26話 ボウリング勝負
「チームを組んで勝負しようぜ」
2ゲーム目を始める前に、そんなことを王道が提案してきた。
彼の話はこうだ。1ゲーム目と同じようにやっても面白みに欠ける。だから男女二人一組でチームを組んで、3チームで点数を競おうという。
確かにそちらの方が盛り上がるだろうけど、僕としては女子とチームを組むとかなんて面倒な提案をしてくれたんだと心の中で毒を吐く。お断りしたいところだけれど、三軍の雑魚如きが空気を読まずに却下する訳にもいかない。
「僕はいいよ」
【モブの流儀その11 場の空気を読むべし】。皆乗り気になっているのに、僕だけ却下すると場がシラけてしまう。
「なんだこいつ? ノリ悪いな」と思われない為にも、周りに合わせるしかないんだ。
「別にいいけど、どうせ勝負するなら何か賭けましょう」
「お、いいな蘇芳。それ採用」
(こいつまた悪いこと考えてるな……)
何か企んでそうな顔で提案する蘇芳に疑いの眼差しを向ける。勝負に賭け事は皆やることだけど、こいつの場合は何を言い出してくるのか分からないから怖すぎる。
「賭けは何にする?」
「負けたチームが勝ったチームにジュース一本奢りとかでいんじゃないか」
「そうね、それも魅力的だけど……『一位のチームが三位のチームの誰かに何でも一つ質問できる』というのはどうかしら」
「質問できる、か。いんじゃないか、お願いを聞いてもらえるとかと違って難しいもんじゃないし」
「答えられない質問なら無理に答えなくてもいいしな。話せそうなのでもいいし」
周りに不服がないため、蘇芳の提案は可決された。
ぶっちゃけジュースを奢る方が魅力的だけど、彼等にとっては質問権の方がお得だろう。
なんせ八神か王道が勝てば、蘇芳に『今好きな人はいるか』とか『気になっている人はいるか』のような内容を聞き出すことができるからね。
それが駄目でも、蘇芳の好きなものとか簡単な質問はできるだろうし。
問題なのは、蘇芳が何故そのような賭けを提案したか、だ。
十中八九僕を困らせようとしていることは察せるので、彼女を一位にする訳にはいかない。最悪、僕が二位になれば問題はないだろう。
チームは男子と女子別れてグーチョキバーで決めることになった。
その結果のチーム分けがこうとなる。
「頑張ろうぜ」
「う、うん。よろしく王道君」
王道、日和チーム。
実力のバランスが良いし、二人共協調性があるから一番良いチームだろう。
「勝とうな、蘇芳!」
「そうね、頑張りましょう」
八神、蘇芳チーム。
流石は「ラブコメの主人公」といったところか。こういう場面で蘇芳を引ける運が八神にはある。こちらも実力のバランスは良いしね。
「ちっ、何で正隆とじゃなくてこいつなのよ」
「……」
最後に僕、北条チームとなった。
実力的にも空気的な意味でも最悪なチームだろう。
(悪いね北条)
心の中でひっそりと謝る。
王道とチームになりたかった北条には申し訳ないけど、僕は自ら北条を選んだ。というのも、僕はチーム決めで不正をしたんだ。
男子がグーチョキバーをする前に、女子がグーチョキバーをするのを横目で見ていた。北条と同じチームになるようチョキを出したってわけさ。
北条をチームに選んだのには勿論理由がある。
蘇芳は論外だ。あいつと組むと王道と八神に嫉妬される上に場の空気が最悪になるからね。
本来なら日和とチームになるのが精神的にも良かったんだけど、さっきの一件で彼女と組むのは危険だと判断した。
というのも、僕に対しての日和の好感度が微妙に上がっているからだ。チームを組んでこれ以上関係性を深めてしまうと、万が一、億が一にだけど彼女が僕を好きになってしまうかもしれない。
