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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-1.魔王軍は遅れてる
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トライアルの準備をしましょう

「アキラ様、設計局から『幼女に腐った豆を無理矢理食べさせた』との連絡が来たのですが」

「誤解です。それに私も食べました」


 兵站局に帰って開幕劈頭、待っていたのは濡れ衣であった。


 第一納豆は腐った豆ではない。糸を引いているだけだ。

まぁ世間ではそれを「腐っている」と言うのであろうが、納豆はネバネバあってナンボである。


「腐った豆食べて大丈夫なんですか?」

「見ての通りピンピンしてますよ。なんならヤヨイさんに頼んで今度食べてみます?」


 なんならどこぞの第三帝国の総統閣下のように兵士に食わせるのもいいかもしれないな。

 あぁ、いやあれは都市伝説だっけか?


 いずれにせよ納豆は健康にいいのだから食うべし。


「……機会があったら」


 あ、これ食べないやつ。


 まぁ仕方ない。

 彼の屈強なドイツ兵も全力で拒否した食べ物だという言い伝えがあるくらいだ。ソフィアさんも無理だろう。


 それに米食文化が根付いてない魔族に納豆を教えても意味はない。

 魔王軍の主食はパンで、日本の食パンように白くて柔らかくない。黒パンが一番近いかな。そしてそんな黒パンと納豆の相性は……うん。


 やはり納豆と白米が最強。


「では、本当に何もしてないんですか?」

「してないです」


 それに勧めてきたのは幼女、もといヤヨイさんだ。

 美味しくいただいたし何も問題ない。


「仕事もしてませんよね?」

「あ、はい。すぐに片付けます」


 ソフィアさんからの言葉は棘があって怖かった。

 どうも、彼女はストレスが溜まっているようである。


 俺の執務机には未決済の書類が束になっており、なるほどあの量を全部ソフィアさんがやったと考えると彼女のイライラは説明がつく。


 中身を確認してサインして、確認してサインして、確認して要請を認めずゴミ箱に放り投げ、正式な書式でなくサインもない書類をティッシュ代わりにして鼻水をかむ。


「鼻、痛めますよ」

「心配してくれるんですか?」

「仕事に支障が出ますから」

「そいつはどうも」


 ふぅ、まったく俺がいないと本当にダメなんだから。


「アキラ様が作った部署でアキラ様が作った仕事なのにアキラ様が決裁せず溜まる書類の山を見るのはもうこりごりですので」

「それは本当に申し訳ないです」


 いやサボっていたわけじゃないんだよ?


 開発局に設計局に、それに戦時医療局やら情報局やら監査局、輸送隊にまで顔を出して打ち合わせとか情報共有とか調整をしなきゃならんのだ。


 その間書類仕事が溜まるのは……俺のマネジメントが下手だからか。


 仕事の割り当てなんて部下に押し付ければいい……となってしまえば、日本にいたころの俺の上司そのものだ。


 アイツみたいなことにならないよう、精々がんばるとしますかね。


「……あぁ、そうだ。ソフィアさん、ヘル・アーチェ陛下が今度のトライアルを見学するという話聞いてますか?」

「はい。親衛隊の方から連絡がありました」

「じゃあ話が早いですね。陛下の見学を考慮に入れてほしいんですよ」


 お偉いさんが来る、と簡単に言うけれど、そのための準備は結構大変だ。


 護衛の手配、護衛による会場の下見(暗殺や事故を防ぐためだ)は親衛隊の仕事だとして、兵站局的にはその護衛に対する世話も考慮しなくちゃいけない。


 無論、陛下の歓迎もね。


「……別にかまわないと思いますが。ヘル・アーチェ陛下はそう言うのを気にする方ではありませんし」

「ホント、魔王軍って国家元首に対する扱いがぞんざいですよね」


 確かに国家元首が進んで最前線に立って人類軍の攻撃を浴び続けているのだから本当に今更な話ではあるのだが。


「それでも、今回は初めてのトライアル。何か事故があっては困るし、面子もありますから」

「はぁ……まぁ、わかりました」

「あとそれと、わかっていると思いますが陛下がトライアルの見学をすること、機密情報ですから口外しないように」


 というか国家元首の行動予定が漏れ漏れなのは本当にダメだと思います。

 暗殺を屁とも思ってない陛下であるが、また誰かに化学兵器をばら撒かれたら困る。


「局長様、まるでお父様みたいですね……」


 と、リイナさんがボソッと呟いた。


「私はまだ『お父さん』と呼ばれるような年齢じゃありませんよ」


 これでもまだ20代だ。そして寿命凍結処理がされてるから一生20代のままだ。

 だから俺は胸を張って


『アキラン星では30代になると一個ずつ歳が減るのだ』


 と放言できる。


 いや、しないけど。むしろ怖いだろそれ。


「で、でも局長様。『陛下のこと口外しない』と言っても無駄だと思います……」

「え、なんでですか?」

「もうみんな知ってるかなって……」


 ……うん?

 なんで?


