魔王軍と兵站局と開発局と設計局と
ソフィアさんへ賞与を渡す代わりに臨時戦費を得たのはいいが、やはり金がない。
と言うわけで俺はかねてより計画していたことを実行に移すことにした。
まさかの引き分けに終わって不本意な思いをしているのは何も兵站局だけではない。
それが、開発局のレオナ・カルツェットである。
余裕綽々でトライアルに臨んだら、ポッと出の幼女に勝てなかったのは、彼女にとって相当なダメージとなったらしい。
「あんのクソガキがぁ! 今度こそ『ぎゃふん』って言わせてやるんだからぁ!」
と、らしくもなく悪態を吐いていた。
「まぁ、暫くは新兵器の開発要請はないから、既存兵器の改良とか魔石の生産工程の簡略化とか、その辺の研究を進めておいてくれ」
「当然! 将来に備えて新技術の研究も始めるわよ! いいわよね!?」
「任せる」
そこら辺のことはわからないからな。
理系には予算と要求仕様書を与えて後は好きにやらせるに限る。
「よし! じゃあ、早速予算頂戴!」
「それは無理」
「なんでよ! 予算なしでどうやって研究しろと言うのよ!」
「あぁ、そのことについて今日話すことがあるんだ」
とっても大事な事だ。
何せこのために俺はミサカ設計局の設立を支援し、トライアルで高評価を与えたと言っても過言ではないのである。
「魔王軍開発局が現在研究開発中の『試作超大型特殊鐡甲強化魔像マジカルスペシャルレオナちゃん肆号』について、来年度の予算を認めないよう財務大臣に要請しておいたから」
「ちょ―――――っと待って! 待って待って待って!」
事を告げた瞬間、ダッシュで駆け寄り俺の両肩を鷲掴みにするレオナ。
うん、こういう反応すると思ったよ。相変わらずわかりやすい奴だ。
「約束と違うわよ!」
「約束?」
「えぇ、陛下に誓ったでしょ!」
「あぁ、誓ったな」
いつぞやの魔像性能評価試験でレオナが作った魔像を片っ端から破壊した後のことだ。
「兵站局はマスレの開発続行を認める代わりに、レオナが『魔像を作らない』とゴネたりしない」
という奴である。
「アキラちゃんがその約束を破ると言うのなら! 私はもう魔像作らないからね! それでもいいの!?」
「別にいいよ」
「はにゃ!?」
あ、今のちょっと可愛い。
「ななな、なんで!?」
「いやだって、レオナが魔像作らなくてもミサカ設計局が新兵器作ってくれるし」
と言うわけである。
マスレの開発予算は限度を設けているとはいえ、やはり看過できるものではない。
魔像と言う兵器がレオナにしか作れないから妥協したが、今となっては考慮する必要はない。
なに戯言を……とは、レオナは言えないだろう。
もうミサカ設計局は「タチバナ」という実績を作っているのだから。
「え、で、で、でも、そうなったら今ある肆号ちゃんは……?」
「解体」
「だめぇえええええええええ!」
と、ここでレオナが泣いた。
そして鷲掴みされている俺の肩がギリギリと悲鳴を挙げだした。
「肆号ちゃん解体なんて認められない! やだやだやだ!」
「じゃあ来年からはミサカ設計局に新兵器全部頼むから、来年度の開発局の予算は0でいいよね」
「それはもっとだめぇえええええ!」
レオナ、万事休すである。
見ていてちょっと可哀そうであるが……これ、戦争なのよね。
しかし諦めの悪いレオナはそこでへこたれるような奴じゃない(へこたれてろよ)。
彼女は頭を抱えたり指を頭の脇でぐるぐる回したり、なにか色々な言い訳を脳内で考えている様子。
「で、でもアキラちゃん、いざと言う時の『切り札』としては、肆号ちゃんはいいと思わない? それに陛下救出の時にも敵陣地の壊滅っていう成果を上げてるわ?」
「むっ……」
確かにそうだ。「切り札」か。うーん……。
「それに今ある肆号ちゃんの解体だって、タダじゃできないし、解体したら今までにかかったお金とか資源が全部無駄になるわよ! それはそれで、勿体ないじゃない? 全くもって無意味な兵器ってわけじゃない、むしろ強い兵器なのよ?」
「完全に埋没費用……と言うわけじゃないだろうけど、でもそれをやるだけの予算と資源で別の物作った方が効率はいいぞ?」
「私のやる気も考慮に入れて?」
確かに、そこが一番の悩みどころである。
それに本音を言えば、魔像完全廃止は魔王軍にとって不利益にしかならない。
レオナがかつて言ったように、魔像の代替兵器はないのである。魔王軍の戦術は魔像を基幹にしている。それが急になくなるのは困る。
ミサカ設計局が代替品を作れる技術があるかどうかもわからない。
だから最初の一撃で開発中止を飲んでくれないかな、と思ったのだ。
でもレオナが意外にも言いくるめられないもんだから、こっちとしては出せる手札がそんなにない。
……これ以上交渉しても、時間の無駄か。さっさと妥協しよう。
「わかった。じゃあこうしよう。肆号の開発続行は認める。ただし来年度中に完成させること。それ以降は維持整備費用だけを計上。来年度の肆号開発予算は削減の方向で」