それだけは避けなければならないので日和とチームを組むのは避けた。
となると、消去法で北条となる。
北条と組むのはリスクがあるし精神的にも嫌なんだけど、こればっかりは我慢するしかない。
なんとか北条の機嫌を取ることに全力を尽くそう。
「じゃあ、俺らのチームからやらせてもらうぜ。頼むぜ日和」
「うん」
王道がそう言うと、日和がボールを持つ。やはり王道のコミ力は凄まじいな。
本当なら蘇芳と組みたかったはずなのに、北条のように不貞腐れることなく勝負を盛り上げようとしている。
彼がクラスカースト一位のキングに君臨しているのも頷ける手腕だ。
「ごめん王道君、ガタだった」
「大丈夫大丈夫、次は俺に任せろ」
一投目がガタに終わった日和に代わって王道が二投目を投げる。
勝負のルールは男女交互に投げるんだけど、必ず女子を一投目に投げさせるんだ。先に男子が投げてピンの数が少なくなってしまうと、女子が残りを狙うのは厳しいからね。
少しでも女子に楽しんでもらえるよう、一投目が女子で二投目を男子が投げるルールにしたんだ。無論、このルールを言い出したのは王道である。これが陽キャの経験値というところかな。
「ちっ、倒れなかったか」
「惜しかったね」
王道の二投目は9本倒し、残念ながらスペアとはならなかった。
次に投げるのは八神、蘇芳チーム。一投目を女子の蘇芳が投げるのだが、
「凄ぇよ蘇芳!」
「ラッキーだったわ」
簡単にストライクを取ってしまった。
この場合、二投目を投げられなかった八神には2回目の一投目を投げることになり、3回からはまた蘇芳が一投目を投げることになる。連続で蘇芳が投げると八神の出番が一生来ないかもしれないからね。
(蘇芳め、勝ちにきてるな)
そういうのやめて欲しいんだよね。
そっちは盛り上がるからいいけど、ストライクを取った蘇芳の後に投げる北条はやりにくいじゃないか。
「最悪……」
「ドンマイドンマイ! 佐藤が頑張ってくれるって」
北条の一投目はガタになり、案の定機嫌が悪くなる。敵チームでありながらフォローの言葉をかけてくれる王道には頭が下がる一方だよ。
さて、今度は僕の番だ。
ここでガタを出すと北条が益々不機嫌になってしまうので、8ピンを倒しておいた。流石にスペアを取るのはやり過ぎだからね。
そんな感じで勝負は進んでいき、あっという間に7回の中盤を終えたところ。
この時点の三チームのスコアは、八神・蘇芳チームが105点でダントツの一位。二位は王道・日和チームの80点。三位は僕・北条ペアの56点だ。
八神・蘇芳チームは蘇芳がストライクを取って点数を荒稼ぎし、王道・日和チームは王道が何回かスペアを取ってカバーしている。僕と北条チームはストライクとスペアを一度も取っていないので酷い点数になっていた。
「よっしゃ! このままいけば俺達の勝ちだな! とは言っても、全部蘇芳のお蔭なんだけどさ」
「そうね」
「俺達もなんとか二位にはいけそうだな」
「うん」
「つまんな……」
「……」
勝敗は目に見えて分かっているから、北条の機嫌は谷底まで下降していた。
そりゃそうだろう。彼女の性格からすると、王道と組めなかったのもそうだけど、何より負けることが嫌なんだ。
負けず嫌いな性格だからこそ、カースト一位を維持し続けようと蘇芳に釘を刺そうとした。
(さて、そろそろいいかな)
このまま負けて終わるのは非常にマズい。僕のせいで負けて恥を掻いたとなると、北条が僕を嫌うかもしれない。モブとして平穏平凡な学生生活を送るためにも、彼女に嫌われるわけにはいかなかった。
好かれも嫌われもせず、ただのモブとして認知されることが理想で重要なんだ。
だから、ここらで調整する。
「おお、初のスペア!」