 と、ここでソフィアさんがひとこと。


「アキラ様、魔王軍がそんなに規律に厳しい軍隊に見えますか?」

「あぁ、そうですね、そうでしたね」


 人の口には戸は立てられない。殊、魔王軍においてそれは顕著である。


 それに俺自身、開発局や設計局でそのことを伝えていた。

 口外禁止とは言っておいたが、本当に秘密にしなきゃいけないことは不特定多数の他人がいる場所で言ってはいけない。


「……ソフィアさん、陛下のことを口外しないっていうのは忘れてください」


 公然の秘密にするくらいならいっそ公表した方が良いだろう。

 陛下なら暗殺とか事故程度なんとかするだろうし。


 いやそうならないよう兵站局も準備するけどさ。


 次から気を付けよ。


「はぁ……っと。ユリエさん、います?」

「いるぜー」


 ユリエさんの執務机に積んである本の隙間から手が伸びた。


 手の動きがどこぞの谷に住んでるニョロニョロした生き物にも見える。ただし色は褐色。


「トライアル開催場の選定と、必要物資の手配をお願いします。陛下が来るとあっては、適当ではまずいですので」

「そこまで必要なのかー? 前回の魔像性能評価試験、そこまでやってなかったような気がするんだけど」

「今回からそうするんですよ。いいからキリキリ働いてください」


 陛下に対する供物とか、そういうのはいらないだろうけど。

 でも肝心の魔像とか兵器を動かすための物資が足りなくて陛下の前で大恥かくのは嫌だ。


 だから頑張れ、ユリエさん。


「局長さん、今度の新魔像だか新兵器の資料あるか? 貰ってねぇんだけど」

「あぁ、そうでした。すみません。今渡します」


 開発局と設計局、双方から提出された資料には、それほど多くの情報は乗っていない。


 書式を決めてないのもあるけど、ただ試験の時に何が必要かがわかればいいからと言うところもある。


「ありがとよ。……えーっと、開発局のは石魔像だから材料はそこまでいらないし、動力源は真紅魔石――」


 彼女は資料を見るなり必要な物をリストアップし、リイナさんに在庫を確認しつつ発注が必要な物だけを発注しようとしている様子。


 開発局の新魔像は、従来型の発展形だからそこまで不思議な部品は使ってないだろう。

 問題はミサカ設計局の新兵器だが……、


「よし、と。設計局は――あれ?」


 と、そこでユリエさんの手が止まった。


「局長さん。設計局のえっくすじーだぶりゅー69っての、必要物資がかなり少ねぇぞ? これ本当に大丈夫か?」

「私もそれ不思議に思いましたけど、間違いないみたいです。ミサカ設計局新兵器、XGW69は簡素な作りになるらしいですね」

「『みたい』とか『らしい』とか……もしかして局長さん、知らないのか?」

「ヤヨイさんが見せてくれないんですよ」


 恥ずかしくて未完成品は見せられない、と言うことらしい。

 初めて作る本格兵器だから、不安があるのだろう。何せ12歳だ。気持ちはわかる。


「じゃあこの名前、どうやって決めたんだよ」

「決まってるでしょ、適当ですよ」


 Xは開発中で、GWは地上(Ground)兵器(Weapon)の略だ。深い意味はまったくない。

 どんな兵器なのか知らないんだもの。


「いいのか、それで?」

「……まぁ開発費は開発局と違って設計局(むこう)持ちですし」


 俺がそう言ったら、ユリエさんは嘆息して肩をすくめた。


 だが部品点数が少なく、故に必要物資も少ないというのは兵站的には期待できる。

 ユリエさんもそれがわかっているのか「仕事が楽でいいな」と、多少皮肉を込めた台詞を放った。


「――局長、戻りましたわぁ」


 と、ここでエリさんが帰還。


「お帰りなさいエリさん。首尾はどうです?」

「全然ダメ。追加予算、足りないわよ」

「やっぱりか」


 エリさんは、グロース・シュタット国立戦没者墓地の拡張工事費用捻出のための金の工面をしようとしていたのが、聞いての通り無駄に終わった。


 少ない臨時戦費を、さらにここで墓地に充てていいものか、かなり悩む。


 しかしエリさんは悩む俺を放っておいて、別のものに興味を移した。


「って、ユリエ。なにそれ?」

「うん? あぁ、トライアルの資料だぜ」

「あぁ、例の新兵器……。これいいわね。安く作れそう」

「だろ?」


 エリさんもミサカ設計局の新兵器に食いついた。

 これで性能良かったら、完全にレオナ涙目だな。競争相手が出来て良かったじゃないか。


「新兵器……トライアル……お金」


 しかしここでなぜか、エリさんがぶつぶつと何か呪文めいた言葉を呟き始める。


 費用がどうの、陛下がどうの、お墓がどうのこうのと。


 なんだか悪い予感がする。


「エリさん、どうかしました?」

「…………」

「エリさーん?」

「……えっ、は、はい! どうしました?」

「いや、それはこっちの台詞ですけど……大丈夫です? 疲れてません?」

「い、いえ。大丈夫ですわ。それより、ユリエとやらなくちゃいけない仕事思い出したので、ちょっとお借りしますね」


 全然大丈夫じゃなさそうな上ずった声と慌てた態度で、エリさんはユリエさんの腕を掴んでそのまま拉致していった。

 ユリエさんは抗議の声を挙げていたが、あの二人の組み合わせは意外と相性がいいので、まぁ放っておいても良いだろう。


「アキラ様。輸送隊のウルコ司令が、ディエルゴ方面での疎開作戦について相談したいことがあるそうで、今応接室に来ています」

「ありがとうございます。すぐ行きます」


 この用事に時間と脳の領域を使われたため、エリさんが何をしようとしていたのか、という疑問の言葉を俺は忘れてしまったのである。


 つまりは、まぁ、そういうことだ。

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