「これが開発局渾身の新型魔像よ!」
レオナにライフサイクルコストを話してから二週間ほど経ってから、彼女から連絡があった。
改良品が出来たから見て欲しいという要望があって見に行ったのだが、
「どうよこれ! 兵站に考慮した新しい試作改良強化鐡甲魔像、開発コードネームはリトルマジカルレオナちゃん壱号! 動力源は改良型の真紅魔石を使っているわ! 碧魔石より魔力量が少ないけど、生産性はこっちの方が上! さらに弱点となる関節部分の装甲にはミスリルを使用していて――」
「ストップストップ、レオナストップ」
「なによ、まだ説明は序盤の序盤よ! これから先が面白いのに!」
「序盤からおかしいからだよ!」
なんだよ、この前くれた設計案から何も変わってないじゃないか!
そして相変わらず生産性に難がありそうな単語が並んでるし!
「む、失礼しちゃうわね。これでも考慮したのよ? 従来型と殆ど変らないし」
「従来型も十分コストかかってたんだよ……」
あぁ、もうこのマッドどうすればいいんだ……?
「まぁ待ちなさい待ちなさいアキラちゃん。こっからが凄いんだから!」
「何が」
「いいから見てて!」
と、レオナが言って右手で指を鳴らす。
するとどこからか、いつぞや以来の野生のレオナ以外の開発局メンバーが現れた。
二人は試作改良強化鐡甲魔像リトルマジカルレオナちゃん壱号、略してリマレ壱号の左腕になにやら細工をした後、
「「せーの」」
と仲良く声を合わせた瞬間、二人が持っていた左腕の下半分がいとも簡単に外れたのである。
「……欠陥?」
「なわけないでしょ! この魔像はね、故障した場合に備えてブロックごと外れるようにしたのよ! 勿論、生産性にも気を使ってるわ!」
なん……だと?
あのレオナが、スペック厨のレオナがそんな兵站に配慮した設計をするなんて……!
「簡単に纏めると火力については従来型と殆ど変ってないわ。とりあえず作ってみようかな、っていう感じで作ったから、試作魔力砲も未登載ね」
「でもミスリルを使ってる、って言いかけてなかった?」
「鉄より軽くて鉄より頑丈な金属ってそうそうないのよ? それに装甲は関節部分にしかないから使ってる量は少量よ」
む、確かにそうだ。鉄より炭素繊維の方が高いからと言って現代戦車はコスパが悪い、とは言えないだろう。
まぁ、問題はミスリル使っても装甲が貫通されてしまうってことだけど。
それに装甲が関節部分にしか――って、うん?
「……装甲が関節部分にしかないの?」
「うん!」
「胴体は?」
「ないわよ!」
「なんでだよ! なんで装甲ないんだよ!」
「ふふふ、それこそが我がリトルマジカルレオナちゃん壱号の凄い所! 逆転の発想よ! 火力が高くなる一方の人類軍兵器を前に魔像の装甲は無意味と化した! だったらいっそ失くしてしまえば軽量化も図れて無問題!」
「問題大ありだよ! その発想いらないわ!」
まさかの「当たらなければどうということはない」仕様にビックリだよ。
赤く塗った方が良いんじゃないか? たぶん三倍速くなるぞ。
「まぁまぁアキラちゃん、急いては事をナンタラカンタラって言うでしょ? 折角だから実験するわね! 二人とも、左腕は元に戻しておいて。それから魔石を埋め込んで。操作は私がやるわ」
レオナはテキパキと部下二人に指示を出す。
なんだか彼女が開発局員らしく見えるのは気のせいだろうか?