「納期はともかく予算削減なの?」
「増やしたり維持したりしたら変なのくっつけそうだから。これでもだいぶ譲歩したんだぞ? 魔王軍にもそんなに余裕ないんだから」
「うー……」
そしてレオナが呻き声を上げながら考えること数分、結論が出た。
「仕方ないわね! わかったわよ、それで!」
「ん、ありがとな。今度メシでも奢るよ」
「そんなんで私が喜ぶと思う!? 七番街のレストラン『ル・グランジェ』でお願いね!」
「喜んでんじゃねーか!」
まったく、会話してて飽きない奴だ。
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そして最後に、ヤヨイさんのことを少し話そう。
ある日の昼、俺はミサカ設計局を訪れた。
「……待ってた」
「あぁ、申し訳ありません。レオナがちょっとうるさくて」
「…………頭撫でてくれたら許してあげる」
トライアル以来、ヤヨイさんは頭を撫でることを要求することが多くなった。
「……んぅ」
まぁ、ヤヨイさんの反応が可愛いから構わないし、むしろ積極的にやっていくけどね。
設計局にいる厳ついお兄さんたちに睨まれることが多くなった事実からは目を逸らして。
で、今日は何をしに来たのかと言うと、そんな大した用事ではない。
「今日は、いいのが手に入った」
「期待してますよ。こっちも兵站局の伝手を使ってやっと手に入りました」
互いが互いに向かってグッとサムズアップ。
俺は持ってきたものを運び、ヤヨイさんの作業を手伝う。ヤヨイさんが魔術で火を起こす脇で、俺は材料を加工する。
一時間弱で、製品が完成。
「いい出来」
「ヤヨイさん、将来はいいお嫁さんになりますよ」
「……そうだと、いいな」
「そうなりますよ」
と言うわけで、まぁだいたい予想がつくことだろうけれど、ご飯の時間です。
ヤヨイさんが用意した材料は醤油や味噌などの、この世界では変わった調味料。
俺が兵站局パワーで用意したのは肉や野菜。それを使って料理した。
一人暮らしスキルが役に立っています。
今日の昼飯はバランスよく一汁三菜。
この世界にはまだなかった「肉じゃが」も作ってみた。分量間違えて多めに作ってしまったのは些細な問題だ。
当然、魔都にいる誰もが嫌がり、俺とヤヨイさんだけが好んで食べる納豆もあります。さて早速食べ――
「アキラ様、ここにいると聞いたのですが……」
始めようとした時、ソフィアさんの声が入り口から聞こえた。
「あぁ、やはりいました――って、なんですか、それ」
「お昼ご飯ですが?」
「そうではなくて! いえ、それもそうですけど、それよりもなんですか、その腐った豆は!」
「「納豆は腐った豆じゃない」」
ソフィアさんの悲鳴にも似た質問に、俺とヤヨイさんの答えがハモった。
「あ、ソフィアさんも食べてみればいいんですよ。はい、あーん」
「ダメですって、それはダメです! 臭いが完全にダメな奴です! そんなもの近づけないでくださいよ! 人狼族の鼻は敏感なんですから!」
「えぇ……いい匂いだと思うんですけど」
「どういう嗅覚してるんですか!」
平均的日本人の嗅覚でございます。
「コホン。まぁ、豆はともかく、ソフィアさんも食べます? 肉じゃが作り過ぎてしまって、二人じゃ消化できそうにもないんですよ」
「いえ、私はまだ職務中で――」
とその時、ソフィアさんの腹の虫が鳴った。お腹は正直だ。
しかし納豆の臭いにやられていたはずの彼女の嗅覚がどれに反応したか気になるところ。個人的には肉じゃがじゃないかと思う。
「……そのナットー? とやらを遠ざけてくれれば、まぁ、お言葉に甘えて……」
「ふふふっ。わかりました。じゃあ、すぐに食器を準備しますよ。ヤヨイさん、予備の食器ってどこに――」
あるの?
と聞こうとしたところで彼女の何とも言えない表情に気付いた。口を尖らせ、その口からは「ぶー」という不満という空気が流れ出ている。
「ヤヨイさん?」
「……なんでもない」
なんでもないらしい。
なんでもなくはないだろうけど、俺はそんなことより腹が減ったので気にしないことにしよう。
食器の準備をして、ご飯をよそい、どう考えても箸を使えなさそうなソフィアさんにフォークとスプーンを渡す。
ではみなさん、ご唱和ください。
「「「いただきます」」」
それ以降、俺は週に一、二回ミサカ設計局でご飯を食べるのが習慣になった。
たまにソフィアさんやユリエさんらがその席に来るのだが、その度にヤヨイさんはちょっと不満げな顔をする。
……もしかして、ヤヨイさんに懐かれたのだろうか?
恐らく年内最後の更新です。よいお年を。そして年末年始商戦よ滅びろ
ヤヨイ「お餅、食べる?」
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次章の予定
・リイナさんメインの話
・エリさんメインの話
・ユリエさんメインの話
のどれかです。どれにするかは未定。




