お金は天下の〝回し者〟です
後日談と言うか、今回のオチ。
人生で一番言ってみたい文章のひとつでした。はい。タイトルは飯物語あたりかな。
……まぁ、そんな戯言を言うくらいの余裕はあった。
「局長さーん、魔石の誤送だってさ。『タチバナ』の生産工場に一グロスの真紅魔石が届いたよ」
「あ、あの、『アルストロメリア』試験運用部隊から純粋紅魔石が144個届いたという報告がありました……」
特性の異なる二つの兵器を一度に導入したことによる兵站上の弊害を除けばな!
こうなることはわかっていただけに、あの時陛下を止められなかった自分が憎い。
そしてアルストロメリアの評点を一点でもいいから下げれば良かったとも思う。
苦悩する兵站局に対して、二つの兵器を得て戦術上の選択肢が増えた戦闘部隊は喜んでいた。
いいよね、悩む必要がない部隊はさ。
そして両兵器をメンテナンスするための道具や部品の発注、整備マニュアルの作成、重大故障時の対応など、やらなければならないことは多い。
特に新兵器である「タチバナ」は整備が容易であるとは言え前線部隊の整備士にとっては未知なるもの。
それに対しては一度魔都に呼び戻して、ミサカ設計局や生産工場なんかで整備手順を教えるなどの対応をする。
ホント、兵器って配備しただけじゃ役に立たないのだ。
喩えるなら「軍港のない国が持つイージス艦」と言ったらお分かり頂けるだろうか?
もっとわかりやすく身近な例で言えば「ネットで大人気、壮麗なグラフィックと重厚なストーリーが織りなす海外製MMORPGをダウンロードしたよ! ただしPCは一般業務用のノートパソコンで共用無線LANを使用、OSは5世代前のWind○ws XP」である。
そんな環境でゲームが楽しめるか?
答えは「たぶん無理」である。
起動した瞬間パソコンが悲鳴を挙げるだろう。つまりはそういうことだ。
ゲーム用のパソコンを買ったり自作したり、有線LANを整備して、ある程度パソコンの知識を得て初めて「壮麗なグラフィックと重厚なストーリー」を体感できるのである。
兵器もそれと同じ。
兵士の練度や士気は勿論、周辺環境が整って初めて兵器は真価を発揮する。
「けど、問題はそれをやるだけの金が……」
パソコンって、高いよね。ゲーミングパソコンとなると、もっと高いよね。
あぁ、給料が飛ぶ。
今回の場合は予算が飛ぶ。
なけなしの臨時戦費に羽が生えて「貧乏人のところになんかいられるか!」と悪態を吐きながら金持ちの所へ逃げていく。
そして俺の見た幻影のお金が飛んで行った先には……、
「アキラ様、輸送隊のウルコ司令から『タチバナ』の運送方法について相談したいことがあるそうです」
……。
「アキラ様? 聞いていますか?」
「あ、はい。聞いてます聞いてます。運送方法ですよね?」
「はい。従来の荷車に載せるのは物理的には可能ですが、効率が落ちるということです」
「……あー、それね」
兵站上有利な部分が多かった「タチバナ」に、俺が満点を付けなかった理由がそこにある。
従来の魔像のように自走させることができないのだ。「タチバナ」はあくまでも味方陣地から敵陣地まで自走する爆弾のような物だから。
「一応解決策はありますし、ミサカ設計局にもそのことは伝えてあります。そのことについては来週あたりに会って詰める……と、言っておいてくれますか?」
でも大した問題でもないから、一点減点で済んだ。
「畏まりました」
「…………」
「……あの、まだなにか?」
ジッと眺める俺に対して不審がるソフィアさん。
だが俺はソフィアさん自身にではなく、羽の生えたコインに目が行っていた。
そして俺はソフィアさんと目を合わせたまま、エリさんを呼んだ。
「エリさん。あの時ソフィアさんっていくら賭けたんですか?」
「……確か、千ヘルだったかと」
「なるほど。ではもうひとついいですか? 『両方採用』のオッズっていくつだっけ?」
「…………一万二〇四六倍ですね」
俺の質問の意図がわかったのか、エリさんの声質がちょっと変わり、ソフィアさんの目が泳ぎ始めていた。
「なるほどなるほど。ありがとうございます。……ではソフィアさん、質問があります」
「……」
彼女は無反応だったが、気にせず問いを続ける。
「職務中に賭け事に興じる人って、どう思います?」
「………………あの、アキラ様」
「どう思います?」
「いえ、その、違うんです」
「 ど う 思 い ま す か ? 」
数十秒ほどの、長い沈黙。
「…………申し訳ございませんでした……」
しょぼくれた小声で、ソフィアさんは深々と頭を下げた。
うむ。罪を認めたようで何より。
後でカツ丼か何かを奢ってやろう。材料はたぶんヤヨイさんあたりが持っているはずだ。
「まぁ、今回は初犯ですし大した規則違反と言うわけでもありません。それにいつもお世話になっているから、特別に『不問』とします。人事記録にも載せません」
「寛大なる処置、ありがとうございます」
そう言うと彼女はホッと一息ついて、自分の席に戻ろうとした。
が、俺はその肩をポンと叩く。無論、紳士的に優しくしたよ?
