攻めの兵站、その限界
今回は本編です。
魔王軍は攻勢に出る。ただ勝利を求めて。
人類軍は踏ん張る。ただ生存を求めて。
飽くなき千年戦争の結末となるのかならないのか。雌雄を決する一戦。
「兵の積み込み作業はどれくらいの進捗だ?」
「現在30%程終了したところです。しかし船の数が足りず、今日以降は効率が落ちると思われます」
「なんとかかき集められないのか?」
「兵站部隊がかき集めていますが、今や輸送船は勿論漁船や遊覧船まで徴用しているんです。これ以上は……」
人類軍は、撤退のための船が足りなかった。制海権の関係上船が思うように集まらなかったせいもある。けれどそれ以上に、魔王軍の侵攻スピードが速すぎた。
「中隊長! A45地点に敵軍部隊約200が飛竜を使って降下してきました!」
「クソッ、またかよ! 第445工兵隊……いや513騎兵隊を回せ!」
交通の要所となる地点、通信、指揮命令の拠点となる箇所、即ち緊要の地に、魔王軍は飛竜を使った積極的な降下作戦を実施、人類軍の防御陣地を攪乱、壊滅させていっているのである。
「第59-A41トーチカ沈黙! 第79陣地司令部応答途絶!」
「残存部隊は魔王軍飛竜の攻撃を受けて壊滅状態です」
無線になだれ込む報告と増援の要請、そして悲鳴は止まることを知らない。
南部方面軍臨時司令部は、最早この事態を収拾し切れていない。
「戦線の整理をするしかない。アルトランド高地を前線として――」
「ダメです、高地西端の第889混成旅団との通信が途絶えています。壊滅したものかと……」
「クソッタレが!」
撤退をするための時間が欲しい、そのための遅滞戦闘をしたい。
なのに、それすらさせてくれない。
「魔王軍め、いつの間にかこんな小賢しい戦術を使うようになったのか……」
「空挺降下の戦術研究は我が国の空軍が行っていると聞きましたが……まさか先を越されるなんて」
「この手の変な作戦を考えるのが好きな連合王国軍でさえも完成させたばかりだって言うからな。魔王軍にも、どうやら変態がいるらしい」
いつだって魔王軍よりも前に進んでいた人類軍。しかしここにきて、そのハンデはなくなった。そのことに気付いたのが負ける間際になったことが、人類軍の悲劇である。
けれども、悲劇はいつまでも続くものではない。
中隊長の下にかかってきた電話は、人類軍に希望をもたらすものだった。
「こちら共和国第19師団所属、815中隊隊長カールストン大尉」
『こちら南部方面軍兵站部海運担当ジョージ・ペリドント少尉です。カールストン大尉に喜ばしい報告があります』
「なんだ? 戦況を逆転できる名案でも思い浮かんだか?」
『いえ、海運担当の自分ではそのようなことはできません。その代わりに、生き延びる策を思い浮かび実行に移しました』
「……ほう?」
『司令部からの通達です。第815中隊は現刻を以って当地防衛任務を解除、ルート33を使用しカルリア臨時軍港へと迎え。以上です』
「復唱の前に、なぜそのような命令を兵站部が?」
『伝令兵も通信兵も軒並み忙しいですので。それに、兵站部も無関係ではないのです』
「その心は?」
『あなたとあなたの部下に、オーシャン・ライナー『オリンピア』搭乗券のプレゼントです。嫌だと言うのなら、先程の命令は忘れてください。出発予定時刻は3日後の一五〇〇です』
「…………第815中隊は現刻を以って当地防衛任務を解除。ルート33を使用してカルリア臨時軍港に向かい、3日後の一五〇〇にオリンピアに搭乗する」
『大変結構。では3日後、オリンピアにてお待ちしております』
ブツン、と通話が途切れた。
中隊長は暫し受話器を眺める。電話の相手は兵站部の人間で、そしてその声にはストレスを感じさせない。ジョークを言える余裕もあったらしい。
「まったく兵站部は楽な仕事をしているらしいな。……副官! 全員に伝えろ。ポイント9Aに集合、この陣地を放棄する!」
「了解!」
副官は、嫌味を言いつつもにこやかに笑う中隊長の顔を、暫く忘れることはなかった。
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他方、攻める側で人類軍を苦しめている魔王軍と言えば――、
「おい、デリンザー空挺隊の補給物資が遅れてるぞ!」
「物資が届かないせいで出撃予定時刻を大幅に過ぎてる。はやくなんとかしてくれ!」
「空挺隊に物資を回し過ぎだ。戦線を支える前線部隊にも魔石を送ってくれないか!?」
