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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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固い握手を交わしましょう

 そして暦を戻して、八月二十日。


「マイン・フロイント作戦」第一波攻撃は無事成功。

 巨大なパン籠が空から続々と振ってくると言う異常事態に、人類軍もそろそろこちらの意図に気づいた頃だろう。


 ピエルドーラ陣地には現在、魔王ヘル・アーチェ陛下以下魔王親衛連隊と、魔王軍兵站局及び輸送隊が待機している。


 戦闘部隊は必要最低限しかおらず、しかもそのほとんどがオリベイラを騙すために「最終攻勢時に使う予備戦力」として待機命令を出している。


 たぶん突撃命令が出ることはないし、陛下の命令なくして突撃してはならないとも言明してあるから大丈夫だろう。

 たぶんね。


「陛下、第四四五空中輸送隊より報告。『トラ・トラ・トラ。我、奇襲ニ成功セリ。第二次攻撃ヲ要請ス』」

「よろしい。第二次攻撃の要を認める。第四六八空中輸送隊を出撃させろ」

「ハッ!」


 あたかも本当に「空襲」をしているかのような言葉に、ちょっとクスッときた。

 陛下曰く、どうせ攻撃するフリをするのならそれらしく演技しないとな、らしい。


 まぁ、それはそれとしてこっちは兵站を支えなければ。なにせ普通の戦争と違って、使う兵器が食糧なのだから別の配慮が必要だ。


「ソフィアさん。第二次攻撃が終了したとして、どれほどの量を空爆できた計算になります?」

「予想人口五千の町ですから……半日分、と言ったところでしょうか」

「これだけやっても半日ですか」

「まぁ、空輸ですので。ダウロッシュ様の収納魔法で運ぶにしても、空中から投下だと無理がありますね」


 なるほど。やはり空輸というのは効率が悪い、それはこの世界でも同じか。


 でも、やりようによっては空輸だけでも兵站は成り立つけれどね。


 人口二〇〇万人の大都市ベルリン、一日の必要最低物資量四五〇〇トンを空輸だけで何とかさせた例もある。

 実施したのが米英連合軍という時点で参考にならないけれど。


 ま、欧州屈指の大都市ベルリンじゃなくて、辺境の町セリホスであれば魔王軍でも可能だ。


 とにもかくにも輸送手段の確立と効率化を図る。


「問題は、人類がこれを見てどう思うか……ですね。パンを運んでも食べてくれないのでは、アキラ様はとんだピエロです」

「そのためにも、早いとこ第二段階に進む必要があると言うことですよ」


 第一段階は、敵にこちらの意図を報せることだ。


 そして第二段階は、陛下の仕事だ。

 陛下の偉大さと公正さを、人類軍も知るべきなのである。




---




 その日の午後。


 俺とソフィアさんは、魔王陛下と魔王親衛連隊と共に飛龍を使って峠を一足飛びしてセリホスの町の土を踏んだ。


 ピエルドーラ陣地以上に壊滅的なダメージを受けた町は、あの時の三陸沿岸地域の光景にそっくりだった。


 多くの家屋は、海岸部にはない。山間部の奥に押し込められている。


 港は漂流物が多く、燃料が漏れているのか海が黒く濁っていた。

 そして山の方を見れば、一定の高度以下には木がなく、また多くの地点で崖崩れが起きている。


 なるほど、確かに孤立している。

 ここが戦争の最前線でなければ、人類軍ももっとやりようがあっただろう。


 でも、最前線という壁が、セリホスの町が今まで孤立状態から脱却できなかった理由だ。


 だからこそ、俺らの方から手を差し伸べる必要があった。たとえ敵であってもね。


「そう言うわけだ、バーク殿。我々は君達を助けることができる。既にパンの空襲をし終えた後でもある。私たちが本気なのは、理解してくれると思うが?」

「…………」


 けど、そう簡単に相手が手放しで喜ぶこともない。


 当然だ。なにせ魔王軍と人類軍はかれこれ千年も戦ってきた仲なんだから。


 セリホスの町の中で津波の被害を免れた地区の一角、仮の役所にされているらしい建物の中で陛下と、町を代表している人間、キース・バーク議員が面会している。


 町に降りてきた時、彼らは敵襲かと思い躊躇なく発砲してきた。


 しかしそれを陛下が防御魔法ですべて弾き返した後、彼ら人類に優しく声をかけた。


『君達を助けに来た。町の代表者と会いたい』


 と。


 そしてバーク議員が現れ、今に至る。


 バーク議員を始め、町の住民の殆どがやつれていた。

 一週間も孤立していればそうなるのも無理はない。でもその場面に至ってもなお、飛竜隊が落としたパンに手を付けていないのだ。


「あのパンが、毒でない保証はあるか?」


 挙句の果てに、こう聞いてくる。

 溺れる者は藁にも縋る、という要領で助けを求めてくると思ったが、ちょっと意外だった。思ったより彼らは冷静である。


「ないよ。だが我々がそんな迂遠な事をする理由はない。君達を殺すのであれば、もっと簡単な方法がある。そうだろう?」

「まぁ、そうだがな……」

「バーク殿。確かに我々は憎むべき敵同士。だが、そんなことは今重要な事ではないと私は考えているが、違うかね?」

「…………」


 バーク議員は頭を掻いた。


 議員というのが地方議会の議員なのか、それとも国の議員なのかはわからない。


 でも彼の、政治家のすべきことは国民の生命と財産を守ることだ。


 となれば、選択肢はそう多くないだろう。


 だが陛下の目の前に座るバーク議員は、すぐに結論を出さなかった。


「ヘル・アーチェ陛下。提案の可否を下す前に、ひとつお聞きしたいことがある」

「なんだね?」

「……もしこの物資を受け取って私たちが助かったあと、何をすればいい」


 議員からの質問は単純至極。


 何かの見返りを要求しているのだろ? という目だ。


 確かにこう言うのってギブアンドテイク、等価交換の原則がある。けど、今回に限っては違う。


「君たちのお好きなように。私に刃を向けるでも、私の盾となるでも。バーク議員の自由にしたらいいだろう。私にそれを云々する権利など、ありはしないのだからね」


 陛下は、そう言い切った。


 嘘偽りない本音だろう。


 勿論、人類軍の中に不和をもたらすと言う大戦略がないわけでもない。

 でもそれはぶっちゃけた話ついでみたいなもんで、ただ単純に助けたいという感情が先行してあるだけだ。


 主に俺の事なんだけど。


 陛下の答えの後、部屋の中は沈黙が支配した。

 十秒経っても一分たっても、バーク議員とヘル・アーチェ陛下はジッと互いを見つめ合っている。


 そしてさらに数十秒経って、変化が訪れた。


 ……誰かの腹の虫が「ぐぅ」と鳴ったのである。


 緊張した会談の場に流れるその覇気のない音に、バーク議員が、ついでヘル・アーチェ陛下が笑いを吹き出した。


「くくっ、ハッハッハッハ。どうやら議論の余地はないようですな、陛下」

「そのようだな、バーク殿」


 二人は立ち上がり、そして互いに右手を出した。

 恐らくは、人魔の歴史の中で初めての光景となる瞬間じゃなかろうか。


「ヘル・アーチェ陛下のご慈愛に、感謝申し上げます」

「バーク殿の大いなる決断に、こちらも感謝しよう」


 言って、二人は固い握手を交わした。


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