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やってしまった

「まさか、負けるとはな……」

「まさか、勝ってしまうとは……」


 そんな相反する言葉がとある海岸で大破着底した大型客船「タイタニア」をバックに繰り広げられている。


 数日前、魔王軍の攻勢がやんだ。

 この機を逃すまいと、人類軍は撤収作戦を急いだ。ここを生き延びて、捲土重来の期を待つと。


 だがそんな人類軍の希望は、反転攻勢してきた魔王海軍の艦隊によって粉砕されてしまった。


 それは人類軍艦隊が負けてしまった、というわけではない。

 戦術的には勝利し得たまである。


 海戦が発生して暫く立ったとき、人類軍は勝利を確信していた。


「皇国海軍艦隊より連絡です、敵大型艦4隻を撃沈セリ!」

「よし、敵の海上封鎖を阻止できたな!! この機を逃すな!!」


 だがそれは泡沫の夢だった。

 兵站リソースを海軍に注力した魔王軍は、人類軍艦隊を惹きつける主力艦隊と、人類軍のカレリア岬臨時軍港に突入し攻撃する奇襲艦隊に戦力を分けた。

 総合戦力では人類に勝てない魔王海軍は、さらに戦力を分けるという大博打を張ったのである。


 そんなことをしてしまった理由はひとつ。


「……これで失敗したら俺は粛清される」


 という、魔王海軍艦隊司令官を襲っていた猛烈なプレッシャーであった。

 魔王ヘル・アーチェに大見得を切って「粉骨砕身、全身全霊、乾坤一擲の精神で勝利を捧げたいと思います」と言ってしまったからには、成果を出さなければならない。


 あの魔王は、アキツ・アキラに対しては「命の恩人」「魔王軍改革の中心」ということもあってかなり甘いところがあるが、しかしそれは成果が上がっているからでもある。

 対する魔王海軍は、負け続き。兵站局からの信頼も、そしておそらく魔王からの信頼も失墜しつつある。


「ここで我らの存在意義を示さねば……たとえ幾千の水兵が死んだとしても!」


 その大博打に、艦隊司令官は全力を注ぎ――、


「勝って、しまった……」


 大型艦4隻沈没の損害に対して戦果は人類軍駆逐艦3隻撃沈、大型客船1隻大破座礁(後に拿捕)という、損害に対して戦果に乏しい結果だったにも関わらず、人類軍南部方面軍の撤退作戦継続能力に著しい損害を与えたことによって、戦略的勝利を得てしまったのである。


「はは、はははははは」


 乾いた司令官の笑いが、カレリア岬臨時軍港に響いたのである。




---




 あらゆる作戦計画、兵站計画が完璧に噛み合って、完全なる形で遂行される、なんてことは殆どない。

 なんらかの欠陥を、戦争というものは溜めこんでいるはずなのだ。


 けれども、前線の動きは完璧だった。

 ソフィアさんが作ってくれた前線での作戦行動計画とその兵站計画は、人類軍を確かに追い込んだ。


 確かに、事前作成の「常闇の宴」作戦通りの展開とは言えなかった。前線が停滞し、無茶な作戦を実施し、兵站に過負荷がかかった時に南海制海権の確保にリソースを集中させた結果、戦線は予定の3分の2と言ったところで停止した。


 勿論、これはソフィアさんの失態と言うわけじゃない。むしろ誇っていい。

 現に海軍に注力させた結果、制海権はなんとか確保することに成功し、南部方面で抵抗していた人類軍を多数降伏させることが出来たからだ。


「人類軍が巨大な船舶を使って脱出計画を企てていたようだ。3隻ほど集めたようだが、その内の1隻を拿捕することが出来た。今次作戦の最大の戦果と言っていい」


 と、陛下が後に語ったところである。

 なるほど、人類軍のダイナモ作戦は半分失敗、半分成功と言ったところか。


 もしそうだとしたら、ソフィアさんはよくやってくれたと思う。

 誇りを胸に、堂々と魔都に帰ってくる。私はそう思っていた。


「……ただいま戻りました」


 けれど、兵站局に戻ってきたソフィアさんの顔は、かなりふさぎ込んでいた。

 まるで作戦が失敗してしまったかのように。


「……どうしましたか?」

「いえ、少し自信をなくしてしまって……」

「はい?」


 しょんぼり顔のソフィアさんからそれ以上の言葉を聞き出すことは出来なかった。




 数日後。

 魔王陛下より、「常闇の宴」作戦の終了日が指定された。

 これによって兵站局の仕事は作戦の継続遂行から、終了作業となるわけである。


「占領地域における測量と地図の修正、引き上げ物資のリストアップと、臨時設営修理工場や後送病院の固定化乃至撤収地点の選定、人員の配置転換と新補給路の策定といろいろ忙しくなります。これからが兵站局の本領発揮というところなので、皆さんご協力をお願いしますね」

「今までも本領発揮って言ってなかったか?」

「兵站局はそれが仕事です」

「便利な言葉だなぁ……」


 ユリエさんに呆れられるのもいつも通り、なのだろうか。


 いつも通りじゃないのは、元気のなさが続くソフィアさんである。


「エリさんエリさん」

「なんでしょうか、局長」

「ソフィアさん、何かあったんですか」

「……なぜ私に聞くんですか?」

「え、いやだってずっと前線で一緒にいたじゃないですか」


 そこで「なぜ」という言葉が出てくるとは思わなかった。


「こういうのは局長自ら――、いえ、恋人自らが聞き出すことであって、部外者の私がでしゃばることはできません」

「…………」

「なんで黙るんですの?」

「あ、いえ、『恋人』というのが恥ずかしくて」

「乙女ですか!!」


 エリさんに全力に突っ込まれた。珍しいこともあるもんだ。

 それはさておき。


「……こういうとき、どういう言葉をかけてあげればいいかわからないので」

「はぁ……局長は恋人いた経験とかは」

「ないです」

「……」

「友達もいませんでした」

「泣きたくなりますわね……」


 交友関係を狭めていくのが大人になるということだ、って今決めたので。

 いや渋谷でハロウィン暴動起こすようなパリピじゃないから人間関係に疎いもので、他人が落ち込んでいるときの対処法等わからないのである。

 仕事が絡んでいるというのであれば、仕事面でサポートすることはできるし、どこぞのツンデレ天使の自称ソフィアさんの友人スパイ事件の時のようなこともできる。


 が、プライベートのこととなると……。


「名目上恋人同士になっても関係性がいつまでも上司と部下ですわね」

「……かもしれません。なんか、それが一番落ち着くんで」

「もうちょっと将来を見据えて発展的な関係とかは望んでませんの?」

「堅実な道を選ぶのは兵站局の使命かなって」

「…………」


 エリさんが不思議な体勢で頭を抱えている。今日の彼女は愉快である。こんなキャラだっけこの人……。


「局長」

「はい」

「良いから今すぐ、行って聞いてきてください」

「や、あの仕事が――」

「行ってください」

「せめてこの決裁が終わってか――」

「行け」

「はい」


 普段怒らない人が怒った場合、素直に従った方がいい。

 それが事態を収束させる最短の方法である。解決するかの話は別として。



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― 新着の感想 ―
[一言] 皇国海軍の酸素魚雷は世界一ィィッ!!!
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