とても懐かしい見慣れたもの
命名規則が決まったこと、陛下が試験会場に来て直接兵器をご覧になることを、開発局と設計局に伝えた。
陛下が来ることに関しては開発局のレオナは別にいつものことなので「あ、そう」みたいな反応だった。
問題は命名規則。
「今回は『試作石魔像』で今年は一〇六九年。だから最初の記号は『XSG69』になるけど、それは問題ないかい?」
「問題ないわ。問題なのは名前よねー。なんて名前にしようかなー♪」
レオナ、ノリノリである。
ペットになんて名前を付けようか悩んでいるようにも見える。
……まぁわからなくもない。中学生男子であれば、誰もが架空兵器の名前の考案に一晩費やしただろう。
それと同じだ。
「規則は『植物名』か『現象名』だからそれに沿ってくれよ」
「わかってるわかってる!」
「……決まったら教えてくれ。あと変に長い名前にしたらこっちで名前つけるからな」
「大丈夫よ、信じて!」
信じられるか!
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魔王城を出て、次はミサカ設計局のある建物へ。
設計局は魔都の外縁部にあり、中古で買ったボロい建物である。
兵器の試験を行えるだけの広さを持つ土地は、目の前にある広大な原野で行えばいい。
交通の便が悪い以外は、特に不満はない。
「……ないよね?」
「ない」
ないらしいです。
ミサカ設計局の主任技師官ことヤヨイ・ミサカさんは、俺が来た時間が昼過ぎと言うこともあって昼食休憩中だった。
日系風の名前に巫女服を着ている彼女の昼食、もしかしてと思って覗いてみたら、親しみのある見慣れた見慣れぬ食材が並んでいた。
「それ、米?」
「……(こくこく)」
ミサカさんはもぐもぐしながら首を縦に振る。
なんと、彼女の昼食は和食(風)だったのである。
白米あり、味噌汁あり、浅漬けぬような糠漬けのような漬物あり、そこに醤油とみりんの香りが合わさる魚の照り焼きがあり、それをミサカさんは箸で食べる。
一年ぶりにみる光景に、つい涙が出た。
――ぐぅ。
ついでに腹の虫も鳴った。
「…………たべたい?」
「食べさせてください」
この状況で「食べない」という選択肢を選ぶ奴は日本人ではない。ただしアレルギーは除く。
ちなみに、彼女以外の設計局のメンバーは(魔族にとって)普通の食事である。
パンにスープにサラダに肉肉肉。時々魚。
不味くはないが、日本人的には物足りないラインナップだ。
だから俺はミサカさんと同じものを頼んだ。
お手手の皺と皺を合せて幸せ。いただきます。
一年ぶりに持つ箸だが、そこは長年染みついた日本人魂で問題なく持てた。
あぁ、コシヒカリには負けるけどやはり米は美味しい。あぁ、この魚は鮭か。塩焼きも好きだが、ここはやはり醤油万歳、醤油よ永遠なれ。味噌汁も出汁が効いてて旨味が出ている。
「……」
そしてなぜかミサカさんはマジマジと俺のことを見ていた。
「どうかしました?」
「ううん。ただ、おはしちゃんと持てるんだなって……。それに、美味しそうに食べてて……」
そりゃ一年ぶりに食べるソウルフードですから。
いや魔族の料理がまずいわけじゃないのだが、やはり故郷の味というのはいつまでも魂と舌に刻み込まれているのだ。
「私のいた世界――というより国ですね――と殆ど同じ食文化なんですよ」
「……!」
すると、ミサカさんの耳がわかりやすくピクピクと動いた。
目もなんかキラキラし出して、興奮している様子がよくわかる。
「箸もあるし、醤油も味噌もみりんもあるし……あぁ、懐かしい。とにかく、一緒なんですよ」
偶然の一致なのか、異世界でもやはりこういう食文化はできるのかと感動する。
ただミサカさんの様子を見るに、あまり一般的ではないようだが。
「じ、じゃあ、もしかして……」
彼女はそう言った後食事を中断して、食堂の奥に引っ込んでいった。
なにか見せたいものでもあるのだろうか、と思って数分待ってみたところ、彼女は二つの皿を持って帰ってきた。
ミサカさんがその皿を置いた瞬間、俺と彼女以外の魔族全員が顔をしかめ、ある者は鼻をつまんで自分の食事を持って食堂から退避し出した。
が、逆に俺は顔を近づける。
なぜかって?
「納豆、納豆じゃないですか!」
俺がその名を呼んだ瞬間、ミサカさんは笑みを浮かべ、これ以上ないほどキラキラエフェクトを出した(ように見えた)のである。
これはアレだ、共通の「好きなもの」がわかった時の子供の顔である。
「仲間……! やっとみつけた!」
あぁ、もう。かわいいなぁ。
「人間ですけどね」
「魂は、いっしょ!」
確かに。
納豆に醤油をかけてご飯の上にかけて食べることが出来るのはもう魂が一緒としか言いようがない!
