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27話 それぞれの思惑

 




「よぉ相棒! 楽しんでるかい!」


「ぐぇ!」


 親友の灰谷健也が強めに肩を組んできた。

 肩を組んだまま、賢也はニヤニヤと腹の立つ顔でこう言ってくる。


「そりゃ楽しいに決まってるよな。なんせあの蘇芳と一緒のチームだったんだからよ」


「ああ……そうだな」


「何だその微妙な反応は? 楽しくなかったのか? あぁ、日和とも一緒だったのが気まずかったか」


「小春は……違ぇよ」


 確かに俺も、最初は小春と同じ班なのは気まずかった。告白を断ってから小春とは距離感が微妙だったしな。

 でも、「ガタでもいいんだよ」って小春から茶化してくれたことで、それからは以前に戻ったように友達の距離で話せることができたんだ。


「じゃあ何だよ」


「別に何でもねぇよ」


 何でもなくはない。実は結構落ち込んでいる。

 蘇芳と同じ班で、さらに同じチームで組めたのも嬉しかった。俺はボウリングが下手で情けなかったけど、蘇芳がストライクを取ってハイタッチしてくれたのも凄く嬉しかったし、一緒にやれて楽しかった。


 でも……。


『ストライクが見たいわね』


『大丈夫かしら、肩に力が入っているんじゃない?』


 蘇芳は俺よりも佐藤に気にかけていた。

 蘇芳が佐藤を気にかける度に心がざわついた。


 彼女は何故、あんなに佐藤を気にかけているんだろう。体育祭での借り物競争でも佐藤を選んでたし、もしかして蘇芳は佐藤が好きなのか?


 もし、もしそうなら、俺は……。


「悩むなんてお前らしくないぜ相棒」


「だから相棒じゃねぇって」


「バカみたいに突っ走るのが八神陽翔の良いところだろ? 悩むなんてお前らしくねぇよ」


「賢也……そうだな! 悩むなんて俺らしくねぇよな」


 もし蘇芳が佐藤を好きでも構わない。

 それでも俺は、蘇芳に振り向いてもらえるよう自分なりに努力するだけだ。


「ありがとな、賢也」


「ふっ、よせやい。俺は陽翔の相棒だからな」


「だから相棒じゃねぇって」



 ◇◆◇



「こ~はる!」


「きゃ! も~、驚くから急に抱き付かないでっていつも言ってるでしょ!」


 私が注意しているのは、中学生の頃からの友達の早乙女伊月さおとめいつき。水泳部で元気ハツラツな彼女とは波長が合っていて凄く仲が良いんだ。


「いやさ~小春が難しい顔をしてるからついね~」


「えっ、私そんな顔してた?」


「してたしてた! こ~んな風に眉間に皺を寄せてたもん」


 私……そんな顔してたんだ。自分じゃ全然気付かなかったことに驚いていると、伊月が心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫? やっぱりまだ八神のこと引き摺ってる?」


 伊月は私と陽翔の関係も知っているし、私が陽翔に告白して振られたことも知っている。だから陽翔と同じ班になったことに心配して気遣ってくれることも凄く有難いし嬉しかった。


(どうなんだろう……)


 私はまだ、陽翔のことを引き摺っている。新しい自分になって前に進むんだって決意を込めて髪を切ったけど、十年間の恋心をそんな簡単に忘れられるものでもない。こればっかりは、時間をかけて落とし込んでいくしかないと思う。


「それもあるけど、実は他にもちょっとね」


「えっ、八神以外に悩んでるってこと? なになに!? 超気になるんですけど!? まさかもう好きな人ができたとか!?」


「ち~が~い~ま~す~」


「ごめんごめん、小春に限ってそんなことないよね」


 あははと笑って謝ってくる伊月。もう、私はそんな尻軽女じゃありませんよーだ。


 でも、陽翔以外の男子のことで悩んではいる。

 その男子とは、私の相談に乗ってくれた佐藤太一君だ。


 私は、彼が蘇芳さんに虐めてられているんじゃないかと疑っている。そう考えたことにも理由があって、蘇芳さんが割りと頻繁に佐藤君に絡んでいるからだ。


 その絡み方というのも、佐藤君を困らせているように見える。現に佐藤君は蘇芳さんを避けているし。


 最初はもしかして蘇芳さんが佐藤君のことを好きだからそうしているのかとも思ったけど、あの感じは多分違う。だって、好きな人を積極的に困らせるなんて意味がわからないもの。


