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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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アキラとソフィアと、彼らの「母親」

 数日して、二つの補給計画書は完成し、ヘル・アーチェ陛下の下へそれを届けに行った。


 ソフィアさんについては初日以外ちゃんと来て仕事したし、初日も有給扱いにしておいたので人事書類上のマイナスは生じていない。


 問題があるとすれば、ちょっと会話が少ないことかな。


 先ほども、一緒に作業しているときは会話が事務的な言葉で終わった。

 そろそろ終わりが見えてきたなという段階になると、ソフィアさんは「少し席を外します」との言葉を残して何処かへと消えてしまった。


 こう言う時って上司としては相談に乗ってあげるべきなのか。


 いやしかし世の中には「余計なお世話」というのもある。話しかけられた方がウザいとかそういうの。


 それに男と女だ。

 話が猛烈にややこしくなること請け合いだ。


 だから実害が出るまで放置することに決定。


「の、割には元気に見えないが?」

「会話が少ないせいかソフィアさんがコーヒーを淹れてくれなくて……」


 元気の源、我らが神カフェインは、主にソフィアさんのコーヒーから調達していた。

 しかし今やそれは高嶺の花。


 現在、俺はカフェインをエリさんが淹れた不味いコーヒーか、エリさんが気合入れて淹れたはいいが特に好きでもないどころかどっちかと言うと嫌いな紅茶から無理矢理摂取している。


 そして今、俺はカフェイン不足。助けて。


「ソフィアくんに言えばいい」

「それはそうなんですがね……」


 ソフィアさんは言わなくても最高のタイミングで何も言わずにスッとコーヒーを置いてくれる人なのだ。

 今までそれが続いていただけに今更「ください」と言うのはなんかこき使っているようにも感じる。


 気にし過ぎというのは、わかっているけれど。


「やれやれ、君はもう三十路になるのだろう? よくそのような性格で元の世界で生きてこれたものだ」

「ハッハッハ、お気になさらず」


 なにせ元の世界、もとい日本でもそんなに上手に生きてなかったからな!

 恋人どころか友達もいなかったし!


 ……泣いてねぇし!


「まぁ、それはそれとしてですね陛下」

「心配するなアキラ。ここでは泣いても良いんだぞ。なんなら私の胸を貸すが?」

「大変ありがたいのでありますが畏れ多くも魔王陛下の胸で泣く事など男としては死も同然でありまするので」


 陛下のその十分あるアレの中で泣いたら、たぶん窒息する。


 一方で俺の動揺が伝わったのか、陛下は「なんだその言い方は」と可笑しそうに笑っていた。


 おっと、そこで「いや遠慮せずに行っちゃえよ」と内心思った諸君。

 そう思う気持ちはわからなくもないが、相手は人類軍一個師団を軽くあしらえる魔王ヘル・アーチェ陛下だぞ?


 千年間も魔王軍を率いて人類軍を蹴散らしてきた陛下はそれこそ雲の上の存在だ。


 そんな陛下に泣きつける勇者はここにいない。


 俺はどこぞの薄い本の主人公のようにすぐに理性をプッツンさせない強靭な精神を――


「ほらほら、もう少し近づいて確認して見たまえ。どんな美男イケメンにも触らせたことのない純潔な乳だぞ? それを触らせるどころか顔を埋めても良いと言っているのだが、どうかね?」


 ききっきききょ強靭な精神をももも持っているんだからね!

 だから陛下が服の胸元を開けて大胆な躯体を大胆に見せてきてもどどどど動じたりはしないんだからね!


 落ち着け落ち着け、どうせいつもの陛下の俺いじりだ。


 ひっひっふー。

 ひっひっふー。


「ハッハッハ。すまんすまん。少しイジメすぎたな。君が余りにも面白い反応をするもんだから、つい調子に乗ってしまったよ」

「心臓に悪いんで自重していただければ幸いです……」


 本当に寿命が縮まった。陛下から寿命凍結処理を受けているはずなのに。

 なんででしょうね!


「まぁ、アキラがそういう反応をしてくれて実は安心しているのだがね」

「はい? 襲われなくて済んだ、ということですか?」

「いや別に私は襲ってくれても別に構わないがね。たまには受けに回るのも良いものだ」


 何言ってんだこの魔王……。まぁ冗談だろうけど。

 冗談だよね?


「それはともかく、アキラが女性に興味を持つ人間であると知って安心しているんだ」

「当たり前です。私は普通に異性が好きです」

「それは前にも聞いたがね。折角職場を異性だらけにしたのに、未だにそう言う話を聞かないから不安になったんだよ」

「何をバカなことを……」


 思わずそう呟かざるを得なかった。


 俺は別にハーレム職場を望んではいないし、部下に矢鱈目鱈手を出して職場の空気をギスギスさせるようなこともしない。

 みんな仲良くがモットー。


 上司が部下や同僚の女性と関係を持つとかどこの地獄だ。


「夢がないな」

「兵站局は常に現実を見ているので」

「ふーん?」


 ニヤニヤ笑う陛下。

 意味は不明……いや、絶対「現実見えてないだろ」という笑みだろう。俺にだって陛下の心はある程度予測できるのだ。


 その一方で陛下は読心術だか読心魔術だかで俺の心を見透かしているんだろうが。


「まぁ正確には読心魔術だがね、君は魔術を使わなくてもわかる場合が多いよ」


 ほらね?