男の局員が胴体前部の窪みに真紅魔石をはめ込み、レオナが「起動!」と叫ぶと魔像は動き出した。
ちょっとロボットアニメのワンシーンみたいでカッコイイ。
「……まぁロマンはいいとして、何をするつもりだ?」
「ん? 防御性能の確認試験よ? 気になるでしょ?」
「いや装甲ないじゃん」
「まぁ見てなさいって。今にわかるから」
「はぁ……」
レオナはドヤ顔だった。
俺の反論を悉く跳ね返す自信がある、そんな目だな。
「今こそ予算だコストだ無駄飯ぐらいだ役立たずの低能とアキラちゃんに散々貶された私がついにアキラちゃんをぎゃふんと言わせる時が来たわ!」
「すまん、ほとんど言った覚えがないんだが」
「私も言われた記憶ないわ!」
「おい」
なんで今俺は冤罪をかぶらされたのか。
「それはともかく、リトルマジカルレオナちゃん起動! モード『プロテクト』!」
レオナの操作に合わせて、魔像のモードが変化。
キュピーン、と怪しげ且つ無意味そうに見える光で目が一瞬明るくなった後、はめ込まれた魔石を中心に魔像の色が少し赤色に変化した。
「……どうよ!」
「ごめん、なにが起きたの?」
本当に赤く塗りやがった。
俺にはそれだけにしか見えないのだが。
「あぁ、ごめんごめん。アキラちゃん魔法使えないからわからないもんね。……じゃあアキラちゃん、試しにこの魔像になんか物投げてみて」
「物? なんでもいいのか?」
「うん」
なんでもいい、と言うことだったので足下に落ちていた野球ボールほどの石を拾って投げる。
どこぞのパン工場長ばりの正確な剛速球は無理だったが、魔像との距離は近いため、石は問題なく魔像に当た――
「あれ?」
――らなかった。
魔像に当たる直前、空中で見えない壁にぶち当たったかのように止まったのである。
そう言う風になる理由なんて、ファンタジー的な解釈をすれば答えは一つだ。
「……もしかして、防御魔術?」
「ピンポーン! 大正解! 真紅魔石に含まれる膨大な魔力エネルギーを利用して、防御魔術を展開させたの。従来型はエネルギー源の問題と、意思の無い魔像に高等魔術を使わせること難しさがあってできなかったけど、ついに、ようやく、念願かなって出来るようになったの!」
曰く、従来型で大量に使っていたオリハルコンを一切使わず、ミスリルも必要最低限の量にまで落としたことから魔像重量の軽量化に成功した。
真紅魔石の魔力エネルギーによってつくられる防御魔術で装甲のなさをカバーし、軽量化した分だけ速力が少し向上。
生産性は、防御魔術展開に関する部分の技術的ハードルが上がったものの、基礎となる部分は従来型と同じであること。
ていうか装甲を投げ捨てたので、主材料は成形のしやすい「石」であるという。
火力は向上していないが、それでも従来型とほぼ同等。
さらにレオナは延々と、ここに拘ったとか、ここが大変だったとか、魔学的な視点からの説明を続けるが、俺の頭の中ではもう別のことを考えていた。
「レオナ」
「――で、これが……って何? どうしたの?」
「このリマレ壱号を基にして、戦闘部隊とも話し合って最終的な量産型を作成した方がいいだろう。兵站視点でもまだまだ改良の余地はあるし」
「……つまりそれって」
レオナの目が、かすかに輝いた。
「あぁ、順当に改良が進めば――数ヶ月以内には量産開始だ」
それを告げた瞬間、レオナは拳を天高く突き上げて喜んだ。
俺が兵站局長になってから初めての戦闘用魔像の開発に成功したのだ。
……のは、いいんだけど。
「これが、私の力ってことよ! どうよ、アキラちゃん!」
「わかったわかった。だからちょっと離れろ!」
喜びのあまり、レオナが抱き着いてきたのである。
それを引き剥がすのに十分以上かかったと思う。全くもって、感情がオーバーな奴だ。
リマレ壱号は、この後魔像性能評価試験に回して戦闘部隊などの意見などを聞いて性能を調整するという作業がある。
でも今の所、兵站局的には評価は高い。
従来の生産設備を多少改良すればすぐに量産ができ、且つ機種転換訓練など殆ど必要ないと言う導入コストの安さがある。
