これはトライアルですか?
競作、あるいはトライアル。
二社以上の兵器製造会社(組織)が、軍隊の正式採用を賭けて性能試験を行うこと。
例えば、米空軍次期主力戦闘機の座を賭けて争ったロッキード・マーチンF-22戦闘機とノースロップF-23戦闘機なんかがそれ。
で、特性の異なる二つ以上の兵器をどうやって評価するのか。
方法は主にふたつある。
ひとつは単純に、二つの兵器を一対一でガチンコバトルさせる方法だ。
勝った方が正式採用という大変わかりやすくて筋肉的。
でもこの方法は兵器を操る人――戦闘機の場合はパイロット――の技量によって結果が変わってしまうという欠点がある。
もうひとつの方法は、様々な面から性能を評価するというもの。
引き続き戦闘機の例で言えば、搭載可能兵器、兵器搭載量、戦闘行動半径、巡航速度、最高速度、実用上昇限度などなど。
兵站的な側面では、故障頻度はどれくらいか、部品は調達しやすいか、整備しやすいか、整備するとして手間(人時)はどれいくらいか、など。
そんな戦闘面・兵站面、時には政治面など、様々な視点から兵器を評価して点数をつけ、総合点数が高い方が採用、となるわけである。
現代の場合は殆ど後者の方法によって評価されている。
前者の方法を取るのは、絵面がいいためアニメとかそういう世界で採用されることが多い。
ほら、主人公とかヒロインが試験機同士で戦ってたらめっちゃ燃えるじゃん?
で、今回のトライアルでは後者の方法を取ることにする。
それが一番現実的で、多角的に兵器を見ることができ、かつ今回戦う二つの兵器はその任務の特性上、一対一でのバトルは出来ないからでもある。
しかし最も大きな理由は、ミサカ設計局が試作した兵器があまりにも珍妙な物だったからかもしれないことに、俺はまだ気付いていなかった。
本来であればトライアル前に確認すべきことだったのだが、それができない理由があった。
何故なら――、
「ではこれより、第一回魔王軍次期主力兵器比較性能評価試験を始めるぜぇ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
「司会はオレ、兵站局渉外担当ユリエが担当するぜ! お前ら、準備は良いかァ!?」
「「「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」」」
「よーし、オッケー!」
トライアルが、いつの間にか兵站局主催の一大イベントと化していたからである。
評価試験場には、どこから湧いてきたのか万単位に上る魔都の住民が詰めかけていた。
「――どうしてこうなった!」
この世界に来てから、俺がこうやって叫んだのは何度目だろうか?
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遡ること、十日前。
ヤヨイ・ミサカさんを筆頭として設立された「ミサカ設計局」は、設立間もないにも関わらず、基礎設計から僅か数日で魔王軍用の兵器の開発に成功したという。
その時点ではまだ全力試験は出来ない状態だったが、全力試験を兼ねた性能評価試験を行いたい、との連絡があった。
そこで俺はトライアルを提案し、開発局のレオナにもそのことを伝えた。
「なんでよ! なんで土壇場になってライバル登場なの!?」
「兵器の開発に関して、戦闘部隊も兵站局も要請を出してないからだよ。今ここで初めて要請出してるんだ」
「それ紙の上の話だよね!?」
「この世界、紙の上の話が重要だからな」
なに、本部と現場で多少の行き違いがあって時差が生じるなんてよくあることだ。
そういうのを改善するのが我ら兵站局の仕事でもあるのだ(棒読み)。
「アキラちゃんの嘘つき! 正式採用してくれるって言ったじゃないの!」
「順当に改良が進めば量産開始、とは言ったけど絶対正式採用するとは言ってないから」
「ほとんど言ったようなもんじゃないの!」
「順当に改良が進んだら、本当に採用するんだけどね?」
前回の試作魔像の性能評価試験は「従来型よりはマシ」という評価だった。
比較対象がまずすっとこどっこいだったから、相対的な評価は上がっただけの話。
そこでミサカ設計局の新兵器が、開発局の試作魔像と比較して性能が良かったら、設計局の兵器を採用して試作魔像を蹴る。
それをしない理由はない。
「うー……でもそんなの後出しジャンケンじゃないの! ずるいわよ!」
「その気持ちはわからんでもないけど、だったら今度からはちゃんと要請が出てから開発すればいいだけの話さ。そうすれば公平なんだから」
まぁ勿論、レオナにも情状酌量の余地は(認めたくないけど)あるので、そこは考慮しておく。
予め点数をつけるとかね。
しかしそれでもレオナは納得しない模様。
愛する娘のように作り上げた魔像が、寸前のところで不採用になったら困る、という感じだ。
こうなれば最終手段その2である。
