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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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不安と戦う魔王軍です

 八月一二日。

 作戦決行日まであと三日。


 後方部隊の面々が、補給拠点となるピエルドーラに向けて進発する。


 目的は前線において兵站を観察し必要に応じて指揮すること。要はペルセウス作戦の時にソフィアさんがやったことである。


 実際に前線で兵站がどう運用されているのかを知らなければならない。

 報告書だけでは見えてこない実情を知る義務が、兵站局長たる俺にはある。


「あ、あの、アキラ様。やはり私も……」

「いえ、大丈夫ですよ。ソフィアさんは魔都に留まっていてください。こっちもまだ仕事がありますので。それに、リイナさんも来てくれますしね」


 ソフィアさんが随行したがっていたが、断っておいた。

 最近会話が上手くいってないのもあるけど、それ以上に魔都を空にしておくわけにはいかないのだ。


 彼女がいると心強いから、本音では来て欲しかったが。


 でもそんな優秀な人は残して魔都で事務を回してくれないと、俺が帰ってきたら書類の山が待っていた、というのも嫌だ。


「……でも、不安です」


 が、ソフィアさんは納得してない様子。


「それは俺に対して? それともリイナさんに対して?」

「ソフィアさん、だ、大丈夫ですから。私もがんばりますから!」


 リイナさんがグッと両手で拳を作った。


 兵站局から前線へ行くのは、俺とリイナさん。


 他に魔王軍開発局のレオナ、ミサカ設計局のヤヨイさん、戦時医療局長ガブリエルさんなど。

 輸送総隊司令官ウルコさんも行きたがっていたが、流石に偉い人が固まって動くわけにはいかないので後方待機。


 兵站局居残り組は、ソフィアさんに率いてもらう。彼女なら大丈夫だろう。

 それに、俺がいない方がのびのび仕事できそうだし。


 しかしいくら言っても、ソフィアさんが納得しない。


「……実務面での心配は特にありません。ですが……少し、不安なのです」

「何が不安なんです?」

「何、とは具体的に言えないんです。なんと言いますか、胸騒ぎと言いますか……」


 彼女が理由もなくそんなことを言うなんて、と感動した。


「きっと疲れているんですよ。最近、攻勢作戦のおかげで休みもあまりなかったですからね」

「休みがなかったのはアキラ様だけです」

「そうだっけ?」

「そうです。……でも、確かに色々な事を考えていましたから、疲れはあるかもしれません」


 シュンと俯いて、そう小声で言ったソフィアさん。


 うーん、重症かな。


「じゃ、いい機会です。休んでいてください。疲労は仕事の効率を落としますよ」

「……アキラ様に言われるのは癪ですが――わかりました。少し休みます」

「帰ってきたら、元気なソフィアさんに会えるわけですね」

「そう願いたいです」


 彼女はそう言って、若干作ったような笑顔を向けた。無理をしている証拠だ。

 元々笑顔を見せる人じゃないから、余計に不安が残る。


 本人としては、笑うことで心配かけまいとしようとしているんだろうけど。


 しかしここで彼女と禅問答している暇はない。たぶん今頃、レオナあたりが待ちくたびれているだろう。

 ただでさえ戦闘部隊に後れを取っているしね。


「じゃあ、ソフィアさん。後を頼みますね」

「はい。お気を付けて」


 軽く別れの挨拶をして兵站局を出ようとして、でもその前に、ソフィアさんが俺の手を掴んできた。

 肌越しに伝わる彼女の手は、少し冷たい。


「……どうしました?」

「い、いえ。その……」


 もじもじしてなかなか言葉を発さないソフィアさんを急かさずに待つ。


 いや、ちょっと可愛いなとか思ってないから。純粋に、急かさない方が言い易いだろうなと思っただけだ。


 一分ほどして、出てきた言葉は以下の通り。


「その……無事に帰ってきたら、伝えたいことがあるんです」

「…………」


 あれ? 俺死ぬのかな?




