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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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「別に心配と言うわけじゃないんですよ?」

 ――同日 魔王城兼魔王軍総司令部兵站局


「はぁ……」


 何度目かの溜め息です。数えるのも嫌になるくらい、今日は溜め息が出ます。

 いえ、正確に言えば「今日も」でしょうか。


 どれもこれも、ユリエ様が変な事を言ったからです。


 あの日、いつのことだったかもう忘れましたが(と言うより、忘れたくて忘れたのですが)、彼女に言われたことは今でも(残念ながら)鮮明に覚えています。


『局長さんのこと、好きか?』


 と。

 その時、私は素っ頓狂な声を挙げて「何をバカなことを」と答えた気がします。


『いや、うん、こういうのってどこまで深く突っ込んでいいかわからないんだけどさ』

『わからないなら突っ込まなくていいです』

『そうも言ってられない。気になって仕事が捗らないからな』


 ユリエ様はそんな戯言を言いつつ、話をつづけました。


 曰く


『ソフィアが局長さんのことを上司以上に見ていることは、傍から見てれば一目瞭然だ』


 ということ。



 確かに、もう私とアキラ様の仲は上司と部下の関係だけでは説明はつきません。


 ですがだからと言って、異性として云々というのは間違っています。

 そういう経験は全くありませんが、それでもわかります。理論が飛躍しすぎです。


 そう言うわけで私は、自分でもどうかと思うくらいユリエ様を説得しました。結果、


『まぁ、うん、それならいいけどさ……』


 顔を引き攣らせながらユリエ様が折れました。


 ただでさえここ数日、原因不明の動悸や不安に襲われているというのに、別の感情的要因が私の胸を締め付けるのです。


 でもその後は、彼女の方からは何もありません。


 これで胸のざわつきが収まれば安心……の、はずなんですが……。


「ううん。そんなことより仕事です。アキラ様がいない分頑張らないと。まずはピエルドーラ陣地の故障魔像の後送についてアキラ様から……」


 と、仕事に取り掛かろうとしたところでダメでした。


 どうも、色々と考えてしまいます。


 ピエルドーラ陣地はここより南に位置します。

 比較的寒い魔都からそんな所に行けば、急激な温度変化について行けず体調を悪くする可能性があります。

 貧弱なアキラ様は大丈夫なのでしょうか。


 アキラ様は朝一番に目覚まし用のコーヒーを所望することが多くて、それがないとかなりぼんやりする方なんです。


 そのコーヒーは濃いめに淹れて、砂糖はスプーン一杯半。ミルクはカップを一周させれば適量。

 アキラ様が疲れて来たら、気持ち砂糖とミルクの量を増やして、コーヒーを渡す時に一声かけて会話をすれば、その後かなりやる気が出ます。


 でも最近は、ミサカ様の出すリョクチャと言うものにハマっているようです。

 それにミサカ様と共に食事をすることが多く、お昼のコーヒーは出番が少なくなっています。


 それにアキラ様が普段どんな食事をしていて、どんな食事が好きなのかと言うのはまだわからない……って、私なにを考えているんでしょう?


