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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
92/216

勝機と正気の間で

2話連続投稿です(2/2)

 八月一七日。

 震災から四日経って、ようやく全体が見えてきた。


 被害は、ハッキリ言えば大きい。

 ピエルドーラ陣地だけに限っても、死者八〇九名、負傷一〇五八名、不明二六八名である。


 それでも震災の規模に対して被害者が小さいという。


 理由は元々ここが軍事基地で民間人が少ない事、救助装備や救助に役立つ魔術を使える人が多かったこと、そして避難が早かったことなどが挙げられる。


 避難が遅れた他地域では、ピエルドーラ陣地よりも揺れや波高が小さかったにも拘わらず被害が大きいらしい。


「だから今生きている者達は君に感謝こそすれ、恨むことはしないはずだよ」

「本当にそうだったらよかったんですが」


 ヘル・アーチェ陛下は褒めてくれるのだが、こちらは相変わらず理不尽クレームに晒されているのだ。

 物流が安定化したから多少はマシになったものの、まだまだ足りない物も多い。


 俺はそれをどうにかすべく、今や貴重となった紙とインクを節約しながら事務で奮闘中。

 その最中、陛下が邪魔しに――じゃなくて、様子を見に来てくれた。


「数日前に比べれば天国だよ。生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだから」

「でも、まだ震災前の基準には戻っていません」

「高望みしすぎじゃないかな?」


 そう言って、陛下は肩を竦める。


 自分自身そう思わなくもないが、やはり目標は「いつも通りに戻ること」だ。

 ここはまだ軍事基地だからいいが、普通の町などでは「日常」を欲しているのだから。


「ま、あまり無理する事のないように。君はそう言う癖があるようだからな」

「善処します」


 とは言っても、俺がここで楽するわけにもいかない。

 被災地域のことを思えば仮司令部は天国みたいな環境だ。


 特に酷いのは、最前線で、軍事施設がなく、街道が通行不能らしい、人類軍が占拠したセリホスの港町だろう。


 偵察報告によれば被害は甚大。

 いくら敵とはいえこれは――いや、考えるのはよそう。陛下にも深く考えるなと言われたばかりじゃないか。


 考えないように、考えないように……。


「アキラ、どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。ただちょっと疲れただけでして」

「……君は嘘が下手なのだから、正直に喋ることをお勧めするよ」


 そうだった、陛下にはこの手の誤魔化しが通じない人だった。

 心の中を読まれては嘘をついても仕方がない。


「人類軍のことは人類軍に任せよう。アキラの気持ちもわかるが、人類軍だって数多の機械兵器を操る強敵だ。すぐに混乱から立ち直るだろうさ」

「……そう願いますよ」


 あの災害を知っている身としては、本当にそう思う。

 人類軍憎しで戦ってはいるが、セリホスの港町にいるのは殆どが民間人だから尚更だ。


 彼らの行動に期待しつつ、俺は書類を纏めて会議の準備をする。


 今日も今日とて会議である。会議というのは創造を生み出す場ではなく調整する場である。のはず。


 今回はオリベイラ司令官になじられつつ、状況報告と今後についてを話し合うことになる。


「陛下、そろそろ時間です」

「おっと、そうか。もうこんな時間か。さっさと終わらせよう。全く、会議というのはどうしてこんなにやる気が出ないのやら」

「全面的に陛下の意見に賛同しますよ」


 本当に、無駄な会議というのはなくならない。




---




「――と言うわけでして、現在海岸地域の混乱状態は終息に向かいつつあります。兵站も順調に回復しており、当面は困ることは少ないかと」

「ありがとう、アキラ」


 さて、会議である。


 と言っても情報交換と報告の会議なので大したことはない。

 オリベイラ司令官も特に怒りはしなかったどころかご満悦である。今更兵站のありがたみを知ったのだろうか。


「さて諸君、現状は各部署が報告した通りだ。多くの犠牲者は出したが危機は脱しつつある。その上で、今後どうするかを決めたい。諸君らの自由な意見を求める」


 会議は次の議題に移る。

 つまり、今後の方針だ。


 でもそんなに選択肢が多いわけじゃない。


 このまま陣地に大兵力を置いておくわけにもいかないのだから。ここは最低限の兵力だけを残して撤退。

 これが順当だろう。


 こういう、お偉方が参加する会議は誰もが発言に慎重になるものだ。

 自己保身とかそういうのが働くから、最初に発言した者の意見に追従しやすくなる。


 みんな経験ない?

「○○さんどう思う?」って聞かれたら「××さんと同意見です」で済ませちゃう時って結構あるでしょ?

