


「(――っ!?)ああ、ごめん。気付かなかった」


 そう言って、北条はぐっと肩で僕をグイグイ押してくる。その行為に驚きながらも、彼女に謝りながらスペースを確保した。



(どういうことだ?)


 今の北条の行為は、身体を接触させる明らかなボディタッチだ。

 肩を叩いたりと何も気にせずボディタッチするいわゆるサバサバ系女子はいるが、大体の女子は気をつけて避けている。


 何故なら男子にボディタッチをすると、周りの女子から「あの子あの男子確実に狙ってるよね」という目を向けられてしまうからだ。


 勿論北条だってそうだ。僕が見ている中で、王道以外の男子にボディタッチしたことはほぼない。一軍男子でさえそうだ。


 なのに何故、今日に限って北条は僕にボディタッチをしてきたんだ。

 先に言っておくと、偶然ではない。蘇芳は狭いからと言ったが、僕は予め奥にいって十分なスペースを確保していた。


【モブの流儀その5 女子生徒とはなるべく会話を避ける】を実行しようと、北条と不要な会話をしないために先回りしていた。


 していたのに、彼女はわざわざ自分から話しかけて身体を接触してきた。


(王道の嫉妬心を煽るため? いや違うな)


 確かに、蘇芳に気持ちが傾いている王道の意識を自分に戻すには、嫉妬させる手がある。いつも自分といる女子が他の男子と楽しくしていれば、気付かない内に嫉妬してしまうものだ。


 が、嫉妬の対象が僕等のような三軍陰キャな時点でその可能性は限りなく薄い。これが「ラブコメの主人公」の八神だったり体育祭委員の彼だったりすれば嫉妬の対象になり得ただろうけど、僕等は論外だ。


 それらを踏まえると王道の嫉妬心を煽るためではないということが分かる。というか、北条はそんな駆け引きができるほど頭は良くない。



(単純に僕に好意を抱いたから? いや、あり得ないね)


 確かに、北条とはボウリングで同じチームになったし、最後の方は良い雰囲気になっただろう。だけどそれだけで僕に好意を抱くほど北条はチョロくない。


 そもそも北条は面食いだし、陰キャを下に見ているからね。陰キャと付き合うとか彼女のプライドが許さないだろう。



(分からない……北条の狙いが全然わからない)


 余りにも予想外過ぎて困惑してしまった。

 だってそうだろ。蘇芳ならまだしも、北条が接触してくるなんて思わないじゃないか。思わないから、どう対処すればいいかも難しい。


 一先ず、なるべく会話を避けておくのが無難だろう。


「焼けたよ北条さん!」


「美味しそうじゃん。ありがと、えっと……」


「山田です」


「野口です」


「そう、ありがとね」


「「全然全然!!」」


 名前を憶えてもらっていないことを気にせず、北条に褒められてデレデレする謙虚な二人。そんな二人を他所に、北条は完成したお好み焼きを切って皿に乗せると、自分が食べるわけでもなく僕の前に置いた。


(は?)


「ほら、食べなよ」


「う、うん……ありがとう」


 なんだこいつ、どうなってるんだ。

 見てみろ、北条のために頑張って焼いた山田と野口が僕と北条を見て困惑してるじゃないか。


 心情的には可哀想な二人を気遣って食べたくないけど、空気を読むために僕はこのお好み焼きを食べなければならない。


「美味しいよ。やっぱり山田と野口はお好み焼きを作るの上手いね! 北条さんも食べてみてよ」


「そう、そんなに言うなら食べてあげる」


 このままだと二人が可哀想なので、二人の頑張りをフォローしつつ北条を促す。北条はお好み焼きを食べると、


「うん、美味しい」


「マジ!?」


「ドンドン食べなよ、もっともっと作るからさ!」


「あ~ごめん、私カロリーに気をつけてるからもう平気」


「そ、そうだよね……」


 女子に喜ばれると張り切っちゃう陰キャあるあるだよね。陰キャって本当にチョロい生き物なんだ。


「美味しかったわ。じゃ、私向こうに戻るから」


 お好み焼きを食べた北条はそう言って、“僕の肩に手を置いて立ち上がる”と自分のチームに戻っていった。


 さり気ないけど、今のも明確なボディタッチだ。北条の性格からして無意識ではなく意識的にしているだろう。


 それと気になるのは、立ち上がった時に勝ち誇った顔を浮かべていた。

 いったいどういうことなんだ? 全然狙いがわからない。


「「じ~」」


「えっ、なに、どうしたの」


「なんか北条さん、佐藤に絡んでなかったか」


「俺もそう思った」


「やだな~、全然そんなことないよ~」


 山田と野口が羨ましそうに聞いてくるので、必死に誤魔化す。


 彼等がこうなるのも当然だろう。食事中も、北条は僕にばかり話しかけてきていたからね。山田と野口も会話に入りたそうだけど、北条が入ってくんなオーラを出していたので口を開けられずにいた。


