第二次カルリア岬沖海戦
数日間にわたる魔王軍の、文字通り総力を挙げた大攻勢を前にして、人類軍は塹壕の防御力を活かす暇なく瓦解した。
とはいえこちらとて余裕モードというわけじゃない。
なにせ南北600マイラ、参加総兵力127万以上に及ぶ作戦である。無事なわけがない。主に俺の心が。
「陛下、敵軍最前線は概ね突破に成功しております。現在第Ⅳ方面軍が攻勢発起地点より20マイラ前進、また第Ⅷ方面軍も15マイラ前進に成功しています。しかし第Ⅱ方面軍が現在人類軍の強力な部隊と接敵したようで、攻勢を止められています」
「隣接する第Ⅲ方面軍はどうなのだ?」
「第Ⅱ方面軍を援護しつつ突撃し、前線塹壕地帯を突破しつつある模様です」
「では問題ない。第Ⅳ方面軍は補給と統制の続く限りそのまま躍進。第Ⅱ方面軍は前線突破した後、第Ⅲ方面軍と対峙している敵人類軍防衛部隊を包囲、これを殲滅させよ」
「ハッ!」
陛下がカッコよくポーズを決めて指示を出す一方、その指示の中に「補給が切れるまで戦え」というのがあったことを見逃さない。そして陛下から兵站局に「補給を絶やすな」と厳命されている。
果たしてどっちが先に負けるだろうか。たぶん兵站局だろうけれど。
嫌な未来を幻視していたところ、俺の傍らで仕事を補佐してくれているソフィアさんの通信機が鳴った。
「アキラ様。件の第Ⅲ方面軍司令部の兵站局員より連絡が入っています」
「……たぶん碌でもなさそうな連絡ですよね、それ」
俺の問いに対して、ソフィアさんは目を逸らした。答えたようなもんだよそれは。
「……はぁ。もしもし。兵站局長アキツ・アキラです」
『こちら第Ⅲ方面軍司令部付兵站局員のアルパ・ワカイヤです!』
「あぁ、君そこにいたの」
兵站局期待だった新人アルパ・ワカイヤ。彼が入局してからだいぶ時間が経つのでもう新人ではない。
『酷いですよ! 局長は大天使ソフィア様といるから気付いていないのかもしれませんが――』
相変わらずこいつはソフィアさんが好きすぎるだろう。気持ちは大変よくわかるよ? 俺もソフィアさん好きだからさ。
「コホン。アキラ様、仕事してください」
「……見ての通りしてますよ?」
そして何かを察知したソフィアさんである。何を察知したんだ。
「あぁ、わかったわかった。長くなりそうだからさっさと本題に入ってくれないか」
『むっ……。そうですね、布教のチャンスでしたがこんな奴に言っても無駄ですね』
「おめぇ帰って来たら一発ぶん殴るからな」
パワハラはしない主義だがこれは殴ってもいいよね?
「で、なんなんだ? ソフィアさんの可愛さなら知ってるぞ?」
「ちょ、アキラ様!?」
『私もよく知っています! でも今回はそれが本題じゃないです。第Ⅲ方面軍司令部に配備された魔像の損耗率が事前予想を遥かに上回っているので、用意しておいた備品では不足が予想されます』
「意外と真面目な内容でよかったよ。備品はあとどれくらい残ってる?」
『このままだと数日持つか持たないかくらいでしょうか。なにせ魔像の損耗率は既に35%を超えているので……』
「35%!?」
どうやら第Ⅲ方面軍はハズレをひいたようだ。対峙している人類軍が精強なのだろう。
他の戦線は順調に勝てている中、ひとつの戦線だけ勝てずに膠着状態。司令官の胃と出世に響くかなこれは。
「しかし第Ⅳ方面軍の魔像損耗率が未だに5%程度だということを考えると異常ですね……」
『敵ながら天晴ですよ。そしてこっちの整備中隊も悲鳴あげてます。教育は十分受けたんでしょうけれど、やっぱり多少のもたつきがあります』
「魔像の補修作業は、損傷箇所はユニット交換をしていますよね? でなければ何の為に俺がレオナにそこを徹底させたかわからなくなるけど」
『魔像については専門家じゃないですが、そこは問題ないです。ただ単純に損耗が……』
「なるほどね……。わかりました。追加・緊急物資輸送の手筈を整えます。損傷の多い箇所はわかりますか? あとでそれをリスト化して見せてください」
『了解、また連絡します』
その言葉と共に通信が切れる。
……なんともはや、いつの間にか頼れる兵站局員になっていた。入局直後のあのやる気だけは溢れる無能新人くんの姿はどこへやら。
「これも俺の人徳のなせる業だろうか」
「なに寝ぼけたこと言ってるんですか? それより緊急物資輸送計画の立案をしてはいかがでしょうか、アキラ様」
「……ソウデスネ」
そしてやっぱり、相変わらずソフィアさんは冷たい。
「あぁ、そうだ。物資輸送計画で思い出しましたが、南端の第Ⅹ方面軍の進出が遅れてますが、これはどうしてですか? 隣の第Ⅸ方面軍はそこそこ前線を押し上げているのに……。第Ⅹ方面軍が前進して人類軍の軍港を確保してくれないと、作戦第二段階に影響が……」
「少々お待ちください、現在それに関して情報を――」
「どうやら第Ⅹ方面軍は人類軍海上部隊の攻撃を受けて前線を止めているようだよ、アキラくん」
ソフィアさんが通信機や思念波で情報を集めようとしたときに、話を聞いていたのか地獄耳の魔王陛下が間に入って教えてくれた。
