輪るパンジャンドラム
むかしむかしあるところに、イギリスと言う国がありました。
今もありますけど、気にしたら負けです。
ある時イギリスは、海の向こうにあるドイツという国に遊びに行こうとしました。
しかしドイツくんとは仲が悪いので「大西洋に壁を作る」と言って拒絶しました。
イギリスくんはどうしてもドイツくんと遊びたいので、それは困ります。どうしよう、って。
そして考え付きました。
「そうだ、ドイツくんの為に新しい玩具を作ってあげよう!」
そしてイギリスくんは一生懸命考えて新しい玩具を作り出しました。
それが「パンジャンドラム」という玩具です。
造語なので定まった訳はありませんけど「お偉いさん」とか「お祭り騒ぎ」という意味があります。
イギリスくんはパンジャンドラムを海岸で転がして遊びました。
ロケットで転がるので炎を挙げながらビーチを転がるでっかい車輪は、見ているだけで面白いです。
あまりにも面白かったので、イギリスくんはドイツくんにこの玩具をあげるのはやめました。
それにドイツくんが言っていた「壁」とやらも大したことはないので、普通に裏口のドアを開けて家に入ったそうです。
その後イギリスくんはドイツくんと市場や庭で遊んだり喧嘩したりして、今ではすっかり仲良くなりました。
イギリスくんは最近までドイツくんの家の西側で鶏を飼っていたほど仲良くなったそうですよ。
そしてパンジャンドラムは玩具として、今もみんなに親しまれています。
おしまい。
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それは強固な防衛陣地を突破するために生まれてきた「妖怪」である。
海岸を自走して陣地に突っ込み自爆する。余りにも奇怪な見た目とシュールな映像は、全世界の人々の腹筋を鍛えるのに役に立った。
あぁ、なるほど。
発想としては結局同じ所に行きつくのか。
自走するボビンに爆弾を乗せて自爆させれば、陣地は粉々になる。
ついでにその強烈な外見を見た敵兵はビックリするだろうな。ハッハッハ。
誰か助けて。
ファンタジー世界に蘇った偉大なるパンジャンドラム。
それを見た俺は笑えばいいのか叫べばいいのかわからず、ユリエさんからの「愛称」の要望につい「パンジャンドラム」と答えてしまったのである。
「パンジャンドラム? 聞いたことねぇけど、局長さんのいた所にはあったのかい?」
「はい。あぁ、いやすみません。嘘です。植物の名前じゃなかったです。考え直します」
「おいおい、しっかりしてくれよ!」
すまんな。SAN値が削れてしまってな。
名前がパンジャンドラムというのはやめよう。心の中でなにかが砕ける音がする。
それに今目の前にあるそれはパンジャンドラムのようだがちょっと違うのだ。
まずロケットで車輪を回したりはしない。その前にロケットなんて代物は魔王軍にはない。
また、若干クーゲルパンツァーっぽくもある。
だから見た目はでっかい車輪だ。
仕切り直して、俺はその兵器に改めて「タチバナ」と命名した。言うまでもなく日本にあった花の名前である。
残念ながらヤヨイさんは「タチバナ」という花を知らなかった。
でも明らかに和風の名であるのでちょっと笑顔になった。
その笑顔を保ったままの表情で生き生きと説明する姿はかわいい。
「この魔像は、魔石のエネルギーを利用して回転する。そしてそのまま敵陣突入して、任意のタイミングで魔石をオーバーロードさせて自爆する仕組み」
しかし何度聞いてもパンジャンドラムなんだよなぁ……。
無人特攻兵器と言えば聞こえはいいが、全力でパンジャンドラムしてるだけあって、やはり欠点もパンジャンドラムと同じではないだろうか。
まぁそこはこれから始まる性能評価試験でわかることだ。
で、結論から言おう。
「……意外と性能が高い」
そう漏らした瞬間、ヤヨイさんが「ふんす」と鼻を鳴らした。
パンジャンドラムだクーゲルパンツァーだローリングボムだタイヤ爆弾だゴリアテだ、と色々想像していたのだが、ふたを開けてみれば性能がいいのだ。
まずひとつ、使い捨てである点。
使い捨てというのは、一見効率が悪いように思える。
しかし「タチバナ」の場合、使い捨てだからこそ効率を良くしているのである。