 これでは秘書と言うよりは――。


「ちょ、ちょっとソフィアさん!? どうしましたか、急に机に頭を打ちつけて!」

「なんでもありませんリーデル様」

「そ、そうですか? 何か辛そうに突っ伏しているように見えるのですが……」


 それは今リーデル様の呼びかけに応じて顔を上げたら間違いなく恥ずかしい顔をしているだろう私の顔を見られるからです。


 どれもこれもユリエ様のせいです。


 彼女が帰ってきたら特に理由もなく嫌味を言って仕事を増やす衝動に駆り立てられます。


 数十秒間何も考えず、無心に、無心に、無心に……。


 はい、もう大丈夫です。起き上がります。

 ちょっとブラックコーヒーを淹れて気付けついでに落ち着きましょう。


 あ、そう言えば以前、アキラ様にいつものコーヒーのふりしてブラックを淹れたら盛大に咽てしまってちょっと面白かったですね。


「ソフィアさん? 何か面白い事でも?」

「……いえ、別に」


 ダメです。表情に出てしまいます。


 私はいつからこんなに表情豊かになったのでしょうか。


「もしかして、局長のことですか?」

「まぁ、その、そうですね。早く帰ってきてくれないと、仕事が溜まってしまうので」


 図星だったので、理由をすり替えました。

 下手に隠すと墓穴を掘ることになると私は学びましたので。


「そうですわね。それになんだかんだ言って空気も違いますしね」

「……あの、何が言いたいのでしょうか」


 なぜかリーデル様がニヤニヤしながらそんなことを言っていたので、つい眉を上げて聞いてしまいます。

 まるで私がアキラ様の帰還を個人的な理由で待ち受けているような言い方です。


「さて、どういう意味でしょうね?」


 少しイラッと来ました。


「むっ……仕事増やしますよ?」

「局長みたいなことを言うんですね?」


 確かに。

 局長はよくそういう脅しをしますね。本当に増やすことは稀ですが。


 しかしリーデル様との会話はそこで打ち止め。リーデル様は通信用魔道具を使ってどこかと連絡を取りました。


 普段であればその会話をアキラ様が拾い上げて、会話を続けてくれたりするんですよね。


 そう言う意味では、確かにアキラ様には早く帰ってきてほしい……。


 いえ、別に、そんな個人的な理由は一切、一切ないんですが、仕事場の雰囲気と言いますか進捗と言いますか、そういうのに影響しますし、それにアキラ様の決裁が必要な物というのがあるというだけで深い理由はないと言いますか、その、とにかく早く帰って仕事を回してほしいってだけです。


 でも、無理はしないでほしいです。


 それはアキラ様が帰ってきたら伝えよう、と思っていたことのひとつでもあります。


 彼は優秀です。だからでしょうか。

 アキラ様は仕事でも、そして他の面でも、無理をなさります。それこそ――、


「ソフィアさん!」


 深く考え込んでいたら、その思考がリーデル様によって遮られました。


 何かまずいことをしてしまったのかと慌てましたが、どうやら違うようです。それは魔道具からの緊急連絡。


 ほどなくして、私の頭にも思念波が捻じ込んできました。同時に、頭痛がします。


 発信者は、ヘル・アーチェ魔王陛下。


『緊急! 魔王軍全軍及び、大陸南岸部在住の臣民諸君へ。

 大陸南岸地域にツナミ緊急警報を発令する。当該地域在住の臣民は直ちに全ての活動を中止し、可能な限り高い場所へ退避せよ。これは勅命である。また飛竜隊及び海軍可動全艦は直ちに出撃せよ。

 繰り返す――』


 陛下の、珍しく焦燥の感情が見える陛下の思念波でした。


 ツナミ? 退避?

 なんのことでしょうか?


 しかも魔王陛下から臣民全てに発せられる勅命とは、前代未聞です。


 そして思念波が終わり、兵站局員がどうしようと顔を見合わせます。私たちは何をすればいいかわからない。


 十分くらい経った頃でしょうか、私の通信用魔道具が鳴りました。

 相手は、アキラ様。


 急いで応答して、状況を確認しようとしました。


「アキラ様? いったい何がどうなって――」

『ごめんなさいソフィアさん! 説明している暇はありません!』


 アキラ様も、慌てていました。


 いえ、慌てているというレベルではありません。

「生死の瀬戸際に立っている」、そんな声でした。


『緊急事態なので要点だけ伝えます。非番の兵站局員を全て召集し、ソフィアさんが指揮を執って臨機応変に必要な処置をしてください』


 通信用魔道具に映し出されるアキラ様の姿は、息を整える暇もないというものでした。


 緊急事態? 臨機応変?


 そんな抽象的な言葉で、何を理解しろというのでしょうか?


「アキラ様、いったい、ピエルドーラで何が起きているのですか!?」

『地震と大津波、もうすぐそこまで来ています。大災害の真っ最中です』


 ジシン、ツナミ。


 災害と言いましたが、同じような事を陛下から昔聞いたことあるような、ないような。

 しかし混乱する私をよそに、アキラ様は言葉を続けます。


『もし私に何かあったら――あるいは連絡が途絶した場合、ソフィアさんを兵站局代理局長に指名します。私のことは死んだと思ってください』

「アキラ様!? いったい何を――」

『すみません、これ以上は時間が――クソッ。なんだってこんな――とにかく、お願い――』


 そこで、通信が切れました。


 アキラ様の言葉は最後まで私の下に届きませんでした。

 でも、これがペルセウス作戦の時以上の危機的な状況にあるということはわかりました。


「――ソフィアさん」

「……リーデル様。ユリエ様を始めとした、今日休みを取っている全ての兵站局員に緊急呼集を掛けてください。非常事態です。ここの指揮はアキラ様の命により、私が執ります」

「畏まりましたわ。すぐに」

「お願いします」


 リーデル様に指示する傍ら、私は祈りました。


 どうか、連絡が来ますように、と。



 何故なら通信用魔道具に最後に映し出された映像が、アキラ様と、アキラ様の背後で荒れ狂う、とても巨大な水の「壁」だったから。


・ちょこっと解説(と言う名の裏設定公開)


「通信用魔道具」


 魔王軍開発局が作った魔道具(レオナが作ったとは言っていない)。紅魔石をバッテリーにして動く。

 兵站局を始めとして、魔王軍で重宝している通信機。アキラはこれを勝手に「デンワ」と呼んでいる。

 魔術に才能があるものは通信魔法を使えるし、獣人系種族は思念波を使えるが、それ以外の者はこの通信機を使うしかない。

 魔道具の出力を変えると通信を変えられるが当然魔石の魔力はすぐに尽きるため、魔道具側が制限を掛けている。

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