 それと同じ。


 だから最初に発言したもん勝ちである。


 兵站局としてはこれ以上ピエルドーラ陣地に三万弱の兵力を残し兵站業務を続けるのは嫌だ。


 こんなところにいられるか! 俺はグロース・シュタットに帰るぞ! である。


 だから折を見て意見――する前に、ニヤニヤしながら挙手する奴がいた。戦闘部隊の司令官オリベイラである。

 嫌な予感しかしない。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「オリベイラか。構わん、自由に述べよ」

「ハッ、では失礼して――トゥルナイゼン。皆に例の資料を配ってくれないか」


 え? 資料? 今更?


 そういうのって事前に配ってくれないかな。

 検討する時間が――いや、それが目的なの? 検討する時間を与えず反論させず、ここで無理矢理決定させて意見を通そうと?


 そんなことをしてまで、いったい何をするのか。ここまで来たらもうそれは、決まっている。


 トゥルナイゼンというオリベイラ司令官の副官から渡された資料には、こんなタイトルがついていた。


『セリホス奪還作戦概案 作成:魔王軍第Ⅲ方面軍司令官オリシス・オリベイラ』


 ……このクソッタレ、陛下にあそこまで言われてまだ諦めてないのか。

 勅命まで下ったというのに、しつこい奴だ。


 資料が全員に行き渡ったことを確認したオリベイラ司令官は二度三度咳き込んでから、演説を始めた。


「さて、題を見てお察しの通り、私はここで『セリホス奪還作戦』を提案し、陛下の御裁可を求めるものです。

 つい先日、陛下は無期限の攻勢作戦延期を決定されましたが、それについては、小官もその正しさを痛感するところでございます」


 嘘だよね?

 あの時すごく食い下がって攻勢に出ようって言ってたよね?


