番外編:アルパ・ワカイヤの野望
章の途中ですが11月10日は『魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません』の書籍版販売日となります。
その記念と致しまして、WEB限定掌編を書きました。
前話とはまったく繋がりはありませんのでご注意ください。
なお、この物語は言わなくてもわかるでしょうけどフィクションです
アルパ・ワカイヤという新人がいる。
入局時期的にはそろそろ新人卒業だと思うけれど、まぁ、そんな奴がいる。
仕事ができるかと言えば、彼はできない方だ。
けれど有能とは言い難い人材の確保は、かえってこれからの採用されるだろう新入局員への教育をどうすればいいのか、というノウハウを得ることができる。
だからワカイヤくんにはある意味感謝しているし、それなりに大切に育ててきたつもりである。
……まぁ、そうやって大切に育ててきた花に急に羽が生えて何処かへと飛び去ってしまう時もあるのが、人事と言うものである。
「局長、僕、兵站局やめます」
「……はい?」
藪から棒に。
朝一番にこれである。当直明けにこれは色々と辛い。
けれど魔王軍においては(俺以外の局員には)労働の自由がある。辞める自由も当然ある。辞めますと言ってくる局員を無理矢理引き留める権力は局長にはない。
「……なんで?」
でも理由くらい聞かせて欲しい。なにかまずいことやってしまっただろうか。
「実は僕……こんなところにいちゃいけない気がして」
「そんなことないですよ?」
最初はともかく、彼は最近、中の中くらいの仕事をこなせるようになってきた。
こんなところにいちゃいけないわけがない。
「もう少し自分に自信を持って――」
「あ、そういう意味じゃないんです。僕みたいな才能溢れる未来ある若者がこんなところにいるべきじゃないって意味ですよ」
こ ん な と こ ろ。
「は? あんた正気か?」
「正気ですとも!」
バン、と机を叩くワカイヤくん。痛そう。
「僕はこんなところにいちゃいけないんです。僕はもっと、更なる高みへと目指すんです!」
「はぁ……具体的には?」
転職するということだろうか。自分に合った仕事場を見つけたというのなら、この態度と性格はともかくとして応援しなくてはいけないのが上司としての仕事なのだろうか。
「実は僕、趣味で芸術を嗜んでいまして」
「これは意外」
いや意外でもないのか? コツコツと事務仕事するキャラというよりは、芸術家のようなフリースタイルの方があっているかもしれない。
「芸術で食べていきたい、ってこと?」
「いえ、僕はもう魔王領一の大芸術家になったんですよ」
自信過剰は芸術家の悲しい性である。芸術家という生き物は自信過剰か自信過小かどっちかしかないと思う。レオナは前者。ヤヨイさんはどっちかと言うと後者。
ワカイヤくんについては言う必要なし。
「はぁ、大芸術家ねぇ。それって確か使うと自国に隣接する全タイルを自分の領土にする効果があるんでしたっけ? ランドマーク建設して文化力生成はバージョンによりますけどおススメしませんよ」
「いったい何の話してるんですか?」
文明的な話をしているんです。
「ともかく、僕はもうこの領内……すくなくとも魔都で認められた大芸術家なんですよ!」
「その根拠は?」
ワカイヤくんのことだから「自称」って可能性が捨てきれない。いや、さすがにここで自称だったら痛すぎるだろ……ないよね?
質問の直後、ワカイヤくんが笑い、それを待ってましたと言わんばかりに懐からある紙を取りだし、
「その証拠がこれです!」
そう叫んで、バァン! とそれを机に叩きつけた。痛そう。
あまりにもワカイヤくんが五月蠅いので、周りにいた人たちがなんだなんだと一緒に覗き込んでくる。具体的にはソフィアさんとか。
えーっと、なになに……?
