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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
1-3.全ては魔王のために
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人間の話をしましょう

 お母さんに、何かあったのかな?

 お父さんがいるから、大丈夫だよね?

 エレナは、おばさんのところでちゃんと大人しく待ってるよね?


 私はそう思いながら、来た道を戻ります。


 必死に走りながら目の前を見れば、そこにあるのはオレンジ色の光。でも太陽の光は、私の後ろから射しています。


 数時間かけて歩いた道を、数時間かけて走って戻りました。


 すっかり夜となり、明かりは燃え盛る炎だけになります。


「…………なに、これ?」


 明かりは、村にあるほとんどの家についている炎だけになります。


 私の家が、焼けています。

 カニアおばさんの家も、当然燃えています。

 村長の家は、火が消えて既に黒ずんでいます。


 私の目に映ったのは、黒と、赤と、


「い……いや……あぁ……」


 たくさんの、死体。


 死体。


 死体。


 私の家の近くには、母と父が折り重なるように転がっていました。


 カニアおばさんの家の近くには、カニアおばさんが火に包まれていました。

 そしてエレナは――、


『おい、見ろよこれ。まだ子供だぜ!』

『勿体なかったな。ペットとして高値で売れただろうに』

『売るよりも息子の誕生日プレゼントにしたかったな。でも、死体だけでも価値があるんじゃあねーか? そういう変な物好きはいるし、これ見たところ、五歳くらいだろう?』

『犬っころの年齢なんてわかるかよ。にしても本当に頭から耳が生えてんのな。気持ちわりぃ』


 当時の私には何を喋っているかわからない――でも今の私には何を喋っていたかわかるけど、理解できない――ことを喋る「人間」がいました。


 人間は、体中から血を流し、白目を剥いて脱力している死体を持ち上げていました。

 母と同じ髪色で、父から貰った髪留めをして、私と顔がそっくりな死体を。


 それは、妹のエレナでした。


「エレ――」


 妹の名前叫ぼうとして、でもできなかった。

 突然背後から蹴飛ばされて、倒されたのです。起き上がろうとしても、背中を踏まれては何もできませんでした。


「がっ――あぁ――」

『生き残りはっけーん』


 肺から息が漏れて、まともに呼吸の出来ない私を無視して何かを話す男の声。

 こんな光景を前に、何が楽しくてそんな笑い声を出すのでしょう。


『隊長、どうしまし――って、それ』

『今日はついてるぜ。こんな辺鄙なところに村があって食い物もある! それに見ろよこれ、メスだぜ!』

『隊長って犬にも欲情するんですか?』

『さすがに動物に欲情しねぇけどよ。このキモい耳と尻尾切り落とせばまぁ、人間には見えるだろうよ。子供だから魔術とやらで抵抗されないしな』

『なるほど! 頭いいですね!』

『だろう? って、お前らいつまでそんな汚いもん持ってるんだ?』

『あぁ、すんません。すぐ処分しますんで』


 瞬間、エレナの身体が地面に落ちます。そしてエレナはピクリとも動かなかった。


「……エレナ」


 やっと出た声は、私を踏みつける男の耳には届いてなかったのか、あるいは聞こえても理解できなかったのか、何もしませんでした。


 エレナを放り投げた男たちは村を物色し、私を踏みつける男はそのまま煙草を吸います。灰が私の顔や背中に落ちますが、痛みも何も感じませんでした。


「お母さん……お父さん……エレナ…………」


 あるのは、絶望でした。

 これから私は死よりも恐ろしい体験をするのだと、子供ながらに考えていたのです。


『隊長、他には生き残りはいないようです』

『わかった。んじゃずらかるぞー』


 その会話の後、私は背中の重みから解放されると共に、髪の毛を掴まれて持ち上げられました。

 もう、痛みも感じませんでした。


『隊長、それ本当に持って帰るんで?』

『俺は貧乏性でな。おい、誰か拘束用の縄あるか?』

『軍用犬用の首輪ならありますぜ?』

『ハハハ、いいじゃないか。犬にはピッタリだ!』


 何が楽しいのか、何がそんなに面白いのか。


 焼けた屍肉の臭いがするこの村で、いったい何を面白がっているのでしょう。

 こんな狂気の世界、夢であってほしかった。でも肌に感じる炎の熱は、確実にそれが現実であると知らせてきました。


 夢じゃないなら、誰か助けて。


「誰か……誰か、助けて……!」


 誰にも届かないとわかっていても、そう言うしかできなかった。


 人間たちの手が私の首にかかりかけた、その時、


「ガァッ……」


 私をついさっきまで踏みつけていた男が倒れました。背中に、大きな穴が開けて。


「えっ……?」


 私は困惑します。一体何が、と。

 ですが困惑の度合いは、私より人間たちの方がずっと大きく、


『な、なんだ!?』

『まさか、このガキが……!』


 人間たちが狼狽え、彼らは杖のような武器を構えました。


 ですがその行動は無駄に終わります。

