避妊具を巡る戦いの火蓋が切って落とされました
「魔王軍さんにはお世話になっていますからな。公定価格より安く卸せますので、エー、是非、我がジュルーテ工房を……」
「何を言う! ジュルーテ工房の商品は質が悪いと評判だ! そんな価格で売れるのは粗悪品だからじゃないか! アキツさん、こんな悪徳工房の言うことなんて信じちゃダメです! ここは信頼あるトーマス・アロニカを――」
「おい! 好き勝手言いやがって、何が『信頼あるトーマス・アロニカ』だ! 不倫してカミさんに逃げられたくせに!」
「あのー……」
「それは関係ないだろ! 口だけ達者な紛い物しか作らねぇ似非職人め!」
「んだとゴルァ! もう一度言ってみろ!」
「あぁもう一度言ってやるよ、背丈も技量も足りないネズミ野郎!」
「ハァ!? お前、もう許さねぇぞ表出やがれ!」
「あの、喧嘩はもうその辺で……」
「「人間には関係ねぇだろ引っ込んでろ!」」
「関係ありますよー」
さて、みなさんおはようございます。俺です。アキラです。
今回、このジュルーテ工房の工房長である鼠人族ジュルーテさんと、トーマス・アロニカ商会会長で同じく鼠人族のトーマスさんに来てもらいました。
そしてご覧の通り、大炎上中です。
応接室でよかった。こんな喧嘩を兵站局執務室でされたらたまったもんじゃない。
「だ、だから二人同時に呼んじゃダメって言ったのに……」
「ごめんなさい。リイナさんの助言を聞くべきでした」
事の次第は、例の避妊具の話である。
避妊具は、当然の話だが専門の業者が作っている。日本で言うとオカ○トだ。
魔都にはその業者がふたつあり、それがジュルーテ工房とトーマス・アロニカ商会。
彼らの会話――もとい喧嘩を聞いての通り、ジュルーテ工房は低品質低価格で、対するトーマス・アロニカ商会は高品質高価格の避妊具を生産している。
魔王軍はこれまで両社の製品を必要に応じて購入していたのだが、それではまずいのではないかと思い至って独占受注にすることにした。
そうすることで生産元の負担を減らして一つあたりの単価を下げることができるし、こちらの要望も通りやすい。
まぁ言うなれば、これもトライアルみたいなもんだ。
「でも『高品質』謳ってる割にお前んところのデザインしょぼいんだよ! なんだよ、アレはよ! クソみてぇなデザインのくせして、デザイン料はふんだくられたらしいな! 俺らのギルドじゃよく酒の肴にしてるぜ!」
「ハッ! それを言うならこっちもだぜ。ジュルーテ商会の製品が何日で壊れるか、よく賭けの対象にしてる。おかげで俺の懐が温まって感謝してるさ」
「あぁ?」
「んだゴラ?」
そしてご覧の通り、仲が非常に悪いことでその業界では有名らしい。
リイナさんもそれを知っていた。
彼女曰く、たぶんエリさんやユリエさんも知っているのではないか、というくらい有名な話とのことである。知らないのは俺だけだ。
「どうしてこんなことになったんです?」
彼らに聞こえないよう、小声でリイナさんと会話する。
「え、えーっと、確か……、も、元々ソリが合わなかったらしいんですけど、な、なぜか同じ女性を好きになったり、同じ製品――まぁ、ひ、避妊具のこと、なんですけど――をほぼ同時期に生産し始めたり、何故か何かをする度に顔を合せてその度に喧嘩を吹っかけて……を繰り返した結果だって、あの、ミイナお姉様が……」
「仲良すぎるだろこの二人」
世の中、妙な因果があるらしい。
その喧嘩は、当然殴る蹴る引っ掻く等を行うまでに発展した。
おおよその決着がつくまで二〇分。
なんで止めなかったのかって?
ほら、ペンより重いものを持ったことないような俺とリイナさんに喧嘩の仲裁ができるわけないし、リイナさんは「放っておいた方が……」って言ってたし。
第一俺やリイナさんより身長が低い鼠人族の喧嘩は傍から見ると子供の喧嘩にしか見えなかったし。
で、二〇分後。
「よーし、今日は俺の勝ちだな! というわけだ、アキツさん。魔王軍での避妊具は安心と信頼の品質を持つ我が『トーマス・アロニカ商会』が請け負うぜ? どうやらジュルーテ工房は手を引くようだからな」
「クソッ。今度こそ許さん……!」
俺の介在しないところで勝手に受注先が決定した。なんだこれ。
……でもまぁ、ここで「はいそうですか」と言うわけにもいかないけれど。
「しかしトーマスさん。あなたの商会の製品は公定価格を三割程上回っています。これでは独占契約はできませんよ」
「なっ!? 話が違うじゃねーか!」
そもそも「喧嘩に勝った方に頼む」なんて話してないからね?
「現状のままだとジュルーテ工房に発注しますが……」
「ま、待ってくれ! 確かにウチの製品は高いがよ、それは性能と等価交換でよ……」
「いや、現状のままでは費用対効果で見るとジュルーテ工房の方が優秀でして」
「そうだそうだ! トーマスのクソ野郎は引っ込め!」
ジュルーテさん五月蠅い。
「わ、わかった。じゃ、公定価格の二割増しでどうだ!?」
「あ、ジュルーテさん、避妊具の具体的な発注数と納品日なんですけどね……」
「待って、待ってくれえ! 話し合おう!」
最初から話し合いでしたよー。
その後、暴力によらない平和的な話し合いとジュルーテさんからの予想外の援護射撃により、トーマス・アロニカ商会の避妊具を公定価格で、三ヶ年一括契約で調達することになった。
交渉終了後、項垂れるトーマスさんとドヤ顔のジュルーテさんがそこにいた。二人の仲を考えるに、これが本当に平和的な結果なのではないだろうか。
「で、でも、す、すぐにこじれると思います。今のうちに対策した方が……」
「ですよね」
魔都の二大避妊具メーカーの激しいバトルはまだまだ続くのかもしれない。