「なぜみんなして私の心を読むんでしょうか」

「『みんな』と言っても、私とソフィア殿くらいなものだ。それにソフィア殿は読心魔術は使えんから、純粋に君は考えが表に出やすいだけだよ」


 さいですか。


 ポーカーフェイスの練習に付き合ってくれる人募集中です。

 にぃらめっこしましょ、心を読まれたら負けよ。


「なんで陛下は私の女性関係が気になるんですか」


 普通、君主というものはそこまで部下のそれに突っ込んだりしないと思う。


 これが陛下の側近や大臣レベルの臣下ならまだわかるのだが、俺はしがない事務屋だ。

 仕事上陛下と会う機会が多いってだけの、ただの一般人。


 そんな疑問に対する陛下の答えは、まぁなんというかやはり陛下らしい言葉だった。


「気にすることはない。君達のことを私は実の子供のように思っている、ただそれだけさ」


 子供どころかまだ旦那もいないがね、と笑いながら、そう言ったのである。




---




「と、言うわけだ。なにか感想はあるかな?」

「……いえ」


 補給計画書を提出したアキラ様がいなくなった執務室には、私とヘル・アーチェ陛下のみが残りました。


 私はアキラ様が陛下と会話している間、ずっと執務机の下に隠れて、お二人の会話を聞いていたのです。


 盗み聞きの趣味はありませんが、陛下が「そうしろ」と勅命を発せられたので、大人しくそうしました。

 仕方なく、聞いていたのです。本当に他意はありませんよ。


 でも陛下は、あえて聞かせたのでしょう。

 アキラ様が計画書の作成を終わらせるだろう時間を見計らって事前に私をここに呼んだのですから。


「本当に何もないのかね?」

「……しいて言えば、陛下が胸元を曝け出した時は身を乗り出して止めたかったですが」

「あれは冗談だよ。君からアキラを取ろうだなんて思わない」

「べっ、別に私は……!」


 そんなことはないと叫ぼうとして……できませんでした。


 何故なのかはわかりません。

 ……いえ、わかっているのでしょうけど、自分自身がわからないふりをしているのでしょうか?


「まぁ、君が『人間』に不信を抱いていることは、私が一番知っているよ。あんな目に遭って、今君が置かれている状況をすぐに受け入れろ、というのは酷な話でもある」

「わ、私は……確かに人間は嫌いです。憎んでいます。でも、アキラ様には……」


 アキラ様は、私の知っている「人間」とは違う。


 確かに良い上司ではない。

 真面目に仕事をこなしているわけでも、陛下のように人格的に完成されているわけでもない。


 でも、私は胸を張って「アキラ様は私たちの敵である人間とは違う」と言える。


 じゃあなんで私は…………。


「無理に結論を出す必要はないよ。狼人族は長生きなのだから。でもね」


 そう前置きしてから、陛下は未だ執務机の下で座り込む私の頭にそっと手を置いて、言葉を続けました。


「でもね、ソフィアくんはもう大きくなった。君が私の所に来たばかりの頃のように、夜毎に一人泣いては、私が同じベッドで寝ていた時と比べて、君は大きくなったんだ」

「……陛下」


 今さら何を、人の恥ずかしい過去を……。


「君はしゃがみ込んでいるけど、もう一人で立てるだろう?」

「…………」


 それが「比喩」だということくらい、すぐにわかりました。


「わかりません。少し前までは、胸を張って立つ自信はありましたけど……」


 こんなに自分は弱かっただろうか。


 陛下に拾われて、陛下の下で侍女見習いとして働いて、護衛としても勤まるよう訓練もして、秘書として役立てるよう頑張って、そして今こうして、無様に陛下の執務机の下にしゃがみ込んでいる。


 本当に少し前までは、アキラ様が来るまでは、立っていられました。

 でもアキラ様が来て、陛下が死に直面して、その後、私の感情が揺れて、今ではすっかり、このザマなのです。


「ま、急に立ったら立ちくらみして当然だな。たまには座ったり寝たりすることも大事だよ」


 でも陛下は、こんな私に対して、私がまだ幼かった頃の時のような笑みを浮かべました。


「もしまた座りたくなったら、私の所に来ればいい。昔のように、君の頭を撫でながら床に就こうじゃないか」


 母のような、もういなくなってしまった私の母のような笑みを浮かべて、陛下はそう言いいました。


「……もう、子供扱いしないでください。私はあと少しで24になるんですよ?」

「何を言っているんだ。君達はいつまでたっても、私の子供だよ」



意外と人気があるヘル・アーチェ陛下。名前の元ネタは某超兵器。


そして前回提案したタイトル改定案は無事黒歴史となりました。べ、別に悔しくなんてないんだからね!ただちょっと凹んだだけなんだからね!勘違いしないでよね!(


というわけで今度は「通常攻撃がMAP兵器で連続攻撃のお母さんのような魔王陛下はお好きですか?」にタイトル変更を###作者は党によって消去されました。井中先生ごめんなさい###

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