「『第1回 レッドドラゴン・アート 新芸術コンテスト舞台脚本部門大賞 アルパ・ワカイヤ』……? アルパ・ワカイヤ!?」
「そうです、この名前は――!」
「同姓同名か!」
「なんでそうなるんですか!?」
いやぁ、いるんだね同姓同名って。現実で見るのは初めて見たわ。
「アキラ様、信じられないからってそれは可哀そうです」
「冗談ですよ。信じられないのは本当ですけれど」
うーん、こういう才能がワカイヤくんにあったとは知らなかった。
ちなみにタイトルは「人類軍の士官になったけど狼美女に惚れたので裏切ります」というらしい。この世界でもこういうタイトルが流行ってるのかな。
ていうかこれ人類軍士官のモデルがワカイヤくんで狼美女のモデルがソフィアさんだったり……いや、この話はやめておこう。いろいろと辛い。
「どうですか天使ソフィア様! 僕に惚れましたか!?」
「え? いや、それとこれとは話が別です」
「あ、はい」
ソフィアさん、バッサリである。
というかワカイヤくんも諦めればいいのに。彼女は私のだ。
「しかし凄いのは確かですが……このレッドドラゴン・アートというのは聞いたことがないです。これは会社名なんですか?」
と、ソフィアさんの疑問。
ソフィアさんが知らないということは、相当マイナーだろう。当然、俺も知らない。
「あぁ、これは会社名じゃなくてブランド名なんです。会社名は『リンゼ出版』っていうんですが」
「それなら知っています。中規模ですがそれなりに知られた出版社ですね。何年前か忘れましたが『大胸筋オペラ』っていうオペラを上演して成功を収めた会社でしたか」
「なにその愉快そうなオペラ」
聞くところによると、大胸筋を鍛えることでオペラが上達する上に恋も友情も育まれ、コーチであるハイキン先生とやらの鍛え抜かれた大胸筋を触り生命の神秘を感じるところで終劇となるらしい。
なんだそのB級感漂うあらすじは。そしてなんで大胸筋鍛えるとオペラが上達するんだ。歌唱力じゃないのか。一体何のつながりがあるんだそこには。
「って、なんかソフィアさんそれ見たことある感じですよね?」
「……陛下の付添で。最高権力者が舞台観劇をするのはよくあるじゃないですか」
「なるほど……。一応聞きますけど、感想は?」
「…………人を選ぶと思います」
あ、これ遠回しに「私は嫌い」って言ってる。トーンがそう言ってる。
「で、でも面白いところもありましたよ。例えば……えっと……その……」
「無理しなくてもいいんですよ?」
「あ、最後に演者が全員出てきて挨拶するところはよかったです」
「無理して出すことが幸せとは限らないんですよ?」
とは言え面白いと感じる人は面白いのだろう。
後から聞いた話だけれど、局員の中にそのオペラのファンがいた。再演とかないか期待しているとも言っていた。もしあったら俺も見に行きたいな。
「そんなことはどうでもいいんです!」
ワカイヤくんが今日何回目かわからない机バンバンをする。本当に痛くないのだろうか。手が赤くなっているけれど、彼。
「あ、そうだったね。話を戻そうか」
「はい。このレッドドラゴン・アートは今年新設された新ブランドで、この賞はいくつかの部門に分かれてます。脚本賞、絵画賞、小説賞、あとは色々……。で、脚本賞はなんと、受賞することによって舞台化が決定するんです! ついでに小説化もされて、さらに賞金も金貨15枚もらえます! 賞金と印税でウハウハですよ!」
「おー」
いいじゃん。夢とロマンあって。
ワカイヤくんは集まった局員たちに「すげえ」「その脚本見せてくれ!」「サインください!」「賞金で飯奢れ!」とちやほやされている。
ワカイヤくんはご満悦だが、気持ちはわかるよ。
「しかし脚本の道は長く辛いのではないですか? 大賞とはいえこの会社は中規模レベルで、しかも新設されたブランドです。知名度は全くありません」
「大丈夫ですよ! ブランド立ち上げ当初から、知名度向上の為にいくつか舞台や本を出しているそうですから!」
あ、そうなんだ。まぁ普通はそうか。
……でも知名度、上がってないよね?
しかもソフィアさんが代表作として例に挙げたのも「数年前」のオペラだし。
ソフィアさんはかなり情報通みたいなところあるけれど、それでも知名度が低い。
「ソフィアさん」
「アキラ様、黙っていた方が幸せかもしれません」
あぁ、うん。ソフィアさんも嫌な予感がしているらしい。でもまだ予感の段階だ、落ち着こう。
「コホン。ワカイヤくん。その会社だかブランドだかで出してるラインナップとかってわかる?」
「あ、はい。応募の時にブランドのことを調べたので……」
と、ワカイヤくんはメモ帳を取り出して机に置く。
それをソフィアさんと並んで見てみる。オペラのことにはまったく興味ないから全然知らないのは良いとして、私はこの世界では本を読んでいる。
日本時代からのラノベ読むの好き」だったからその延長だ。
だからなにか売れている本があれば、本屋で目立つところに置いてあったり、売れ行き商品としてプッシュされたりしてたりして、見覚えがあったりするはずだ。
…………。
「ソフィアさん、知ってるのありました?」
「…………」
彼女が黙った時点で色々察してほしい。
というかこの出版社が出す本、シリーズものが多いらしく「1」と書いてある本が数十冊あるのに、なぜか「2」と書いてある本が数冊しかない。
この世界の出版業界のこと知らないんだけど、続刊率が数パーセントから1割って利益出てるんだろうか。え? もしかしてブランド名の「レッド」ってそういう意味なの?