ヤヨイさん曰く、
「繰り返し使えるものだと、整備が手間。管理も手間。でも使い捨てと割り切れば、部品も少なくできるし整備のこともあまり考えなくて済む」
ということである。
地球で言えば、ソ連の宇宙船「ソユーズ」に近い考え方だ。
簡易な構造、使い捨て。
スペースシャトルは繰り返し使うものだからこそ整備や運用のコストが嵩んだ。ソユーズにはそれがない。
さらに「タチバナ」は整備性は抜群、構造が単純であるため生産性も良く雑な管理にも耐える。
動力源は純粋紅魔石であり、整備士や輸送隊はその扱いに慣れている。
最高速度は魔像を上回る。
タチバナは魔像同様無人兵器であり、魔像程ではないが自律して動く兵器である。
それに遠隔操作も可能で敵味方関係なく蹂躙する兵器ではない。
魔像と比べてコンパクトで軽い。
操作性はただ転がすだけだから良好。面倒なら自動操縦にしてもいい。
自爆システムは安全装置が働いているため、暴発の危険性は少ない。
なによりロケット推進じゃないから色々安心、と至れり尽くせりである。
どうしよう、兵站局的には点数を高くならざるを得ない。
ただし、防御性能は皆無。
速度があるし魔像より小さいので、「当たらなければどうと言うことはない」と叫びながら生存性を挙げるタイプである。
戦闘部隊の面々を見ても、たいそう悩んでいた。
十分後、点数計算が終わる。
「結果発表―――――!!」
ユリエさんが元気よく、ゴミを漁りに来たカラスを追い払えそうなくらい通る声でマイクに向かって叫んだ。
うるせぇなぁ……。
「いやー、局長さん。これ意外と競ったんじゃねーか? ミサカ設計局のアレには驚いたぜ」
「俺も驚いたよ」
だってパンジャンドラムなんだもん。
「ソフィアさんはどうだ?」
「溜まってる仕事が多いので早く帰りたいですね」
そう発言するソフィアさんの顔がちょっと怖かった。
ワーカーホリックと言うわけではない彼女がここまで仕事したがっているのは何故だろうね。
そんなソフィアさんにビビったのか、ユリエさんは彼女からさっさと結果表を受け取り、どこからかドラムの鳴る音が聞こえてそれと共に口を開く。
「コホン。――じゃあ、点数を発表するぜ!」
観客席にいる全員が唾を呑んだ。
一獲千金を得るか何もかも失うかを待っている。
「赤コーナー、魔王軍開発局レオナ・カルツェット主任魔術研究技師官が試作した魔像『アルストロメリア』の点数は――88点!」
「おお……」
「高得点だな……」
「もうお終いだああああああああああ!!」
観客席からは感嘆と勝利を確信する声と、身の破滅の予感に発狂する声が次々と上がった。
点数は当然百点満点であり、88点はとんでもなく高い。
「えーっと、内訳は戦闘部隊が70点満点中68点。兵站局が30点満点中20点――って、局長さんちょっと厳しくないか?」
「仕方ないだろ。兵站面での不安が拭えなかったんだから」
「ふーん。まぁいいや。じゃあ次、青コーナー! ミサカ設計局主任技師官ヤヨイ・ミサカ設計の新兵器『タチバナ』の点数は――」
そしてまたドラムロール。
固唾を飲んで見守る観衆、ドラムの音に合わせて結果表を開くユリエさん、早く終わらせてくれないかと上の空のソフィアさん、そして売上金を計算するエリさんとリイナさん。
誰もがその点数を待った。当然、俺も。
ドラムロールの音が鳴りやみ、ユリエさんが一気に紙を開く。
そこに書いてあった点数は――、
「――結果、88点!! ……って、えっ?」
「「「はい?」」」
その場にいた全員が同じ反応をした。
88点?
はてな? 同点?
「ユリエさん、それ本当に設計局のですか?」
「そうだよ! これ見ろよ。開発局88点、設計局88点ってちゃんと書いてあるだろ!?」
「あぁ、本当ですね。えーっと、戦闘部隊が70点満点中59点。兵站部隊が30点満点中29点……確かに俺がつけた点数です」
「評価高すぎじゃないか!?」
「兵站的には文句なしの兵器でしたからね」
俺がそう言うと、観客たちはざわつき始めた。
おい、この場合賭けはどうなるんだ、と。
俺も同じこと思ったのでエリさんの方を見てみると、彼女は滝のような汗をかいていた。
ぼくこれ知ってるよ、破産寸前の社長でしょ?
