表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
85/216

揺れ動く世界

人類軍視点

 正暦一八八〇年 八月一二日

 汎人類連合軍第Ⅸ方面管区第九一五衛戍(えいじゅ)地 コードネーム〝キャンプ・ショルス〟



 駐屯地中央にある新設された長い離着陸場に、一機の巨大な航空機が着陸した。


「連邦軍」の国籍マークを付けているそれは、連邦の科学技術の粋を集めた硬式飛行船である。

 そこから、一人の人物が歓迎を受けて降りてきた。


 それを、彼の元部下である男が出迎える。


「少佐、お久しぶりです。最新鋭機の乗り心地は如何でしたか?」


「最悪極まる。ガタガタ揺れるし人も荷物もあまり載せられない。おまけに遅い。煤まみれにならない分ニューホーク地下鉄よりはマシだがな、大尉」


「やはり少佐は陸の人ですね。あと、私はもう昇進して『少佐』になったのですが?」


「それを言ったら私だって退役するとき昇進して『中佐』になったのだが?」


 そう言って二人――ジョシュア・ジョンストン少佐と、連邦下院議員キース・バーク元連邦軍中佐は笑い合い、久々の再会を祝して固い握手を交わした。


 今回、キースが前線に赴いたのは、厭戦気分が高まる連邦の世論を再び喚起するためである。


 魔王討伐と、魔族絶滅という「神から授かった明白なる使命」を達成するために。


 しかし全員が、そこまで真面目に「魔族絶滅」を試みているかと問われれば疑問符はつく。

 実際ここにいるバーク元中佐がいい例だ。


「中佐がそこまで『使命』に忠実だとは思いませんでしたが?」


「別に俺は無神論者じゃない。ただ、会ったこともない『神』とやらの命令を聞く筋合いもないだけさ。命令されたことをやっただけさ」


「そうですか? ロングストリート准将から『独断専行が過ぎる』という愚痴をよく聞いた記憶があるんですが、勘違いですかね?」


「さて、なんのことやら」


 すっ呆けるバークに、ジョンストンはやれやれと肩をすくめる。


 バークはこんななりの人物だが、連邦軍においては誉れ高き「銀星勲章」を授与されている勇者でもある。


 本人はそれを「たまたま」だと言うが、彼の友人にしてみれば「たまたまで勲章が取れるはずがない」と呆れられるまでが、彼らの日常だ。


「そういうお前はどうなんだ。勲章とか」


「残念ながら、オーケストラ作戦の時に私が慎重論を唱えたことが社会党議員に政争の道具にされたせいで、連邦党員の人事局からの覚えめでたいんですよ。だから私がこんな前線にいると言っても良いです」


