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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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自然との戦い

“備えていたことしか、役に立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった。”


 国土交通省 東北地方整備局著

『東日本大震災の実体験に基づく 災害初動期指揮心得』より引用。


 3月11日。


 それは多くの日本人にとって、少なくとも俺にとって、忘れることのできない日付となる。

 あの日何が起きたかなんて、最早説明するまでもない。


 それが起きる前、ペットや動物の様子がおかしかった気がするという証言があるし、実際それが動画投稿サイトなんかでも挙げられている。


 だがそれの多くは「今思えば、あれは予兆だったんじゃないか」という程度のものだ。

 それらが本当に予兆の類だったのかどうかは、科学的な立証が出来ていない。


 つまるところ、俺のいた現代日本でさえ、大自然の破壊力を予知することができない。


 それが現代よりも遥かに文明レベルの低いこの世界であれば、なおのこと不可能である。


 そして――多少言い訳になってしまうだろうが――この世界に来てから、それを感じていなかった故に、俺自身忘れてしまっていたのだ。


 つまり「災害は、忘れた時にやってくる」ということを。


 地球でも、この世界でも、それは同じなのだ。




---




 耐震構造なんて言葉が存在しないこの国の建物の中にいる、地震大国出身の俺が「デカい」と直感できるほどの揺れを感じた段階で死を覚悟した。


 煉瓦の天井が落ちてきた時には、せめて傍にいる魔王軍きっての天才二人くらいを守らなければと思い彼女らの頭を抱いた。


 しかし予想していた衝撃とか痛みとか、そう言うのはなかった。


 人間というのはとても強い衝撃を受けると痛覚をシャットダウンするというから、それが起きたのかと思ったが……何も起きない。


 血が出てるとか骨が折れてるとか、そう言ったものはない。

 それどころか、煉瓦の天井が俺らを避けるように落ちてきた。


 一体何がどうなっているんだと混乱していると、机に座る彼女の姿が見えた。


「ひどいなアキラは。これでも私も女なのに、私のことは守ってくれないなんてな」


 魔王ヘル・アーチェ陛下が、防御魔法を展開しながら優雅に紅茶なんぞを飲んでいる。

 ついさっきまで強い揺れの中に居たのに、である。


 陛下の展開した防御魔法のおかげで、俺たちはパンケーキの具材にならずに済んだらしい。


「陛下……ありがとうございます。助かりました」

「なに、気にする必要はない。臣下を守るのは君主としての使命だよ。……もっとも、今の所助けが必要なのはそこの二人だろうがな」

「はい?」


 二人?

 助けって、それってどういうこと?


 と思ったら、ポンポンと胸を叩かれる感触がする。覗き込むと、


「あ、あの、アキラちゃん。そろそろ離してくれると嬉しいんだけど」

「ちょっと、くるしい」


 そこには息苦しそうにするレオナとヤヨイさんがいた。

 あぁ、そういうことねと納得して、急いで彼女らを解放する。


「あぁっと、申し訳ない。大丈夫か、二人とも」

「問題ないわ。ちょっとなんていうか、苦しかったと言うか……。それに私も陛下程じゃないにしろ防御魔法使えるし……」


 なにかもじもじしながらぼそぼそと喋るレオナは、一旦俺から距離を取る。


 そして顔を真っ赤にしながら髪をくるくるといじりながら、ボソッと小声で言った。


「あの……でも、まぁ、その……ありがと」

「……あぁ、うん。どうも」


 おい、こいつ誰だ。

 地震のせいで性格が変わったのか。


 こんな借りてきた猫人族みたいなレオナ、俺の知ってるレオナじゃないぞ!