---




 時間がないので、前線へは飛竜を使った。


 この世界に来て空の旅をしたのは初体験である。


 日本では何回か飛行機に乗ったことがあるが、空の旅と言うのは素晴らしい。

 受信機を持ち込んで理解できない航空無線を聞きながらパイロット気分を味わう、というのもしたことがある。


 無論、そこまでの技術レベルはないこの世界。人類軍だってまだ航空機は黎明の時代だろう。


 だから楽しみ半分、不安半分で飛竜に乗った。


 で、感想はと言うと――「現代航空学は偉大だ」ということである。


「アキラちゃん、顔真っ青だけど大丈夫?」

「大丈夫じゃないです……」


 レオナから本気で心配されてしまった。


 あぁ、与圧された客室というのがどんなにすばらしいものかを実感した。

 空気の流れを感じない機内というのがどんなに難しい事なのかを理解した。


 調子に乗った操縦士が途中でアクロバット機動したときは死ぬかと思った。


 その一方で、同じく飛竜初体験のヤヨイさんは楽しそうだった。アクロバット機動をしたあとなんかは


「もう一回! もう一回!」と言っていた気がする。


 幼女、強い。


 しかし俺は全力で拒否した。

 予算とか融通してあげるからと頼み込んで、なんとか二度目のアクロバットは回避された。


 その時ヤヨイさんには、


「お兄ちゃんが弱いの」


 と不貞腐れながら言われてしまったが。


「事務屋ですから。あと、まだお兄ちゃん呼びなんですね」

「だめ?」

「ダメ」


 萌え死ぬからダメ。




 ピエルドーラは、既に多くの魔王軍人で埋め尽くされている。

 作戦参加人数は三万人以上と言うのだから驚きである。


 これだけ用意しても小規模攻勢だと言うのだから、総力戦と言うのは恐ろしい。


「よう、アキラ。遅かったな!」


 いの一番に出迎えてくれたのは、我らが魔王軍の最高司令官にして魔族を束ねる地上最強の存在、魔王ヘル・アーチェ陛下である。


 陛下が最前線に来ていいのか?

 と言われてしまうと困るが、陛下は「もし魔王軍が無残に負けてしまった時に戦線の穴を塞ぐ」という役割がある。


 つまりなんというか、いつも通りと言うか。


 ただし魔王陛下の親衛連隊はペルセウス作戦時の損耗から回復し切っていない。もし魔王軍が負けたらさぞ大変なことになるだろう。


 ソフィアさんから死亡フラグを押し付けられただけに、非常に不安である。


「申し訳ありません、陛下。色々ありましたもので」

「何、構いやしないよ。君がそう判断したのだ。たぶんそれが最善だったのだろう」

「御寛恕いただき、ありがとうございます」


 俺が頭を下げると同時に、脇からレオナが割って入ってきて陛下に挨拶。

 媚を売るというのではなく、馴染みの友人に挨拶するというレオナ特有のノリである。


 その気ままなところがある意味羨ましいし悩ましい。


「ヘル陛下! 私のアルストロメリアちゃんの調子はどうですか!?」

「あぁ、今のところは特に問題はないな。ただ、新しい魔像だから色々不慣れな部分があるに決まっている。何か問題が出るのは時間の問題だ」

「そこは強制的に慣れてもらうから問題ないです!」

「あまり魔像隊に強く言わないでやってくれ。彼らも必死でやってる」


 レオナの無茶に、流石の陛下も苦笑いで答える。


「はーい。とりあえず、魔像整備隊の様子見てきます! いいよねアキラちゃん!」

「それが目的だからどうぞご自由に。あ、でも一応リイナさんも連れて行ってくれないか」

「わかった、ありがと! じゃあ、また後でね! 行くわよリイナちゃん!」

「え、あ、っちょっと待ってください! 速いですぅう!」


 そう言って彼女らは挨拶もそこそこに走り去っていった。

 ……レオナってペルセウス作戦の時もあんな感じだったのかな。緊張感のかけらもない奴だ。


「さて、と」


 レオナがいなくなったと、陛下がそう前置きしてこちらに向き直った。


「魔像の方は、今までの整備ノウハウがあるから多少は何とかなる。問題はミサカ設計局の新系統の兵器、塹壕突破用自走爆雷『タチバナ』の方が問題だ。早速各所から報告があったよ」

「……一応、整備訓練期間は長めに取りましたが」

「実戦と訓練は違う、と言うことだよ。折角だからヤヨイくんに現地指導をお願いしたい……のだが」


 と、ここで陛下は言葉を区切った。陛下は困惑した表情を露骨に浮かべている。


 その理由はすぐにわかった。

 俺もその件について非常に困惑しているからだ。


「……ヤヨイくん、どうしたんだい?」


 陛下がそう心配の声をかけるのも無理はない。


 ヤヨイさんは陛下を前にして挨拶もせず、何も言わず、ただ俺の後ろから抱き着いて動かないのである。


 おかげで歩きにくい。

 どうも、何か怯えているようなのだ。


「ここに来てから、ずっとこんな調子なんですよ」

「……そうなのか」


 そうなのだ。飛竜に乗ってた時、宙返りにキャッキャしてたのに。

 どうしてこうなったのだ。


「ヤヨイさん、どうしたんですか? 戦場が怖いんですか?」

「…………」


 何も言わず、顔を俺の背中にくっつけたままふるふると横に振る。

 今更戦場が怖がることはないのか、それとも強がりなのかはわからない。


「じゃあ、どうして?」

「……わかんない。ただ、胸騒ぎがするというか……不安っていうか……」


 まるで出発前のソフィアさんみたいなことを言っている。

 揃いも揃って、どうしたのだろうか。


 ただハッキリしているのは、これじゃ現地での整備指導は無理ということだ。


「陛下、申し訳ないのですが、ヤヨイさんが落ち着くまでは……」

「わかった。整備隊には伝えておく。ところでアキラはなんともないか?」

「え、はい。私は大丈夫です」


 飛竜酔いはもう治ったから大丈夫だ。


 だが、陛下が聞いているのはそっちじゃないだろう。それが具体的に何かはわからないが、そんな気がする。


 そしてその予想が正しかったことは、直後に判明した。


「……しかし、ヤヨイくんもか」

「…………ヤヨイさん『も』?」


 気になる単語が聞こえた。

 も、というのはどういうことだろうか。


「実はな……数日前から、原因不明の『不安』を覚える兵が増えているのだ。おかげで士気が下がっている」


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