「人類軍の海軍、ですか。では魔王海軍の出番ですね。少し前の海戦では魔王軍快勝と報告がありましたが……」
あれは去年か一昨年の秋だったか。
カルリア岬で魔王軍の新型氷製戦闘艦と人類軍の海軍が対峙し、魔王海軍がほぼ完全勝利UCしたというのがあった。大本営発表ではなく本当に。
その時のおかげで南部沿岸地帯の補給に関して暫くは困らなかったが、最近また魔王海軍が劣勢に立たされているようで。
しかしそこは我らがヘル・アーチェ陛下。
ハイドラ級戦闘艦から飛行能力をオミットした改良型の増産命令を出した。レオナはゴネたが陛下、意外にもこれをスルー。
まぁ南方制海権が取れないとカカオ豆の輸送ルートが脅かされるから、仕方ないね。
「今回の作戦に合わせ、ハイドラ級戦闘艦を中心に総数32隻からなる魔王海軍南方艦隊を配置している。あとは当事者の腕次第と言ったところ……とは言っても、もう決着がついたころかもしれないな」
陛下はドヤ顔だった。もう勝っていると言わんばかりにである。フラグにしか見えない。
「というと?」
「先程、その南方艦隊司令官から連絡があったんだ。『我、人類海軍艦隊を鎧袖一触で撃滅せり。現在追撃戦に移行中』とね」
「おぉ……! なら、そろそろ第Ⅹ軍も……」
「そういうことだ。もしそれが出来れば、我々は北から南まで、およそ600マイラに亘って前進できたことになる」
なるほど、勝ったな。ガハハ!
と、喜んでしまったときに気付いてしまった。
ヤバいフラグが立ってしまったことに。南方艦隊、大丈夫だろうか。
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8月18日。人類軍統一時間15時30分。
カルリア岬から南南東に80マイラの海域。
「駆逐艦『ハイドリッヒ・シュナイダー』被弾! 魚雷に誘爆した模様、轟沈します!」
「軽巡『フランクフルト』にも命中弾、主砲全てが損傷したため、もはや……」
「クソがっ!」
汎人類連合軍麾下の都市同盟海軍第4水雷戦隊は、窮地の只中にある。
戦隊司令官であるティル・ディートリッヒ准将は旗艦に据えた重巡「アドミラル・ヴィルヘルム」の司令塔において苦悶の表情を浮かべていた。
「参謀、何隻残っている!?」
「ハッ、我が艦を含めて6隻であります。うち2隻は大破、残り4隻も何らかの損傷が……」
「忌々しい事だ。最初は12隻もいたというのに……」
ディートリッヒは何度も机を叩く。
彼の軍人としての経歴の中で、最も恥ずべきものとなるのは明らかだったからだ。これを挽回するには、対峙している魔王海軍戦闘艦を全て屠るくらいでないといけない。
だがそんなことは無理だということは、事前の情報でわかっている。
「敵の数は変わりないか?」
「ハッ。敵艦隊総数は確認できているだけでも20隻。恐らくはそれ以上いるでしょう。うち少なくとも4隻には我が軍の魚雷が命中しました」
「気休めにもならんな。20隻中4隻じゃあ……。艦隊司令部とはまだ連絡がつかんのか?」
「はい。何度も救難信号は出しているのですが応答が全く――」
参謀や副官から帰ってくる言葉は酷く現実離れした現実だった。
救援の見込みもない中、3倍以上の敵に追われながら必死に逃げる第4水雷戦隊の姿は魔王軍からして見れば「狼に追い立てられる羊」となるだろう。
「しかし、我らにできることは単純だ。機関最大戦速を維持して針路を090に。敵艦隊を砲撃しつつ牽制、撤退するのだ。艦長!」
「ハッ」
「我が艦が殿を務める。よろしく頼むぞ」
「了解であります!」
戦隊の中で最も装甲が厚く、かつ損傷の少ない旗艦を殿に、第4水雷戦隊は必死に東へと進む。幸い残存艦には機関に不調を来している艦はない。
旗艦「アドミラル・ヴィルヘルム」は主砲を撃ちまくり、最後の魚雷をばら撒き、必死に魔王海軍の針路を妨害する。その姿は旗艦の名に恥じないものだったが、戦力差は覆すことはできない。
徐々に差を縮めてくる魔王海軍艦隊のうち1隻が、アドミラル・ヴィルヘルムを照準に捉える。
万事休す。
ディートリッヒが退艦命令を出せる暇があるだろうか、と仄かに思案し始めた時……、
「なんだっ?!」
迫ってくる魔王海軍の先頭艦の至近に、多数の水柱があがったのである。
「どうした!? 何があった、状況を報告せよ!」
「ハッ。こちら左舷監視員、敵先頭艦に水柱が3本、続いて2本!」
監視員の言葉に、ディートリッヒは先程自分が発射命令を出した魚雷が命中したのかと思っていた。しかしそれは直後に水雷長から「時間的に魚雷は既に艦隊中央部にまで達しているはず。今更先頭艦には命中しない」と報告を受けた。
では何があったのか。
それは、その直後に入ってきた通信によって明らかになる。
『――こちら皇国海軍北方外縁海域統合艦隊。これより戦闘海域に突入、貴艦隊離脱を援護する』
全然兵站できてないけれど許してください。書きたかったんです。たぶん次回はもっと兵站しません。




