それはとっても迷惑です
「なるほど、それで私に許可を求めてきたということか」
例の遺体問題について特別な許可が必要というわけで、俺は魔王ヘル・アーチェ陛下の下にやってきた。
陛下の執務室の中は、ひどくこざっぱりしている。
内装は無いそうです、というダジャレを地で行っているわけだ。
そういう実利の無い着飾ったものには興味がなさそうな、陛下らしい執務室である。
「はい。何分戦死者の種族は多種多様で儀礼も複雑怪奇です。各部族に個別に許可を取るよりも、陛下に一括して許可を取った方が効率はいいかと思いまして」
要約すると、遺体がない墓が多数出てきてしまうけれどそれは問題ないですか、というもの。
墓が二つあることを忌避するエルフとかがその一例。
「ふむ。まぁ、その判断は間違っていないだろう。各部族の長など、私でさえどこにいるか把握していないのだからな」
おいおい。魔族さん自由すぎやしないかね。知ってたけど。
「その件については許可しておこう。各部族への通知は私の方から追って行うよ」
「感謝に堪えません、陛下」
「何、気にする必要はない。元はと言えば私の我が儘から始まったことだからな」
そう言って、陛下はニコリと笑みを浮かべた。
この程度の頼み事も出来やしないのか、という意味の笑みに見えるのは俺だけだろうか。
「あぁ、勘違いしないでくれアキラ。別に怒っているわけでも失望しているわけでもない。今の笑みは別の意味だよ」
「陛下、心を読まないでくれます?」
相も変わらず陛下は人の心を読むことが得意らしい。
が、陛下が俺以外の者に心を読むようなことをしないところを見ると、単純に俺がわかりやすい顔をしているからだろうか。
「まぁ深い意味があるわけじゃないよ。ただ、君のような人間でもミスをするのだな、と思っただけさ」
「私はごく普通の人間ですよ」
「君がそれを言ってしまったら、私は辞書に記載された『普通』の意味を改訂するよう勅命を出さなければならないな」
何を言う。
人間であることを除けば俺は魔王軍の中では大人しい方だよ?
もしかしたらこの世界の人類はすべからく異常なのかもしれないけれど。
「でも期待以上だよアキラ。今まで戦死していった愛する戦士ひとりひとりに墓を建ててやろうなどとは、考えもしなかった。優しいのだな、君は」
「…………い、いえ、そんなことは、ないです」
どうやら俺は勝手に勘違いをして自分で仕事を増やしてしまったようだ。
三ヶ月前に戻りたい。
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「……ドワーフはこれでよし、と。次は……」
身から出た錆、という諺はこの時の為にある。
自分で勝手に陛下の言葉を拡大解釈して、自分で勝手に仕事を増やし、今はこうして不本意な残業をする羽目になった。
他の人に手伝ってもらうと言う選択肢がないわけではないけれど、兵站局は通常業務だけでもかなりの仕事量だ。
ただでさえ苦労してもらってるのに、今こここでさらに仕事を増やされてもみんな困るだろう。
「――とは言っても、この量はなぁ」
執務机に堆く積まれた書類の束はやる気を損なわせるに十分な威力を持っている。
でも来週の記念式典までには……いや、その後の手続きや工事のことを考えると、あと三、四日で終わらせなければ間に合わない。
改葬の手続きと遺体搬送の手配、改葬に伴う物資や人員の確保、各部署への通達、式典参加者に対する配慮、出来る限りの儀礼簡略化と式典の式次第の変更などなど。
やることは多い。
これでも、陛下に許可を貰ってだいぶ仕事が減ったのだ。
この上さらに泣き言言ったら、皆に何言われることやら。
「――うしっ」
自分で淹れたクソまずいコーヒーを一気飲みする。
ソフィアさんの淹れるコーヒーって美味しいんだよな。同じ豆なのに何が違うんだ、と心の中でぼやきつつ気合を入れて、一気に書類を片付けようとした。
次は――、
「――次は海葬が基本の海人族の、戦没者墓地建設にあたる儀礼的な対処についてですか。確かに母なる海を神聖視する海人族に陸上に墓地を建てることは反感がありますからね」
「そうなんですよね。まぁ今までの戦死した海人族に対しては慰霊碑でなんとかなりますけれど、これから戦死するだろう海人族へは説明資料なんかを用意しておかないと」
「であれば、やはり『本人や親族の意志を尊重する』ことを明確にしましょう。その上で海人族の族長を説得できれば難しくありません」
「そうですね。じゃあその線で資料を――」
…………うん?