「…………よし、審査員は全員集合。協議開始」
兵站局のメンバーは勿論、戦闘部隊の人たちやレオナ、ミサカさんも集めて協議する。
「話し合う前にひとつ確認を。エリさん、引き分けだった場合の掛け金はどうなります?」
「…………一応、全部払い戻しになります」
「つまり、儲けはなしですか」
そう聞くと、彼女は力なく頷いた。
皆も知っての通り、賭博やカジノというものは必ず胴元が儲かるようにできている。
だがひとつ例外がある。
それは「賭博が成立しなかったとき」だ。
今回の場合で言えば「引き分け」だ。
掛け金は全員に払い戻し。儲けは当然なし。それどころか開催費用だけが嵩むことになるので、全体的には大赤字である。
墓地建設費用を確保しようと金策を張り巡らした結果、まさかの引き分け。
策士エリさん、策と借金に溺れて死ぬ。
……のはまずい。
金策の方法は外道だけど、本音を言えば俺だって墓地建設費用は欲しい。それにエリさんが破産するのは申し訳ない。
だから協議。
こうなったら話し合いで決着をつける。
「まず最初に、戦闘部隊が『アルストロメリア』に高評価を与えて、『タチバナ』が低評価となった理由はなんですか?」
「そりゃもちろん、汎用性の違いだよ。平地でも丘陵でも森林地帯でも問題なく踏破できるのは魔像だけだ。『タチバナ』は純粋な平原での塹壕突破に特化しているからな。運用上の選択肢が少なすぎる」
「なるほど。確かに『タチバナ』を丘陵地帯で運用するのは無理があるか……」
「だって戦闘部隊が欲しがってたのは塹壕突破能力だもん……」
ヤヨイさんはそう言ってむくれた。
彼女は要求に従っただけなので悪くないが、やはり魔像相手だと汎用性の高さは気になる。
とりあえず頭を撫でて宥めてやろう。
「あっ、んッ…………はふ」
やばい、癖になりそう。
「コホン」
そしてソフィアさんはわざとらしく咳き込んだ。
「……で、兵站局さんが『タチバナ』にほぼ満点つけた理由はなんだ?」
「あー、えーっとですね。それは勿論、メンテが簡単でコストが魔像よりも少ない事ですよ。魔像の方はミスリルを少量ですが使っていますし、関節部分の整備コストは従来と変わらない。胴体部分は改善されているとはいえ、全体的にはあまり変わっていません。真紅魔石の管理なんかも理由のひとつですね」
「でも新しく生産ライン作らなくちゃダメじゃない! こんな珍兵器用の工場なんてなかったんだから! それにいくら生産性が良いからって、戦闘での損失が増えたら意味ないわよ!」
と、レオナ。
その認識は正しい。費用対効果的に、本当に安くなっているのかはわからない。
なぜなら「タチバナ」の防御能力はないに等しい。
如何に当てにくいと言っても、弾幕を張れば阻止できるかもしれない。
撃破率は「アルストロメリア」を超えることは容易に想像がつく。
「でも魔像と比べて整備性は抜群なんだ。使い捨てと言うだけあって整備用の工具や専用の部品を調達する必要もあまりない。遠隔操作における操縦性も良い。総合的なコスト、ライフサイクルコストで言えば『タチバナ』一択だ」
「だが汎用性がないのはどうする。山岳地帯での戦闘は?」
「現在生産されている既存の魔像を改良する程度でいいでしょう。試算によると『アルストロメリア』を新規製造するより安く済みます」
「だが元々が改修の余地が少ない魔像だぞ? 改修するより、改修しやすい魔像を新しく作った方が長期的にはいいんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれません。ですがこの『タチバナ』を繋ぎとして、次々期主力兵器として汎用性に考慮した魔像を作らせた方が良いのでは?」
「いや、それでは――」
「しかし――」
この議論は、レオナやヤヨイさん、他の兵站局メンバーも加わってかなり白熱した。
今や貴重となった予算である。
カツカツでキツキツの枠の中で、効率を重視するというのは大変だ。軍隊と言うのは永遠の椅子取りゲームなのだ。
が、魔王軍においてはもうひとつ考慮に入れるべき存在がある。
「――両方とも採用すればよかろう」
「……陛下?」
え、何を言っているの?
