間話 ある男の話をしましょう
それは「オーケストラ作戦」が承認される数ヶ月前のこと。
連合王国軍兵器開発局が、ある兵器を生み出した。
この世に生み出してはいけない兵器を、作り上げてしまった。
人類の科学力、あるいは化学力を結集して作り上げた新兵器。
「我が兵器開発局が作り上げた、砲兵隊向けの特殊弾頭がこちらです」
白衣の男が自信満々に、声高に、背広の男に説明する。
「……これで、悲願を達成できるかね?」
「運用次第でしょう。この特殊弾は、まさに使いどころが肝心です」
特殊弾、と彼らは名付けた。
だがここに秋津アキラがいれば、別の名を与えたに違いない。
「ガス砲弾」
あるいは「化学兵器」と。
「この特殊弾には二つの薬品が別々に内蔵されています。信管が作動すると同時に薬品が混淆、反応して、生命体に対して毒となるガスを発生させます」
「生命体に対して毒となる、というが、奴らに……いや、奴に効くのか」
魔王に。
あのバケモノに。
背広の男は尋ねる。元軍人で、右腕のない背広の男はそう尋ねる。
「正直に言えば、あの生命体を凌駕したバケモノに効くかは半々といったところ……。しかし捕虜で実験したところ、効果はありました。彼奴らが使う『特殊な治癒方法』をもってしても治せないものですから……試してみる価値は、十分あるかと」
笑みを浮かべて、白衣の男は説明する。
捕虜を実験対象とするなど非人道的であり、化学兵器の使用など正気の沙汰ではない。人類同士の戦いであれば批判を免れないだろう。
だが、人類は魔族や亜人を人間だとは思っていない。
せいぜいが、マウスや犬猫に対する動物実験程度としか思っていない。だからこの特殊弾の使用も、人類軍は殺虫・殺鼠剤くらいにしか思ってないかもしれない。
戦争は常に理性と狂気の間にある。
だが彼らが狂気の中にいるのかは、誰にもわからない。
「前線部隊の報告によれば、魔王とやらが使う『非科学的防御隔壁』は全面防御ではないらしい。その隔壁を展開して対魔像砲や野砲の攻撃を受けても、奴らは爆風の影響を少なからず受けていたという。恐らく全面に展開すれば酸素欠乏に陥るからと考えている」
白衣の男は、度のキツイ眼鏡の縁を上げながら説明する。
彼の言う「非科学的防御隔壁」とは、一部の魔族が使用する防御魔術「マジック・シールド」のことである。
術者によってその防御力は変動するが、魔王親衛隊は野砲の直撃をも防ぐ術式を展開できる。
しかしその一方で、白衣の男が指摘する通りの欠点も持ち合わせていた。
「あるいは空気のみが隔壁を通るかもしれないが――いずれにせよ、この特殊弾でガスをぶちまけてしまえば従来の『非科学的防御隔壁』では受け止められない……。二〇三ミリ艦載砲の徹甲弾直撃をも耐え得る奴らの隔壁だが、特殊弾を使えば紙にも等しいでしょう」
白衣の男は説明を続ける。
特殊弾の中身は化学薬品。
人類には猛毒、魔族にも猛毒。
皮膚に触れれば炎症を起こし、煙を吸えば喉や肺を焼き、胃を焼き、吐血、嘔吐、失禁、痙攣、縮瞳、呼吸困難などの症状を出した後、絶望の際に立って死に至る。
直撃を受ければ、それらの過程を無視して即死する。
誰もが嫌がる死に方を提供する兵器が、特殊弾だった。
「……そうか」
背広の男は、感想らしい感想を漏らさなかった。
その代わり口に出すのは、さらなる要求。
砲兵隊向けの砲弾だけではなく、対魔像砲や迫撃砲などのあらゆる砲でも運用可能なように種類を作って欲しいという内容だった。
それがあれば、戦術の幅が増えるからだ。
開発局長である白衣の男が「お安い御用だ」と即答すると、早杖なしでは生活できない背広の男は、答えの代わりにひとことだけ呟いた。
「……これで、彼らの魂は救われるだろうか」
その言葉は誰にも届かなかった。
彼らの信じる神だけにその言葉が届いたかどうかも怪しい。
だが彼は神が定めた道を外れることを決意する。
背広の男は兵器開発局から出て、連合王国軍参謀部へと向かった。彼にはやるべきことがある。
胸ポケットに仕舞った写真に手を当てながら、彼は神ではなく、かつての友に誓う。
魔王討伐のための一大攻勢作戦である「オーケストラ作戦」が連合王国軍参謀部によって作成されたのは、その一週間後のことだった。




