仕事をください
『そういうわけで仕事を頂戴』
「……いやあなたには東部州の視察をですね」
『私の話じゃない』
いったいなんなんだと、魔都からお送りいたしますはアキツ・アキラでございます。
『ていうかソフィアはどうしたの。私あなたとあまり話したくないんだけど』
「彼女は今日は非番です」
『……チッ』
コレットさん本当に性格悪いね!?
さて、コレット・アイスバーグが今日魔王軍占領地域「東部州」の州都となる予定の町シャダルに到着にするはずであった。
そして通信機越しに見える景色は、確かにどこかの建物の室内で、なるほど彼女たちは無事にシャダルについたことは理解できる。
……なんだけど、なんで初っ端から仕事の話?
『あなた、全部わかっててここを州都にしたんじゃないの?』
「ごめんなさい、話が全く見えないです」
『……このクズ』
どうしよう、クズとまで言われると立ち直れないんだけど。
どうして今日ソフィアさんが休みなんだ。ソフィアさんがいないとここまでキレやすくなるのか。
『まぁいいわ。とにかく仕事を頂戴。じゃないと兵站がどうとか、統治がどうとか、それ以前の問題よ』
「いやだから、仕事っていったい何の話で――」
『住民の仕事に決まってるじゃないの。シャダル市民の仕事』
「…………ないんですか?」
『ないわよ』
即答。無表情、さも当然という口調。どうしてわからないんだ、このクズ、という言葉が続かなかったことに違和感を覚えるくらいである。
「シャダルは東部州で一番人口が多く、発展した町であると手元の資料にあるんですが……」
『本当に何も知らないのね……呆れた。いいわ、特別に説明してあげる』
「よろしくお願いします」
通信機越しに頭を下げる。日本人特有の仕種であるが、魔王軍の通信機はテレビ電話なので問題ない。
コレットさん曰く、シャダル――もとい、旧名「ポート・ボイシ」の町は、列強のひとつである帝国によって占拠され、その後も帝国によって統治された町なのだという。
『ポート・ボイシは石油が自噴する場所。国営石油メジャーが進出して、いくつもの採掘施設が立てられて、あなたの給料100年分の石油を毎日掘りつづけていたそうよ』
「そりゃすごい。何百万バレルって感じですか」
『……その単位がよくわからないけど、とにかくポート・ボイシは石油の町なの。労働者人口の半分が鉱夫で、残りが鉱夫相手に商売する人。石油精製施設なんてものはないから、採掘された石油はパイプラインで後方に送られるわ。この町、冬は港が氷で閉ざされるから』
「典型的なモノカルチャーですね。でも自噴するほどの石油埋蔵量があるのなら今後もすぐに枯渇することはなさそうですし、石油なんて今後も需要が――」
『あなた、意識がまだまだ人間なのね。それが良い所かもしれないけど』
ん? どういうこと?
『何言ってんだって顔してるから丁寧に教えてあげるけど、あなた、魔都でガソリンで動く自動車なんて見たことある? この際ディーゼルでもいいわよ』
「…………あっ」
『……よくそんなんで兵站局長が務まるわね』
いや、うん、本当にゴメン。
基本ファンタジーの我が魔王軍にとって、石油なんてただの黒くて燃える水だったわ。いらねぇよそんなもの。そんなものより魔石を寄越せ。
「つまり、魔王軍の治世になり石油の需要が一気に0になってポート・ボイシ……シャダルの石油産業は一夜にして壊滅した、ということですか」
『そういうことよ。さっきも言ったけど、この町には石油精製施設はないわ。あるのは油田だけ』
「……モノカルチャー経済の悪い点ですねぇ」
地球でも発展途上国を悩ませていたモノカルチャー経済。農作物の単一栽培が有名だが、石油や鉱物採掘にも例はある。
日本でも、炭鉱の町っていうのは多くあった。
んでもって、世界情勢・技術の変化や、よりコストの安い海外製品の流入によってそのようなモノカルチャー経済は一瞬で壊滅する。
後に残るのは魔改造された自然と大量の失業者のみ。どこぞの炭鉱の町のように、財政破綻もするだろう。
「なるほど、それで仕事が欲しいってことですか……」
『やっと理解してくれて嬉しいわ。シャダルの失業率は数えたくもないけど、80%とかあるんじゃない? 失業してないのは石油の町で細々と農業営んでる変わり者か、どこからか原料入手して酒を密造している連中だけね』
「……治安大丈夫ですか?」
『意外と大丈夫ね。今日は3回強盗にあって11回物乞いされた程度で済んだもの』
「あ、全然大丈夫じゃないですね」
そりゃそうか。こんな状態なら治安維持のための警官だって生きるのに必死だろうし、軍隊もはるか遠くにいる。
応急処置的に食糧支援はするけども……とりあえずは仕事の確保か。
「貴重な報告ありがとうございます。すぐに食糧支援とインフラ整備……あとは治安維持のための部隊の追加派遣を要請しますので、コレットさんは当地での情報収集に努めてください」
『はいはい。まぁ、今はそれしかないけどね』
そんな皮肉交じりの言葉で、彼女は通話を切った。
……やれやれ、仕事の提供か。どんなものでも、要望があるのならば提供するのが兵站局の使命とはいえ、まさかこんなこともするのかと。これも兵站の仕事なのだろうか。
ともかくも、早急に対応を考えないと。
「よし、幹部全員集合。今日非番のソフィアさんについては、せめて電話会議での参加が出来ないかを聞いてみますか」
……ソフィアさんのことだから参加してくれるだろうけれど、きっと怒られるだろうなあ。




