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常闇の白夜

 明けない夜はない。

 しかしそれは、あなたが無事に朝を迎えられるという意味ではない。


「陛下、飛竜全部隊は展開完了。陛下の命でいつでも行けます」

「長距離魔導砲及び魔力供給装置の配置完了。可動全魔像も陛下の命令を待っています」

「兵站局、全ての準備整っています」


 地平線の彼方まで並べられた砲列、上空を飛ぶ飛竜、前線に立ち居並ぶ魔像、そして後方で地味ながらも物資運搬に励む補給部隊。


 もしこの場に転生・転移してきた奴がいたらそいつはなんと言うだろうか。まぁ、最終戦争直前だとかそんな感じだろう。


「……さて、諸君。いよいよだ」


 熱い闘志を内なる心に燃やす魔王軍各軍司令官たちに対して、陛下は静かに答える。


「この数十年、彼ら人類に平伏し、屈辱と敗北、辛酸なめ続けられた我らであった。我らは既に大陸の65%を失い、そしてそれ以上に多くの命を散らせてきた。かくいう私も、その危機にあったこともある」


 陛下は話す。

 傍らに立つ側近たちは過去に思いを馳せ目を伏せている。


「だが今日この日、8月15日は我らにとって歴史的な日となることだろう。自分たちが優秀な種族だと勘違いしている人類種族に対して、それは幻想であると教える日だ。……とは言え、諸君たちにこうも小難しい話をしたところで頭に入ってこないかな? 人類から見れば我らは蛮族らしいしな」


 笑いが漏れる面々。皮肉なのか本音なのかわからないところである。

 けれど、冗談を言った陛下の笑みがだんだんと魔王らしい笑みへ変わっていく様は、蛮族がどうとかという話ではない。

 