「やるな佐藤!」
「はは、マグレだよ」
北条が一投目を投げた後、残りを全部倒してスペアを取る。
敵でありながら喜んでくれる八神と王道とハイタッチを交わし、蘇芳の意味深な視線をスルーしつつ、チームである北条の隣に座る。
「ふん……今更遅いっての」
たった一回のスペアを取ったぐらいじゃ彼女の機嫌は直らないだろう。それに、このままだとまだ王道・日和チームに追いつかないしね。
だから僕は、九回目でもスペアを取った。
「おお、二連続スペア!」
「神ってるよ佐藤!」
「凄い凄い!」
「あはは、ちょっとコツが掴めてきたかも」
と、二連続でスペアを取っても怪しまれないような言い訳を述べる。
流石に二連続でスペアを取るとは思っていなかったのか、北条も鳩が豆鉄砲を食ったような顔で僕を見ていた。
「あんた、意外とやるじゃない」
「たまたまだよ。それより北条さん、二位に点数が近づいてるよ」
「えっ、本当だ。いつの間に……」
スペアを取ると点数はグンと伸びる。ボウリングはストライクやスペア次第では終盤でも逆転できるスポーツなんだ。
ダントツで負けていたのに二位にこれほど近づいているとは北条も思わなかっただろう。だからここでもう一押しする。
「最後の北条さんの一投目次第では二位に逆転できるかもしれないよ」
「ふ~ん、やってやろうじゃない」
わかり易くテンションを上げる北条。負けず嫌いなため、勝ちが見えた途端にやる気が上がってくれるのも扱いやすいくて助かる。
「ぐわ~! すまん日和、決めきれなかった!」
「ううん、惜しかったよ」
最後の10回目、王道がスペアを取れず、王道・日和チームは106点で終了。僕等のチームが勝つには最低でもスペアを取らないといけないんだけど、その前に蘇芳に高得点を取ってもらう必要がある。
「お~い結愛~、緊張してんじゃねぇのか~」
「ふん、見てなさい」
王道が煽って動揺を誘うも、北条はものともせずボールを投げる。ボールは先頭の一番ピンにあたり、惜しくもストライクにはならなかったが9ピン倒した。
うん、上出来だよ北条。
「おっし~! あと1ピンだったのに!」
「あっぶね~! 後は佐藤が外してくれることを願うしかないな」
「あんた、絶対決めなさいよ」
「う、うん……」
凄まじい気迫で睨みながら言ってくる北条。これで外したらどれだけ根に持たれるかわからない。
まぁ、外さないけどね。
“玉を転がしてピンにあてるだけの簡単なゲーム”だ。油の量とか精神状態にも左右されるけど、正しい力と入射角度で投げればピンは倒れるようになっている。
最後の二投目を投げようとボールを持って構えた――その時。
背後に悪魔が現れた。
「大丈夫かしら、肩に力が入っているんじゃない?」
「「――っ!?」」
(こいつ、どういうつもりだ?)
突如、蘇芳が僕の肩に手を置きながらそう言ってきた。彼女の突飛な行動に一同が驚愕する。僕でさえ、まさかこの場面で仕掛けてくるとは思わなかったのでビクッと肩が跳ねてしまった。
場が混沌とした空気に包まれる中、蘇芳は気にせず口を開く。
「もう少しフォームを直した方がいいんじゃないかしら。それならあの最後の1ピンも倒せるかもしれなわよ。ほら、私が教えてあげる」
と言って、背後にいる蘇芳は胸を押し付けるように身体を僕に寄せてくる。むにっと、柔らかい胸の感触が背中に伝わってきた。こいつ、わざとやってるだろ。
さらに手を取ろうとしてくるので、その前に僕は小声で口を開いた。
「どういうつもりだ」
「何のことかしら」
「とぼけるなよ」
「別に、アナタとあの女が仲良さそうにしているから、少し妬いただけよ」
妬いた? 蘇芳が北条に? だからこんな馬鹿な真似をしたと?
