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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
1-3.全ては魔王のために
32/216

二年目突入です

 早いもので、俺が召喚されてから一年が経った。


 兵站局は今や魔王軍の中でもかなり大きな組織である。

 兵站に関しては文書主義が浸透し、文書管理も(割と)スムーズに行くようになった。

 

 経理部門も人事局から完全に切り離され、輸送隊が新しい拠点に移った事を機に輸送隊倉庫の管理権限を完全に兵站局に移行した。


 陛下に提言した戦時医療体制の構築はまだその途上だけども、後方支援部隊として「魔王軍戦時医療局」が新たに設立。

 ちなみに局長は治癒魔術を得意とする天子族のイケメンである。


 特に意味はないが殴りたい。

 イケメンを全員殴れば顔が変形してイケメンではなくなり評価が下がり相対的に俺がイケメンになるから殴りたいとか全然、本当に全然思ってないけど殴りたい。


 なお、その天子族のイケメン、リドワン・ガブリエル戦時医療局長の才についてだけど……彼が兵站局に、戦時医療局の設立挨拶に来た時、こんなことを言っていた。


「『戦時医療局』は戦時医療に限定せず、市井医療の改革と発展を推進していきたいですね。具体的には医学や治癒魔術の研究を推進し、知識を分け与える魔王軍医薬科学校を設立すること。医科、薬科、看護科を設けますが、一方で市井での医病院開業も推進します。また魔王軍で推し進めようとしている医療体制改革のノウハウを民間にも開放する予定です」


 と。


 魔王軍戦時医療局の設立提言をした俺の目の前で、あえてそのような事を言ったのは自分を信用に足る人物であると宣伝するためなのだろう。


 実際、信用はできた。

 能力の高さと人柄の良さをバッチリ売り込まれてしまったわけだ。


 ちなみに戦時医療局は兵站局の近くにあるので、何かと顔を合わせることが多い。戦時医療局の兵站管理を兵站局が行っているため、あちらとの調整会議が多く割と便利。


 ともあれ、こうして変貌していく魔王軍の様子を見るのはなかなか楽しい。


 無論、順風満帆なわけはないのだけれど。



「補給の責任者は誰だァ!」


 ある日のこと――と言っても毎日のようにあるのだが――魔王軍陸戦部隊の士官が兵站局の執務室に怒鳴り込んできた。


「私ですが」

「貴様、人間か!」

「はい。それが何か」

「だと思ったわ! この程度の仕事もできんとは人間がやりそうなことだな!」


 現状、魔王軍唯一の人間であるためこの手のいちゃもんはもう慣れた。

 一年もやってると神経が図太くなる。


「人間、これはなんだ!」


 と言いながら士官が懐からジャラジャラと出したのは、赤色の石である。

 言うまでもなく紅魔石系の魔石であることは間違いないのだが、問題は数種類ある紅魔石の内のどれか、という点。


 魔像魔石削減計画はまだ途上だ。

 というのは、魔石や魔像の生産の種類を絞っているだけで、現在ある魔像の廃棄までは予定していないから。

 これは現場ではどんな役立たず兵器でも使える物はとことんこき使いたいからである。

 まぁ、そのおかげで倉庫にある魔石の在庫を一掃することができるのだが、問題はやはり多種多様で見分けのつきにくいということである。


 兵站局長として、ここは間違えられない。


「……純粋紅魔石、ですか?」

「そうだ。純粋紅魔石だ!」


 よかった、あってた。


 暖を取るための燃料として紅魔石を頼んだのに純粋紅魔石が届き、保有魔力量が多すぎて暖炉が爆発すると言う恐ろしい話が冬になると頻発していたのだ。


 今回もその手の手合いだと思ったのだが……、


「改良鐡甲魔像Ⅳ型用の純粋翠魔石を寄越せって言ったのに、なんで純粋紅魔石が届くんだよ! 色全然違うだろ!?」

「……すみません」


 赤と緑を間違えると言う、見分けがつきにくい以前の問題だった。


 一応、色覚異常の検査はしているため重度の色覚異常者に魔石の選別作業など、色を使う仕事はさせていない。

 というのはレオナが先日言ったように、魔力量の高い翠魔石を、容量の少ない紅魔石系の魔像に使用すると最悪爆発する危険があるからだ。


 だから赤と緑を間違えると言うミスはあってはならない。


 とは言っても、兵站局設立からまだ一年、魔像魔石削減計画発動から数ヶ月なためミスは出るのは仕方ない。

 恐らく書類上の不備か疲労や訓練不足による選別ミスが原因だろうと思う。


 とりあえず、


「このような事が今後起きないよう局員に対する指導を徹底し再発防止のための施策を実施すると伴に、異なった魔石が届いた時の対処法を各部署に通達致します。この度はご迷惑をかけ大変申し訳ありませんでした」