「しかし我ら魔王軍は必死の努力によって我らの補給路は確保され、まだ災害前の基準には達していないものの、余裕が生まれました」


 まるで自分のおかげでそれが出来たと言うような言い方だ。


 街道復旧で頑張ったのは工兵隊と魔像隊であってお前ら戦闘部隊じゃないはずだが。


 だがまだ彼はしゃべり続けて、今攻勢作戦を行う最大の理由を話した。


 それが、偵察部隊からの追加報告である。


 どうやら、セリホスの港町の被害は甚大どころの話じゃないらしい。


 海岸部は壊滅状態。

 市街地も瓦礫の撤去さえ進まず、各所でまだ火が燻っている状態。


 そしてなにより、セリホスの町と人類軍衛戍地を繋ぐ唯一の街道が、山体崩壊によって通行不能になっているのである。


 人類軍はそれの対処に苦慮している様子で、作業が進んでいないとのこと。

 どう頑張っても開通までには二週間以上はかかるという試算が出ている。

 セリホスの町は山の方にも町が広がっているとは言え、備蓄は多くないはずである。


 加えて、ピエルドーラとセリホスを繋ぐ道は健在。


「つまり彼らは既に死に体です。あのような状態で四日も経っていることを考えれば、如何に精強な軍隊といえども飢餓に陥る寸前のはずですから」


 オリベイラ司令官の言葉に、なるほど、と頷く人がいた。

 参加者の顔を見渡すと、どうにも「賛同の声」が大勢である。これはまずい。


「故に、我々はコレが好機と考えました。今すぐに出撃すれば、セリホスは極めて僅少の被害で奪還することが可能です。

 無論、占領後は瓦礫の撤去などの問題はあるでしょうが、些末な問題とも言えます。これが成功すれば、我々は久方ぶりに攻勢を成功させたことになる。

 人類軍は、さぞ陛下の御威光を目にして屈服することでしょう!」


 オリベイラが全てを言い終わると、ちらほらと拍手が生まれた。


 やばいやばい。

 これじゃ本当に攻勢作戦が採択される。その前に、兵站局として反論しなければならない。


「オリベイラ司令官、よろしいですか?」

「……なんだ? 決を採りたいから早く言いたまえ」

「では率直に申し上げます――私は戦術には詳しくありませんがこの攻勢作戦、反対です」


 俺がハッキリ告げると、彼は「ほほう?」と言って明らかに挑発するかのような目を向けた。


「まず第一に、我々は攻勢に耐え得るだけの物資を得られていません。兵站路は未だ脆弱であり、他の地域でも災害の爪痕が大きく残っているこの時期の攻勢は時期尚早です」

「なら、貴様はいつが適当だと考えるのか?」

「……早くても、三ヶ月はかかるかと」


 考えるまでもない。

 セリホスとピエルドーラが目と鼻の先だと言っても、普通に行軍すれば数日はかかる場所にある。


 その軍隊の腹を支えるのは俺らの仕事になる。


 無論、攻勢作戦における兵站確保も仕事だから、やれと言われればやるさ。

 でも今は津波に物資を持って行かれたんだ。貯蔵も少ないし、攻勢する暇があれば被災地域へ行ってほしい。


 が、オリベイラはそうは思わないらしい。


「被災地域に対する支援は現地部隊に任せればよい。それに私はセリホスの町だけを攻め落とすだけだ。何も心配はいらないだろう?」


「いいえ。仮にセリホスを落とせば、セリホスに駐留する部隊に対する支援を引き続き行わなければなりませんし、街道を復旧させた人類軍からの反撃もあるでしょう。

 これらに対して、我々は脆弱な兵站路の中で物資を送り続けなければなりません」


「不可能だ、と言いたいのか? それでも貴様は兵站の責任者なのか?」


「不可能とまでは申しません。ですが、非常に厳しいということを理解してください」


 災害で、戦闘とは違う物資が大量に必要になっているのに、それに加えて戦闘に必要な物資を供給するのはやりたくはない。

 被災地はピエルドーラとセリホスだけじゃないのに。


「また、セリホスの町には多くの民間人が住んでいるでしょう。

 敵兵は捕虜として後方に送るとしても、彼ら民間人は現地に留めなければなりません。その世話を考えると――」


 不可能だ。


 兵站将校としてはあまり使いたくない単語だが、無理だ。


 けど俺が全てを言い終わる前に、オリベイラが言った。


「その心配はない。現地住民は敵兵と共に全て葬り去ればいい」


「なっ――正気ですか?」


「なんだ貴様。やはり同じ人間に手を出すのが嫌か?

 今まで散々、補給と称して間接的に人間を殺し続けた貴様がそれを言うのか?」


「そうではありません!」


 確かに災害を利用して戦争を優位に遂行する事自体は、よく聞く話だ。問題はその後。


 災害を利用して攻勢を仕掛け、町を占領して、災害に苦しみ恐怖していた現地住民を虐殺すれば何も問題ないとは、俺には正気の沙汰とは思えない。


 それとも俺の感覚が変なのだろうか。

 見回してみると、表情は様々だ。苦い顔から、きょとんとした顔。賛否は半々。これならまだ押せるか……?


「私は反対です。そのような野蛮な行為は、魔王陛下の御名を汚すだけです!」


「奴らは同じことを我々に何度もしているのだぞ。なぜ我らが同じことをしてはならんのだ!?」


 その言葉が、決定的だった。

 人類軍の所業は知っている。そのせいで、ソフィアさんは孤児になった。


 その事情は、ソフィアさんだけじゃないだろう。他にもいるはずだ。この部屋にも、何人かはいるだろう。自分じゃなくても、自分の知り合いがそうなったという奴もいるに違いない。


 そんな彼らの顔が、変わったのだ。


「でも、だからと言って――」


 俺はさらに反論しようとした。でも、その前にトドメを刺された。


「貴様、もしかして本当に人類軍と共謀しているのではないか? そこまで奴らを庇うなんて……」


 あぁ、まずい。


 反論すればするほど、俺の「人間」という種族がクローズアップされる。


 陛下がいるから本当に嫌疑を掛けられることはないだろうが、しかし、他の部隊との溝が一層深まる。


 やっと、兵站局という存在が認められてきたのに。

 それが無に帰されるどころかマイナスとなるだろう。そんな風になれば、ソフィアさんらも「共犯」として見られるだろう。


 ……ここで信念を曲げなければならない。そうじゃなければ、彼女たちに迷惑が掛かる。


「私は人類軍と共謀しているわけではありません。私は魔王ヘル・アーチェ陛下に絶対の忠誠を誓う者です。それは、誤解なきよう」


 そう言って、俺は発言を止めた。これ以上反論はない、という意味を持たせて。


「なら良い」


 オリベイラはそう言ってから、勝利の笑みを浮かべた。


 確かに、今回は彼の勝ちだろう。

 街道復旧を全力で行った結果がこれか。でも他に選択肢があるかと言えば――たぶん、ないだろう。


「しかし兵站局の疑念はよくわかった。その上で決を採りたいのだがそれでよろしいかな? 他に誰か意見はあるかな?」


 他に意見を言うものはいなかった。


 陛下が何人か幹部を指名したが、意見はどれも同じで「オリベイラ司令官に同意する」というものだった。


 もう打つ手なし、だな。


「では、決を採ります。陛下、よろしいでしょうか?」

「……あぁ」




 そして、セリホス奪還作戦実行が決定された。

 後は詳細を詰めるだけとなる。


 会議が終わり、皆が三々五々帰る中、俺は会議室の机に突っ伏して呟いた。


「……戦争なんて、するもんじゃない」

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