 次の瞬間、彼らは大量の出血と共に地面に斃れます。悲鳴を挙げる暇もなく、彼らは胸に大穴を開けて息絶えたのですから。


 助かった、とは思いませんでした。

 次は私だ、とは思いませんでした。


 ただ、何もせずに呆けていました。

 何もできずに、呆けていました。


 数分して、私に話しかけてくる女性の声がしました。


「――大丈夫かい、お嬢ちゃん。遅れてすまない、助けに来たよ」


 その女性は父より背が高く、頭から禍々しい角を生やし、鮮血の色の長い髪を持つ美しい女性でした。彼女は何人かを付き従えており、すぐに周辺の探索を命じました。


「……だれ?」

「名を訪ねるときは、まずは自分から名乗るものだよ」


 大仰に、凛とした声で話す様は、妙に偉そうでしたが不思議と嫌悪感は抱きませんでした。


「……私は、ソフィア、です」

「ソフィアか。いい名だな。私の名前はヘル・アーチェだ。よろしくな」


 ヘル・アーチェ。

 子供の私でも知っている名前。


 人類が恐れ、魔族が畏れる存在。魔王、ヘル・アーチェ。


 それが今、私の前にいる。


「魔王……陛下……?」

「よく、そう呼ばれるよ」


 魔王の存在は、子供の私でも知っている。

 魔王は、世に普くすべての魔術を使える存在であると。だから私は、叫んだ。


「陛下! エレナを、エレナを助けて!」


 必死に叫んだ。

 必死に、妹の名を叫んだ。母ではなく、父ではなく、まず妹の名を叫んだ。


 お姉ちゃんだから。

 お姉ちゃんは妹を助けなくちゃいけないから。


 私は近くにあった妹の身体を抱き寄せて、妹の名を叫びました。エレナ、エレナ、と。


「エレナ、起きて! お土産、欲しいんでしょ!? あんなにせがんだじゃない。なら起きて! 起きないとあげないから、起きないと、お土産見せられないから……!」


 エレナの目は、物理的には開いていました。

 でもエレナの目は私も、世界も何も見えていないのだとわかります。だけど私は、必死に叫びます。


「陛下、エレナを助けて! 陛下なら使えるでしょ! お父さんが言ってた。魔王陛下はなんでもできるって。だから陛下、エレナを……」


 妹を、助けて。


 そう続く言葉を放つことはできませんでした。

 陛下が私の肩に手を置き、妹の瞼を閉じさせた後、母の様に優しく言ったのです。


「……ゆっくり、眠らせてあげなさい」


 その言葉を聞いて、私は、目から溢れ出るそれを止めることはできなかった。

 エレナは死んだのだと、理解したから。




---




 お母さん、お父さん、エレナ、カニアおばさん、そして村に住む私の友達、親戚、みんなのお墓を、私は作りました。

 体中泥まみれになって、体中煤まみれになって、体中悲しみにまみれながら……私はひたすら穴を掘りました。


 村にあった家は全て焼け落ちて、残ったのは、私と、お墓だけ。


「陛下。周辺地域に異常なし。人類軍はアッシュ峠まで後退した模様です」

「わかった。思念波で全隊に連絡しろ。撤収だ」

「了解しました」


 陛下と、陛下の部下が何かのやり取りをする間、私は家族の墓の前で座り込んでいた。

 何もかも失った。生きる気力でさえ、私は失ったのだ。


「ソフィアくん。これからどうするのだ?」

「……」


 どうもこうもありませんでした。

 死にたかった。生きる希望も気力も、生きる場所もない。

 死ねば、妹や家族に会えるかもしれない。だから、死にたかった。でも、そう言えなかった。


「アテがないなら、私と一緒に来い」


 その言葉を、拒否する気力もありませんでした。




 陛下に誘われて、私は生まれて初めて魔都グロース・シュタットにやってきました。


 初めて見る大都会に心を奪われる……余裕があるはずもなく、私は陛下の下で暮らします。

 時間が解決してくれるのを待つしかない、という陛下の方針で、私は侍女見習いとして魔王城で働きました。


 慣れないメイド服を着て、慣れない仕事をして、夜になれば家族のことを思い出して泣いて、陛下と共に暮らして、自分の身を守るため、陛下の身を守るために魔術を習い、そんなことを繰り返して、私は徐々に回復していきました。


 陛下には、感謝の言葉だけでは足りません。




 それから何年も経ったある日のこと。

 陛下に呼ばれたのです。


「陛下、如何なさいましたか?」

「あぁ、ソフィアくん。今日、召喚の儀を行ったのは知っているね?」


 魔王軍を救うために異世界から救世主を召喚するための儀式。

 陛下が私に出会うずっと前から描いた魔術陣を使う儀式が、今日行われていたのです。


 そして召喚された者の世話や補助を、私が行うことも事前に決定していました。

 私はもう少し陛下のお世話をしたかったけれど、私以上に救世主殿の補助を勤めることのできる者はいない、そういう理由で。


 陛下のお言葉とあれば、私はその要請を受け入れました。


「はい。それで、結果は……?」

「半分成功、と言ったところかな。召喚には成功したが、救世主ではなかった」

「では、誰が来たのです?」


 私がそう聞くと、陛下は少し躊躇って、それを話しました。




「異世界に住む、人間だよ」


ロリソフィアちゃんを連れ去りたい(真顔)

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