彼がいないと
兵站を基に戦争は遂行される。
第一次世界大戦での列強の動員計画と兵力規模は鉄道のダイヤによって決定されたことは有名だ。逆に兵站の裏付けがない戦争計画は、第二次世界大戦における餓島の戦いのようなことになる。
伸びきった補給線は縮小するか、あるいは兵站の裏付けができるよう輸送手段の拡大を施すか。兵站計画者と戦争指導者の悩みは尽きない。
大抵の場合は後者を選び、破綻する気がするが。
では、魔王軍の場合はどうなのか。
南部方面軍は海軍の予想通りの躓きにより事前の兵站計画は破綻した。修正兵站計画の策定を急いだが、そこにレオナ・カルツェット起案の作戦が承認されたという報せは、兵站局一同「失敗の暁にはレオナを殴る」という見解で一致したのである。
……いや、兵站計画の策定と攻勢作戦の同時進行は流石に無理がある。
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南部方面軍前線指揮所。
ソフィア・ヴォルフ、ただいま奮闘中。
「あんな大言壮語を言ってしまった過去の私を蹴飛ばしてしまいたい……」
あるいは、大後悔中。
南部方面軍の侵攻計画が、いっそ頓挫してほしいと願うくらいには頭を抱えている。
とはいえ、既に始まってしまっている。
侵攻作戦の中核部隊は既に配置を完了し、あとは後方支援部隊の準備が整い次第――つまり、ソフィア・ヴォルフの頑張り次第――で、魔王ヘル・アーチェより計画発動が下令される。
……ソフィア・ヴォルフにかかる重圧が想像できるだろうか。
別に魔王がせかしているわけではないのだが、その周りが魔王と同じ気持ちとなるかは話は別となるわけで。
「はぁ……」
人生で何度吐いたかわからない溜め息。でもソフィアの二十数年の人生の中で、その溜め息の回数の87.5%はアキラと出会ってから吐いたものだろうと、彼女は自嘲した。
「……アキラ様なら、こんな突発的な大仕事でも結実させたのでしょうか」
ソフィアは執務机にうつ伏せとなる。
視線の先には書類の束。事務仕事の7割は終わったけれど、先はまだまだ長い。
彼ならいったい、どうしただろう。
秋津アキラという人間の想像力が、一般的な魔族とは違う。そんな彼が今の私の状況を見たら、とつい考えてしまう。
「私にできることは、今ある材料を調理するだけだけど……アキラ様はいつもどこの山で取って来たかわからない素材を持ってくる。そして仕事を増やす……」
それが彼の仕事であり、それが魔王軍を変えたと、兵站局の人間であればだれもが理解している。
まぁ、仕事は遅いのだけれど。
「アキラ様がいないと、やっぱりダメですね。私は」
何度も考えて、そして何度考えても同じ結論に至る。
自分の中でアキツ・アキラは特別な存在となり、彼なしの人生など最早考えつかないことなど。
「……いつまでも一緒に」
目を瞑って想像してしまうのは、いつもの執務室でいつものように小言を言いながらの仕事なのだ。
「それを局長に直接言えたら、今頃はもっと進展があったでしょうに」
「そんな、直接言えたら誰も苦労は――――――?」
つい咄嗟に、どこからともなく聞こえた言葉に、答えてしまったソフィア。
急いで顔を上げると、そこには今魔都の兵站司令部にいるはずのエリ・デ・リーデルの姿がある。
「あ、あ、ああのあの」
「あぁ、聞いてません? 私、局長の指示でソフィアさんの支援をしに来たんですのよ?」
「いや、その、それは聞いてましたけれど、あの……今の聞いて――」
「当然ですわね」
「あっ……」
ソフィアの思考停止時間は、実に25秒に及んだ。
「今の……というか、さっきのは、聞かなかったことにしてくれますか?」
「別に今更隠すことでもないでしょうに。局長とソフィアさんがそういう仲なのは兵站局どころか他の部局にも――」
「そういう! お話ではなくて!」
「いい加減進展があれば局長を狙っている幾人かの局員にも諦めがつくというのに」
「詳しく聞かせてください」
「私にも守秘義務というのがありまして……仕事が終わったらお話しできるかもしれませんね?」
ソフィアが攻め、エリが躱す。そんなこんなが続く前線司令部。
魔都の兵站局員の胃痛を余所に、いよいよ作戦実行日となる。
「はやく戦争を終わらせて、洗いざらい吐いてもらいますからね!」
定期的に新作書きたくなる病を発症して投稿が遅れました