……それはいいのだけど。
「でもアキラちゃん、リマレ壱号って言うのやめてよ! ダサいじゃないの!」
「いやリトルマジカルレオナちゃん壱号もやめてくれ。長い上にダサいだろ」
「センス無いアキラちゃんに言われたくないー!」
という、命名を巡っての諍いが勃発した。
まさかの事態――でもないわ。前からそうだったわ。
「ペルセウス作戦の時もそうだったけど、適当な命名は士気に関わるよ。もうちょっといい名前つけようぜ?」
「だからリトルマジカルレオナちゃん壱号でいいでしょ?」
「やめてくれ。舌噛みそうだから」
兵器と言うのは命名規則が国ごとにあり、それに従って名前がつけられる。
例えばアメリカ軍戦車の場合「M+正式採用された順番」の識別記号に「アメリカで活躍した将軍の名前」の愛称がつく。
M4中戦車シャーマンとか、M26重戦車パーシングとか。
では魔王軍ではどうかと言うと……命名規則が定まっていないためかなり適当である。
それこそリトルマジカルレオナちゃん壱号みたいに。
「いい機会だから命名規則も決めようか」
「むっ。だったら私の意見を取り入れなさいよ」
「却下」
「なんで!」
「管理が面倒だからだよ」
命名というのは書類上の管理をしやすくさせると言う面がある。
今回のリマレ壱号の場合、現在の所の正式名称は「試作魔術防御式石魔像リトルマジカルレオナちゃん壱号」となる。
そんなのを書類に書いてたら腱鞘炎になるわ、流石に。
バカみたいに長たらしい名前にするより「チハ」とか「オイ」とか「ケホ」で管理した方が良いに決まっている。
「それに、いつまでも開発局が兵器開発を独占的に行うわけじゃないし」
「えっ……?」
「いや『えっ』じゃないよ」
確かに魔像の開発ができるのは魔王軍兵器開発局だけ……と言うより、魔王軍兵器開発局に所属するレオナ・カルツェット技師だけである。
これは日本の戦車を三菱重工だけが作っているのと同じで、開発局だけしかその技術とノウハウがないから。
でも魔像以外の兵器だと、開発局だけというわけじゃない。
魔都グロース・シュタットには民間の研究機関はいくつもあるし、魔王軍で正式採用された装備や魔術を作ったところもある。
例えば、リイナさんが元いた職場である魔都第二研究所がそれだ。
もし彼らが魔像やそれ以外の分野で兵器開発に本格的に参入して開発局と熾烈なバトルを開始したとき、各々が思い思いの命名規則に従って開発し出したらもう頭抱えたくなる。
開発コードならまだいいが、それを正式名にされたら困るのだ。
ていうか既にそうなっているのだ。
個人が放つ魔術関係はもう様々な命名方法が混在しているため、魔術を使えない俺なんかは手に負えなくなってる。
「だから命名規則が必要なの。レオナの勝手じゃすまないから、今回の魔像からそうすることに今決めた」
「急すぎるわよ! やだやだ、リトルマジカルレオナちゃん壱号がいいの!」
こうなったレオナの対処法については心得がある。
なに、些事に固執して大事を逃すのはまずいと思わせることだ。つまり、
「我が儘言ったらリマレの量産決定はなかったことにするね」
あぁ、量産決まってたら派生型の開発とか性能の調整とか色々やるための臨時研究予算が降りるだろうに、それもパァかー。
というのも付け足しておく。
伝家の宝刀「予算をチラつかせて屈服させる」である。
臨時予算編成分配権限がある兵站局だけが使える必殺技だ。
デメリットは、使い過ぎると信用がなくなるので多用はできない。
「酷くない!?」
「酷いのはレオナの命名センスだから」
いや、酷いことしてるな、という実感はあるけども。
本音を言えば今すぐに量産決定の命令を各部署に通達したいくらい、今回の新型には期待しているのだ。
「うー……」
だからレオナ、お願いだからこの程度のことでゴネるな。ゴネ得はダメだぞ。
「わかったわよ、もう!」
「よろしい」
交渉終了。
平和裏に問題が解決するのは気持ちがいいね!