「どうしました、アキラ様?」
「………………なんでソフィアさんがいるんですか?」
ビックリしたわ。自然な流れで会話に参加してきたから普通に応対しちゃったわ。
「何を不思議そうな顔をしているんですか。私だって兵站局の一員なんですからいてもおかしくないでしょう?」
「いやいやいや。だってソフィアさん、今日は当直じゃないでしょう!?」
当直を含めて人員計画表は一ヶ月ごとに俺が作成して、全員に配っている。
だから誰がどの日当直でどの日に有給なのかはみんな知っているはずだ。
ソフィアさんだけが知らないなんてことはない。
「しかしアキラ様。あなたも今日は当直ではありませんよね?」
「いやほら私はアレですから、寝る場所と仕事場が直結ですから」
転移してきた人間である俺は家を持っていない。兵站局執務室の隣にある部屋が俺の住処である。
自分の寝てる傍に溜まっている仕事があると、人間寝られない物である。
ベッドの中に入っても考えることは仕事仕事仕事。あれがこうであれはああで、という感じで寝れない。
しかも大半は自分で増やした仕事だ。寝られるわけがないのだ。
「それに無理して手伝わなくて大丈夫ですよ、ソフィアさん。終わる見込みはついていますし、無理して付き合わなくても。それに迷惑でしょう?」
「はぁ……」
ソフィアさんに思いきり溜め息を吐かれた。
バカなの? 死ぬの? という目である。嫌いじゃない。
「アキラ様、私がいたら迷惑ですか?」
ちょっと涙目で且つ上目遣いでそう聞いてくるのはずるいと思います。
「いやいや、迷惑なんてそんな。むしろソフィアさんに迷惑かけてばかりで……」
「それです!」
え、何が?
「アキラ様。私たちに迷惑だ、というのはやめてください」
「えっ? いやだって迷惑でしょ? こんな勝手に通常業務以外の仕事増やされるなんて」
「それは無論迷惑ですけども」
あ、そこは否定しないんだ……。
まぁ迷惑だよね。ブラック上司の典型である。
それは、そこから始まる誰もが胸が締め付けられるような思いをする過労ストーリーの序章だ。落ちは墓場。
「でもだからと言って、アキラ様ひとりがご無理なさることはありませんよ。私たちにもっと頼っても良いんです」
「……でも迷惑なんでしょ? だったら無理しないで――」
「迷惑です! でも、アキラ様が私たちの知らないところで無理しているのはもっと迷惑です!」
彼女は突如として怒りモードに変化した。
「だいたい、陛下はただの追悼施設を望んでいただけのはずです。それなのに勝手に一人一人に与える墓を作る、しかも通常業務がある中でそんなことをするというのは無茶が過ぎます!」
彼女の、今にも噛み付いてきそうな獰猛な狼の顔に、並の人間でしかない俺は土下座して命乞いをするほかない。
「ひぃ、すみません!」
「謝るくらいなら仕事を減らしてください!」
「は、はい、すぐ片付けます!」
こ、殺される! 食い殺される!
と思ったら、
「――って、あぁ、違った。そうじゃなくて……うぅ、もう……」
なんだかソフィアさんが頭を抱え、耳はピクピク動かし尻尾をブンブン揺らしている。
やっぱり狼と言うより犬だな、と思ったのは内緒。
彼女は頭を抱えて尻尾の代わりに首をブンブンと横に振り、何か意を決したのか俺の傍に来て、
「アキラ様」
そう俺を静かに呼んだあと、ソフィアさんは怒っているのか顔を赤くして顔を近づけてきた。
息がかかるほどの至近距離にまで、彼女は近づく。
「アキラ様、私は――」
ソフィアさんの澄んだ瞳と唇が目の前にある。その光景に、思わず俺は固まってしまい――
「コホン」
という、誰かの咳き込みと共に俺とソフィアさんは我に返って距離を取った。
はい、当直が俺一人と言うわけはありません。執務室には当然他の人もいます。危ない危ない。この咳がなかったらどうなっていたことやら。
「す、すみません……どうかしてました」
「いえ、こちらこそ……」
そして気まずい雰囲気が流れる。
「そ、そういうことでアキラ様。あの、あまり一人で抱え込まないで下さい。困ったときはその、お互い様ですから」
「は、はい。善処します……ソフィアさんも、ちゃんと超過労働時間の申告をしてくださいね」
「アキラ様もですよ」
「いえ、予算がカツカツなのは知ってますし管理職ですから……」
「はぁ……。それでは意味ないじゃないですか」
そして今夜二度目の、大きな溜め息である。




