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兵站部隊同士の戦い

 勝ち戦の兵站は、進撃を続ける前線に応じた補給線の再構築をどのようにするかが課題となる。

 部隊が前進すればそれだけ補給線が伸びるという事だ。距離が伸びた分だけ当然時間はかかるし、手間やお金もかかる。

 そして大抵の場合、部隊が前進した分の領域のインフラは破壊されている場合が多いし、たとえインフラが残っていたとしても自分たちの部隊がそれを有効に使えるかの問題がつきまとう。


 たとえば地球の、第二次世界大戦西部戦線。

 ノルマンディーに上陸した米英連合軍はドイツ軍を追い詰めるべく東進する。ドイツ軍の補給や部隊の配置転換を妨害するために徹底的に鉄道線を爆撃もした。

 しかしそうやって勝ち取った領域で補給活動を行おうとしたとき、徹底的に破壊してしまったドイツの鉄道線を連合軍が再利用できないという問題に直面したのである。


 そう言った状況が続いてしまうと、敵に反撃や防御の準備を整わせる時間を与えてしまうことになる。

 また補給の問題を解決しようと作戦を立案して、その作戦でも補給に苦しめられて失敗するという悪夢が度々起こる。


 勝っているからと言って、兵站が楽になるということはない。むしろ独特の苦難が待ち受ける。

 特にここ数十年に亘って「楽しい楽しい防衛戦」を行い、数十年ぶりに大規模な攻勢作戦を行っているような、つい最近まで前近代的な兵站をしていた「魔王軍」とかいう時代遅れな軍隊の場合は。


「今までの経験がほとんど役に立たないというのは辛いですね……。こういう状況下では私はただの新人と同じということなのでしょうか……」


 ソフィア・ヴォルフが直面していたのはまさにそういう状況だった。


 別に全く経験がないというわけではない。

 大規模作戦の予行演習として小規模な攻勢作戦は行われたし、震災によるインフラの壊滅した沿岸部への兵站支援も、「勝ち戦の兵站」と類似点は多い。

 そしてその度に兵站局において会議が開かれて反省点の洗い出しと改善点の見出し、そして局員への情報共有が行われている。


 だが言ってみればそれだけである。片手の指で数えられる程度の経験数は、未経験と同じと言える。少なくともソフィアはそう考えている。


「でも泣き言を言っている暇はありません。『ないものねだり』は兵站局が最もやってはいけない禁忌ですから」


 そう自分に気合を入れつつ、彼女は自身の戦場で戦うこととなる。


「あ、ソフィアちゃん! 例の件、陛下から許可貰ったよー!」

「……はぁ?」


 そして慣れないことを、さらに押し付けられようとしていたのである。

 目の前でドヤ顔しながら仁王立ちする、この猫に。




---




 一方、負け戦を強いられている人類軍と言えば、勝ち戦を強いられている魔王軍よりも悲惨であったかもしれない。

 ほぼ全ての戦線で後退――いや、敗退している人類軍は、前線の物資どころか後方に保管していた物資でさえも魔王軍の攻撃により略奪、あるいは破壊されているのだから。


「総司令部は何をやっているんだ! 奴らの攻勢は尋常じゃない! これは人類の存亡にかかわる――あぁ、クソ! クソ! 理解していないのか!? 『窮鼠猫を噛む』なんてことわざは、こういうときに使うことばではないんだぞ!?」


 人類軍は後手に回っていた。

 戦術的に防御側は戦場と時機を選べない点において後手に回らざるを得ないとは言え、人類軍は稚拙と言っても良いほどに苦戦していた。


 ひとつは、近年魔王軍の大規模な攻勢がなかったこと。そして将軍たちの意識は、一度勝ち戦に慣れてしまうとなかなか脱却できないということ。


 これを大きな敗北へと繋がる序曲であることに気付いているのは最前線の兵士と一部の士官だけだった。


「総司令部、こちら南方軍臨時司令部だ。もう前線は崩壊しかけている。連日連夜の砲爆撃で防御陣地の6割が使いものにならない! せめて、あと10個師団ほど増援を……何? 余力がない!?」


