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「難儀だねぇ……」
「難儀ですわねぇ……」
「難儀ですね……」
「あの、皆様『難儀』の意味知ってます?」
アキラ様が退室して、言いたいことを言えなかった私が溜め息をついたところで、兵站局幹部職員は揃いも揃って同じことを言います。
ここまで同じだと誰かの差し金かと勘繰ってしまいますが。
「勿論知ってるよ。えーっとほら、アレだろ。……な、エリ?」
「そうですわね。アレですわね」
「だよな!」
この二人、結構バカなんでしょうか。
その脇でスオミ様が「苦労とか困難って意味だと思います……」と真面目に答えてくれました。
解説ありがとうございます。ありがたくもないですけど。
「それで、何が『難儀』なんですか。いや確かに私は難儀していますが」
何度言っても治らないアキラ様の過重労働癖は何とかならないのでしょうか。
ワーカーホリックと言う言葉は知っていますが、そこまでアキラ様は仕事好きとも思えません。
むしろ働きすぎて効率が落ちているようにしか見えません。
それに――。
「ま、局長さんに難儀してるってのは同じだな。でもたぶん、ソフィアが思ってるのとは違うな」
「……はぁ、つまり?」
「つまりだな……って、言わなきゃダメか?」
そこでユリエ様の言葉が詰まります。
そしてリーデル様の方を向いて「おいエリ、これ言っていいのか」などと言うのです。
なにか私が自覚していないのか、ということでしょうか?
私とて常に状況を完全に把握できているわけではないので、どんどん言ってほしいですが。
「うーん……なぁ、ソフィアってさ、局長さんのことどう思うよ?」
「……はい?」
はて、このハーフリングは何を言っているのでしょうか?
「どうもこうも何もないです。理想の上司とは程遠いですが、優秀だとは思います」
「いや、そうじゃなくてさ……」
そう言って、彼女は頭を抱えました。
何が間違っているかわからない私はリーデル様の方を見ますが、彼女もやれやれと肩をすくめるのです。
いったい何がどうなっているんですか。
「質問を変えるとな」
「はい」
「ソフィアってさ」
「はい」
「……局長さんのことさ」
「はい」
ユリエ様が少し悩んで、
「…………えーっと。局長さんのこと、好きか?」
と言いました。
「…………」
黙っていた時間は、そう長くはなかったはずです。
「……はい?」
でも頭が理解するまでは、結構長かったと思います。
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「すまんなアキラ、忙しかっただろうに呼んでしまって」
「いえいえ。陛下のお呼びとあらば、たとえ重要案件が遅れてでも参上いたします」
「ふふ、そう言ってくれるとありがたいよ」
割と久しぶりに入る陛下の執務室は、いつものように酷くこざっぱりしていた。
が、前と違うのは書類の量が増えているということだ。
陛下が真面目に執務をこなしている、という確たる証拠だろう。
君主自らが率先して働くというのはいい。勿論、変な事をしなければという前提だけど。
……変なことしなければいいな。「社長の鶴の一声」というのはもう二度と御免だ。
社内で根回しする前に業界誌のインタビューで堂々と「大プロジェクト始動」とか言っちゃうの本当にやめてほしいのだが。
「どうしたアキラ。顔色が悪いぞ?」
「あ、いえ、すみません。平気です」
いかんいかん。
ヘル・アーチェ陛下と言えどそんなことはしないだろう。戦死者墓地の時も一応俺に意見を求めてきてから実行に移したし。
たぶん今回も大丈夫だと信じたい。うん。
「ソフィアからは『アキラ様に無茶させないでください』と釘を刺されているのでね。今日が無理なようなら、話は後日に回すが?」
「いえ、本当に大丈夫ですよ。気遣いの出来る部下を持てて、私は幸せ者です」
「そうか。まぁ確かにソフィアは昔から私に対しても、なんというか過保護でな。前線に立って人類連中の『大砲』だったか? を受けるのをやめてくれと何度言われたことか」
そりゃ誰だって言うよ。万が一のことがあったら困るだろう。
ていうかこの前それになりかけましたよね、陛下。
と、言えるわけがないので「ソフィアさんも意外と甘えっ子なんでしょう」と冗談交じりに答えておいた。
「なるほど、道理だな。戦災孤児で親しい他人からの愛情に飢えていてもおかしくはないさ。だからこそ私としても、いい伴侶を見つけて欲しいのだがな」
