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アキラ様の話をしましょう

 アキツ・アキラ。


 それが異世界から召喚された救世主、もとい人間の名前。

 黒い髪、黒い瞳。不思議な衣服のそれは、確かに異世界から来たものを思わせるもの。


 しかし異世界から来たとは言え、彼はやはり人間でした。


 無礼な物言い、飄々とした態度。

 真面目なのか不真面目なのかわからない仕事姿勢。

 私のことを最初「犬」と呼んで侮辱するなど、私の知っている人間そのものでした。


 言い出すことは突飛で実現不可能なものばかり。

 ……でも仕事をしていくうちに妙な説得力がついてきて、いつの間にか、私はそれに振り回されていました。


 でも彼は人間です。

 私の家族を殺した人間と同じ種族なのです。


 だから私は彼と距離を置いて仕事をしていました。


 わざと失敗してやろうかと思いましたが、それはこの仕事につかせた陛下に対する侮辱でもあるので、私は逆に、人間に獣人の優秀さを見せつけてやろうと完璧に仕事しました。


 そうすれば、彼の軟な矜持をへし折ることができる。

 そう思った。


 けど、アキラ様はそんなこと気にせず次々と案を出します。


 革新的な案は、誰もが平然と受け入れる案ではありません。

 既得権益は、いつだって改革を遅らせるものです。

 それでもアキラ様は無理を言って案を通すのではなく、最初は話し合いによって決めようとしたのです。


 陛下の威を借りれば、無理矢理通すことは可能だったのに、彼は調整会議を開いてその革新的な改革案を魔王軍各部局に提示しました。


 そして当然、アキラ様は罵倒されます。


 人間ですから。


 彼らは、私と同じく人間を憎んでいます。


 戦友を失くした。

 家族を殺された。

 恋人を目の前で痛めつけられた。


 彼らは、人間に並々ならぬ恨みを持っていました。

 たから彼らの口から出てくる言葉は罵倒。

 私が立場上言えずに胸の中に秘めていた罵倒の言葉を、彼らが代弁してくれました。


 でもなぜか、心は彼らに追従しません。


 私の良心が言うのです。


 間違っているのは、彼らだと。


 私は間近で、アキラ様の仕事ぶりを見ていました。


 真面目じゃなかったかもしれません。

 事務仕事しかできないと言っておきながら事務仕事が私より遅いということも、あるかもしれません。


 でもアキラ様は、真摯に仕事をしていました。


 真面目じゃなくても、彼は仕事に、職責に、真摯に取り組んでいました。

 魔王軍を少しでもよくしたいという強い意思を、私は毎日彼から感じ取っていたのです。


 私はアキラ様のその姿勢に、知らず知らずのうちに感銘を受けて、人間に対する恨みを、彼にぶつけなくなりました。


 それどころか、罵倒を繰り返す各部局長らに反論して、アキラ様を擁護したのです。


「私たち兵站局は、陛下からの勅命によって創設された部局であり、この会議は陛下より直々に出席を言い渡されました。その点に対しなにか異議があるのであれば、後日改めてヘル・アーチェ陛下に言上されるが良いかと思います」


 今思えば、かなり勇気のいる行動だったと思います。


 しかしアキラ様の努力虚しく、会議は平行線のままに終わりました。




 後日のこと。

 私はずっと気になっていたことを聞きました。


「……ひとつ、良いですか?」

「なんでしょう?」

「アキラ様がそのような努力をして、もしその努力が実ったとしたら、あなたは同族である人類を間接的ながら殺した重罪人ということになります。そのことに関して、罪悪感はないのですか?」


 気になっていたのです。


 私が人間を憎んでいたように、アキラ様も魔族に対しては良い思いをしていないはずです。

 面と向かって罵倒なんてしょっちゅうです。


 そんな魔族に義理立てする意味なんてないのではないか。


 そして戦線の向こう側では、彼と同じ人間たちが住まう国があります。

 そちらへ行った方がまだいいのではないかと。

 アキラ様は並々ならぬ発想力と改革案を出す方、人類軍に行っても職には困らないだろう、と。


「……難しい質問ですね」


 彼は人間です。

 そして、既に間接的に同族を殺した重罪人でもあります。

 改革が成功すれば、もっと死体は増えるでしょう。


 しかしアキラ様は、難しいと言いながらすぐに結論を出しました。


「たぶんこれが人魔逆転していても、俺は罪悪感を覚えたかもしれませんね。人殺しですから。……でもそれ以上に、ソフィアさんや、レオナ、なにより魔王陛下が人類軍に蹂躙され、殺されるところを見たくないのですよ」


 その言葉を聞いて、私は思ったのです。


 あぁ、彼は同じなのだと。


 私たちと同じなのだと。

 私は、これ以上大切な人を失いたくなくて、必死に努力していたから。


 だから彼の言葉が、よくわかりました。


「本当は前線に立って守りたいんですけれどね、男としては」


 いいえ。

 女の私でも、よくわかります。痛いほどに、よくわかります。


「アキラ様。補佐として、秘書として、貴方様に全力で協力いたします」


 この時初めて私は、アキラ様を認識したのだと思います。


 人間のアキツ・アキラではなく、魔王軍のアキツ・アキラ様を見たのです。


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