あり得ないね。こいつはただ僕を動揺させて外させたいだけだ。その手には乗らないよ。
「ぼ、僕なら大丈夫だよ」
そう言って離れると、蘇芳はアメリカン風に肩を竦ませて、
「そう? 折角教えてあげようと思ったのに、残念ね」
「お……おいおい、やめてくれよ蘇芳。佐藤が上手くなると俺達が負けちまうだろ」
「あら、それは考えてなかったわ。ごめんなさいね」
王道の機転により、混沌とした空気は正常に戻った。
全く、この女は何を考えてんだか。そんなことをしても僕は動揺なんてしないのに。
「やった」
「ナイス佐藤! 三連続スペアじゃん!」
「やべ~! マジで負ける~」
最後の1ピンを倒し、スペアを取る。
10回目だけは、ストライクやスペアを取れば三投目を投げられる。これで北条が三投目に7ピン以上倒せば僕等が点数を上回り二位だ。
「北条さん、頑張って」
「任しときなさい」
「もうここまで来たらやっちまえ、結愛!」
「北条さん頑張って!」
「いけるいける!」
負けそうになっている王道や日和も北条の応援に加わり、皆が北条に期待する空気になった。
その分プレッシャーはかかるだろうけど、彼女なら問題ないだろう。
「やったー! これで私達の勝ちね! どーよ正隆!」
「やられた~!」
北条は8ピン倒し、僕等のチームが点数を上回った。
ふぅ……これで北条に嫌われたり根にもたれることはなくなったか。
と心の中で安堵の息を吐いていると、
「ほら」
「えっ」
両手を上げている北条に意味がわからず困惑していると、
「えっじゃなわいよ。ほらっ、早くしなさい」
「あ、うん」
ああ、ハイタッチね。
パチンと両手を合わせる。まさか北条が僕にハイタッチをしてくるなんて思ってなかったから思考が停止してしまった。
「佐藤だっけ、陰キャっぽいのに中々やるじゃない」
「ははは、ありがとう」
おい、素でディスってるよ君。彼女も普段はそういう言動に気をつけているはずだが、もしかしてテンションが上がってるのか?
北条のノリに困惑していると、バッコーンとけたたましい音が鳴り響く。音の方へ振り返ると、蘇芳が盛大にストライクを出していた。
「す、すげぇ……」
「やるじゃん蘇芳! 力入ってんな!」
「ええ……ちょっと憂さ晴らしをしたくてね」
機嫌が良くなった北条とは打って変わって険しい剣幕を浮かべる蘇芳。彼女の機嫌が悪くなったのは自分の思い通りにいかなかったからだろう。
本当なら三位の僕に質問して困らせるはずだったのに、二位になったから質問できなくなってしまったしね。
だから、賭けにも興味がなくなってしまったようだ。
「負けちまったか~。しょうがねぇ、何でも聞いてくれよ」
「別にいいわ。興味ないから」
「えっ!?」
「じゃあ、俺もいいかな」
「何よ、それじゃあ勝負した意味ないじゃない。感じ悪」
一位になったのにも関わらず、蘇芳と八神は質問権を放棄した。まぁ蘇芳は僕に質問したかっただけだし、八神も同じチームの蘇芳には質問できないから放棄しても不思議ではないけどね。
ただ、折角勝ったのに質問権を使わないことに北条は不服なようだ。彼女が怒るのも擁護できる。そんなことされたら冷めるよね。勝負した意味がなくなってしまう。
(らしくないな、北条)
少し気がかりなのは、これまで外面を良くしていたはずの蘇芳が空気を悪くする行動を取ったことだ。
僕に質問できたかったのかがよっぽど悔しかったのか……それとも――、
「ふぅ……」
なんにせよ、ようやくこの地獄を乗り切れた。
こんな事はもうないことを切に願うよ。