そう陛下が言うと、意味深な目をこちらに向けてくる。
この流れで俺に視線を送る意味は……まぁ、近所のおばさんが気を使い過ぎてお見合い写真を持ってくるそれであろう。
「私は、今の所そういうのに興味がなくて」
「すぐにばれる嘘を言うのが君の悪い所だ。兵站局員が女子ばかりで満更でもないくせに」
やっぱりばれてた。
「いやまぁ、女子に興味はあるのは本当ですよ? ただ、誰か個人とお付き合いするのであれば、その人を幸せにできるかどうかが重要であって……」
「そういう無意味に頑固な理屈をこねているから、交際経験というのが今までないのではないかな? 本来は交際してから考えるものだよ、それは」
なんで交際経験がないってばれたの。
「へ、陛下? なぜそのような話をするのですか?」
「相変わらず君は話題の方向転換が下手だな。そういうところは好きだが。まぁ、ただのお節介だと思ってくれ。それこそ、近所のおばさんによるいらぬお節介だ」
陛下怖い、読心術マジで怖い。
「加えて言うのなら、ソフィア殿は私の養子だ。つまり私は母親。娘の結婚相手のことは気になるのさ。彼女も良い年頃なのだから」
「年頃って……」
って、あれ? そう言えば俺ソフィアさんの年齢は知らないな。
レオナが四捨五入すると90になるのとユリエさんがそろそろ四捨五入すると30になると言うことくらいしか知らない。
まぁ獣人やエルフは見た目年齢が青年期で固定されるから個人的には気にならないが。
「知りたいか?」
「えっ?」
「ソフィアの年齢だよ」
「そ、それは……」
知りたい、というのが本音ではあるが……。
「やめておきます」
「そうか」
「はい」
後が怖い。
ソフィアさんにそれがばれたらと思うと、生命の危機を感じる。
「ちなみに私が彼女を拾ったのは、彼女が八歳の頃だ。それは今から一五、六年前のことだったかな?」
「言ったも同然じゃないですか!」
そして意外とソフィアさん若かった!
普通に四〇とか超えてたらどうしようって心の中で心配してたけど、そうか年下か!
「なるほど、君は年下が好みと……」
そして陛下に心を読まれた。陛下はその情報を紙か何かにメモしていた。
二度三度咳き込んで場を仕切り直す。
あるいはなかったことにする。
「ヘル・アーチェ陛下。まさかそれを確認するために呼んだのですか?」
「……おおっと、君との会話が楽しくてつい忘れていたよ」
わざとらしく驚く陛下。
読心術の使えない俺でも「あ、嘘だな」とわかる演技だ。
たぶん陛下のことだから本当にわざとやっているんだろう。
しかしこの直後、これまでの冗談交じりの陛下の笑顔がスッと消え、表情は少しばかり硬くなった。
「陸軍司令官、海軍司令官、及び飛竜総隊司令官が連名で『人類軍に対する小規模攻勢作戦』を立案し、私に承認を求めてきたのだ」
陛下の言葉に、背筋がピンと張った。
今陛下は確かに「攻勢」と言った。つまり、こちらから攻めると。
あの強固な塹壕を築き、航空兵器を操り、偉大なる女神「砲兵」による遠距離射撃をする人類に対して、打って出ると。
「……私が来てから、初の攻勢作戦と言うことでしょうか?」
「そうだな、小規模とは言え約二〇年ぶりの攻勢だ」
聞けば、魔王軍は開発局とミカサ設計局が開発した新型兵器に期待しているらしい。
その新兵器の実戦投入試験を兼ねて、小規模攻勢作戦を開始するとのこと。
「そんな雑な事情で攻勢ですか?」
ついそう言ってしまったが、実際雑だと思う。
兵器の性能を実地で試したいと言う気持ちは非常によくわかるが。
しかし新兵器はまだ量産されていない。
生産工場はようやく稼働できる状態になった、という段階で、前線に配備されているのは試験的に生産されたものが少数あるのみ。
「いや、無論他の理由もあるよ。人類軍が余勢をかって、前線をドンドン押し上げないようにするための牽制攻勢と言った風でな。
攻勢発起地点も、戦術的にこちらが有利になる地形を選んでいるそうだ。後で作戦の詳細は文書におこして兵站局に届けよう」
とのことらしい。
「畏まりました。その作戦書を読んで、兵站面から意見を出せ、ですか?」
「そういうことだ。君の了承を得るか、あるいは不満点を改善して、私が最終的に攻勢の許可を出す。作戦検討時間は96時間、早急に頼むよ」
「了解です」
ついに始まる魔王軍の攻勢作戦、か。
支えることができるかどうかが不安だが、いきなり大規模攻勢でないだけ幸運だし、兵站面での検討時間をいただけた。今までの魔王軍からすれば大進歩だ。
とりあえずは作戦検討。
兵站局以外の後方部隊の連中も集めないとな。