「それとも、ミサカ設計局の新型兵器に勝つ自信がないのかな? 魔王軍一の技術力があると自負するレオナ・カルツェットとあろう者が、ポッと出の幼女に負けると思って、ここで駄々をこねてるのかな?」
「んなわけないでしょ! あんな、私より人生の半分どころか二割も生きてなさそうな子供に、天才たる私が負けるわけないでしょ!?」
いや二割はないと思うけどな。獣人だし。
「でもレオナ、今確かに――」
「言葉の綾よ!」
綾ではなく「変」なのでは、という些細なことはさておいて。
「じゃ、十日後にまた性能評価試験をやるよ。正確に言えば性能比較評価試験だけど。問題ないよね?」
「あるわけないわ! 私の作った魔像をもってすれば、あんな子供の作った玩具なんて原子レベルまで粉砕してやるんだから!」
「うむ。期待してるぞ」
よし、双方の合意は取れた。あとは試験を待つだけだ。
「あ、それとアキラちゃん。命名規則の方はどうなったのよ!」
「…………」
「ちょっと!? 脅しといて、まさか忘れてたとか言わないわよね!?」
「あぁ、ごめん。まだ検討中なんだ」
うん、検討してるよ。本当に。信じてください。
俺の頭の隅っこで細胞同士が熱い議論をしているから。あー、やっぱ順当に人の名前かなー。ハッハッハ。
「早くしてよね!」
はい、すみません。
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と言うわけで、久々に魔王ヘル・アーチェ陛下にご相談の時間。
「なるほど、命名規則か。確かに心躍る話題だな、アキラ」
「はい。しかし私は、レオナに言わせたら『センスがない』ようなので、いっそのこと陛下に決めてもらおうかと」
「いいのかい、私なんかで」
「陛下だからこそいいのです」
だって誰もが納得する規則というのは「誰もが信頼し誰もが忠誠を誓う人が決めた」と言えば何とも分かりやすく且つ話が早いんだもの。
なんて、口が裂けも言えないし心を読まれないよう必死に取り繕うのだが。
「しかしな、私も名付けのセンスがあるわけでもないのだ。先達に学ぶのが一番だと思うのだが……どうかね?」
「いや、先達と言っても魔王軍では……」
「私たちの『世界』の話じゃないよ」
そう言って、陛下は俺のことを指差した。
あぁ、そういうことね。つまり、地球における命名規則を聞いているのだろう。
国や兵器ごとに違うし、どこぞの自衛隊みたいに「愛称なんて誰も使ってない」ということもある。俺も全てを把握しているわけでもない。
だから代表的な例を挙げていった。
人名、地名、部族名、組織名、国名、動物名などなど。とにかく色々だ。
それをひとつひとつ説明して、あとは陛下の意見を待つ。
「人名はやめておこう」
陛下は最初にそう言った。
「その兵器がとんでもなく駄作だったら、その人に対して申し訳ないからな」
「……なるほど」
どっかの国の君主も同じことを言ったらしいが、陛下もその口だった。
「地名もあまり好きではないかな。人名と同じく、その地に住む者達に失礼となるかもしれん」
同様の理由で部族(種族)名、組織名、国名は勿論除外された。
動物名にしても、例えばオオカミなんて名を付けた失敗作を人狼族が見たらさぞ悲しむだろう、という理由で除外。
そんな感じで一つ一つ候補を消していき、最後に残ったのは「自然現象名」と「植物の名前」である。
地球で言えば前者は陽炎型駆逐艦などの日本駆逐艦、後者はフラワー級コルベットなど一部の兵器。
「それがたとえ駄作であっても、さほど問題とはならない、ですか」
「まぁな。種族ごとに象徴となる花とか現象はあるがね」
「それは個別に除外しましょうか」
そうして陛下と二人で話し合った結果、魔像の命名規則は「魔像の種類を表す記号+採用年下二桁+自然現象名」に決定されたのである。
魔像以外の兵器に関してはこれからだが、一悶着あるだろう兵器の命名規則が無事に決まってよきかな。
「でも、どうして急に命名規則の話になったんだい? 別にレオナ殿に好きに決めさせればいいだろうし、それが嫌なら兵站局が勝手に名付けても良いじゃないか」
おっと、そう言えば陛下に報告を怠ってしまった。トライアルの話、全然してなかったな。
と言うわけで説明。
おおらかでざっくばらんなヘル・アーチェ陛下は、俺の陳謝を素直に受け入れて追及はしなかった。
怒ったのは、ただ一点。
「そんな面白そうなイベントに私を呼んでくれないなんて、アキラは薄情だな」
「気が利かず、申し訳ありません」
いや、イベントじゃないんだけどね。
やることは地味な性能評価試験だ。特筆すべきことは何もない。強いて言えば、ロリが初めて作った兵器が出ると言うことだ。
「噂の天才少女の兵器というのは私も大いに興味ある。是非、見てみたいものだな」
「……では、陛下も試験をご覧になりますか?」
そこで「うん」と言わないでほしいという些細な願いは、当然のように打ち砕かれた。
……受け入れ態勢の準備しとかないと。