「あ、あの。まだ何か?」
「いえ、用と言うわけではないんですけどね。『不問』にするにしても、証拠は全部提出してもらわないと困るかなって。ほら、状況精査出来ないですし」
「あのあの、状況も何もアキラ様その場にいましたよね……?」
「えぇ、そうですね。……あぁ、そう言えばソフィアさん。全く、えぇ全く関係ない話なんですけれど、今兵站局ではお金が足りなくてですね、一ヘルでもいいから欲しいんですよ。どうしたらいいと思います?」
ちなみに感覚としては、一ヘル=一円という認識でいい。
「あ、そう言えば局長。国立戦没者墓地拡張費用がまだ少し足りません。予算調達できますか?」
そしてエリさんが便乗してきた。
「難しいですねぇ。『アルストロメリア』や『タチバナ』の調達費用が新たに加わったので、結構カツカツなんですよ。ね、ソフィアさん?」
「…………」
ソフィアさんは沈黙を守った。
俺の目の前には職務中に賭け事に興じてオッズ一万倍以上を当てた人がいる。俺はその人の上司だ。
なら、やることはひとつだとは思わない?
「あぁ、すみませんソフィアさん。急に言われてもわからないですよね。忘れてください。で、話を戻すんですけれど、どうです? この件について報告書を書かなければならないかもしれないので、証拠は多い方が嬉しいんですよ」
「………………はぁ」
長い沈黙の後、物凄い悲しいような声が溜め息と共に聞こえた。
「魔都のダリエンド商会ギルドに預けています、証書がこれです……」
「あぁ、ありがとうございます! 助かりました!」
紙を受け取った時の彼女の顔は、まるで世界が破滅へと向かっていることを悟った時の巫女のような顔だった。
それに対してエリさん、そして恐らく俺の顔は晴れやかなもの。
まぁ、俺もそこまで鬼じゃない。
八割没収でやめておいてあげよう。それと、あとでソフィアさんを食事に誘って奢ってあげようか。
無論、罪悪感を帳消しにしたいからである。ごめんなさい。
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「と言うわけで陛下、融通してくれれば助かります」
翌日、逼迫する戦争予算に関して陛下に言上した。
「……ソフィアくんの個人資産に手を付けておいてまだ足りないのかね?」
「…………」
そしてなぜかそれを知っていた。
「君らしくもない話じゃないか。確かに主催者側が賭けに参加するのは問題はあるがね、それを聞いた後にも換金を止めなかった君にも非がないわけじゃないだろ?」
「……全くもって仰る通りでございます」
ブラック企業だなんだと言い続けた俺が、疲れからかブラック面に落ちてしまうとは情けない話である。
「まぁ、よかろう。君には感謝しているし、大した問題ではないからな。今回は『不問』にしてあげようじゃないか」
「寛大なる処置に感謝し――」
……うん?
どっかで聞いた流れだな?
「おっと、アキラくん。話はまだ終わっていないぞ? 例の臨時戦費の話をしようじゃないか」
「…………そうですね」
陛下との「とても平和的な」会談によって、いつもお世話になっているソフィアさんに賞与を与えることになった。
その額、970万ヘル。
ソフィアさんのお給料2年分、あるいはソフィアさんが一発当てた金の8割にちょっとイロを付けた数字である。
……罪って言うのは、どっからか回り回って罰がやってくる。社会というのはそういう風に出来ているのだということを再認識した。
「ところで、それ誰から聞いたんですか?」
「なに、君自身から『見た』んだ。大した話ではないさ」
「…………」
今度から真っ当に生きよう。