「蘇芳さんとかもそうだけど、佐藤って最近キテるよな」


「うんうん、来てるよ。モテキが」


「「いいな~」」


 これはマズいな、完全に二人に羨ましがられている。

 モブとして生きるためにも二人との仲が悪くなるのは非常に困る。なんとか誤魔化さないと……。


「気のせいだよ。蘇芳さんや北条さんも僕みたいな陰キャを気にかける訳ないじゃん」


「そうかな~」


「そうだよ~」


 その後も訝しむ二人を説得してなんとか乗り切った。

 乗り切ったけれど、今後も蘇芳どころか北条にまで絡まれると逃れなくなってしまう。


(このままだとマズいな)


 北条に目をつけられると王道だけじゃなくて一軍男子まで目をつけられてしまう。それだけは何としても回避しなければならない。


(はぁ……面倒臭いな)


 次から次へと問題が出てくるな。

 それもこれも全部蘇芳のせいだ。蘇芳が来たせいで歯車が狂ってしまった。余計なことをしてくれたもんだよ。


「んじゃ、今日はお疲れ様でした!!」


「「お疲れ~~!!」」


 楽しい打ち上げがお開きになる中、僕だけは憂鬱な気持ちを抱いていたのだった。



 ◇◆◇



「結愛~、さっきは何だったのよ~」


「何が?」


「何がって……結愛がいきなり陰キャグループに行くから驚いたじゃん。正隆だって何事だって不思議そうにしてたよ」


「ああ……あそこ三人だけだったし、暇そうだったからお好み焼きを作らせただけよ」


「ええ~本当~?」


「ホントホント~」


 ウソウソ~。

 本当は佐藤に絡みにいったのよね。何度もボディタッチしたし、優しくしてあげたし、私から話しかけててあげた。

 あそこまですればチョロい陰キャの佐藤なんか私に惚れちゃってるわよね。


 それに、大嫌いな蘇芳アカネの驚いた顔も見ることができたしね。

 だってあいつ、私が佐藤のところに行ったらじっとこっち見てんのよ。顔には出てないけど苛立ってることがすぐに分かった。凄く痛快だったわ。


 やっぱり蘇芳は佐藤のことを気に入ってるっぽいわね。

 これで佐藤が私に惚れたと知ったらすっごく悔しい顔をするよね。この目で見てみたいわ。


「くっくっく」


「結愛が戦隊モノの女幹部みたいな笑いしてる~」


「やっぱりなんか企んでるじゃん……」


「企んでなんかないってば」


「あら、本当かしら」


「「――っ!?」」


 後ろからあいつの声が聞こえてきてびっくりした。

 恐る恐る振り向くと、蘇芳アカネが腕を組んで立っていた。絵美と澪が怖がってるから、私が蘇芳に問いかける。


「な、何よ……私達になんか用」


「アナタにちょっと聞きたいことがあるの」


「……なに」


「アレはいったいどういうことかしら?」


「アレ?」


「惚けなくていいわ。私に喧嘩を売っていることは気付いているから」


「――っ!? 」


 もう気付いたんだ。相変わらず目ざとい女ね。

 でも、これで確信を持てた。やっぱりこいつはあの陰キャを気にしてる。


「へぇ、気付いてたんだ。で、それが何? 私がどうしようと私の勝手じゃない」


「“彼”はね、私のオモチャなの。だから私以外の人に遊ばれるととても不愉快なのよ、分かるかしら」


「分かんないし、あんたのことなんてどうでもいい」


「察しが悪いわね。手を出すなって警告してるのよ」


「あんたこそ察しが悪いわね。言うことは聞かないって言ってんじゃん」


「「……」」


 蘇芳と睨み合う。

 いつの間にか、蘇芳との距離が目と鼻の先まで詰まっていた。それだけお互いムキになってたんだ。

 でも私は退かない。この女に負けてたまるもんですか。


「ふ~ん……いいわ、勝手にしなさい」


 数秒無言で睨み合うと。蘇芳はそう言って踵を返した。

 私は張り詰めていた肩を下ろし、安堵の息を吐く。


「凄いよ結愛! あの蘇芳を追い払ったよ!」


「やっぱ結愛が最強じゃん!」


「ふ、ふん……当たり前じゃない。あんな奴なんか屁でもないわ」


 めちゃくちゃ喜んで抱き付いてくる二人に虚勢を張る。

 ホントは少し足が震えていたし、蘇芳の目力が強過ぎて目を逸らしたくなったんだけど、なんとか我慢した。

 そのお蔭で蘇芳に勝つことができた。正直言っちゃうとめちゃくちゃ嬉しい。



(私の狙いは当たってた。佐藤を落としてあいつにギャフンと言わせてやる)


 わざわざ私に警告しに来るくらいだから、蘇芳はマジで佐藤を狙ってるんだ。だったらあの女より先に私が佐藤を落としてやろうじゃない。


 ふふふ、見てなさいよ蘇芳。

 絶対にあんたを泣かしてやるんだから。


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