「我ら蛮族。なら蛮族らしく行こうじゃないか」


 そして陛下は全ての通信回線、思念波で魔王軍全部隊に、最前線から後方部隊にまで伝える。


「諸君、ただひたすらに前進し敵を討ち取れ! ――功名を上げよ!」


 魔王軍大規模攻勢作戦「常闇の宴」


 参加総兵力 127万5000人

  魔導砲 2万3500門

  戦闘用魔像 5023基

  飛竜 4136騎


 前線付近での昼間移動は禁止し、囮の魔像を設置するなどの偽装工作もやってきた上でこの量を俺たち兵站局が運んできた。死ぬかと思った。


 そして今、そのほぼすべての人員が通信機越しに歓声を上げ、とても五月蠅い。


「それでは諸君、宴の開始と行こうか」


 魔王軍の宴、あるいは血祭が開催される。


 並べられた砲列が、狼煙がわりと言わんばかりにいくつもの光芒を走らせ空を穿つ。

 飛竜に乗っていた魔術師がその光芒を屈折、反射させて地上へと降り注げる。魔王軍版長距離間接射撃であり、地平線の向こうへと着弾し、爆炎を挙げた。


「ふんす!」


 そして俺の横で、この長距離間接射撃システムを構築に一役買ったロリが鼻を鳴らしている。


「……ヤヨイさん、なんで最前線に来ちゃったんですか」

「見たかった」


 人類軍がここに来ませんようにと祈るばかりである。


 いや、第一射斉発の時点で人類軍は魔王軍の攻勢に気付いただろう。飛行隊と飛竜隊による激しい制空権争いと、それに続く精密な観測射撃が砲兵隊によって行われるはずだ。


「でもヤヨイちゃんの気持ちはわかるわ。私も新型魔像の勇姿を見たくて来ちゃったし。アキラちゃんに止められたけど」

「……わたしも、タチバナの活躍が見たくて来た。アキラさんに止められたけど」


 レオナとヤヨイさんが珍しく意気投合している。前線で。


「お前らなぁ……」

「いいじゃんいいじゃん、データも欲しいのよ。試験期間が短ったからさ!」


 レオナの言葉にヤヨイさんが静かにうなずく。

 俺は今本当に戦争をしているのだろうか? なにこの和んだ雰囲気。目を前に向ければ、バグラチオン並の大規模作戦が行われているというのに。


「アキラ様、なんで連れてきたんですか」

「勝手についてきたんですよ! いつの間にか馬車に紛れ込んでて!」


 ま、まぁここにはヘル・アーチェ陛下もいるし安全っちゃ安全だろう。今回は陛下は後方に下がって全体指揮を取ることに専念する見たいだし。


 その陛下と言えば――、


「フハハハハハハハハハッ! 見ろアキラ! 愉快、痛快、豪快! 人族がまるでゴミのようじゃないか!」


 テンションアゲアゲである。

 久しぶりの大規模攻勢だから、ってのもある。


「はぁ……」

「溜め息をついてないで、仕事しますよ」


 変わらないのは、ソフィアさんだけだ。


「やっぱりソフィアさんがいると安心です……」

「……なんだか嬉しいようなそうでもないような」


 こちらの微妙な空気を読んだのか、ソフィアさんは特に喜ぶという事もなく困惑していた。




---




 人類軍が、魔王軍の動きに気付いていないわけはなかった。

 しかしその規模と、目的と、そして何より決定的だったはずの戦力差が埋まっていることに気付かなかった。


「司令部! おい、司令部聞いているか!」


 汎人類連合軍J方面管区第18戦域第5289衛戍地、通称「キャンプ・ノーリッジ」指揮官ダグラス少佐は、自分と自分の部下の生命の危機に晒されていた。


「こちら第5289衛戍地、魔王軍の攻勢を受けている! 敵の長距離攻撃によって身動きが取れない! 至急応援を――」

『こちらJ方面管区司令部。キャンプ・ノーリッジ、応答せよ』


 混乱する戦場の中で、やっと通信がつながったことにダグラスは安堵した。

 敵の奇襲を受けた時はどうなることやらと思ったが、一度混乱から立ち直れば人類軍は魔王軍など鎧袖一触。今までもそうだったし、これからもそうである。ダグラスはそう確信している。


「やっとつながったか! こちらキャンプ・ノーリッジ指揮官スティーブ・ダグラス。現在魔王軍の大規模な攻勢を受けている。至急増援を頼む!」

『了解した。……しかし、増援は送れない』

「なんだと!?」

『現在人類軍空軍部隊が全力出撃中なるも、第18戦域及びその周辺の制空権は完全に略奪された。第5829衛戍地駐留部隊は防衛に専念せよ』

「……なにをバカなことを言って」


 ダグラスが反論しようとした時、一発の魔法が衛戍地を掠める。施設の過半は既に壊滅しており、ほどなくして魔王軍地上部隊の進撃が始まるのは予想できる。


「砲撃が止んだら地上部隊が来るのはわかりきっているだろう! すぐに奴らが殺到してきて、戦線が突破されんだ。増援か、そうでなければ撤退の許可を!」


 ダグラスは知らない。

 魔王軍がこの戦域だけではなく、南北数百キロに亘って大規模な攻勢を仕掛けていることに。


『どちらも許可できない。現在ほぼ全ての戦線で魔王軍の攻勢を受けており、戦力がまるで足りていない。現有戦力で以って当地を防衛せよ』


 司令部はそれがわかっているだけに、告げる言葉は非情だった。


「な、何を言ってるんだ。塹壕が突破されるのも時間の問題――」

「少佐! 大変です!」

「なんだ、今司令部と通信中で――」

「そんなことより、魔王軍が……!」


 部下が指し示すその向こうには地平線がある。そこから爆炎とはまた違う、土煙が見えていた。

 魔像部隊が襲ってきたのかと考えたダグラスだったがその考えはすぐに否定する。違う、そんなものじゃないと。


 双眼鏡を覗こうとしたが、それは無意味だった。

 近づいてくるナニかの速度が余りにも早く、双眼鏡を使わずとも視認距離に入ってきたからである。


「……クソッ、蛮族連中め! 趣味が悪すぎるぞ!!」


 ダグラスは悪態を吐き、手に持っていた受話器を再び耳に当てる。


「キャンプ・ノーリッジから司令部」


 押し寄せる「車輪」の群れが、爆発し、人類軍の陣地が無力化される瞬間を、彼はその目で見てしまったのである。

 それは彼の目に見える地点にまで、魔王軍が近づいてきたという事でもあった。


「前線は既に突破された。衛戍地を放棄、撤退準備にかかる」


近代戦描写は慣れていないので変なところあるかもしれませんが許してください

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