魔王軍次期主力兵器選定会(アキラ精神力耐久試験)
遅れた理由:クリスマスが悪い
「じゃあ、場も温まってきたということで、選手入場! 赤コーナー、魔王軍開発局なんとかかんとか技師官の――」
「主任魔術研究技師官」
「そうそれ。――の、レオナ・カルツェットさん!」
ユリエさんの凄い適当な司会による、第一回魔王軍次期主力兵器選定会(以下トライアル)が始まった。
赤コーナーと彼女が言った通り、赤く建てられた門みたいなところからレオナが現れる。
「レオナさんは相変わらず妙な髪型してるな! えーっと、なにテールだっけ?」
「クアッドテール」
「そうそれ! クアッドテールの奇抜な髪型が今日もイカすぜ! どうやったらそういう髪になるのか今度見てみたいな!」
「その前にユリエさんは語彙力磨いてください」
いや、もっとそれ以前に「なに司会みたいなことをやってるのだ」と聞きたいが、もう何もかも諦めた俺にはもはやどうでもいい。
心配なのは、これからの展開である。
俺も軍のトライアルっていうのを見たことがあるわけじゃないけどさ、こう言うのじゃないと思うんだよ。
地球でこんなことやったら絶対情報が漏れるよ。
そんな俺の心配を余所に、ユリエさんはレオナの下まで行きマイクを向ける。
試合が始まる前にやる選手インタビューのようだが、さっさと進行してほしい。
こう見えて兵站局は暇じゃないのだが。
「ふふん。私がポッと出の幼女なんかに負けるはずがないわ! なんてたって私の作った魔像は世界最強で向かうところ敵なしなんだから!」
嘘吐け今まで人類軍になす術なく破壊されてたじゃねーか。
本当に向かうところ敵なしだったら今こんなことやってないわ。
しかしそんな声が現場に届くわけなく、観客の歓声の前に俺はただただ「次の予定どうしよう」と考えるだけであった。
そんな風に時間を潰そうかと言う時、隣に座っていたソフィアさんが話かけてきた。
そうした理由はたぶん俺と同じだろうことは容易に想像がつく。彼女の顔はひどくげんなりしていた。
「……アキラ様。このような無様な茶番に付き合う必要なんてないんじゃありませんか? 兵站局に戻って執務を遂行した方が……」
「そう思わなくはないんですけど……。こいつら残したら、絶対変な基準で兵器選定しますよ」
なんか「面白そうだから」という理由でレオナの勝ち! とかやってしまいそうで怖い。
その結果ポンコツを量産する羽目になったらもっと困る。
いや、トライアル前の試作段階の評価では結構いい線言ってたから、あれをそのまま出してくれれば問題はない。
まぁ、レオナのことだから改悪してそうだけど。
「ならいっそのこと、観客を追い出しますか? 今ならまだ……」
「手遅れですよ。それに陛下自身がノリノリなので私たちの権限では……」
フリーダムな最高統治者というのは創作世界ではよく見るが、実際の所は恐ろしいことこの上ない。
陛下が何かを思いつくたびに下っ端の事務屋が東奔西走して調整調整&調整たまに睡眠なのである。
サリンを浴びて自重するかと思ったけどそんなことなかったぜ。
でもあんなお人柄だからこそ、みんなに好かれるんだろう。俺も陛下のこと、嫌いではないし。
「では次、青コーナー! 我らが兵站局局長さんが許可なく連れてきた幼女によって作られた新組織ミサカ設計局の期待の新星、ヤヨイ・ミサカ!」
「待て待て待て待て! 誤解のある言い方はやめろ!」
本人の同意はあるよ!
……え? 未成年どころか幼女じゃないかって?
いや、ほら、その、18歳未満だとは思わなくて……。
なんだか未成年にいけない事して警察のお世話になった奴の言い訳のようになってしまったが、本当にヤヨイさんが未成年だとは思わなかったんです。
信じてください。
「アキラ様、後で詳しく」
「誤解ですって! っていうかその時ソフィアさんもいたじゃないですか!」
「……おおっと」
何が「おおっと」だ!
……って、うん?