 という、現代日本で週に一回は聞く台詞と共に腰を曲げると、相手の矜持が保たれて大抵はなんとかなる。

 俺も今更こんなんで傷つく矜持を持ってはいないので最も穏便な方法だ。


 当然例外もある。


「あぁ!? 謝ってどうにかなるもんじゃないだろうが! この落とし前どうするつもりなんだ!」


 額に血管を浮かばせながらガン飛ばしてくるおっちゃん。怖いっちゃ怖いけど毎日経験するとむしろ微笑ましい光景にも見える。


 嘘です。凄い怖いです。足ガクガクです。


 このように穏便に行かなかった場合は――、


「うっせぇぞこのクズが! オレにもう一回言ってみろよ、陛下に頼るしか能のない陸軍の給料泥棒が!」

「んだと、このガキィ!」

「誰がガキだ、この無能!」


 ハーフリングで渉外担当でオレっ子ロリでついでに喧嘩っ早い上に喧嘩に強いユリエさんが思い切り相手の股間を蹴りあげたのちドヤ顔で中指を立てるのである。しかも両手で!

 そして痛みに耐えられず悶絶する士官をご近所さんの戦時医療局所属の局員が医務室に運ぶまでがテンプレ。


 相手が階級上でもお構いなし。たぶん元帥相手にも同じことをやるだろう。

 当たり前だがやっちゃいけないことだ。


「ユリエさーん、今日は自室で謹慎しといてくださーい」


 と、形だけの罰を与えてはいる。まぁ、個人的にはありがたいことをしているので本当に形だけだ。

 ユリエさんもそれを理解しているので、


「休暇どーも! お先失礼しまーす!」


 と堂々と言う。

 ……もしかしてユリエさん、喧嘩すればするほど休みが貰える制度が実在すると勘違いしているんじゃなかろうか。


 しかしバカみたいに喧嘩に強いハーフリングの子供(子供じゃないけど)がいるということで、最近は堂々と兵站局に喧嘩を売る奴はいなくなった。

 そのために徐々にユリエさんの休暇は減り、それと反比例して彼女がぶーぶー言う回数が増えた。


 だから休暇じゃねぇっつうのに。


「うぅ……すみません、局長様……。わ、私の管理が行き届かなかったばかりに……」


 謹慎するユリエさんと入れ替わりにやってきたのは、兵站局管理担当のリイナさん。

 輸送隊倉庫の管理を任せているので、今回のミスは確かに彼女のミスでもある。しかし先述の様に組織設立から日が経ってないことも確かだ。


「気にする必要はない……わけないんですが、そこまで塞ぎ込むことはないでしょう。徐々にミスを減らしていけば問題ないです」

「ご、ごめんなさい……」


 すぐに謝るなんてリイナさんも日本人の才能あるんじゃなかろうか。


「謝る必要性はないですって。それよりも、今後の対策を検討しておいてください」

「は、はい!」


 個人のミスは組織で減らす。

 個人のミスを追及してその責任を問うだけではいつまでも改善しないものだ。個人のミスは個人の責任ではなく連帯責任である。


 ……。


 そんなことより、謝罪の為とは言えリイナさんの方から俺に話しかけてくるなんて数ヶ月前まではなかったよね。

 やっと、やーっと慣れてくれたのだろうか。レオナの言う通り、やはり放置して正解だったかな?