阿鼻叫喚だった。
「……頭が痛い」
勝ち慣れていない魔王軍兵站局にとって、勝ち戦の兵站は想像以上に負担であり、そしてそこに追い打ちをかける様にポッと出の新戦術が現れて、それに対応するための兵站計画を急場で作らなければならなくなった。
「こういうのは事前に言ってくれないと困るんですよ! 何年も前に私たちが……アキラ様が言ったことなんですよ!」
そしてソフィアは、珍しく荒れていたと言える。
「あのソフィアさん? 少し休みませんか?」
「今は休む暇すら惜しいです。休んでいるときにも、兵士たちは……」
「気持ちはわかりますけれど……」
毎日毎日仕事をしているのに、執務机に置かれる書類の量は何故か増えていく。
その影響か、それとも調子に乗った誰かさんが作戦を続行して、兵站、特に補給面で様々な弊害が各所で発生している。
普段なら、その皺寄せは全て兵站局の責任者たるアキツ・アキラに行くのだが……、
「ソフィア・ヴォルフ! いつになったら第3空挺団用の飛竜が準備できるんだ!」
「す、すみません!」
残念ながら今回は、アキツ・アキラは魔都にいる。
彼女にとってこれほどまでに彼が愛おしいと思ったことは今までにないかもしれない。ある意味、震災の時以上に。
一段落つく暇もない忙しさの中、無理矢理暇をねじ込んで休憩を入れるソフィアとエリ。だが休憩中にも頭の中は仕事で一杯だ。
「こういうときなら、局長は何したかしらね……」
「アキラ様なら、ですか……」
そして行きつくところはそこになる。
いつでもどんなピンチでもだいたいのことは解決してみせたアキラの手腕が欲しい。しかし今彼はここいないし、恐らくこの惨状も正確には伝わっていないだろう。
「陛下にお願いして……しかし陛下も作戦指揮でお忙しい中。しかも陛下と言えど前線からの士気の高さと作戦続行の懇請からは逃れられないでしょうし……空挺作戦の中止、ましてや、攻勢そのものを中止するわけにもいきません」
「かと言って、このままではじり貧も良いところですわ」
こういうとき、本当に何をすればいいのだろうか。
いつも彼の傍で仕事をしてきたソフィアだが、答えを見つけられない。必死になって、彼の仕事ぶり、仕種、言葉を思い出すしかない。
……七割程は仕事と関係ないことを思い出すが。
アキラが好きなコーヒーの淹れ方、未だ仮眠室暮らしをしているアキラの部屋の片づけ、その程度のことならばすぐに思い出せるのだけれども。
あとは如何にして彼が効率よく仕事をさぼっているかくらいか。
「どうしたってダメなものはダメね」
「そうですね……なら」
なら、自分たちの方法でやるしかない。
「現状、私たちは事務手続きに関わる人員と、補給物資、そしてその物資を運ぶ手段が不足しています。これは絶対的な数字上の話ですので、恐らく改善の見込みはありません。あったとしても、作戦中の改善は無理でしょう」
「となると、私達ができるのはどこに『集中』するか……民間の企業やギルド風に言えば、『選択と集中』かしら?」
「軍事学上は『集中の原則』でしょうか。ともかく、広く薄くではなく、狭く濃くを前提とした兵站計画を立てるしか方法はありません」
そして兵站の濃い部分で攻勢をかけて、他の薄くならざるを得ない地点はなるべく防衛に徹すると言うことである。
現状の魔王軍南方部隊は回遊魚である。攻め続けなければ負ける、とは行かずとも、勝機を逸する。
「そのあたりの現状を正直に話して、陛下も交えて作戦会議の場で決定するしかありません」
「……兵站局への風当たりが強くなりそうですわ、正直に話してしまったら」
「私たちの力が及ばず、というのは事実です。受け入れるしかありません。信用に関わる話ですからね。他者の失敗を糾弾するのに自己の失敗を最大限誤魔化すのは……」
組織というのはそんなものだけれど、とは口には出さない。かつての魔王軍を見ていればそんなことは兵站局に長くいた彼女らなら言わずともわかることだから。
「リーデル様。お手数ですが、陛下と、各部隊の戦術級指揮官か参謀と意見交換の場を開きたいと思います。その旨をお伝えして、なるべく早く開催してくれるよう手配してくれませんか?」
「ふふっ。お安いご用ですわ。私は算盤弾くだけが能じゃありませんもの」
彼女らの要請は速やかに受け入れられ、翌日、魔王軍の運命を決する会議が開かれる。
……人類軍の不穏な動きに関する報告と共に。