「なんともまぁ、我が連邦もそこまで自由な国となったのか。喜ばしいものだな」


 懲罰人事という悪習がそこまでまかり通っていることに、今更キースは驚きはしなかった。


 だがジョンストンは何も言わなかったが、キースは出来る限り人事に「配慮」するよう求めると心で決めた。


「だが、おかげで今回の視察でお前に会うことが出来たし、お前が前線で何を見聞きしたかを確かめることができる」


「これぞ『神の思し召し』ですかな?」


「だとすれば、神というのは相当な皮肉屋に違いないな」


 二人は皮肉の神様に感謝しつつ、人目のつかない、会話が外部に漏れないだろう兵舎に場所を移した。


 会話の内容は、二つ。ジョシュア・ジョンストンが独自に調査した内容に関する詳細報告。


「我が党に有利な作戦ってのは、結局なんなんだ?」


「そんなに複雑なものではありませんよ。この衛戍地……キャンプ・ショルスは現在連邦軍しかいませんが、その人員だけで攻勢に出ます」


「……は? 戦力は?」


「一万程度ですね。現在、近隣基地から物資兵員を集結させている最中です」


 これを少ないか、普通かと見るのは人によるだろう。


 ただジョンストンとキースは揃ってこれを「少ない」と見たのは間違いない。

 そしてそれが政治的にもかなりの効果があることはよくわかる。


 つまり少ない人員で勝利を得たのだから、大規模動員すれば大勝利に繋がる、とそう喧伝できるわけである。


 それを連邦党議員の前で見せれば、さらに効果大。

 その議員が銀星勲章を授与された、国民の間にも認知度が高い若手議員であれば尚更である。


「全く、政治と言う奴は……」


 キースは自分が政治家であることを一瞬忘れるほどに、そうぼやくしかなかった。


 だがこと戦術に関して無暗に政治が介入するわけにはいかない。政治は戦略的判断にだけ口を挟めばいい。


 それが健全な民主主義国家であると、彼が信じる所でもある。


 だからキースは、その作戦についてとやかく言うのを止めた。現時点では、だが。


 そして彼は、ある意味においては本題である情報をジョンストンに問う。


「で、もう一つの方はどうなんだ?」


 それは、ジョンストンが曖昧な証拠と推測の中で立てた「魔王軍の変革」についてであった。


 その言葉を待っていました、とばかりに、ジョンストンが鞄の中からいくつかの資料、そしておおよそ人類軍が使うとも思えない質の悪い紙を出した。


 資料は、連邦公用語で書かれてはいない。いや、どこの人類国家の言葉ですらない。


「……これは……奴らの言葉? ということは」


「はい。彼ら魔王軍の文書です。放棄された敵陣地にて回収しました」


「……まさか。あの『蛮族』が?」


 キースは驚いた。


 無理もない。

 魔王軍は長い間、口頭での命令伝達に頼っていたために、文書でやり取りすると言う慣習がなかった。


 でも今ここには、明らかに「文書」がある。

 しかも内容が、今までの魔王軍からは考えられない物だと、ジョンストンの口が動く。


「翻訳したところ、これは『補給要請書』でした」

「なっ……」


 魔王軍が、人類軍のように組織だった軍隊でない事くらい、人類軍は知っている。


 だからこそ、魔王と言う凶暴な個人に対して人類が一致団結して組織となって戦った、という経緯がある。


 しかしこの「補給要請書」の存在は、魔王軍が急速に近代軍として組織改編がなされているという事実なのではないか。


 ジョシュアはそう考えたのである。


「お前の言うことだ。これ以外にも、証拠がありそうだな」

「はい。捕虜を尋問したところ、無視できない情報が」


 曰く「人間が、魔王軍改革をしている」と。

 彼ら人類軍にとっては、聞きたくない情報。

 人類軍の中に裏切り者がいるかもしれないということである。


「名前も判明しています。名はアキラ。名から推測するに皇国系と思われますが、詳細は不明です」

「……皇国系ってだけだ。連邦国民でない証拠もないか」


 だがその前に、本当に裏切り者がいるという証拠もない。

 捕虜が喋っただけである。


 魔族も人類絶滅を掲げているだろうから、裏切り者の人間を生かすことはしないだろう、とも考えられる。


 あるいは人類軍を混乱させようと、捕虜が放ったデマかもしれない。

 しかしデマとして片付けるには危険。


「なるほど。本国に戻って中央情報局あたりに持ち込んだ方がいい案件かもしれんな」

「お願いします」


 二人は沈鬱な表情で頷き合った。


 その後、ジョンストンとキースは細々とした情報交換をする。


 銃後の状況把握は、前線に立つ兵としては気になることであり、前線の苦労は議会の演壇に立つ政治家としては重要である。


 数時間程して二人は話を終える。


 その時には既に、太陽が地平線に近づきつつあった。


「っと、もうこんな時間ですか。申し訳ありません中佐、長旅で疲れているでしょうに」


「いや、気にしなくていい。それよりも俺はどこに泊まればいいんだ? 兵舎で雑魚寝か?」


「中佐を兵舎に寝かせたら兵が寝れませんよ。南東の峠を越えた先に町があります。そこのホテルに泊まっていただく予定です」


 ジョンストンの言葉に、キースは驚いた。


 人類軍占領地への入植は遅々として進んでいないはずなのに、最前線近くのキャンプ・ショルスにはもう町が出来上がっているからである。


「おいおい。ここ最前線だぞ? なんでもう入植が進んでいるんだ」


「放棄された魔王軍の港がありますからね。改良して補給拠点として使っています。それに近くにダイヤモンド鉱山があるようでして……」


 ジョンストンの言葉に、キースは納得した。


 なるほど。あの貴重な炭の塊を喜ぶ女子は多いからな、と。


 キースは宝石に興味はなく「そこまで炭素が欲しければもっと安い石炭を首に巻けばいい」とも考える男である。


 将来求婚するときはどうするんだ、と同僚のブライアンに呆れられている。


 だが彼の宝石に対する興味より、今は寝床と暖かい食事である。


「まぁ、そういうことなやらそっちにしよう。悪いがジョンストン、車を――」


 用意してくれ、と言いかけたとき、それを感じた。


 連邦東部州出身のキースにとってはあまりなじみのない感覚であり、連邦西部州出身のジョンストンにとっては何でもない現象。


 ガタガタと、地面が縦に微かに揺れている。

 そのすぐ後に横揺れ。


「な、なんだ? 敵襲か?」


「……あぁ、またか」


 二人の反応は全く違っていた。


「中佐、落ち着いてください。ここ最近よく起きるんですよ、これ」


「何がだ?」


 元上司の疑問に、ジョンストンは明瞭に答える。


「地震ですよ」


 と。

 曰く、ここ数日間、地震が続いていると。


「数日前にそこそこ大きな揺れがありましてね。それからずっとこの調子です。まぁ作戦決行日までには収まるとは思いますが」


「そうか。……なら、さっさと収まってくれることを祈るよ。これは少し気持ち悪い」

「ハンモックで揺られてると思ってください。とにかく、車を用意しますので」

「頼む」


 二人はすぐに、この小さな地震のことは忘れて、彼らは別れた。


 そしてキースの願いが通じたのか、その日はもう地震が起きることはなかった。ただ、鳥たちがとても五月蠅く鳴き叫んでいたのが酷く鬱陶しかった。


「ったく、いったいなんなんだここは……」




 その夜、キースは疲れが溜まっているのにも拘らず、安眠できなかった。

前回から構築されるわかりきったフラグ。果たして何が起きるのでしょうか(棒読み)




それはそれとして、初めて「魔王軍の(ry」のファンアート(しかもヤヨイさん!)を戴きました。やったぜ。描いてくれた方、本当にありがとうございます。

(前回ねだったら、まさか本当に描いてくれるなんて思いませんでした)


イラストは活動報告に掲載しております。興味のある方はそちらへどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