「ねぇ、なにか失礼なこと考えてない? もしかしてこの天才の私が地震に怖気付いたとか思ってないでしょうね?」

「あ、いつものレオナだ」

「絶対考えてたよね!?」


 いやいや考えてないよ。可愛い面もあるんだなとかそんなこと全然思ってないよ。


 ギャーギャー騒ぐ元気なレオナに怪我がないことは明白なので、もう一人のほうに聞いてみる。


「ヤヨイさん、怪我はありませんか?」

「うん、大丈夫。……ちょっと胸が苦しくなった、だけ」

「あぁ、強く押さえ込んじゃいましたからね。すみません」

「……へーき」


 よし。


 陛下がチートだったおかげで俺らは全員無事だった。


「しかしまぁ、こんな地震が来るとはな。こんなに大きいのは五〇〇年ぶりだよ。小さな地震も含めると二三〇年ぶりだが」


 と、陛下。


 やはりこの大陸は地球におけるヨーロッパやロシアのように滅多に地震が起きないらしい。

 中身80オーバーのレオナが知らなくても仕方ない。


「だが、アキラくんの反応を見ると……君の世界ではそんなに珍しくないのかな?」

「私の世界、というより、私の故郷では、ですね」


 なにせ日本はマグニチュード七以上の地震が毎年のように来る。

 今回の地震は、俺の感覚が正しければ震度五弱と言ったところか。日本だったら、まぁ別に珍しくはない規模の地震。


 これで飛び起きて、SNSを開いて地震速報を見て、震度やマグニチュード情報を見て、睡魔が来たらもう一度寝るのが日本人だ。


 もっと大きな地震だったり、震源地が海底だったりしたら――、って。


 やばいやばい。最近の俺、この世界の環境になじみ過ぎて危機感がなくなってるぞ。


「まぁ、官舎はこの通りの被害だな。司令部も相当だろう。攻勢作戦は延期。とりあえず被害状況の確認をしよう。アキラくん、それで――アキラくん? 聞いているのかい?」


 陛下が何事かを言っているが、被害状況の確認とかそんな悠長なことをしている暇ではない。


 このピエルドーラ陣地は沿岸部にある魔王軍の基地で、港もある。だからこそ海上補給路が確立できると踏んでここを後方基地に据えた。


 そう、沿岸部である。


「陛下。被害状況の把握は後にしてください。津波が襲ってくる可能性がありますので、今は高台に避難する事の方が先です」

「……なに?」


 つまり、津波が来るということ。


 震源が海底であれば、その位置にもよるが第一波到着までの猶予は10分程もない。被害状況がどうのこうのしている暇はないのだ。


 あの日何が起きたのかを知っている身としては、一刻も早く行動しなければならない。


「陛下。説明してる時間さえも惜しいです。今はただ、私の言葉を信じてください」

「…………」


 やはり無理だろうか。

 いくら数百年前に地震を経験していると言っても、やはり急には信じられな――、


「わかった。君の言葉を信じよう。どうすればいい?」


 意外とあっさりと、陛下が信じてくれた。


 そんなにさっさと信じていいのかと思わなくもないが、今更だった。それにそのツッコミをする暇もない。


「……津波が来る恐れがあります。原理は省きますが、海が沿岸部を襲います。最優先事項は『全員を可及的速やかに高台に避難させる』ことです」

「なるほど。だが早朝で建物の中にいた奴らも多い。生き埋めになった者もいるだろう。彼らはどうする?」

「…………心苦しいですが、見捨てます」


 もうそれしかない。


 これは戦時医療におけるトリアージと同じで、助けられる命と助けられそうもない命を合理性の名の下に取捨選択するしかない。

 一時間あるならまだしも、堤防もないこのピエルドーラでは第一波の津波でさえ防ぎ切れるかどうかわからない。


「すぐに助けられそうな者だけを救出。それ以外は見捨てて高台へ退避するしかありません」

「……わかった。君の言う通りにしよう。他には?」

「飛竜隊は稼動可能な飛竜を出来るだけ多く上げて空中待機、いえ情報収集をしてもらいます。特に海上を飛んで上空から海の様子を見てもらいます」


 やることは色々ある。

 まずは人命の避難。次に情報収集。その次に、魔像どの兵器や物資の避難だ。


「それと揺れを感じた全ての沿岸地域に、警報を。同様の指示を出してください」

「よかろう。直ちに警報を発令する」

「お願いします」


 災害は、始まったばかりだ。


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