遠きオリンピア
「第22師団が遅滞戦闘を継続しつつカルリア岬方面に後退してくれている。その時間で損害の大きい部隊を優先的に東へ退避を。鉄道45号線は既に破壊されていて使用不可能、49号線の軽便鉄道だけなんとか使用可能な状態、だからこっちを使ってくれないか。あぁ、頼む」
人類軍総司令部では、なんとか均衡を保っていた南部方面軍部隊の救出を急いでいる。
北部・中部の戦いに負け、部隊を大きく損耗している彼らにとって南部方面軍に残された共和国・連合王国出身のベテランの部隊たちの救出は喫緊の課題だった。
けど、
「カルリア臨時軍港のキャパシティはそんなに多くない。そこに20余万の軍隊を集めたところで補給も後退も至難の業だ。なんとかならんのか!」
「なんとかなるなら、とっくにしてるよ!」
「鉄道も破壊され、北から半包囲されつつある上に奴ら空挺部隊まで出してきやがった! あの野蛮な魔王軍連中にそこまでの技術があるなんて……」
魔王軍の侵攻速度と、予想外の戦術に混乱に拍車がかかっている。
微かに生き残った鉄路と海路に活路を見出すが、それでも絶対的な容量が足りない。
「貨物や装備の搬入をしなければ、カルリア港の処理能力は倍にはできる。計算上は一週間、全力で事に当たればなんとかなるんだ」
「そうだな。1週間、魔王軍が黙って見てくれることを祈ろう」
「……」
無論、そんなことはない。
海軍が制海権をギリギリ確保できているのが幸いとは言え、このままでは南部方面軍20万人は文字通り「虐殺」されるだろう。
さらにここで、彼らには不幸が立て続けに起きる。
「――何? 本当か、それは!? ……クソッ、そうか」
「どうした、何があった?」
「南部方面軍総司令のウォーリス・ガムラン将軍が重傷を負ったようです。一命は取り留めたようですが……」
「なんてこった……」
顔面蒼白となる兵站将校たち。ここまでなんとか南部方面軍を瓦解させずに、辛うじて秩序を保てていた人類軍の立役者が重傷。指揮系統は、当然混乱した。
「今、誰が指揮を執っているんだ!?」
「連合王国軍ジョージ・ヴェレカー将軍であります」
「わかった。……とはいえ、ヴェレカー将軍になったところで我らのやることは変わらないだろうがな」
前線部隊が時間を稼いでいる間、東部への鉄道を利用できる部隊はそちらを利用。そしてそうでない部隊が軍港への後退。
計20万人の部隊を、できるだけ短期間で後退させなければならない。
「必要なのは、彼らを回収できるだけの手段を確保することだ。そのためには、我々の権限で集められるものを集めるしかない」
「しかし、カルリア軍港の処理能力を限界まで高めたところで1日3~4万人程度しか……いや、そもそも彼らを運ぶための船がありません。現在、南部方面に展開中の人員輸送船の数が足りません。貨物輸送船を無理矢理使う手もありますけど、もともと人員積み込みを前提とした設計ではありません。それでも1日3万人をなんとか確保できる程度です」
「そこに、燃料補給や積み込みの時間、さらに敵からの攻撃を考慮すると少し足りないか……。1日5万人程度は確保したいところだな」
「軍艦を使うってのはどうだ?」
「貨物輸送船と事情は変わらないだろう。だいたい、制海権はこちらが絶対有利と言う状況でもないんだ。護衛としても欲しいし、軍艦を人員輸送に使えば戦闘能力は確実に落ちる」
船が足りない、積載能力が足りない、戦力も十分とは言えない。
この状況でどうやって20万人を救い出すか頭を悩まされる彼ら。結局会議は「近隣の船という船、貨物船だろうが漁船だろうが内航用船だろうが、集めるだけ集める」という結論に至るしかなかった。
会議が終わり、どうしたものかと煙草を吸う兵站部隊長の下に、新人の部下が歩み寄る。
「お疲れ様です、隊長」
「あぁ、本当に疲れたよ。まったく、こんな忙しくて胃が痛くなるのは民間時代にもなかったよ」
「隊長は、民間出身者なのですか?」
「おっと、言ってなかったか?」
南部方面軍の兵站を一手に率いることになってしまった隊長は、ここ数日剃る時間すら確保できずに伸びきってしまった無精ひげをさすりながら答える。
「俺は民間の客船の運航係だったよ。5万トン級のマンモス船から艀まで、船の運航管理を任されてた。10年以上前の話だがな」
「なるほど……だからあんなに、テキパキと指示が出せた、というわけですか?」
「いやぁ、どうだろうな? こういうのは軍隊に入ってから身に着けたような気もするよ。とは言え、無駄というわけじゃなかった。民間時代のコネってのは結構便利で、今でも色々と『融通』してもらってる」
ニヤリと笑って、何本目かわからない煙草に火をつける隊長。
一方でなんのことかわからない部下は「なんのことかわからないけれどわからないままの方が幸せに違いない」という、彼の優秀さが垣間見える思考でそれを突っ込むことはしなかった。
「ご、5万トンの客船というと、やっぱり『オリンピア』とかそういうのですか?」
「お、よく知っているな。まさに『オリンピア』だよ。5万トンの船が荒れる大洋を高速で駆け抜ける様は見ていて気持ちいいものだ。いつかは客として乗ってみたいと何度思ったことか」
「乗員として乗れるだけマシでは?」
「ところがどっこい、まだ乗員として乗ったこともない。載せる客が客なもんで、無礼な奴は乗員にはなれないんだよ」
「あぁ、なら隊長は無理ですね」
「おい」
部下の辛辣な冗談に、隊長は笑えばいいのかわからなくなった。
「とは言えあいつも俺が軍隊に入るころにはすっかりボロ船になっちまった。今も浮いてるのかね、あれ」
「浮いていなければ、隊長の夢も叶わないから浮いていて欲しいですね」
「全くだ。なんなら、仕事を放り投げて今すぐにでも乗りたい気分……」
と、ここまで言ってはたと気づく。
使えるものはなんだって使う。そう、さっきの会議で決まったじゃないか。なら……。
「わりぃ、ちょっと電話してくる」
「隊長? あの、どちらに……?」
「決まってんだろ。仕事放り投げて、豪華客船の乗船チケットを予約するんだよ」
「…………は?」
うまくいくかどうかわからないが、とりあえずやってみようじゃないか。
そんな行き当たりばったりな彼の考えは、はたして吉と出るか凶と出るか。
「よう、久しぶり。急な話なんだが、『オリンピア』は今どこにいるんだい?」
元ネタは勿論氷山にぶつかった奴のお姉さん。
それはそれとして、書籍版「魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません」の書影が公開されました。
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11月10日発売です。よろしくおねがいします。




