こちら魔王軍飛竜隊、空爆を開始します
西暦一九三九年に始まったソ連とフィンランドの戦争、通称「冬戦争」。
大国ソ連は小国フィンランドの都市を爆撃し、民間人に多数の死者を出したことによって国際的な批判を受ける。
それに対して、ソ連はこう言った。
「あれは爆弾じゃない。パンだ」
その人道的行為に感動したフィンランドは、お礼と言わんばかりに特産のカクテルをソ連戦車に御馳走し、互いの熱い友情を確認し合ったと言う。
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そして世界は変わり、魔王軍と人類軍が睨み合う最前線に位置するセリホスの町はかなり悲惨な状況にあった。
正暦一八八〇年八月十三日。
セリホス沖にて巨大な地震、そして津波が発生する。
津波は沿岸地域を瞬く間に呑み込み、多数の死者と、その数倍にも及ぶ負傷者を出した。
特に震源に近いセリホスの被害は大きく、唯一の街道が山体崩壊によって通行不能、港が壊滅状態で使用不能。
飛行船や飛行機が着陸できる広いスペースもなく、陸海空あらゆる補給路を断絶され完全に孤立した。
それでも当地に住む者たちは、いつか救援の手が差し伸べられるはずだと信じて待ち続けた。
だが一日経っても、二日経ってもそれは来ない。
そしてついには一週間が経っても、なにもなかった。
魔王軍の飛竜の姿は見えるも、人類軍の航空機は見えず。
破壊された船舶は見えるも、救援の船は見えず。
津波によってほとんどの発電施設と無線機が破壊され、辛うじて難を逃れた食糧などの必要物資も底が見えてきた。
「……先生。明日救援が来なければ、我々は食べる物がなくなります」
そして最も重大な問題が、「助けが来ない」と絶望し切っている住民である。
治安がみるみる悪化し、本来助け合う状況にあってそれをせず、数少ない物資の奪い合いが発生している。
地震と津波と言う脅威から助かったのに、命を奪われる者さえ出てきた。
「わかっている。だが、山岳を超えて〝キャンプ・ショルス〟に向かった奴らが窮状を訴えている頃でもある。そうすれば明日にも救援が来るだろう」
「…………だと、いいのですが」
そんな中でも、「先生」と呼ばれた彼――キース・バーグ連邦下院議員はまだ希望を持っていた。
役所が被災し、行政機能が崩壊したセリホスの町において、緊急避難的な措置として難を逃れた彼が指揮を執っている。
「とにかく、体力のある者で必要物資をかき集める。特に食糧だ。山に食糧を獲りに行く」
「ですが住民の数は三千に上ります。必要分を確保するにしても、これだけの数を確保するのは難しいかと……」
生き残った役人が、悲観的にならざるを得ない現実を突きつける。
物資は少ない。だが救うべき人間は三千以上いる。
しかしこれでも、不幸中の幸いと言うべきなのだろう。
〝地震と津波によって人口が半数以下になったおかげで〟三千以上の人間が一週間生き延びることが出来たのから。
だがそれも限界が来ている。
「我々は生き残ったのだ。死んでしまった者達の為にも、生き残らなければならん」
「お気持ちはわかりますが……」
心を強く持つキース。対する痩せ細った役人は生きることを諦めかけている。
キースがこの状況に至っても希望を持っているのは、楽観論者であるわけではない。
本心で言えば彼も目の前に立つ役人と同じことを言いたいのだ。
だが彼は今、政治家であり、セリホスの町を統治する人間となった。
上に立つ人間が絶望してしまえば、その絶望は伝播する。絶望が蔓延すれば、組織は死に、彼らも死ぬ。
だからこそキースは、上に立つ者としての義務によって希望を持ち続け、被災者を励まさなければならない。
「港の復旧作業はどうか?」
「ダメです。港内は重油が漂っていて燻っています。一週間前の惨状を考えるとマシになりましたが、依然として使用は不可能でしょう」
「そうか……せめて小型舟艇だけでも使えればいいのだが」
「しかし船艇の類は全て破壊もしくは漂流されていますので……」
「わかっている」
制限時間が、もう目の前に迫っている。
このことを強く痛感した彼は、覚悟を決める他ないと思い始めたまさにその時、事態は思わぬ方向に急変した。
「――先生、大変です!」
慌てた様子で、セリホスに駐在していた憲兵が駆け込んできた。
「どうした!?」
「ま、魔王軍です! 魔王軍の、大規模な飛竜隊が――!!」
「なんだと!?」
最も恐れていたことが、最悪のタイミングで起きた。
魔王軍が震災を利用して攻勢に出てきたのだ。
震災によって混乱した時を見計らって奇襲攻撃を仕掛けるなど、何とも恐ろしく適確な戦術で、クソッタレなものなのだと、キースは怒りを露わにした。
敵襲で死ぬか、飢餓で死ぬかを選ばされたと言うわけだ。
「クソが! 直ちに空襲警報を発令。防空戦闘用意!」
「しかし先生! 防空戦闘と言っても武器はライフルが数十挺あるだけで、重火器の類はありませんよ!」
「わかっている! だが――」
やらなければ今ここで死ぬ。
今日を生き延びれば、もしかしたら明日救援が来るかもしれないのだから。
キースは元軍人として、ライフルを掴んで応戦しようと外に出る。生き残った憲兵隊と共に弾幕を張るしかない。
だが飛竜の動きは、混乱し飢えた人類軍の動きを上回る。
「敵飛竜、降下開始! 目標は本施設の模様!」
「目標設定が適確すぎるぞ!」
混乱状態にある敵の司令部を攻撃し、混乱に拍車を掛けさせる。戦術の王道だ。
キースはライフルの引き金を何度も引いて、それを阻止しようとした。
しかし空中を機動する飛竜に対して、単発式のライフルが当たるはずもない。
飛竜が攻撃コースに乗った。
その場にいた誰もが、もはやこれまでと諦めた。
ある者は神に祈り、ある者は逃げまどい、またある者は銃を乱射して必死に止めようとした。
だがその行為は全て無駄と言うしかない。
飛竜が何かを落とした。爆弾か、それに類するものだろうと誰もが予想した。そして誰もが、その何かが爆発して皆纏めて死ぬのだと恐怖した。
誰もが死を覚悟したその瞬間――、
「「「…………えっ?」」」
目の前に落とされた巨大な〝パン籠〟に目を丸くしたのである。
その上空で、戦果を確認した魔王軍の飛竜が後方に連絡する。
曰く、
『トラ・トラ・トラ。我、奇襲ニ成功セリ』
である。
前半部分の元ネタ:モロトフのパン籠、モロトフ・カクテル