 だからあれは、少女漫画とかでよく見る権力がある人による陰湿な弱い者虐めだ。彼女が楽しむだけに悪意を持って佐藤君を困らせているんだと私は思っている。


 本当はやめさせたいんだけど、佐藤君は平気だって言うし、蘇芳さんについても虐めている訳ではないと擁護しているから手が出せない。


 実際、蘇芳さんもあからさまにしている訳じゃないんだよね。


「また眉間に皺が寄ってるよ。私でよければ相談に乗ろうか?」


「ううん、大丈夫だよ」


「またまた~無理してんじゃないの~」


「本当だよ~」


 心配してくれる伊月を安心させるよう笑顔を浮かべる。

 もし本当に蘇芳さんが佐藤君を虐めているなら、私が助けなきゃ。


 だって佐藤君には、私の相談に乗ってもらった借りがあるから。



 ◇◆◇



「ふんふ~ん」


「機嫌良いじゃん結愛~。何か良いことあったの~」


「そりゃ正隆と同じ班なんだもん、機嫌も良くなるよね~」


「まぁね」


 私に声をかけてきたのは、高一から仲良くなったイツメンの西村絵美にしむらえみ渡辺澪わたなべみおだ。


 澪が言った通り、私の機嫌が良いのは正隆と同じ班だったからだ。

 私は正隆が好き。だって正隆はめちゃくちゃイケメンだし、スポーツだってできるし、性格も優しくて超良い男なんだもん。

 これまで会ってきた男子の中でも、正隆ほど良い男はいなかった。


 良い男だから、正隆は女子からモテるし、正隆を本気で狙ってる女子は多い。でも今のところ正隆は、女子からの告白を全部断っていて誰とも付き合おうとしない。


 未だに私が正隆に告白できていないのもそれが理由だった。だって、振られたくないんだもん。


 自信がない訳じゃない。私は顔だって良いし、スタイルだって努力して気をつけているから、正隆と釣り合っているっていう自負がある。


 正隆だって私を嫌いではないと思うし、仲もいいけれど、告白しても上手くいかないような気がしている。

 もし正隆に振られたから立ち直れないし、“正隆に振られた女の一人”っていうレッテルを張られるのが怖かった。


 だから今は告白せず、正隆と楽しい学生生活を送ろうとしているんだけど、私達を邪魔する奴が突然現れたんだ。


「でもさ~、蘇芳も一緒だったんでしょ?」


「大丈夫結愛、あいつに何かされてない?」


「大丈夫よ。あんな奴、どうでもいいわ」


 私にとって邪魔な人間、それはアメリカから転校してきた蘇芳アカネだ。

 カリスマモデルだかなんだか知らないけど、あの女が転校してきたせいで私の地位が一変した。これまでは私が女子のカースト一位だったのに、蘇芳アカネにその椅子を一瞬で奪われたんだ。


 男子は皆蘇芳に夢中で、正隆でさえあの女を気にかけている。


 それに凄く腹が立って、蘇芳の体操服を隠してやったんだけど、見破られて逆に脅されちゃった。

 悔しいけど、蘇芳は化物よ。外見も中身もスペックが違い過ぎる。あんなのに勝てる訳がない。相手をするだけこっちが損するわ。


 でもね、そんな完璧な蘇芳にも弱点があったのよ。


「というかさ、面白いもの見ちゃったんだ」


「えっ、何なに!? 面白いことでもあったの!?」


「うん、あった」


 絵美の問いかけに、私はニヤリと笑って答える。

 ボウリング勝負の最後、蘇芳は明らかに機嫌が悪かった。自分のチームが圧倒的に一位だったのにも関わらず、何かに苛ついていた。


 あいつが何に苛ついているのか最初は見当もつかなかったけど、私気付いちゃったんだよね。

 蘇芳が苛ついていた理由は、私のチームになった佐藤っていう男子と楽しそうに話していたからって。



(考えてみればそうよね)