「コホン」

「ひぃ!?」


 隣から聞こえる咳。

 読心術の使い手、ソフィアさんである。


 どんな意図があっての咳かは知らないが、話題の方向転換をした方がいいのは明らかである。

 そして空気の読めるエルフこと経理担当のエリさんがメガネを光らせながら、


「にしても魔王軍戦闘部隊というのは、どうしてあんなに態度が大きいんでしょうねぇ……。なんら戦果を挙げていない役立たずの集まりですのに」


 などと危ない事を言う。敵を増やす発言はやめたまえ。


「まぁ、兵站が滞って戦闘に支障が出る……というより出ているのが嫌なんでしょう。予算も無限にあるわけじゃないのに、兵站局や戦時医療局が新設されてさらに少ないパイの奪い合い。そらネチネチ言いたくもなりますよ」


 どこの国でも陸海空軍の対立というのは少なからずある。

 魔王軍の場合は、通常の戦闘部隊と我ら兵站局、さらには指揮系統が独立して存在する親衛隊とも垣根がある。


 魔王親衛連隊あるいは単に「親衛隊」は、元々は魔王ヘル・アーチェ陛下の護衛部隊である。


 だが魔王陛下自身が規格外の強さを持っているために近年では護衛隊ではなく、陛下と共に行動し、人類軍が突破した戦線の穴埋めを担当する精鋭の緊急展開部隊である。


 ぶっちゃけて言えば、魔王軍は彼らの為に戦線の維持と時間稼ぎをしている。


 魔王軍は海上優勢も取れていないし、航空優勢も当然取れていない。


 それでも魔王軍が壊滅していないのは、彼ら魔王陛下直属の魔王親衛連隊の力があってこそである。

 彼らこそ真の魔王軍と言っても過言ではない。

 しかしそれでも穴を塞ぐのが精一杯で、人類軍はじわじわと戦線を押し上げているのだが。


 ……益々魔王軍戦闘部隊の立つ瀬がない。


「そう言えばよー。親衛隊の奴ら、この前酒場で戦闘部隊のことを堂々と批判してたぜ。そんで居合わせて戦闘部隊の連中と殴り合いの喧嘩になってた」


 と、証言するのは自室謹慎の準備のために部下に仕事を押し付け始めるユリエさん。

 謹慎から復帰したら彼女の仕事増やして部下の分を減らしてやろうか。


「魔族ってのはみんな喧嘩早いんですか?」

「リイナの顔見てみろよ」

「個性ってすごいですね」

「せめて顔見て判断してやれ」


 いや、見るまでもない事だよ。まぁ不必要にいじるのはやめておくとして。


「親衛隊はなー。こっちもこっちで嫌な思いしてるからなぁ……」

「そうなのか? 陛下は優しいぜ?」

「そうですけど、魔王陛下が誰もが認める人格者だからと言って、部下がそうだとは限らないでしょう?」

「いや、まぁ……そうだな」

「そう言えばこの前、兵站局で管理している物資の一部を貸せとかなんとか言ってましたね」

 と、ソフィアさん。

「え? そうなんですか? 聞いてないんですけど」

「報告すべき事案ではないと判断しました。兵站局と親衛隊とでは命令系統が別なので責任者を通してから然るべき文書にて正式に要請してくださいと断りましたので」

「縦割り対応ありがとうございます」


 あゝ無常。

 広がる軋轢は魔王軍にとって災厄となるだろう。でも親衛隊の横柄な態度は腹が立つので聞かなかったことにしよう。


「で、その件についてなのかは知りませんがアキラ様、魔王親衛連隊のダウニッシュ様が面会を要請しています」

「はい!?」


 ちょっと待って、縦割り対応で追い出した魔王親衛隊が面会ってどういうことだよ!

 確実に出入りじゃん! 殺されるんじゃないか俺!


「……補給の要請なら文書を通してくださいよ」


 とりあえずソフィアさんと同じ要領で逃げてみるが。


「補給の要請ではないのでしょう。どうしますか?」


 逃げられなかった。

 ……補給の要請ではないのだとしたら、全く無関係の話かもしれない。

 それに親衛隊とはいつかは話し合いをしなければならないのだ。いい機会だと思おうか。


 あぁ、胃が痛い。


「ダウニッシュさんというのは、どういう方なんです?」

「親衛隊に所属するエルフの士官ですね。いわゆる『大魔術師』です」

「ほほう」


 ということは、かなりの大物。

 しかもエルフの大魔術師と言えば、120トンの物資を収納できる収納魔術を使える人物ということでもある。


 なかなか興味がある。

 こんな機会でなければそんな奴と会うことはできない。


「いいでしょう、会いますよ。いつですか?」

1万pt突破しました。読者の皆様、本当にありがとうございます。



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