それ、トライアルした意味ないですよね?
競作させといてふたつとも採用したとか俺聞いたことないよ!?
「陛下。それでは意味が……」
「アキラの言うことはわかるが、特性の違う兵器を同じ土俵で戦わせることに意味があるとは思えないぞ? 言うなれば、弓と剣、どちらが強いか、と永遠と議論しているように見える」
「うっ……」
その喩えはわかりやすい。
弓と剣はどちらが強いか。
答えは単純、どちらも強い。一方が遠距離戦特化で、もう一方が近距離戦特化なのである。
今回の場合は、一方は戦場を選ばない汎用性を持つ魔像で、一方は平原での戦闘に特化したボビンなのである。
だが少ない予算の中で両方を採用する余裕があるのか!?
いやその前に、ふたつの新兵器を同時に採用した時の兵站にかかる負荷はどうなるの!?
そんな俺の不安を知ってか知らずか、ここで戦闘部隊面々が陛下の側についた。
「それは名案でございますな! 私どもと致しましても、強力な兵器がふたつある安心感は多大な物がございます!」
「そうだろう、そうだろう!」
「あぁ、いや、あの……」
「アキラ。どちらも良き性能を持つ兵器なのであれば悩む必要はないぞ! 君が悩むのであれば、私はこの場で『魔王軍総司令官』として、両者の制式採用を決めようじゃないか!」
待て待て待て、恐ろしい事を言い出してるよこの人!
やめてよして採用しないで手間がかかるでしょ!
両方の兵器を採用することによる増える事務的な手続き、両者を混同して部品や魔石の供給ミスが起きてクレームが来て、調子に乗った某マッドがさらなるカオス兵器を作って頭を悩ます日々には戻りたくない!
ここは何か反論材料を――そうだ、エリさんの自己破産!
「え、エリさん。両者採用となったら、賭けはどうなるんです?」
ここはもうエリさんが泣いて陛下の精神を揺さぶるしか跡がない!
両者採用で引き分けとなったら、莫大な損失が出るのだから!
が、目の前にいるエルフのエリさんの目は、俺の予想とは全く違った。「困ってはいるけど、まぁいいかな」という感じの目だ。
「……言いにくいんですけど、『両方とも採用される』に賭けた人が13人いまして……」
「なん……だと……? しかも13人って意外と多い!?」
「実は締切直前になって、ある人が『両方採用』に賭けて、それに便乗した人が相当数いましたので……」
「誰だよ、それ賭けたの! それがなければ、賭博不成立だったかもしれないのに!」
そう問い詰めると、エリさんがバツの悪そうな顔をして右手の人差し指を左に向けた。
その指先の方向に居たのは、よそ見しながら呑気に500ヘルのコーヒーを飲んでいるソフィアさんの姿があった。
「……まさか当たるとは思いませんでした」
「本当にソフィアさん楽しみ過ぎじゃないですか!?」
最終結果。
魔王軍開発局新型魔像「アルストロメリア」とミサカ設計局新兵器「タチバナ」は、魔王ヘル・アーチェ陛下の鶴の一声で共に制式採用が決定。
また、兵站局主催による賭博では「両方採用」のオッズは一万二〇四六倍だったという……。
真の勝者は、その万馬券を手に入れたソフィアさんら13人であることは間違いない。
パンジャンドラムを知らない人がいるなんて…(失礼)
パンジャンドラムは「自走爆雷」です。
簡単に言うと「ロケット推進で車輪を転がして内蔵する1.8トンの爆弾によって自爆、強固な陣地を爆砕」する兵器。
もっと簡単に言うとでっかいネズミ花火。
かつてイギリスが大真面目に作って予算が降りて実験もしました。動画サイトで検索すれば動いている姿も見れるので、見たことのない方はソフィアさんの淹れてくれたコーヒーを口に含んでご覧ください。
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連休中更新できなかったから一気にランキング外に落ちてました……。