 司令官の叫び声が総司令部には届いているだろう。ただ、司令官の期待に応える返答が一切ないだけで。

 そしてその司令官の下で、人類軍兵站部隊は奮戦する。


 人類軍南方軍、D軍集団は主に共和国軍と連合王国軍によって構成される部隊である。

 共和国と連合王国の仲は決して良いというわけではない。歴史的に長く対立してきた両国であるが、魔王に対する態度は同じだった。


 そして幸か不幸か、このときも一致団結していた。


「とにかく既存のバドリD-15からD-29の部隊は南方軍司令部の判断で撤退することが決まっている。新たな戦線は旧R-41とS-18のラインだ」

「だが前線が前進したおかげで、一部の塹壕は埋めてある。特にR-48やS-03なんかは列車砲用の鉄道を敷くためにコンクリまで流し込んだんだぞ」

「わかってる。部隊が撤退し前線を引き直すまで、塹壕を修復する必要がある。後方予備部隊から帝国軍の工兵隊を先に出して再度塹壕を掘る。この際、鉄路は爆破して構わん」

「爆破用の爆薬は? 工兵隊は動いてくれるのか、あの総司令部で」

「あの様子じゃ無理そうだから、連絡の不備ってことにして独断専行で動かしておく」

「独断専行どころか越権行為だが……しかたないか」


 良くも悪くも、彼らはよく連携していた。

 勝ち戦しか知らない兵站士官であったが、一度負けを認めてしまえば総司令部より柔軟な発想ができると言う点においては彼らは比類なき才能を持っていた。


 人類軍は南方においては拮抗し、中央と北方においては劣勢である。

 そのため南方軍は中央を突破した魔王軍部隊による半包囲殲滅を避けるために、何が何でも戦線の整理をしなければならない。


「中隊長! 装甲列車『ブレニム号』が到着しました!」

「よし、ブレニム号は撤退部隊の収用支援に当たらせる。火器・弾薬は自衛用の必要最低限のものだけを残し、あとは撤退部隊用のスペースを確保しろ!」

「非装甲軍用列車は準備出来次第、第7748中間基地に送れ。そこから先は既に危険地帯だから非装甲車両では無理だ!」


 制海権と航空優勢を完全に確保できていない南方軍は、港湾施設から船舶による撤退作戦を行うことができない。空輸も同様。

 そして自動車は、魔王軍が「自動車」なる物を発明していないせいで自動車が通れるような街道を整備していなかったために、運用を難しくさせている。


 故に鉄道による部隊の撤退を急がせたのだが、しかし「全戦線において魔王軍が猛進」という事実が足かせとなる。

 つまり、余力がない。余剰車両がないのである。


 補給路に過負荷がかかっている状況では、人類軍南方軍は手持ちのカードだけで戦わなくてはいけないのである。


「装甲列車を含めた軍用列車は通常では10両1編成。定員は2000人だがギリギリまで積載するとして3000人。今私の判断で動かせるのは8編成だから……」


 鉄路の許容量と、1編成あたりの定員。そして定員を車両に乗せる時間と、ダイヤグラム。最後に前線が持ち堪える時間。全てを考慮して計算する。

 そして、計算が早い経理担当の隊員が導き出した答えはひとつ。


「全く足りない。このままじゃ、前線が崩壊して本格的な壊走が始まる前に撤退できる部隊は全体の4割にしかなりません」


 つまり6割を見捨てること、という結論だった。

 彼らは殿部隊となるのだ、と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実はただの「見捨てる」行為でしかない。

 そして経験豊富の兵士たちを、自らの力不足によって見捨てることへの抵抗感は計り知れなかった。


 どうにかその数字を抑えることができないか。

 南方軍兵站部隊の士官たちは頭を抱え、唸りながら模索する。そしてある士官が、ぼそりと口にした。


「装備を廃棄させたらどうだ? 武器不足になるのは必至だが、武器の補充は兵士を補充するより楽な作業だ」

「ですがこの試算は現地の砲や戦車を廃棄することを前提に……」

「違う違う、全部だよ。個人携行用の歩兵銃、背嚢、食糧全部だ。身ひとつで、だ」

「は……?」


 経理担当者は呆気にとられる。

 全てを捨てろという命令を兵站部隊が認めるのか、という疑問と共に。


 しかしその疑問は、


「クソ不味い牛缶より人員運ぶ方が遥かに人道的だろう?」

「…………確かに」


 極めて合理的かつ人道的な発言によってその場にいた全ての士官を納得させた。


「決まりだ。司令部と掛け合って、そういう通達を前線に送るとしよう」

「えぇ、そうしましょう。そしてあわよくば、あの牛缶を魔王軍の奴らに味あわせてやりましょうや。我々からの、魔王への贈呈品です」

「「「ハッハッハッハッ」」」


 負け戦を強いられてからの、初めての笑い。

 それが人類軍の真の強みと言っていいかもしれない。


「では諸君、仕事を始めるとしようか!」


 どんなときでも膝を折らず、粘り強く戦う。

 それが彼ら人間たちのモットーであり、生きざまであった。





 そして魔王軍兵站局と、人類軍南方軍兵站部隊との間で、大きな、そして地味な戦いが始まるのである。

タカキも頑張ってるし俺も頑張らないといけませんが昨年に書籍を出す予定だったリンダパブリッシャーは希望の花を咲かせました。でも辿りつくまで更新は止まりません

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