ロマンよりも効率を追い求めて
で、いい話をすれば仕事が減ると言うわけでもないのが現実で――って、デジャヴかな? ま、まぁ気のせいだろう。
式典が終了してすぐに、俺たち兵站局は戻ってきてほしくない日常が戻ってきた。
「アキラ様、親衛隊のダウロッシュ様から言伝が――」
「局長、やっぱり墓地の維持管理費用が足りないわよ。予算増額してくれないかしら」
「さ、さすがにちょっと目が回って大変ですぅ……。ひ、人も、ふふ増やしてくれませんか?」
「局長さーん、ペルセウス作戦での魔石代金がまだ未払いだって苦情来てるぜー」
名目上は完成している墓地はまだまだ未完成だし、さらにそこに通常業務が大量に流れ込み、さらにさらにペルセウス作戦の混乱がまだ尾を引いているとあって、兵站局は混沌たるカオスの坩堝である。
「待て待て、一度に喋るな。俺は聖徳太子じゃない!」
「わけのわからない事言ってないで仕事してください、アキラ様?」
「局長!」
「局長様ぁ!」
「おい、局長さーん!」
「みなさん、私の要件が先ですよ!」
「こっちは緊急なのよ!」
「まずは人を増やすことから始めないと!」
「よし、この隙に――」
「ユリエちゃん、抜け駆け禁止ですぅ!」
「そうよユリエ、第一あなたまだ仕事あるでしょう?」
「それはみなさん同じでは?」
…………。
はい、ではみなさんご唱和ください。
「うるせぇ!」
モテてるわけじゃないのに女性に言い寄られるのは苦痛でしかない。押し寄せてくるのは女性ではなく仕事なのだ。
そしてそう言う時に限って、来てほしくない奴が兵站局に来るのである。
しかもいつものように勢いよくドアを吹き飛ばしながら!
「ア――キラちゅわ―――――ん! いるよね――――!?」
「レオナァ! てめぇ、いつになったら普通にドア開けるんだよ!」
「アキラちゃんが私に臨時予算くれるまでよ!」
「そんな脅しには屈しないから普通に開けろ、頼むから!」
魔王軍が誇る狂信的魔術研究者、クアッドテールという謎の髪型をしている猫人族、レオナ・カルツェットとは彼女のことである。
「あのね、いいこと思いついたんだけど――」
「却下」
「まだ何も話してないよ!?」
「今すぐ出て行け」
「それはさすがに酷くない!?」
む、確かにそうだ。
仕事に溢れている中でレオナという超面倒臭い奴に絡まれてつい本当のことを言ってしまった。
「アキラ様、今とても失礼な事を考えていませんか?」
「ナンノコトカサッパリ」
「局長、それは棒読み過ぎますわ」
くっ、ついにエリさんにまで心を読まれてしまった!
「そう言う問題じゃないと思います……」
「局長さんってバカなのかアホなのかよくわかんねぇよなー」
おい喧嘩売ってんのかてめぇ。
「そんなことより! 私の話よアキラちゃん!」
「はいはい、何の話ですかー」
もう突っ込むの面倒だ。
レオナの話を聞くことにしよう。
それを決断した瞬間、ソフィアさん以下四名が明らかに呆れた顔をして散り散りになる。
自分たちが最初に俺に用があったはずだと喧嘩(?)していたばかりだからね。申し訳ないです。
ったくもう、こっちは忙しいってのに。開発局は暇でいいなぁ。
「ふふん。聞いて驚け! 今回のペルセウス作戦などというダサい作戦名において、私たち魔王軍は陛下を――」
「手短に頼む」
「新しい魔像を作ったわ!」
「本当に前口上いらねぇな!」
ていうか勝手に何作ってるんだよ!
兵站局からは勿論、戦闘部隊からも何も要望も要求も出してねぇのに!
「まぁまぁいいからいいから。それにペルセウス作戦で魔像がたくさん壊れちゃったから、それを埋めるための魔像の開発が必要だと思ってね!」
ソ連かお前は。
「……でもまぁ、確かに魔像の補強は急務だけどな」
魔王軍の主力兵器、魔像。
それを一人で作り上げたのがこいつ、魔王軍開発局主任魔術研究技師官レオナ・カルツェットである。
そして魔像を動かすのに必要な魔石の研究もしていて、その奇怪な行動と髪型からは想像もできない程に優秀なバカ――じゃなかった、研究者なのである。
まぁバカみたいに種類作りやがったので、俺が兵站改革をするまでは魔像と魔石が多種多様過ぎて現場と俺が泣いていた。
そんな開発局も、兵站改革が始まってからは大人しいものである。割と。
「で、どんな奴作ったんだ? あぁ、手短に説明してくれよ?」
「うん。まずね――」
手短に、と言ったのに怒涛の説明が始まったのでバッサリカット。
まず人類軍の火力に対抗するために、装甲を重視した改良鐡甲魔像に開発を絞ったとのこと。これは理解できる。
人類軍は既に大砲、機関銃、戦闘機、装甲艦を備えさらには化学兵器を実戦投入している。魔王軍はこれに対抗しなくてはならない。
そこでレオナは希少金属であるオリハルコンやミスリルを使って防御力を向上させて、対魔像砲の直撃を受けてもものともしない魔像を今回開発したという。
「さらにさらに、人類軍の使用している兵器『大砲』を模倣して『魔力砲』を作ってみたわ! これで火力は同等! 装甲もバッチリで何も問題ないわ! まさに完璧超魔像の完成よ!」
「あー、うん。すごいすごい」
まぁぶっちゃけ、ここが学術的にどう凄いのかなんて兵站局に言われてもちんぷんかんぷんである。特に魔術関係は現代地球の常識は通用しない。
だから俺は兵站目線で評価せざるを得ない。
熟考の上、俺は決断を下した。
「不採用」
「なんでよ!」
「単純に言うとコストだな」