「今ソフィアさん、結構この状況楽しんでません?」
知っての通り、ソフィアさんは固い人である。
冗談を言わないわけではないが、言っても内容は辛辣で皮肉めいていて、このように軽い感じの(これでも軽い方なのだ)冗談を言うのは、かなり珍しいのである。
それこそ、状況を楽しんでいる場合でもなければ。
その指摘に対してソフィアさんは、
「…………何のことでしょう」
よそ見した。
なんてこった。この場を楽しんでいないのは俺だけだったなんて。
まぁいいや。ここは「あのソフィアさんも楽しめている」とポジティブに考えようじゃないか。
益々肩身が狭くなったことから目を背けるにはそれしかない。
一方、ユリエさんのインタビューに対してヤヨイさんは、多くの観客の前に圧倒され緊張したのか終始オドオドしていた。
そして恥ずかしがりながら上ずった声で質問に答えるその仕草に、多くの観客のハートを撃ち抜かれた。
これを兵器に出来たら最強だとは思わないかい?
しかし残念ながら幼女を戦場に送り出すのは非人道的であるのでやめておこう。
「話を戻すとしてアキラ様、この『大イベント』をどうにかしないとまずいのではないでしょうか」
「その心は?」
俺の質問に対してソフィアさんは、頬をカリカリと掻きながら数秒逡巡した後、答えてくれた。
彼女の回答は模範的であり、そしてそれは酷く正鵠を射ている。
ソフィアさんが言わなくっても俺が同じことを言っただろう。
つまり、
「『イベント』と言えるほど今回のトライアルは見所があるものではないと思うのです。それを観客たちがどう思うか……」
という、根本的な話である。
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ユリエさんが言う「赤コーナー」である魔王軍開発局のレオナが作った試作魔像「XSG69」が観客にお披露目される。
親衛隊のダウロッシュさんが収納魔術を使って持ってきたその魔像が現れた時、観客席はどよめいた。
俺が見た時よりさらに兵器として洗練された外見だった。既存の魔像と比べても違いがよくわかる。
そして単に「XSG69」では味気ない名前だったので、この魔像にはレオナがつけた愛称が別にある。
それが――、
「名付けて『XSG69 アルストロメリア』!」
だそうだ。
名前の由来となった植物がどんなもののかピンと来なかったが、それについてはソフィアさんが教えてくれた。
花にまつわる伝説とか伝記とかを丁寧に説明し、最後にこう言った。
「でもカルツェット様のことですから、たぶん音だけで決めたでしょうね」
「ありそう」
んでもって説明は無駄になった。
試作魔像「アルストロメリア」はレオナの合図と操縦の下で性能評価試験が行われる。
これ自体は何度もやっている今までの試験と同じ要領であり、特に説明することはない。
戦闘部隊はアルストロメリアを走らせて最高速度や加速力を測り、兵站局は巡航速度や戦略速度について意見を出したりする。
火力、
装甲、
機動性、
整備性、
生産性、
操縦性、
安定性etc…。
あらゆる面を考慮して、それをわかりやすく点数化させて総合得点を算出する。
どれを重視するかによって配点が変わる。
同様のことを設計局の新兵器にもあてはめて、両者のうち総合得点が高い方が勝ち。制式採用を獲得できる、と言うわけである。
文章にすると結構単純な事なのだが、しかしそれを実際に行うとなるとかなり難しい。
特に今回のように大衆の面前で評価するとなると、さらに厄介な問題が出てくる。
「なぁ、アレ何やってるんだ?」
「さあな……」
「兵器同士で戦うんじゃないのかよ……」
つまりは、こういうことだ。
何も知らない奴が見たら、非常に暇なのである。
そりゃそうだ。
速度性能試験は走ってるだけだし、整備性や生産性についてはレオナの話を聞いたり分解したり実際に見て触ってみたりするだけなんだから。
制式採用を賭けた燃えるガチンコバトルを期待した観客たちはざわつきはじめ、それについて声高に文句を言い出す奴も出てくる。