 思い返してみれば、蘇芳は転校初日から佐藤に絡んでいた。体育祭の借り物競争で指名したのもそうだし、さっきのボウリングでも佐藤に何度も絡んでいた。ってか思いっきり抱き付いてたしね。

 私でさえ正隆にあんな露骨なアピールしたことないのに。


(ただ分からないのは、何で蘇芳がそこまで佐藤を気にしているかってこと)


 佐藤は見るからに陰キャの三軍男子で、教室でも存在感がないモブみたいな奴だ。そんなモブを蘇芳が気にかける理由が全然わからない。


 分からないけど、“私と佐藤が楽しそうに話していたところを見て苛ついた”のは紛れもない事実だ。


「ふふふ」


「急に今度はどうしたの」


「ちょっとね、いいこと思いついたのよ」


 そう、良い事思いついちゃった。

 理由は分からないけど、蘇芳は佐藤に好意を抱いている。それが好きなのかどうかまでは分からないけど、気になっているのは確か。


 ならさ、もし佐藤が私に惚れたら、蘇芳はもっと悔しがると思わない?



(佐藤なんて凄くチョロそうだし、落とすなんて余裕余裕)



 別に私はあのモブのことなんか一ミリも興味ないし、正隆を好きなのは変わらないけど、あの女が悔しがる姿を見られるのなら小細工をするのも全然ありだ。


 見てないさい、蘇芳アカネ。

 私をコケにしたこと、私から女王の座を奪ったこと、私が好きな正隆に色目を使ったこと、全部許さないんだから。


 佐藤をちょちょいと落として、あんたに復讐してやるわ。


「ふふふふふ」


「うわ~、悪い顔してる~」


「こういう時の結愛って末恐ろしいんだよね」



 ◇◆◇



(ムカつくはね)


 らしくなく、今の私は心の制御ができていない。

 その原因は分かっている。彼の困った顔を見ることができなかったからよ。


 ファーストゲームで私がどんなに仕掛けても、彼が動揺することはなかった。

 だからボウリング勝負の賭けで勝ち、彼を困らせるような質問をしようと策を練ったんだけれど、彼のチームが最後に逆転してしまったせいで質問もできなくなってしまったの。


 してやられたわ。

 恐らく逆転劇を演じたのも、彼のシナリオ通り。今まで一度もスペアを取れなかった人間が、最後の最後に三回連続でスペアを取るなんてできっこないもの。彼は最初からできる上で敢えてしなかっただけ。目立ちたくないから。


 その上で、私の策を捻り潰した。

 少しでも動揺させミスを誘おうとやや強引に彼と接触したけど、彼は微塵も動揺することなくスペアを取った。それについても屈辱を味わせられたわ。



(いいえ、それだけじゃないわね)



 認めたくないけど、私はあの女に嫉妬した。

 私に噛みついてきたあの女と彼が楽しそうにしているところを見せられて、無性に腹が立ってしまったの。

 彼は純粋に楽しんでいるわけじゃない。ただ彼は、モブとしての生活を守るためにあの女の機嫌を取っただけ。


 それは重々承知だけれど、いざ目の前で私以外の女と楽しそうにしているのを見せられると非常に苛つくのよね。


(うふふ、アナタってホント面白いわね)


 ここまで私の感情を乱すなんて、アナタが初めてよ。


 でも見てなさい。

 涼しい顔をしていられるのも今のうちよ。今度こそその取り繕った仮面を私好みに染めてあげるわ。



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