当然と言うべきかなんと言うべきか、オペラも手ごたえはない様子。
ただ5分くらい、ワカイヤくんのメモ帳を眺めていただけだ。得たものと言えば「こいつ意外と字が綺麗だな」ということだけだ。
「……ワカイヤくん。こういうのは兼業でやっていくのがいいと思うよ」
「そうですね。仮にもここは魔王軍で、収入は安定しています。未来がどうなるかわかりません。ここは保険をかけて……」
「ダメですよ!」
ふんす、と鼻息を鳴らすワカイヤくん。
「ここが攻め時なんです! 仕事を辞めて時間を確保し、創作に集中するんです! そうすれば、才能のある僕ならばいつかきっと大スターになります!」
「なにその意味不明な自信過剰」
そういや私が日本にいた頃「自分には文才があるから出版業界は見逃さないはず」と言って小説書き始めた奴がいたっけ。あいつどうなったんだろう。
「で、でも収入は大事ですよ? 売れなければ収入はいくら頑張っても0ですから……」
「ご安心ください天使様! 絶対スターになって、私はあなたの下に戻ってきますからね!」
「いやここにいてください」
「……あぁ、ソフィア様が僕を必死に引き留めようとそんなこと言ってくれるなんて……ここで働いてた甲斐がありました……」
大丈夫だろうかコイツ。頭のネジが何本か飛んでる……というより、飛んでったネジの方がワカイヤくんだったりしてそう。
「でも大丈夫です。僕はもう十分オトナです。だから、辞表を受け取ってください、局長!」
そう言って彼は、有無を言わさずに辞表を叩きつけ、そして颯爽と兵站局から退室していったのである。無駄に男前だなぁ。
と思ったら、
「あ、本は3か月後、舞台は半年後の予定ですから、ぜひどうぞ! ソフィア様には特等席用意しますから!」
締まらない男だ。ある意味ぶれてないけれど。
「……受け取るんですか、それ?」
「受け取らざるを得ないですよ、立場上。……まぁ、半年くらいは席を残してやってください」
「畏まりました。……あと、特等席は二人分用意してほしいですね」
「ワカイヤくんと一緒に見たいって意味ですか?」
「まさか」
ソフィアさんはそう微笑みつつ、またしてもバッサリと切り捨てたのである。
こうして、嵐のようにやってきたアルパ・ワカイヤくんは、こうして嵐のように去って行ったのである。
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ワカイヤくん退職から3か月と2週間後。
「…………本日よりお世話になります、アルパ・ワカイヤです……」
「…………」
「…………」
意外と早く戻ってきた。
「なんで?」
「…………」
ワカイヤくんは懐から、新聞を取り出した。そして記事の隅の方にベタ記事で、こんな風に書いてあった。
『リンゼ出版 破産裁判所に破産申請。新規事業で失敗続き』
レッドってそういう意味だったらしい。
「…………」
「…………」
こういうとき、なんて声をかければいいかわからない。身内じゃなかったら絶対笑ってるんだけど、眼前で憔悴しきっている彼を笑う事なんてできない。
「あ、でも今度YO書房ってところに今回出版できなかった原稿を持ち込むんで、舞台化は無理でも出版化ワンチャンあります! 早ければ来年に出ますので、またその時に辞表を」
「いい加減学んでください」
アルパ・ワカイヤは3ヶ月経ってもいつも通りだった。
でも「戻ってきた」ということは一応反省はしているといういみなのだろうか。わからない。
けれど彼がその後も創作活動を続けている様子。そのうち、彼の名前を本屋で見かける日が……、
「僕はこんなところでくすぶっているような奴じゃありません! いつかきっと、大舞台に……」
来ない方が、彼にとって幸せなような気がしてきた。
「でも、おかげでワカイヤ様は楽しそうに仕事をすることが多くなりましたし、現状は幸せそうですよ」
「ま、そうですね」
めでたしめでたし、でいいのかな、こういうのでも。
さぁ、今すぐ店頭でチェックだ!




