トリニティ
――連邦軍先進科学技術研究所
「……これが、物理学者ロバート・デュレン博士以下24名の探検隊が、昨年、北大陸中東部にある洞窟において発見したものです」
「洞窟? 何故そんな所に科学者たちが行ったのかね? しかもデュレン博士は確か……」
「……デュレン博士が、少し気になることがあると言っていました。子細はわかりませんが……、今は重要ではないでしょう。問題は、この洞窟の特性です」
会議に参加しているのは、軍人と科学者が主。
その参加者は全員、白衣を着て、やつれたような顔にメガネをかけた若い男の言葉に注目している。
「この洞窟は巨大なウラン鉱山であることが判明しました。採掘の跡はありましたがごくわずかであり、我々の予想では魔族連中はウランに対して興味がなかったものと思われます」
「ウラン鉱山か……まぁ、仕方ないだろう。利用法など、ウランガラスくらいしか思いつかんしな」
「確かに仰る通り、ウランは我々人類でもそう多用されている鉱石ではありませんでした……。しかし、この洞窟に出会うまでは……。資料の4ページをご覧ください」
紙がかすれる音が聞こえると思うと、途端に呻き声や驚愕の声が漏れ出る。
そこに書いてあるものは、普通の物理学資料ではない。いや、そこにある写真は、と言った方がいいかもしれない。
誰かが、口を開く。
「おい、これはガリソニエール博士ではないか!?」
「ご指摘通り、ガリソニエール博士です。……ガリソニエール博士だったものです。これは先に述べた探検のさらに半年前に、彼が私人としての探検をおこなったときに発症したものと推測されます」
写真は、ガリソニエール博士の解剖写真だった。
そこに医学的見地からの指摘が多く出されている。死因についても当然記載がされている。
「ガリソニエール博士の身体には多数の火傷の痕があり……原因は放射線であると推定されます」
「放射線障害、ということかね? 確かに放射線の健康被害は知っていたがここまでひどいとは思わなかった……」
「しかしウラン鉱山に生身で入り込んだということですか? 物理学者が? ウラン鉱山とわかった途端に探検を中止しそうなものですが……」
「……そこが気になって、デュレン博士が洞窟を調査したものだと思われます」
ガリソニエール博士の放射線障害による死。
彼の友人であったデュレン博士は、その道の専門家と共に、この死の洞窟へと向かった。
そしてデュレン博士ら探検隊は、そこで不可思議な現象を発見したのである。
「デュレン博士がガリソニエール洞窟と名付けたその洞窟は、全体が花崗岩の大地に砂岩で覆われたウラン鉱山です。そして洞窟の所々で地下水が漏れ出ており、ある程度洞窟内を水で満たした後、沸騰、蒸発し水位を下げるということを繰り返していました」
「おい、ちょっと待て。今何を言った? 地下水が沸騰した、と言ったのか?」
「はい。デュレン博士らがそれを証言しています。火山帯から大きく外れたウラン鉱山であるガリソニエール洞窟において、水が沸騰するという現象が起きました」
「……にわかには信じられん」
「私もです。……しかし、事実なようです」
資料が再びめくられる。
この奇妙な現象を説明しようと、洞窟の解析が行われる。
それと同時にこの洞窟に何か別の物質があるのか、またはウランの未知なる特性があるのではないかという調査も行われた。
その作業は困難を極めた。
未知なる現象が頻発する洞窟であることもそうであるが、ガリソニエール博士がそうだったように、放射線障害に苦しむこともあった。
結果、探検隊の中からも放射線障害による死者が出る。
そして探検隊のリーダーたるデュレン博士が過労で倒れたことにより、調査はさらに困難となった。
「……なるほど。面白い話だ。だが、この話をどうしてこの場で話した?」
ある軍人が、それを口にする。
確かにそうだ。面白い自然現象であるが、あくまでも科学的に面白いというだけ。軍事的に面白い話ということでないと意味はない。
だが、発表者たる青年研究者は、その言葉は予想済みだと言わんばかりに、こう言った。
「実は、探検隊の中に面白い仮説を出した者がいます」
「どんな仮説だ?」
「はい。それはウランによる連鎖的な反応が起きているのではないかと言うことです。具体的な説明は長くなりますので省きますが……理論上、それが事実であるとすれば、一発の爆弾で100機分の遠征爆撃機並の破壊力を持つでしょう」
「…………だが、仮説は仮説だ」
「わかっています。しかし、研究の価値はあります。たとえ爆弾が作れなくても、何らかの理由でウランによる永続的な発熱が起きているのであれば、火力発電に代わる新たなエネルギーとしても期待できますでしょう」
「なるほど、確かに『面白いな』それは」
半信半疑。
集まった軍人たちの反応は様々だ。
実現不可能、絵空事だと嘲笑する者。
調べてみる価値ありと判断する者。
数十分の議論の後に、会議の結論は出される。
「ハーン君」
「はい」
「非常に面白い話だった。将来的な可能性を見せてくれる現象だと、私も思う」
「ありがとうございます。では……」
「だが、人類軍は今、魔王軍の攻勢に破れて再建途中にある。ここで不確定要素の多い技術に対して研究予算を多く投じることはできない」
「…………」
ハーンと呼ばれた青年。つまり、この発表をした研究員であるロベルト・ハーンは落ち込んだ。
だが、
「だが、かと言って無視するというのは勿体ない話である。少しくらいなら、まぁ、良いだろう」
「…………!」
「だが」が多い奴だと内心思ったが、この流れにハーンは喜んだ。
確かに予算も人員も多く投入されていない。
しかし、後に著名な科学者として名を挙げることになる者、数々の科学賞を受賞した者など、多くの天才、秀才が集まった組織として歴史に名を残すことになる。
この日、連邦先進科学技術研究所内において小さな研究室の設立が決定したのである。
ガリソニエール洞窟の不可思議な現象を解明し、それを軍事的に利用することを計画した。
その計画は「トリニティ計画」と呼ばれ、後に人類、いや世界の歴史を大きく動かすことになる兵器の試作一号機の名に採用されたこの名前は、この時産声を上げたのである
需要があるかどうかわからない設定を公開するコーナー
・遠征爆撃機
長距離戦略爆撃を実行するために帝国が開発した大型戦略爆撃飛行艇。
従来の飛行艇、爆撃機に比べてかなり巨大化しており、4対8基の液冷エンジンを串型に配置し推力を無理矢理確保。更に航続距離延長の為に燃料タンクを多く積む必要性から装甲と自衛火器(ついでに機動性や実用上昇限度)が犠牲になっている。ロマン全振りだけど魔王軍の対空火力はへっぽこだから問題ないとして開発・量産決定。
爆弾倉に追加の燃料タンクを積んで空中給油機としたり、寄生戦闘機を吊るして護衛戦闘機とする構想もあるとかないとか……。
・ガリソニエール洞窟
元ネタは中部アフリカのガボン共和国にあるオクロの天然原子炉。
1972年に発見された「20億年前、その洞窟で連鎖的な核分裂反応が自然に発生していた」という摩訶不思議なウラン鉱山である。
この世界ではガリソニエール洞窟にて今でも連鎖的な反応が起きていて、人類が魔王軍領地を占領したことによって発見、調査解析が行われ、将来の「核分裂反応」発見に繋がる。
なおその洞窟の現象を調査する研究室の名は「トリニティ」だけど、その名前の元ネタも原子核分裂繋がりである。
作者はバリバリの文系なので作中の説明に矛盾点とかオカシイ点が多いと思うので博識ニキによるツッコミ募集中です(




