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お医者様は肉屋さんではありません

 見切り発車で始まった感のある兵站局だけど、日を追うごとに組織としての体裁が整ってきたように思う。


 兵站局局長:秋津アキラ。つまり俺。全体の統括。

 局長秘書:ソフィア・ヴォルフ。俺の補佐が仕事。

 経理担当:エリ・デ・リーデル。給与の計算と支給、物資購入の支払いなど。

 渉外担当:ユリエ。軍外部からの物資調達や建設用地確保など。

 そして新しい輸送隊倉庫の管理担当としてリイナさんを抜擢する予定。資料の保管よりもやりがいあっていいと思います。


 その他、輸送を担当する輸送隊が存在し、輸送総隊司令官はもはやお馴染みとなったウルコさんである。


 兵站局としてあと必要な後方部隊と言えば、生産、修理、施設、広報、法務、福利厚生、教育、医療衛生……まだ色々あるだろうなぁ。

 魔王軍兵站局はまだまだ未整備ということだ。先が思いやられる。


 一応、輸送、人事、開発、情報、憲兵などの業務は元から魔王軍には備わっていたし、前線部隊には製パン部隊や屠殺部隊がいたから、そこは今手を付けなくていいかな。


 生産に関しては民間に任せて、交渉はユリエさんになんとかさせる。

 魔像の修理は……どうなってんのかな。今まで魔像は運用してたけど、あの開発状況を見るにあまり信用できなさそうだ。


 今度前線視察か何かで確認する必要がある。大戦レベルの戦場の最前線とか行きたくないけど、いつまでも机の前というわけにはいかない。でも誰かに変わってほしいわ……。


 次、施設建設。

 大規模な基地建設なら、民間のギルドや商会に発注ができるからユリエさんに任せる。

 実際、輸送隊倉庫の移転工事はその方式でやったのだ。前線の防御陣地構築なんかは工兵の仕事だからたぶん問題なし。


 広報と法務は専門外だから全然わかんねぇ。広報は空飛ぶ某ドラマ以上の知識はないし、会社の法務部なんて何やってるかわかんない場所だったし。

 専門家に任せる。たぶんどっかにいるだろう。


 福利厚生。

 後方部隊は割と恵まれてる方だけど前線部隊に至っては不明だな。下手に兵を休ませると士気が下がるとか言いそうな無能熱血軍人がいたら目も当てられない。

 でもこれはどちらかと言えば人事局の管轄だから俺が心配するのも筋違いかな。


 教育。

 士官学校とか兵学校とか各兵科学校とかのこと。これも兵站局の仕事なのだろうか。一応は後方部門だけれど……でも識字率の問題もあったことを見ると、まずは国家という枠組みでの教育から手を付けないとな。


 で、最後に医療衛生。

 ……ファンタジーだから治癒魔術とかあるのかな。死者蘇生とか。


「ソフィアさん、魔王軍の医療衛生はどんな体制なんです?」

「…………?」


 え、なにその「イリョウエイセイって何ですか」みたいな顔。


「イリョウエイセイって何ですか?」


 おっけー。魔王軍は中世だったな。そうだったな。誰かナイチンゲール呼んでこい。


 ソフィアさん曰く、死者蘇生の魔術はあるにはあるが、魔術的難易度が高いのと「禁忌」とされている魔術であるため、魔王陛下にも使えないのだそうだ。


 つまり大前提として死んだら死ぬ。生き返ることはない。人間と同じ。


 次に戦傷者の扱いだが……かなり悲惨だ。


 まず治癒魔術は怪我を直すことしかできず、病気や疾患は一部を除いて治癒魔術では治せない。そして怪我を治すにしても種類がいくつかあるそうだ。


「治癒魔術も表面の傷を癒すだけの魔術から、複雑な怪我を治す魔術まで様々です。そして当たり前ですが、複雑な怪我を治す魔術は難易度が高く、専門的です」

「覚えてる人は少ないんですか?」

「そうですね。多くはありません。凄く少ないわけでもないですが……、現状では足りない状況です。陛下はこの状況を何とかしようと専門の学校を作ったので以前よりはマシになったのですが」

「それでも『マシ』なんですね」

「はい。なにせ種族によって体の構造が違うため、当然治療の仕方を変えなければなりませんし、怪我の種類によってもまた治療方法が変わります。そのような専門的な知識を持つ高度治癒魔術師は全軍で百人程度しかいません」

