夏です。夏服の時間です
魔王暦一〇六九年七月二〇日 魔王軍兵站局
季節は夏。
日本よりは冷涼な気候である魔都グロース・シュタットも暑くなってきた。
俺やソフィアさんなどの魔王軍の面々は、夏季用の軍服を着用し始めたところである。
この夏服を調達するのにもまた兵站局の苦労があったわけだが、それはまぁ、今はいい。
「ソフィアさん」
「どうしました、アキラ様?」
「……私の良い所ってなんです?」
「……………………」
たっぷり三〇秒後。
「あの、どうして急にそんなことを?」
どうやらなかったらしい。
結構へこんだ。
「いえ、ミイナさんの宿題がね……」
「あぁ、例の娼館の」
そう言ったソフィアさんの語尾がちょっとキツイと感じたのは気のせいだろうか。
まだ怒ってはる……怖い。
「別に怒ってはいません。ちょっと気になっただけです」
「また思考を……まぁいいや。特に理由はないですから気にしないで下さい」
にしても、そうか俺にはいいところがないのか。
いや自分が大した人間ではないというのは自分がよく知っているから以外でもなんでもないけどさ、こう、なんか欲しいじゃない?
「難儀してるねー」
と、ユリエさん。
「難儀、ってなんですか」
「あぁ、気にしないでくれ」
気にしないでと言われても、絶対今の気にしろって言い方だったよね?
「いや、オレも言いたいんだけどさ、命が惜しいじゃん」
「え、なんでユリエさん殺されそうになってるんですか」
「色々あるんだよ」
色々あるなら仕方ない……仕方ないのか?
どうにも最近、みんなの考えていることがわからない。
特に誰かが特殊な事をしたとか、喧嘩をしたとか、そういうのは起きていない。
でもなぜか、距離を感じる。
「何か悪いことしたかなー」と考えるが、心当たりが多すぎていったいどれが主因なのか見当もつかない。
特にソフィアさん関係。
戦死者墓地建設なんて大事業を勝手に始めたこと?
新兵器トライアルでソフィアさんのお金取り上げたこと?
仕事とは言え勝手に娼館に出入りしたこと?
それとも「早めに片付けて欲しい」と言われた案件について処理が間に合わなくて、また黙ってサービス残業しちゃったところだろうか。
いや、これはまだばれてないはず。それに三時間しかサビ残してないから問題ない。
「うーん……わからない」
「何がですか?」
悩み過ぎて、つい言葉に出してしまったようだ。
サビ残のこと言ってないよね? 言ってたらこんなに心配そうな声で聞いてこないから大丈夫だとは思うが。
とりあえず適当なこと言っておこう。
「いえ、ペルセウス作戦後の反省会で『余剰物資はあった方が予備として使える』という意見が合ったじゃないですか」
「あぁ、ありましたね」
魔王ヘル・アーチェ陛下救出作戦、通称「ペルセウス作戦」。
兵站局が経験した初の大規模作戦では、多くの知見を得られた。
その一つが「予備物資」の重要性だ。
余裕があることで、戦闘部隊はかなり自由に動けるということ。
兵站的には「お釣りなしのピッタリ賞」が理想だが、余裕がないと戦闘部隊が「いざと言う時どうしよう」という不安に陥るのである。
予備は大事だ。
食糧、装備、魔石、点検用具、修理部品その他諸々の予備を確保しなければならない。
「それで試しに一つの地点で予備を確保してみたんですが……ものの見事に死蔵と化していて」
「なるほど」
俺の些細な実験結果が資料となって前線から送られてきたのがつい先程。
予備を保管していたのはいいのだけど、使う機会がなさ過ぎた結果全く動かない。
「古いものから使う」と言っても「そもそもそんなに使わない物」というのは存外多い。
特に部品だ。
新兵器の「アルストロメリア」や「タチバナ」の部品点数は少ないからまだいいが、既存兵器はそうとは限らない。
多種多様な兵器が前線にあり、それには多種多様な部品がある。
勿論無策に送ったわけじゃない。
「よく使うんじゃないか」と考えた部品を重点的に送ったよ。まぁ、結果はご覧の通りだけど。
「私にもすこし資料を見せてくれますか?」
ソフィアさんに隠す必要性は全くないので「どうぞ」とジェスチャー。
が、ソフィアさんは何を思ったのか、手に取って資料を見るのではなく、俺の脇から覗き込むような形で見てきたのである。
まぁその結果、当然のことだが、夏服で半袖ででも空調のないこの世界のちょっと暑い空気が汗を生み出してさらにソフィアさんの胸がちょっと顔にあれでそのなんていうか、
やばい。
語彙力が残念なことになってしまうくらい。
「うーん。やはり情報が少ないですね。既存兵器はじきに置き換えが進むのでいいですが、アルストロメリアやタチバナは『どの部品が需要が高いか』という情報を集めないといけませんね」
「そ、そうですね。統計学の話になりますが……」
でもその前にこの体勢どうにかしてほしい。
いくらソフィアさんのその部分が大きくないと言っても、いやだからこそやばいというか。
「アキラ様? どうか致しましたか?」
「いえ、その、最近寝る時間がなくて、眠くて眠くて」
バレる前に咄嗟に言い訳した。眠いのは事実だけど、眠いという事実よりバレる方が危険。
「もしかして、また勝手に居残りしました?」
「しまった。こっちがバレた」
「こっち……? あの、まだ隠し事してるんですか!?」
あぁ、どうしよう。眠気が思考能力を的確に奪っているじゃないか俺!
確か日本で見たなにかの番組で「疲労は泥酔と同じ状態」「時間に追われるとミスを起こす確率が11倍になる」という話があった。
今まさに俺はその状態にいるというわけだ。
ソフィアさんとの会話で脳内選択肢を間違えてしまったと言うこと。
「全く、やめてくださいと言ったじゃないですか」
「すみませんすみません。どうしても終わらせたい仕事があったものですから」
「翌日に延ばせばいいじゃないですか」
いやそれをするとクライアントが怒るしその前に上司が怖いし評価下がるし多少残業しないと暮らしていけないと言いますか。
「アキラ様、この際ですから言いますが――」
ソフィアさんが指を立て、俺を説教しようかと口を開きかけた時。
「局長、いらっしゃいますか?」
所用で外出していたエリさんが兵站局に戻ってきた。
これ幸い。そう思ってソフィアさんの説教を手で制して、エリさんの話を聞くことにしようじゃないか。
そのせいでソフィアさんが若干むくれてしまったけど。
「どうしましたか?」
「はい。その、陛下がアキラ様に会いたいそうです」
ナイスタイミング!
「なるほど。いつですか?」
「できればすぐにだそうですが、忙しければ――」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。すぐに行きますので」
よしよし。
ここで魔王陛下に会うということを止める奴はいないだろう。
「そういうわけなのでソフィアさん、留守を頼みますね」
「……はい」
不機嫌になるだろうな、と思った彼女の顔は、意外にもしょんぼり顔だった。
どうしてそういう表情をするのか聞いてみようかとも考えたが、面倒なことになりそうだし陛下の要件が優先だ。すぐに行くと決めたからにはすぐに行かなくては。
兵站局から出て戸を閉める間際、
「難儀だねぇ……」
という声と、
「はぁ……」
という溜め息が聞こえた。
私は夏服女の子より冬服女の子の方が好き、露出が少ない方が好きです(二次元の話)