それには、流石のイベント主催者であるエリさんも困り果てている模様。
「あの、局長。盛り上がりに欠けるので何とかしてくれませんか?」
「自分で勝手に客呼んでおいて盛り上がらなかったら人頼みって言うのやめましょう?」
「うっ……。実際その通りなのですが、まさかこんなにも地味だとは思わなくて」
いやいや、普段の自分の仕事を思い返してみて欲しい。
今まで絵面の良い派手な仕事なんてあったか? いいや、ない。
エリさんの深遠なる野望(金策)はさておくとして、トライアル自体は観客のブーイングという本来あってはならない妨害要素を除けば順調に進んでいる。
「『アルストロメリア』本体の整備性や操縦性に関しては、戦闘部隊は文句がありません。戦闘能力も十分ですな」
魔王軍戦闘部隊のドワーフ、細かく言えば魔王軍魔都防衛隊魔像大隊麾下の整備小隊のドワーフはレオナの新作をそう評した。
とても気を使った言い方である。この場ではそんなものは不要だ。
「含みのある言い方ですね。何か不安があれば、仰ってください」
「……強いて言えば、魔石に不安があります。真紅魔石はこれまで採用された魔像が少なく、多くの整備士がその取扱いに慣れていません。魔石自体の保管状況にも気を付けなければならないでしょうし、何より皆が『何をすればいいかわからない』という状態になるかもしれません」
「なるほど。導入時における教育コストの問題ですか」
「無論、魔石を除く本体部分には文句はありません。教育も時間をかければ慣れるでしょうし」
やっぱり専門家の意見というのは貴重だな。
エンジニアでもない俺が見てもそんなことはわからなかった。
兵站局的に不安なところを挙げるとすると、生産性の問題である。
整備性に関する整備士の疑義とほぼ理由は同じだけど、やはり採用例が少ない「真紅魔石」を使っていると言うのが不安だ。
民間で需要のある紅魔石や、魔像や魔像以外の魔道具でも頻繁に使われる純粋紅魔石は、産出量も多く大量生産に向いている上に生産工場も多い。
しかし真紅魔石は、特別な方法で精錬する必要がある。
既存の設備は使えないし、新しく工場を建てるなり改装するなりしなければならない。
また、この魔像を制式採用した場合、さらに真紅魔石の需要が伸びる。
だけど既存の紅魔石や純粋紅魔石の需要がなくなるわけではないので、見分けのつきにくい三つの紅魔石系統が倉庫に積まれてしまうのだ。
魔石を間違えないように教育や設備などの構築をしなければならないので、そのコストも嵩む。
これは、ちょっと厄介かもしれない。
しかし俺や整備士の不安に対して、レオナが反論。
「だけど改修の余地は十分に残してあるわ。それに元々が魔力量の高い真紅魔石。万が一間違えて純粋紅魔石なんかの魔力量の低い魔石を入れちゃっても、全力発揮できないだけで暴発事故は起きないはずよ」
「……はず?」
「そんなの実験しなくてもわかるわよ!」
いや実験しろよ、とは言えない。彼女らの世界では常識なのだろう。
「それにアキラちゃん。将来的にいつか必ず設備更新はしなきゃいけないはずよね?」
「そりゃ、いつかはね」
「なら今やっちゃっても問題ないはずよ! せんこーとーし、って奴!」
「あぁ、まぁ、そう言う考え方もあるか……」
もしかしたら真紅魔石が今後のスタンダードになるかもしれない。
そう考えると設備の更新は早いに越したことはない、ということだ。
畜生、意外といい魔像作りやがる。スペック厨のくせに。改悪してないのかよ、騙された!
とりあえず整備士さんや戦闘部隊の人と話し合い、評価点を算出。
ミサカ設計局の新兵器の配点に影響を受けないように、総合得点の計算はソフィアさんに任せて、あとは全員に伏せる。
「私のことだから百点満点のはずよ!」
それはない。兵站面からはそれなりに減点を出したからな。
「アルストロメリア」の評価はこれで終わり。次はミサカ設計局の新兵器だ。
ヤヨイさんの方を見ると、緊張しつつも「今日も一日頑張るぞい」みたいにグッと両手を握っていた。期待しよう。
ヤヨイちゃんは漢字にすると「神坂弥生」です。