「あぁ……そうですよね。羽根が生えてる種族もいれば角が生えてる種族もいますからね……にしても百人しかいないとは悲惨だ」

「そうですね。それに手間取ってしまって治療が間に合わない場合、ケガをした腕や足をその場で切断することを『治療』と呼ぶ羽目になります」

「うへぇ……」


 聞かなきゃよかった。

 なんというか、おおよそ文明人がやるようなことではない。もう病院ではなく肉屋と言った方がいいレベルだ。


「簡易な治癒魔術なら簡単に覚えられるんですよね?」

「まぁ、比較的、という接頭語がつきますね」


 うーん。「比較的」容易か。


 ソフィアさんの言葉を聞く限り、医療や衛生に対してはかなり現場任せというように思える。


 となると医療体制についてもそれなりに改革が必要だ。つまりやることはナイチンゲールのような近代的戦時医療体制の構築である。

 現代日本風に言うのなら、災害医療。


「これはザックリとした概案ですが……負傷者の治療に関して三段階に分けましょう」

「三段階?」


 まずは前線での治療。比較的軽傷な兵を、簡易的な治癒魔術による治癒を行う。


 言わば「トリアージ」と呼ばれる手法だ。

 医学的な優先順位を付けて、患者を治療する。社会的地位や種族に関係なく行うが、軍事的な優先順位はつける。

 将軍とか参謀とか精鋭の兵は一般兵より優先するのは当然だ。


「軽傷の兵はそのまま戦線に復帰させ、できない兵に関しては後送します。無論重傷の兵も同じです。この時、第一段階においてやることは『ともかく兵の数をできるだけ維持すること』に主眼を置きます」


 純軍事的な必要性である。

 前線に置いては手のかかる重傷の兵を治すことのできる軍医よりも、戦うことのできる軽傷の兵をパパッと治せる衛生兵を必要としている。

 必要とあれば前線の少し後ろに野戦病院を設置すればいい。だがそれでも、重傷者は後回しだ。


「重傷者を見捨てる、ということですか」

「悪い言い方をすればそうですが……でも人類軍が攻勢を仕掛ければ治癒魔術師の数よりも負傷者の数の方が超えることは容易に想像できます。そんな中ではどうやって合理的に、効率的に、より多くの兵を救えるかが問題となるのですよ。それに、治癒魔術って何百回やっても問題ないような魔術なんですか?」

「……いえ。魔力切れの問題があります。備品にも限りはあるでしょう」

「なら、限りあるリソースをどう使うかが鍵です。全ての傷病兵に対してあらゆる治療を施すだけの余裕は戦場にはありません」

「はい」


 ソフィアさんは理屈では納得したようだが、眉間に皺を寄せていた。


 日本でもそうだったが、トリアージはかなり心理的にきつい。選別する方もされる方も。それは効率的に命を見捨てる行為でもあるのだ。


 何か大きな災害が起きる度これが問題になる。


「勿論、重傷患者に何も処置を施さないわけでもないですよ。『とりあえず死なないように必要最低限の処置』をした後に、後方の病院――面倒なのでそのまま『後方病院』と言いますが――に運びます」

「そこで重傷者の治療を?」

「可能であれば、ですね。まずは野戦病院で治療し切れなかった軽傷の兵を治療させ、前線から外すか前線に戻すかを判断します。重傷者に対してはどうせ前線から外されるでしょうが、治療を施します。ただし、完治は恐らく無理でしょう」

「……無理ですか?」

「えぇ。どういう怪我かによるでしょうけど」


 野戦病院は戦線にひとつ用意して簡易的な治癒魔術による『救命』を行う。


 それに対して後方病院は、いくつかの戦線から集めた患者を収容し『治療』する病院だ。

 当然規模は大きくなるし設備も整うだろうが、各戦線から戦傷者が送られてくるため数も膨大となる。それを捌き切れるかと言えば微妙だ。


 勿論、ナイチンゲールに倣って野戦病院や後方病院は衛生に気を使わなければならない。でも、戦場だと色々限界はある。


「ただでさえ専門的な知識を持つ治癒魔術師がいない中で戦争をしているのならば、絶対的な医療リソースが足りません。後方病院での治療も望めないような重傷者は更に後送して本格的な『総合病院』に収容しますが……今の魔王軍ではここまで来るまで傷を負ってから十日は経っているでしょうね」

「……そして重傷者は十日生き残るかわからない、ですか?」

「そうです。ですから後方病院では、あるいは野戦病院の段階で、『数日以内に回復の見込みが立たない戦傷者に対しては治療を放棄する』という判断をしなければならないでしょう」


 これでも今の戦時医療体制よりマシなのだから戦争というものは悲惨である。


「…………戦争なんてするものではありませんね」


 まったくもって正論だ。あぁだこうだ理屈をこねる人はいるが、戦争なんてやらない方がマシに決まっている。


「そうですね。でもこれは亜人や魔族の生存戦争ですから、やめようにやめられないのでしょうけど……と、こんなことを話しても仕方ありませんね。とにかく、これが概要です。なにか質問はありますか?」

「……その医療体制を、兵站局が管理するのですか?」

「いえ。さすがに医療に関しては私たち素人ですからね。治癒魔術師専門の部隊は?」

「あります。各師団麾下の『医療隊』です」

「ではその各師団麾下の医療隊を統括する部署を作ることを陛下に提言してみましょう。『魔王軍医療局』とか『魔王軍医療総隊』とか……、まぁ呼び方はどうでもいいですけど」

「わかりました。それと医療用の備品なども大量に必要となるでしょうが、それは兵站局が管理しますか?」

「あぁ、そうですね。その方が効率はいいでしょう。それに輸送に気を使う備品も多いでしょうから、それに関しても輸送隊とよく相談しておかないといけません。無論、新設される医療局にも」

「では、さっそく資料の作成をして、陛下に提言したいと思います」

「頼みます」


 これで、少しは改善できればいいのだろうけど。

ストックの2/3のを使い切ってしまった……。次回から少し更新速度を落としますかも

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