「いっしょに食べよ!」
「はい。じゃあ改めまして、いただきます」
「うん!」
ミサカさんと二人で食べた久しぶりの納豆は、とても美味しかった。
ほっこり、と言った感じで俺とミサカさんは現在緑茶を嗜んでいる。
和食を見た興奮のせいか結構食べてしまったが、満腹感と幸福感は最高潮である。
しかし狐人族は何人か見たことあるし兵站局にもいるのだが、みんなミサカさんのように日系風の名前でなく、当然和食ではなかった。
なぜだ、という問いにはミサカさんが答えてくれた。曰く、
「純粋な狐人族はもう絶滅しかけてるから……文化とかも、継承してるのは少ないの……」
長年に渡る戦争によって住処を転々とした結果、狐人族は次第に離れ離れとなり、それに従い純血も少なくなり、今じゃ純粋な狐人族はほぼ皆無だそうだ。
ヤヨイ・ミサカさんが、その少ない例外であり、故に名前や文化を細々と引き継いでいる。
「だから、おとーさんとおかーさん以外だと、はじめて……」
ミサカさんのお父さんとお母さんがどうなったかは流石に聞けなかった。
その代わりに、
「じゃあ、私はさしずめミサカさんの兄ですかね」
などとほざいた。
はい、調子に乗りました。ミサカさんが固まってるよ、ドン引きだよ。
「……アキラ、お兄ちゃん?」
ぐふっ。
「だ、大丈夫!? え、と変なの食べさせちゃった……?」
「あぁ、いや大丈夫です。ちょっと炎の臭いしみついてむせただけなんで」
落ち着け俺、こんな時に挙動不審になって何がお兄ちゃんだと思われちゃうだろっていや違う問題はそこじゃない。
「……ほんとうに大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
頭以外はたぶん大丈夫。頭はたぶん手遅れ。
「それよりすみません、変な事言っちゃって……。それに私の方が年下かもしれないのに……」
「えっ、そんなことない……だって、まだ11歳だし……」
ん?
今なんて?
「……11歳?」
「は、はい。今年で12……」
なん、だと? その歳で技術者だと!? マジの天才じゃないか!
獣人だからきっと合法ロリ的な何かと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
曰く、獣人やエルフなどの長命な種族は、一部の例を除いて概ね16歳から18歳くらいまでは、個人差はあるものの普通に成長するらしい。
なぜって、成長しないと過酷な大自然の中では生き残れないからだ。だから子供を見たら外見通りの年齢と思って良いとのこと。
なるほど、異世界は奥が深い。
「あぁ、なんか度々ごめんなさいね。女性に年齢聞くなんて」
「や、その、大丈夫……。でも……」
と、そこで一旦言葉が止まった。
「でも?」
「……お兄ちゃんって呼んじゃ、だめ?」
ごふっ。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫です……」
ただ、暫く息ができなかったのは言うまでもないことである。
ミサカさんの要請は、吐血だけで失血死しそうになりそうなのでやんわりと断っておいた。
彼女も特に拘ったりはしなかったが「じゃあヤヨイ、って呼んで?」という上目遣い附きの要望は、二度も拒否できないなぁ、という心によって応諾した。
この子、将来絶対男を惑わす達人になるよ。末恐ろしい。
「本当は敬語もやめてほしい……」
「それはさすがにちょっと」
「でもカルツェットさんには普通に話してる……」
「あいつは敬語使う価値ないから」
当初はレオナの要請だったが、今となっては意味合いが異なる。あいつに敬語? ハハハ、ご冗談を。
バカを敬えという法はない。
一段落して、さて帰ろうかなと思った時。
「えっと……それで、今日は何しに来たの……?」
ミサカさん……いや、ヤヨイさんのその一言で思い出した。
そうだな、俺は飯食うためにここに来たわけじゃないのだ。仕事しに来たんだ。
「そうでした。今回は様子見ついでにひとつ報告が」
「報告?」
「はい。今度のトライアル、ヘル・アーチェ陛下が直々に視察に来ることになったことをお知らせに来ました」
「陛下が……?」
「はい。まぁ、だからと言って気張る必要もないですし、普通に兵器作ってて構いませんけど」
変に伝えて変な兵器作られても困るから、このことは黙ってようかとも考えたが、今更設計変更したところで間に合わないとは思い伝えることにした。
ただ問題は、俺が陛下の名を告げた瞬間にミサカさん以外の局員が騒ぎ出したことだが。
本当に来るのか、ならもっと強くしないと、俺まだ見たことないんだ……などなど。
その声はだんだんと大きくなり、設計局の外にまで飛び出す勢いである。
騒ぎを大きくされては困るので「機密だから口外禁止」という項目も付け足した。
「おっと、もうひとつ。命名規則も決定がなされました。ミサカ設計局で開発中の兵器は魔像では……ないですよね」
「うん。私にはまだ無理」
「なら、記号はXGW69です。愛称は何か決めてます?」
「別に何も。好きにつけて……」
ふむ。
レオナもこれくらい物わかりがよければいいのだがなぁ。
ついでに名前をここで決めてしまおうか、そう思ってヤヨイさんに新兵器を見せてくれないかと頼んだのだが、
「ま、まだ完成してないし……恥ずかしいから見ないで……」
と掻き消えそうな声で言われてしまえば、見ることはできない。ホント、ロリは卑怯だ。
ちなみに、用事が全て終わって今度こそ帰ろうかという時、設計局の局員に肩を掴まれてこう言われた。
「俺たちのミサカちゃん泣かせたら、てめぇ一人で出歩けなくしてやるからな……」
いつの間にかミサカ設計局は怖い組織になっていたようだ。