兵器はね、強ければいいと言うわけではない。
確かに強い兵器はロマンたっぷりだが、現実においてはロマンよりもまず予算が優先されるものなのだよ。
「レオナ、世の中には『ライフサイクルコスト』っていう概念があるんだが」
「なぁにそれ」
うん、だと思った。
ライフサイクルコスト、略してLCCとは「それを配備することによって生じる全ての費用の合計」である。
具体的に言うと「導入コスト+運用コスト+改修コスト+廃棄コストの合計」だ。
どれだけ高性能の兵器を開発しても、コストが高ければ意味がない。
そしてこのコストというのはかなり複雑で頭を悩ませるものなのだ。だから全部を説明しようとしたら……、
「…………」
このように、ニコニコ顔で静止するレオナのようになる。
「俺が悪かった。要点を纏めよう」
まず第一に、この魔像はオリハルコンとミスリルを使用している。
この金属は希少金属であり、生産に難がある。それはつまり生産コストが高くつくと言うことである。
またこの魔像を操るための習熟訓練のためのコストもかかる。
「それが導入コスト?」
「そういうこと。まぁ、今回は既存の魔像の改良型っぽいから習熟訓練費用はあまりかからないだろうけど、問題は生産に難がある金属を使っていることだよ」
要はこの魔像、お高いのだ。
そしてさらにこれらの金属は、整備性にも難があるらしい。
全身が石などの有り触れた材料で出来た石魔像なんかは整備費用を考えなくていいレベルで安いが、鐡甲魔像はそうはいかない。
特に魔像は関節が弱いのは魔像性能評価試験の時に実証済み。
機構が複雑で、かつ整備性に難があるオリハルコンとミスリルを使用している関節部分の整備性は……あぁ、考えたくないな。
これが運用コストだ。
次、改修コスト。
これは単純な話で、アップグレードしやすいかしにくいかである。
「例えば……そうだな。確か汎用石魔像なんかは、魔石を増設したり魔石をはめ込む箇所を丸ごと取り替えれば簡単に改造できるんだったよな?」
「そうね。基本的には構造が同じだから、動力源を変えれば性能も上がるわ。まぁ、この鐡甲魔像じゃ構造的に無理だけど……って、それも問題なの?」
うん、大問題。
近代化改修や派生型への改造と言うのが出来ないのだ。
兵器の進化は凄まじい。魔像然り、人間の使う銃然り。
時代や状況に合わせた改造が必要なのだが、その改造を前提として設計しないと改造の余地がなく運用期間が縮まるという欠点がある。
わかりやすく、ラノベで例えよう。
商業用のラノベに求められるのは、一にも二にも「売り上げ」であることは間違いない。
そしてラノベの売り上げを伸ばすにはどうすればいいか。
面白いかどうかは勿論、シリーズ化や漫画化、映像化、ゲーム化、派生作品の出版、グッズ展開などのマルチメディア展開をしていくものだ。
が、ラノベによってはそのマルチメディアがしやすいものと、しにくいものがある。
マルチメディアな展開がしやすいような世界観やキャラクターの魅力が十分ありつつ、それらの設定にある程度自由があれば、上記のような展開を出版社、あるいは製作者は非常にやりやすくなる。
だが設定がガチガチに固められている小説の場合、あまりにもガチガチすぎてその設定の隙間を縫うようにして制作するしかなくなり、それはかなりの困難と苦労が待ち受けている。
つまりこれが、ラノベにおける「改修コスト」なのだ。
この改修コストが高いと、ラノベ(出版社)の売り上げに繋がらない。
「でもさアキラちゃん。将来何があるかわからないのに、それに備えて設計しろ、だなんて無理がない?」
「確かにそれは一理ある。だからかなりドンブリ勘定になるんだけど、改修の余地を残しておけば将来の改修コストの低減や、新兵器導入を見送ることも出来て、長期的には安上がりなのさ」
「……よくわかんないんだけど」
「つまり浮いたお金で新しい兵器が研究できる」
「なるほどね!」
なにこれちょろい。
そして最後に廃棄コストだが……まぁこれは説明しなくても良いか。廃棄にかかる費用。以上。
「ということで、そこらへん考慮してもう一回設計見直してくれ」
難しいことなのは理解できるが。
「……そこまで考えられないわよ私。こう、新技術をどかーんと使って、その技術で『俺Tueeeeeeeeeee!!』ってしたいじゃない!」
「その気持ちはすげえわかるけども」
ただ本当に俺つえーはロマンでしかない。
真面目に考えると、費用に対して便益が割に合わないのである。
物凄く単純化すると「一人殺すのに一万円かかる兵器」と「二人殺すのに三万円かかる兵器」であれば、前者の兵器を三つ揃えた方がいいのだ。
設計段階からどうやって兵站の負荷を減らすのか、というのは兵站の専門家や現場の苦労を知っている研究者が必要だ。
地球でそれをやった兵器で有名なのは、第二次世界大戦時のドイツの主力戦闘機であるFw190だろう。
直線的なデザインは生産性を向上させ、整備性を向上させるためにユニットごと交換できるようにするなど、現場の事情に合わせた兵器を開発している。
勿論、戦闘機として十分に強い。
「ま、そこまでとは言わないけど……少しはそのことを頭に入れてから兵器開発をしてほしい」
「うーん……まぁ、努力してみるわ」
ここでちゃんと話を聞いてちょっとずつでも前進できるレオナは、やはり魔王軍きっての有能さを持ち合わせているに違いない。




